高校教諭と労働法学者の往復書簡(2) 「労働者ってどんな人?」

今回のテーマは 「労働者ってどんな人?」です。

『高校教諭』は、広島市立基町高等学校教諭の河村新吾先生、
『労働法学者』は、東京大学大学院法学政治学研究科教授の荒木尚志先生です。

(右上の文字サイズを「中」にしてご覧ください)

荒木尚志先生

葉桜の候 もとの静かな本郷キャンパスに戻り、荒木先生のご講義も本題に入っている頃ではないでしょうか。気づかされたことを忘れまいとして学生がペンを走らせている音が聞こえてきそうです。こちらでは広島城の桜も色が変わり、放課後ともなると、初々しい新入部員とともに部活動で汗を流す高校生の声がグラウンドに響いております。新緑の5月になりました。

 4月の「学校教育で労働法に関してどのようなことを考えればよいのか」という現場の悩みに真剣に考えてくださり感激しました。こちらの方こそ、これからの往復書簡、どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて「労働法で考えるのか、労働法を考えるのか」という疑問に対して、次のような3つの視点でのご示唆がありました。

(0)労働法を知る
(1)労働法で考える
(2)労働法を考える

 (0)において、荒木先生は労働者としての権利を認識するばかりではなく、権利を正当に行使できる実践力に言及されました。(0)は活用されうる労働法の知識を習得させる視点だと理解しました。数年前に非正規雇用の労働者を正規雇用へと導いた労働組合の委員長にインタビューした際に「労働三権は絵に描いた餅です」と言われたことがあります。これは、「労働三権を言葉として知っていても実際に使えなければ意味がありません、先生しっかり教えてください」と喝を入れられたのだと今でも思っています。
 (1)において、労働法的視点から社会・合意・契約について考えることに言及されました。とかく学校では次のようなことが往々にしてあります。たとえば、消費者教育において無条件で契約が解除できる「クーリングオフ」を実践知として真っ先に教える。「クーリングオフ」という例外が先になり「約束は守らねばならなない」(Pacta sunt servanda)という大原則が後回しになってしまうということです。労働法に話を戻すと、契約自由の原則をまず学ばせて、その後なぜ国家が介入するのか考えさせることになるのでしょう。ここでなぜ原則が修正されたのかをいかに学ばせるのかが現場教師の工夫するところです。
 (2)において、社会変化の中で労働法を見直す立法論を考える、これは難問ですと荒木先生は言及されました。私には答えの端緒すらもわかりません。しかし独裁社会では個人の力は非力ですが、自由で公正な社会では個人の力を連帯することで社会全体を高めることができると信じています。法教育の魅力の一つは、身近なルール作りを通して「みんなのことはみんなで決める」経験ができることです。荒木先生から「裁量労働制」のお話がありました。これでiPS細胞の研究者たちは夢の作品(work)のために働く(work)ことができます。その一方で「産みの苦しみ」(labor)を味わって働く(labor)人もいるかもしれません。ぜひとも生徒たちに「裁量労働制」について意見を聞いてみたいと思いました。学校教育に話を戻せば、生徒たちに、創造力を発揮し論理的に表現できるようなルール作りの場面を法教育の授業で設けて、共に未来を考えてみたい思いが強くなりました。

 荒木先生メソッドともいえるアプローチで元気が出ました。さて先月に示したアンケートでは、男子が52.9%、女子が63.6%の割合で「企業に就職して賃金を得て働く」を選択しました。その理由を次のように分類してみました。

Ⅰ.民間企業へ是非就職したいという希望をもっている(積極的理由)
Ⅱ.②公務員になりたくないなど消去法によって企業を選択した(消極的理由)

