平成24年度 「法」に関する教育を推進するための公開授業

 平成25年2月8日(金)13:50~16:45、東京都「法」に関する教育を推進するための公開授業が葛飾区立北野小学校で開催されました。体育館を会場に、6年生社会科の裁判員制度の公開授業と研究協議・意見交換会が行われました。研究協議のテーマは、「『法』に関する教育の授業づくりをどのように行うか~教材化と指導方法の工夫~」でした。

1 公開授業(13:50~14:35)

第6学年
教科:社会科 単元:「私たちのくらしと政治の働き」(全12時間)
本時のテーマ:「裁判員制度について調べる」(本時は第8時)
ねらい:裁判所と国民のかかわりや裁判の進め方、裁判員の役割など裁判員制度に関心
をもつようにする。
授業者:岡﨑 崇 葛飾区立北野小学校主幹教諭

〈北野小学校のプロフィール〉

1953年(昭和28年)独立開校。周辺は住宅地や公園が多く、緑に囲まれ落ち着いた環境です。近年、中高層住宅が建設され、少しずつ街の景観が変わりつつあります。京成金町線柴又駅より徒歩約7分。
(以上、平成24年度 北野小学校公式ホームページ「学校紹介」より)

児童数
学年 1 2 3 4 5 6 合計
児童数 74 62 75 65 69 82 427

 

〈前時までの学習〉

 本単元は、小学校6年生社会科「国会と内閣と裁判所の三権相互の関連、国民の司法参加」と「法」に関する教育との関連を図って指導内容を設定しています。最初の5時間は、私たちの区の税金の使途と政治の働きを調べ、第6・7時では国の政治の仕組みを調べて、三権相互の関連図をまとめました。

〈導入は三権分立と国民の政治参加の振り返り〉

 先生が裁判所の役割、三権分立などについて次々に質問をし、子供たちは積極的に挙手をして答えていきました。
先生:「国民がもっている三権へのかかわりは、日本国憲法の三原則の中のどれに基づきますか?」
児童1:「国民主権です。」
先生:「前回、裁判所に対する国民の他のかかわり方があることを少し確認しました。何でしたか?」
児童2:「裁判を受ける権利。」
児童3:「裁判員制度。」
 裁判員制度について聞いたことのある子供は全体の1/3程度、どのようなことをするのかはよくわからない様子でした。

〈裁判員制度について調べたいことを考える〉

先生:「裁判員制度は、裁判に国民が参加する新しいかかわり方です。今日の課題は『裁判員制度とは、どのような制度だろうか。』です。」
 裁判員をやってみたいと思う子供は3人、やりたくないと思う子供は多数でした。
理由は、「難しそう。面倒くさそう。責任が重たそう。」などでした。先生が、裁判員経験者の意識調査結果グラフを提示し、それを見て、児童が裁判員に選ばれる前は「やりたくない」と思っていた人が多いけれど、実際にやってみると「よかった」と感じている人が多いことなどを児童が読み取りました。
児童4:「想像しているより、やりやすいのかもしれない。」
先生:「裁判員制度とは実際にどのようなものなのか、調べていくために、疑問をノートに書いてください。」(約10分間)
先生:「では、どのようなことを調べたいか発表してください。」
児童5:「裁判員はどんなことをするのか。」
児童6:「重い刑を出すことができるのか。」
児童7:「任期はどのくらいか。」
児童8:「どんな人が選ばれるのか。」
児童9:「いつから始まったのか。」
児童10:「必要な基礎知識は裁判官から教えてもらえるのか。」
児童11:「憲法や法律について詳しくなくていいのか。」
児童12:「選ばれた人はどのくらい法律の勉強をすればいいのか。」
児童13:「なぜ国民が参加するのか。」
 先生は、発表された疑問を、役割や選ばれ方などにグループ分けして板書しました。

〈資料で調べる〉

先生:「今日は、「裁判の進め方」の中の、裁判員の期間について調べます。『よくわかる!裁判員制度Q&A』という資料を配ります。どこが作成しているかな?期間は、目次を見て調べて、ノートに分かったことを書いてください。」(約3分間)
調べたことを数人が発表した結果、期間はおおむね3~4日で、1日に5~6時間かかることがわかりました。裁判員裁判でない場合は1年もかかることがあるのに、なぜ短くできるのか、理由は公判前整理手続きがあるからということを確認しました。
先生:「次回は、裁判の進め方について調べます。」

2 研究協議・意見交換会(14:50~16:45)

