静岡大学教育学部附属島田中学校第58回教育研究発表会

 2012年11月8日(木)・9日(金)、静岡大学教育学部附属島田中学校第58回教育研究発表会が開催されました。このうち、社会科の研究主題は「変化する社会に参加する生徒の育成」で、同時期に行われた第40回関東ブロック中学校社会科教育研究大会(千葉大会)のテーマ「社会参画力を育てる」に共通しています。9日の公民的分野の公開授業について、お伝えします。(当日の資料より、適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

10:00~10:50 公開授業Ⅰ公民的分野「自立した消費者」
13:00~14:00 教科協議会
14:10~15:00 講演会「公民教育のエッセンス―新教育課程をふまえて」
(15:00~16:00 ワークショップ「模擬裁判」)

1 公開授業Ⅰ 公民的分野

3年C組 40名(男子20名、女子20名)
テーマ:「私たちはどうあるべきだろうか―自立した消費者とは何だろう?―」
単 元:わたしたちと経済‐国民の生活と政府の役割「消費者の保護」
(全3時間のうち本時は第3時間目)
単元の目標:消費者は弱者であり、国や地方公共団体によって守ってもらうという受け身な考え方から、「私的自治の原則」、「契約自由の原則」という私法の基礎や消費者保護の施策を学ぶことで、自立した消費者として社会に参加していこうとする態度を身につけること。
授業者:早馬忠広 教諭    
場 所:教室

〈前時までの授業〉

 第1時「契約って何だろう」では、正しい契約とは何かを考え、身近な例から契約の成立条件を見つけます。意思の合致が条件となるという「私的自治の原則」の理解と、意思に欠陥がある場合(錯誤・瑕疵など)も含めた例について考えました。
 第2時「こんなときはどうするの?~契約が解消できないとき」では、企業と消費者の間に情報の偏りがあり、「私的自治の原則」だけに任せておけない社会になっていることを導き出します。レンタルビデオの延滞料を事例に、契約が解消できる条件を話し合い、「私的自治の原則の修正」について考えました。技術・家庭科の既習事項も利用し、消費者保護のための方法を考えました。

〈本時について〉

 本時の目標は、「消費者が不利益を被った原因を追究することで、多様に変化する社会に関心をもち、適切な契約を結ぶことが大切であることに気付くことができる。」「小集団→一斉という学習形態を通して、多くの意見に触れる中で、自立した消費者とはどのようなものかを考えることができる。」です。
 もう一度、第1時の「私的自治の原則」を振り返り、「正しい契約をすることが大事である」という意義を考えさせるとともに、消費者であるわれわれが積極的に社会参加していくことの大切さに気付かせたいと思います。
(ここまで、「社会科」発表会資料より、公民的分野「私法と消費者保護」p.1~8参照)

〈導入は4つの事例の紹介〉

 生徒の机配置は講義形態です。先生がおもちゃの着せ替え人形とこんにゃくゼリーの袋を掲げています。
先生:「前回の授業では、製造物責任法をしました。こんにゃくゼリーの袋には注意書きがありますね。思い出しながら、今日の学習をしましょう。昨日、みんな何か契約をしましたか?」
生徒1:「本を買いました。」(同様の答え、多数)
先生:(ワークシートを配布)「今日は別の方法で、契約について考えてもらいます。こんなことがあったらどうしますか?ちょっと周りの人と相談して。(約5分間)」

【ワークシート】
こんなときはどうなるの?
(1) インターネットのオークションで26,000円の自転車を落札し、代金を振り込んだが、何日待っても商品が送られてこない。出品者の詳しい住所もわからない。
※インターネットオークションでは、通常、商品の発送より先に払う。
(2)宝石や着物の買い取りサービスと言って、突然家に来た人に宝石と着物を売ってしまった。あとで調べたら、本当の金額よりものすごく安い金額で買い取られてしまっていた。
(3)インターネットでパソコンを購入し、クレジットカードで翌月一括払いとした。しかしだまされたようだ。商品が送られてこない。
(4)買い物でだまされてしまって、3万円の被害にあった。私には「裁判を受ける権利」があると中学校で勉強したので、裁判を起こそうと思う。しかし、裁判費用が11万円かかると弁護士に言われてしまった。

 