積極的理由(Ⅰ) 消極的理由(Ⅱ)
男子 51.9% 48.1%
女子 50.0% 50.0%

 結果は左のとおりです。男女ともほぼ半々であったのに驚くとともに、たとえば「自分で企業を起こす場合のアイディアがなく、親戚や家族に継げるような仕事もなく、(公務員のように)税金を賃金としてもらうもの少し抵抗があるから」という消極的理由では、就職しても長続きするのだろうか、そもそも雇ってもらえないのではないか、と心配するばかりです。
 また、労働者は使用者に対して経済的劣位にある、と一般的に考えられていますが、生徒は労働者をどう考えているのだろうか、と思わざるをえません。民法上では、労働者は雇用契約の当事者であり、請負契約や委任契約とは一線を引かれていますが、労働基準法では契約の形式を問題とせず、「使用される者」というくくりで労働者を位置づけています。「?労働法を知る」という視点で、憲法と労働法の接点を考えたとき、労働者(勤労者)像がなかなかイメージできません。そこで荒木先生に質問です。

労働者(勤労者)ってどんな人を指しているのでしょうか

 

 憲法上、国民は勤労者として権利と義務を有しています。法教育は、大村敦志先生の言葉を借りれば、「外から与えられる法・書かれた法」ではなく「内なる法・生きた法」の発見・意識化を助け、その発展を方向づける教育であるといわれています 。そこで当然のこととして労働者には権利がある、というけれどもそもそも労働者(勤労者)とはどんな人をいっているのか、子どもたちに問いかける指導案を考えてみました。

法教育指導案
 テーマ:「憲法における勤労者」
 教材:「社長も労働者??」
 対象学年:小学校高学年~高校2年生
 対象領域:社会認識(社会科、社会科公民的分野、公民科現代社会)
 本時の目標1(小・中学校用):指導案の全てをするのではなく、教材で示した4人の勤労者(労働者)候補のうち児童・生徒が関心を示した者に特化して、働かせている側(使用者)と働かせられている側(労働者)に気づかせて、憲法という法は後者を応援していることを実感させる。
 本時の目標2(中・高等学校用):勤労者(労働者)の国語的定義は理解できているという前提を問いなおすことによって、労働者に権利が付与される理由に気づかせ、憲法が直接、私的自治に介入してまでも国民の権利を保障している意義を考えさせる。

主な発問・指示 予想される児童・生徒の反応
○4~5人の班に分ける。
◎教材プリントのⅠ(次の4人のうち労働者は誰か)に記入させ発表させる。
 →結論の分かれたものを抽出させる
○教材プリントのⅡ(知的ツール)の表に注目させる。
(※知的ツールとある表は、空欄を記入(外部化)することで思考を記入者に客観視させるためのものである。)
・「労働者は誰か」を考えるヒントになることを伝える。
・指示を受けている、収入がある、反復性(指示と対価の関係が継続するかどうか)という視点で整理してみよう
◎知的ツールを参考にして結論の分かれたもの(又は結論が同じでも理由が多様なもの)について議論をしよう。
(例)
・社長が労働者である理由は?
・それへの反論は?
・→人を働かせるのも労働なのだろうか?
・バイオリニストが労働者である理由は?
・それへの反論は?
・→アーティスト(芸術家)は労働者なのだろうか?
・失業者が労働者である理由は?
・それへの反論は?
・→失業手当はなぜもらえるのだろうか?
・ボランティアが労働者である理由は?
・それへの反論は?
・→家事労働をしている専業主婦に賃金はなぜ支払われないのだろうか?
以下略
○誰かに働かされている側と自分で自由に働いている側と、憲法の勤労者はどちらの側だろうか?
○憲法27・28条を読んでみよう
・勤労者(労働者)の権利は誰に対する権利なのか?
・勤労者の特徴を各班で教材にある三角形の下半分に書いてみよう
○いくつかの特徴の共通点に着目して抽象化して指導者側が三角形の上半分に整理する(※ 小・中学校は、これ以降は省略し本日のまとめにはいる)
○(事前に、班長を司会、副班長を発表者に指定する。)
○0~4人の5通りの回答がある。

・班(人)によって意見(結論)が異なることに気づく。

・自分が思っていた視点とは違う視点があることに気づく。
指示 収入 反復
社  長 なし あり あり
バイオリニスト あり あり あり
失業者 なし なし? なし
ボランティア あり なし なし?
・議論を通して、班(人)によって意見(結論)が異なるだけでなく、仮に同じであってもその理由付けは多様なことを知る。
 