テーマ:「『法』に関する教育の授業づくりをどのように行うか~教材化と指導方法の工夫~」
東京都「法」に関する教育推進委員
  岡﨑  崇 葛飾区立北野小学校主幹教諭
  宇田川裕美 世田谷区立東深沢中学校主幹教諭
  渥美 利文 都立小岩高等学校教諭
 講師
  鈴木 啓文 弁護士

(1)本日の授業について
・授業者より
 「児童が裁判員制度について関心をもつということがねらいです。実際に調べることで、もっと調べようという意欲がわくとよいと考えました。教材として、最高裁判所ホームページ掲載の裁判員経験者アンケートの結果をもとにグラフを作りました。パンフレットも使えると考えました。動画から裁判員経験者の声をまとめて、資料としました。今日の授業の指導方法は、調べたいことを考えさせる点がポイントです。最後のまとめ方のところに課題が残ったと思います。」

・渥美教諭より
「高校生の8割が裁判員制度について知っていますが、本日のような授業の成果だと思います。子供の意見を整理するところは、自分もいつも悩みます。「重い刑を出すことができるのか」という疑問を取り上げてもよかったのではないかと思いました。「知識がなくて大丈夫か」なども、高校生なら取り上げたいと思います。今後、子供たちがどう理解を深めるか、興味深く思います。」

・宇田川主幹教諭より
「疑問がたくさん出され、関心が高いと思いました。「調べる」という作業で、関心を明確にしていったのがよかったと思います。」
・講師より
 「裁判員制度への視点の投げかけ方が面白いと思いました。裁判員の実際の機能として、国民が裁判に入ることでどうなのか?ということへつながるとよいと思います。また、『そもそも裁判とは何か、裁判とは権利であること、裁判所は大事な機関であること』も、どこかで触れられるとよいと思いました。」

(2)各校種における「法」に関する教育の推進状況、事例紹介等
・岡﨑主幹教諭より
「小学校においては、子供たちに法について考えさせる場面が増えました。4年生の消防、水道、ごみの出し方のルールなどについては、実際の条例を使い、授業を展開しています。道徳や学級活動など、普段の学校生活においてもルールについて考えさせる場面があります。」

・宇田川主幹教諭より
「中学校は、教科担任制なので、まず社会科で、という意識がありますが、家庭科でも法に関する内容があります。また、特別活動の班活動やルールづくりなど、法やルールに関して、考えを深める場面があります。」

・渥美教諭より
「高校公民科では、現代社会と政治・経済において充実が図られています。『「法」に関する教育カリキュラム』(東京都教育委員会、平成23年)のp.96~97に、今日の授業の高校版があり、そこでは基本的な見方や考え方を大切にすることをねらいとしています。制度の細かい点を追うのではなく、裁判を「参政権」と捉えるべきか「義務」と捉えるべきか、本当に裁判員は「人を裁く」のか、などについて考え、検察官の立証に合理的な疑いをはさむことができればいいのではないか、というのが高校版かと思います。いろいろな意見を出し合いながら考えていくのが高校の授業と考えます。」

・講師より
 「社会に出て役に立つ力を身に付けてほしいと思います。小学校の場合は、ルールやきまりの基本的な考え方です。「守りましょう」という確認ではなく、「なぜルールが必要か、その状況を解決するのにふさわしいルールなのか」をわかってもらいたいと思います。その先で、もう少し広い社会でのルールの理解へつながります。「そもそも法律はなぜ必要か」、小学校では難しくても、中学校あたりで理解してもらえればいいと思います。高校では、「きまりがなくてもいい、自由でいいじゃないか」という話もあっていいと思います。」

(3)授業づくり(教材化と指導方法の工夫)について
・岡﨑主幹教諭より
 小学校では、「ルールは何のためにあるのか」が大事で、学級・学校全体・地域の中で考えます。『「法」に関する教育カリキュラム』のp.64の例では、自分の家での様子からごみの捨て方を振り返らせたり、収集作業を調べたりして考えさせました。司法に関する情報は難しいものが多いので、資料を加工したり、子供にも分かりやすいものを探したりすることが必要です。クイズ形式も活用し、最終的に裁判員制度への理解が深まるとよいと思います。

・宇田川主幹教諭より
 中学生には、日常生活においても法意識をもって生活してもらいたいと思います。家庭科では、契約に関して「レシートを貰うか」といった、生活と法のかかわりが具体的に理解できるような身近さが授業展開において大事だと思います。「契約とは重いもの」と気付かせることが大切だと感じました。改めて「ルールが何のためにあるか」を考えることも大事です。