先生:「(1)のようなこと、過去にあった人もいましたね。」
生徒2:「警察に言って、出品者を見つけてもらいます。」
生徒3:「ネットのオークションサイト運営者に、出品者の住所電話番号を聞く。」
先生:「教えてくれそうですか?」
生徒3:「教えてくれると思います。」(周りから、ダメではないか、という声)
先生:「面倒そうですね。警察に言う人は?」→挙手5~6名。
先生:「他の人は?」→「あきらめる。」が多数。
先生:「(2)について、売った場合は保護してもらえないので、あきらめることになったりします。〔編集部注:2013年2月施行の特定商取引法改正により、現在は、いわゆる「押し買い」は規制対象となっています。〕(3)は、一括というところがポイントで、分割払いなら保護されるけれど、一括払いは保護されない場合があります。(4)について、裁判起こす人は?」→1名。
先生:「あきらめる人は?」→多数。警察に言って、あきらめるという生徒もいました。

〈消費者が不利益を被った原因は何か?〉

先生:「前の時間と違って、消費者は保護されないのでしょうか?次の問いをワークシートに書いて、4人グループになって、問題点を付箋に書きだしてください。」(付箋を配布)
問:守られるはずの消費者が不利益を被ったのは、何が原因だろう?誰に問題があったのかな?
 生徒はめいめい、(1)~(4)について、「不正確な情報」「インターネット」「売ったこと」「相手のことを調べなかった」など、付箋1枚に1つずつ書いていきました。1人7~8枚ぐらいになりました。(約10分間)

先生:「では次に、一番大きな原因・問題点はどこにあるかについて、小ホワイトボードに「このものが」とか「この人が」という感じで、付箋を分けて貼っていってください。」(約10分間)
 班によって、さまざまな付箋の分け方があったようです。3つの班を覗いて見たところ、次のように分けて、原因を書いたりしていました。
A班:

1.意思の合致がない
2.被害者→後で調べたこと
3.消費者→加害者になっている
4.リスクが高い(買い物をしたこと‐〔編集部注〕)

   
B班:

売った人 制度 買った人

(該当する付箋を、3つの単語の下にそれぞれ貼ってありました。)

C班:

相手 お金の払い方のしくみ
情報不足
商品の価値を知らなかった
(本人が悪い)
インターネットサイトのしくみ
結論‐自分が悪い

    
(C班は、最初はA班のように1.から事例ごとに分けていましたが、途中から情報不足を中心にして、その周囲4か所に付箋を分けていきました。全部情報不足が原因で、自分が調べなかったのが悪いという結論になりました。)

〈発表はせずに、みんなが他の班を見てまわる〉

先生:「では、他の班をざっと見てきてください。」
 みんな、一斉に席を立って他の班のホワイトボードを見て回りました。
先生:「一番多かったのは、情報不足や消費者が原因ということでした。2番目は制度で、裁判やオークションのこと。前の時間は、(消費者保護のために、私的自治の原則を修正するよう)みんなは法律を変えればいいといっていました。今度も、制度をもっと(消費者保護の目的に沿うよう)変えればいいのではないですか?それより情報不足を1番の原因にするのは、なぜ?」
生徒4:「自分が悪いから。」

〈私たちはどうすればいいのだろう?〉

先生:「私たちはどうすればいいのでしょうか?次回につなげるので、ワークシートの最後に、消費者としての私たちはどうすればいいか、書いてください。」(約3分)
生徒5:「ネットでは物を買わない。いろいろなところを事前に調べる。」
生徒6:「ネットには危険が伴うことを意識する。」

2 教科協議会

〈社会参加の定義など〉

 本校の社会参加学習の方向性は、静岡大学の磯山恭子先生と筑波大学の唐木清志先生の研究を参考にしています。「参加」とは、「自ら社会に関わり、深い社会認識に裏付けられた自分の考えをもち、他者と関わりながら判断し、課題を解決するために行動すること」と定義しています。
【変化する社会に参加するために必要な力の中心となる6つの力】
問題発見力:社会的事象に関心をもち、問題や目的を明らかにする力
多面的・多角的な見方・考え方:社会的事象を様々な面や複数の立場から見たり考えたりする力
科学的思考力:社会的事象に対する考えをもつときに、根拠を明確にし、筋道を立てて考える力
価値判断力:社会的事象に関して合意形成や意思決定を行うときに、価値判断をする力
参加行動・提案発信力:社会に参加し、様々な形で行動したり、社会に対する考えや思いを提案したり、発信したりする力
省察力:自分自身を省みて、今後に生かす力