・経営者として働いている
・社員に働かせているだけだ
・→わからない
・指揮どおりに演奏すればお金をもらっている
・特定の楽団に所属していない
・→労働者とは違った働き方だ
・いつでも働く用意ができている
・実際に具体的な仕事をしていない
・→生活を保障する(その意味では賃金と同じ働きがある)
・実際に具体的な仕事をしている
・給料や賃金は貰っていない
・扶養手当をもらっているから?(その意味では賃金と同じ働きがある)
以下略
○働かされている(使用従属性)が勤労者(労働者)なのかもしれないと気づく。
 
・雇い主(使用者)
 
 
(共通点)
・使用者に労働させられている
・使用者から対価をもらっている
・働く場所や時間に制限を受けている
など

(具体例)
・団結する権利がある
・団体交渉をする権利がある
・賃金をもらっている
・就業時間や休息が決まっている
など

◎「身分から契約へ」と板書し、人の支配から法の支配へと時代が変わったことを伝える。(※ 中・高等学校で憲法学習が進んでいれば指導する)
(板書例)

○売る立場と買う立場のように、使用者と労働者の立場は、簡単に交替するだろうか?
・能力と適性に合致した職業を探すまでの時間的余裕が労働者側にあるだろうか?
 
・立場は売買と違って、交替の可能性は低いかもしれない
・資力がなければ、能力と適性に合致していなくても、働かなくてはならない労働者がいるかもしれない
○憲法はなぜ勤労者に団結権・団体交渉権を保障するのか?
【本日のまとめ】
○社長は労働者なのだろうか?
◎労働法と呼ばれる法律の大半は、使用者と労働者が対等でない事実に着目して、どのようなことを定めているのか、(  )に適語を埋めてみよう。
○労働者の地位を使用者に対して高めるという点に気づいたことを褒める
○使用者と労働者を対等に交渉させるために工夫をしたのかもしれない
 
・社長は使用者だから労働者ではない
・保護する、思いやる、優遇する、元気付ける、安心させる、……

 

【プリント】
「社長も労働者??」

Ⅰ 次のうち労働者だと思うものに○印をつけよう

  会社の社長(1)
  1年毎に楽団との契約を更新しているソロのバイオリニスト(2)
  先月リストラにあった失業者(3)
  瓦礫処理を手伝うボランティア(4)

Ⅱ 知的ツール(有または無を記入してみよう)
  指示を受けるか 収入 (指示と収入の)反復
社長(1)
バイオリニスト(2)
失業者(3)
ボランティア(4)

本日のまとめ
「労働法と呼ばれる法律の大半は、使用者と労働者が対等でない事実に着目して、労働者の立場を(   )ために制定された。根拠は、日本国憲法の勤労者の権利による。」

資料
憲法第27条
①すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
②賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
③児童は、これを酷使してはならない。

憲法第28条
勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

 以前、生徒に「プロ野球の選手は労働者ですか」と聞かれはたと困ったことがあり、さらに労働組合法の本で「失業者も労働者である」という記述に出会い、驚愕したことがあります。労働者であればいわゆる労災保険の対象として保護されます。労働者であるかどうかは大切な問題ですが、指導案の意図は、すべての項目を消化するのではなく、対象となる集団が関心を示した点、たとえば失業者は労働者なのだろうか、に特化して、子どもたちに労働者像をしっかり考えさせるところにあり、憲法が労働者を応援していることが実感できればよいと思っています。
 個人事業者である社長やアンペイドワークであるボランティアは別として、荒木先生にアドバイスいただきたいのは、バイオリニストを例にとってはみましたがフリーランスなどのような新しい働き方の問題点や、労働組合法がなぜ失業者を労働者概念に入れたのかという理由です。労働者をどのように考えればよいのでしょうか、お願いします。            

河村新吾拝  

 

 

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