・渥美教諭より
 「憲法および立憲主義の意義を生活と関連付けて学ぶ」という学習の視点については、個人の尊重と法の支配、憲法13条と99条が大事です。ここに立憲主義の考え方がよく表れています。それを生活と関連付けて学習する例として、前述の『カリキュラム』のp.93の「決めてはいけないルール」があります。たとえ皆が合意しても決めてはいけないルールがあるということが立憲主義です。

・講師より
 身近さがポイントと言われています。学級で起きたことは身近ですが、生の事例は扱いにくいことがあるので、ある程度時間をおいてから、名前を変えて使ったりする工夫が必要です。大きな事件や事故も、皆に共通の話題だから身近かもしれません。
 契約については、子供の周りにあります。契約したらどういう約束になるか・ならないか、1対1の場合と、大企業対消費者の場合の違いの理解に進んでくれるといいと思います。
 憲法は、立憲主義や権力・人権のところが大事です。裁判員制度はダイレクトに国民主権といえるか。くじで選ばれた人が多数決で判決を決めますね。人権の基本的なところは、「みんなで決めてはいけないこと」ということでした。憲法について、きちんと整理されて理解されるといいと思います。

(4)フロアから意見交換
・法務省法教育推進協議会委員より
学習指導要領上、国民の司法参加は高校で扱うといいのではないか。小学校なら、『法の本質とは何か』ということをしていただきたい。高校は、水産業に『ハタハタ』の漁獲についてのきまりを話し合うといういい例がある。中学では、ルールの評価について、社会科と特別活動を合わせた授業がいい例だと思う。
法教育とは、人と社会の関係を考えることではないか。人と社会の相互作用に法はどう関わるのかということから、個人の尊重や基本的人権の尊重につながる。『ルールはなぜ必要か』ということも大事だ。普段先生方がしていることを学級運営に生かせば、あまり細かいことは考えなくていいのではないかと感じた。

・小学校教諭より
この小単元は教科書ではわずかで、説明が多くなりがち。関心をもたせるためには調べさせることが必要で、なぜ裁判員制度ができたかにつながるいい授業だったと思う。

・高等学校教諭より
グラフの変化は子供の追究する課題とは結びつかないかと思うので、アンケートに『もう一度裁判員として参加したいか?』という項目があればいいかもしれない。

(5)法律実務家との連携について
・岡﨑主幹教諭より
 小学校において連携は難しいというのが本音ですが、子供の意識を高めるのに重要だと思います。

・宇田川主幹教諭より
 中学校では、職場体験を申し込んで断られたり、出前授業を提案されても実現できなかったり、という状況がありましたが、生徒は専門家に具体的な話を聞いたり質問したりできると目を輝かせます。生徒にどんなことを理解させたいか、専門家と打ち合わせをしながら、授業づくりをしたいと考えます。

・渥美教諭より
 学級の背景を知らないと、授業展開の仕方がうまくいかないことがあります。専門家に来ていただくのが難しいときは、メールで助言をいただいて授業に反映させるのも、連携の1つのあり方だと思います。

・講師より
 イベント的授業なら弁護士会が対応してくれる場合もあるでしょう。『カリキュラム』のp.100のリストをご覧ください。小学校の教科書を法律実務家と見るのも面白いと思います。どんなことができるかな、という段階から法律実務家を誘っていただいていいと思います。ゲスト・ティーチャーという形だけでなく、アイデア出しもできますし、気楽に声をかけてください。中学生以上には、実際の裁判を見ていただくといいと思います。TTは難しい面もありますが、お互い学ぶ面があるので、いろいろ言っていただければと思います。

取材を終えて

 授業では、子供たちが積極的に意見を述べていたのが印象的でした。「裁判員を務めるには、裁判や法律のことをよく知らなくてはならないのではないか」と感じている子供が複数いることがわかり、末頼もしい思いがしました。今勉強している最中の子供たちには、その意欲が高まるように育ってほしいものです。子供たちから出された疑問をどう取り上げていくか、授業づくりの思案のしどころだと思いました。
 研究協議・意見交換会では、各学校段階にわたって授業づくりの工夫やポイントがいろいろ示唆されました。『「法」に関する教育カリキュラム』を活用して授業づくりに役立てていただければ、という主催者の思いが伝わってきました。法律実務家との連携も、一層図られることが期待されます。

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