〈質疑応答〉

質問:「小集団の作り方、なぜ4人なのか、役割分担などを教えてください。」
回答(磯山先生/静岡大学):「小集団学習は、学習の目標と育てたい力を考え、どの人数にするか選ぶのが大原則です。本校では、1クラス40名なので、1年次から4人で継続して思考力を高めています。3人にもメリットがあり、議論を練り合う状況をつくりたい時に、1人対2人の状況を流動的に作れます。4人グループは、どの生徒も活躍できますが、デメリットは2人対2人のとき、なかなか合意形成ができないことです。」
 授業者:「小集団内の役割分担は、回を重ねるにつれ自然と進んでいくようになります。」
 研究協力者:「人数が少ない方が、1人の話す時間が長いし、言いやすい雰囲気もあります。5~6人だと、1~2人遊ぶ場合があるし、机も離れてしまいます。観察した結果、4人を基本に、3人のときもあることになりました。」

〈講評指導〉

岡本裕之 静岡県総合教育センター指導主事
 授業には、社会的事象について「事実を比べる、つなげる、まとめる」ことを必ず入れていただきたいと思います。本日の授業では、前時の確認・表出はできていますが、新しい一歩があるかということがポイントでした。4つの事例について、共通の原因を答えさせたいのか、事例1つ1つについてなのかが曖昧だったと思います。
 公立中学校で小集団をつくる場合は、生徒の能力を考慮して、事前に生徒をカテゴリー分けし、適切な組合わせをつくるといった配慮が必要になる場合もあります。

3 講演会

「公民教育のエッセンス―新教育課程をふまえて―」
大杉昭英 岐阜大学教育学部教授(当時)

〈新教育課程のめざすもの〉

 社会科では、「社会をより正確にわかること」と「よりよい判断ができること」をめざしていますが、前者で使われる知識と後者で使われている知識はかなり違います。社会をより正確にわかる力を身につけたからといって、よりよい判断ができるようになるとはならないでしょう。
新教育課程は、現代社会が知識基盤社会であり、グローバル化した社会であるという認識のもとに、そのような社会で必要とされるキー・コンピテンシー(主要能力)を育成することをめざします。キー・コンピテンシーの1つの「読解力」は、言語活動を通じて育成されます。よりよい判断をするということは、知識や理論を活用して課題を解決することであり、そのための思考力・判断力・表現力は言語活動を通して培われるのです。そこで、言語活動の充実が求められています。

〈言語活動の充実〉

 「読解力」とはテキスト(自分の外にある情報源)の中の情報を取出し、意味理解(解釈)して、総合的に自分の知識や経験に関連付けることです。言語活動の充実は、「疑問形の学習問題」を設定し、その問いを追求することで,まず,知識(理論、概念)を得ることができ,それを活用して問いに答える,つまり解釈,説明,論述を行うことによって達成されます。そして,評価は,資料を読解して、考え・判断・表現したことを一体的に見取ることになります。その際の知識観は、ポパーの批判的合理主義に基づいており,「理論でつかむ(わかる)」あるいは,概念枠組みを使って理由を説明できることを「わかる」ことだという考えに立っています。
 

〈公民的分野の知識観〉

 公民的分野の内容編成は、グローバル化・情報化・少子高齢化という現代社会の状況を理解し、それを捉える基本的枠組みを身に付ける。そして,それを使って、経済領域・政治領域・国際領域を学習します。「現代社会を捉える基本的枠組み」の1つは「効率と公正」です。「効率と公正」という枠組みを使えば、何かしら答えが得られることになっています。
ところが、公民的分野の中で,「模擬裁判」と「持続可能な社会をどう形成してゆくか」という内容については、他の内容とは知識観が異なります。言い方を変えれば,これまでと違う知識観が必要です。すなわち、定まった答えがない問題に対し,自分たちが答えを構成してゆくという考え方,つまり構成主義的な知識観に立って考える必要があります。「動かしがたい客観的真理がある」という知識観ではうまくいかないことを、模擬裁判の体験を通して理解していただきたいと思います。
(この後に模擬裁判のワークショップと、大杉先生によるまとめが続きますが、都合により割愛させていただきます。)

取材を終えて

 授業を取材して、「自立した消費者」としての態度を身につけることは、社会参加につながる法教育という意義があると実感しました。特にネットによる売買は、子どもたちの年齢が上がるにつれ増えていくでしょう。グループによる議論が熱心に行われ、みんな他人事でないと感じているように見受けられました。
先生が、「消費者が不利益を被った原因はなぜ情報不足なのか?制度の方を変えればいいのではないか?」と疑問を投げかけたところが、1つのポイントだったように思います。生徒は前時までに「私的自治の原則」とその修正について学んでいるからこそ、「制度の方を変える」という考えが出てこなかったとしたら、学習の成果が身についていることになるのではないでしょうか。私法の教育を意識した中学生向けの教材開発はまだ例が少なく、これからもユニークな教材が開発されることを期待しています。

ページトップへ