2012年度レポートを振り返って インタビュー 窪直樹先生

 2012年度は、小学校の教科書が新学習指導要領に沿って改訂された年でした。法教育レポートでは「教科書を見るシリーズ」として、新学習指導要領にも示された法教育に関わる内容がどのように教科書に記述されるかを見ていく企画を始めました。今回の年度まとめのインタビューは、「教科書を見るシリーズ」と小学校におけるご自身の取組みについて、練馬区立大泉第六小学校の窪直樹先生にお話を伺います。

〈小学校教科書と法教育〉

――窪先生には、3年前に年度まとめのお話をしていただき、その後も当レポートをずっとご覧いただいております。今年度から始まった教科書シリーズのご感想をお聞かせ願えませんか?
03窪先生:「最初に法教育の定義が書かれていて、法教育を知らない人にとってわかりやすい導入であり、また、学習指導要領にも触れていて、教員でない人にも優しいと思います。「学習指導要領に載ったことが教科書にどう書かれているかが、授業をおこなう上でとても重要」ということに同感です。教科書を作る先生方は、法教育をどうページ化するか、悩みながら作られていると思います。たとえば、消防のところで火災報知器、交通安全のところで自転車の乗り方というのも法教育を意識していると思います。
  小学3・4年生の社会科は身近な地域の学習なので、副読本が中心になります。副読本は教員が中心となって、地域の実情にあわせた内容のものを各市町村が作っていますが、それにも教科書の作りが影響していますし、教科書も併用します。やはり、教科書に法教育がどう書かれるかが重要だと思います。」

〈春田先生のアイデアについて〉

――春田先生が様々なアイデアを提示しておられる点は、いかがですか?
窪先生:「春田先生のアイデアについては、現場の教員がみるものと弁護士がみるものの守備範囲が違うので、新たな気づきがある点で参考になります。現場は忙しく、新たに法教育の教材開発をしていくというのはなかなか難しいのですが、既存の授業・教材を法教育の観点から見直していく現実的なアイデアがいっぱいなので、ありがたいと思います。既存の授業の中に法教育を入れ込んでいくことが、普及のためには大切だと思います。」

〈小学3・4年生社会科上巻のレポートについて〉

――具体的にはどのアイデアに興味をもたれましたか?
窪先生:「『身近な公共施設』のところで、地図記号を作るときに、『記号』=きまりと意識するという点は新鮮でした。この授業は3・4年生担当になると自分もしているのですが、同じことをするにも『記号』=きまりという認識があると法教育につながると気付かされ、法教育は意識次第だと思いました。
 『販売の工夫』のところでは、スーパーマーケット見学の事前指導に際し、教員が注意を与えるのではなく、『何を注意しなくてはならないかな?』と問いかけて、子ども自身に見学のきまりを作らせることが法教育につながることに同感です。子どもが自分から不都合だと感じることが大事であり、それに基づいてきまりをつくるという順番ですね。時間がないからと教員がきまりを与えるだけだと、子どもの実感を伴わなくなってしまいます。
 そう考えていたら、店内にもお客さんのニーズ、法律に従う、といったきまりがたくさんある、バックヤードには衛生についてのきまりとか、賞味期限のせまったものは廃棄など、『店内のきまり』があるのではないかと気づきました。店員向けに『いらっしゃいませ、ありがとうございました、の挨拶を!』という注意書きが貼ってあるかもしれないし、お酒やたばこを売る際の年齢確認のことや、冷蔵装置の温度管理の注意など、たくさんのきまりごとがあると思います。お店の中のきまりには理由があることを学ぶことで、法教育的視点を入れられると思いました。今度お店見学の機会があれば、お店にどんなきまりがあるか見てこようと促すと、おもしろい展開になりそうだと思いました。
 『農家のしごと』のところは、農薬について、『害虫との闘い』という視点と『人々の健康・安全を守る』という視点から考えるのも、法教育のきっかけになるのではないかと思います。
 『上手な買い物』については、5・6年生の家庭科の内容と関連が強いです。『お菓子の品質表示はなぜあるか』を考える授業をしたことがありますが、アレルギーをもつ人にとっては、表示がないと危険なことがわかります。消費期限については、買う人にとって安心という理由が出るのが普通ですが、『その期限までが会社の責任で、会社が自分を守るためにあるのではないか』という意見を言った子どもがいます。そこまで考える子どもがいることに驚きました。
 『のこしたいもの、つたえたいもの』については、これまでは地域に伝わる祭りを教材にすることが多く、『しきたり』や『ならわし』を中心に扱うことはあまり考えていませんでした。それらを教材にどう展開すればいいのか。『しきたりやならわしがなぜ守り続けられるか』を考えることになるでしょうか。この単元のねらいは、『伝統を受け継いだ人たちの思いを知り、地域を愛する心を育む』ことなので、そこへ到達するように授業を組まねばなりません。弁護士の視点と教員の授業づくりのすり合わせが必要になるところです。大きく見れば、社会科の目的と法教育の目的は、公民的資質の育成という意味ではつながっています。法律専門家と教員が一緒に授業をする意味はそこにあると思います。」

〈小学3・4年生社会科下巻のレポートについて〉

――3・4年生教科書下巻のレポートについても、ご感想をお願いします。
窪先生:「『火事からくらしを守る』のところでは、現実社会の問題の中から法的な視点をもって教材化し、現実の問題を法的な視点でみて解決をしていく力をつけていくことが大事だと思います。新聞等に表れてくる事件などを素材に、子ども達と一緒に考えていきたいと思います。
  『安全な生活を守る』の単元、自転車の『あぶない乗り方』に関しては、私も気になる記事をストックしています。『信号をなぜ守るのか』話し合うのは、法教育としておもしろそうです。人が法を守るとはどういうことか。『子どもの模範にならなければ』など、別のなにかが働いているかもしれません。守らない場合もあるという矛盾にも目を向けると、おもしろい題材になるかもしれません。『自転車の悪質な走行に罰則』など、結果を意識させる点も重要です。被害を被ったとき、被害を与えてしまったときの責任とは。そういう目でニュースを見て、子どもに関わってくる法律について考えてみたいと思います。
 『水道』のところでは、『取水制限』や『水源の保全』についての決まりを取り上げ、その目的を考えることが法教育の視点と合うのではないでしょうか。

〈6年生の担任としての取組みから〉

――今年度は6年生の担任をされたとのことですが、ご自身の取組みはいかがでしたか?
窪先生:「6年生の社会科教科書から法的な観点の記述を拾い出してみたら、かなりたくさんありました。6年生は歴史が主ですが、歴史の中の法やきまりがなぜつくられたかを考えると、その時代の情勢、生活がわかります。こういうきまりがつくられたのはなぜだろう。そのころの人々のくらしはどうだったのだろう、と興味が深まっていき、歴史への見方が深まります。」

〈基本的人権の尊重について弁護士と協働授業〉

窪先生:「2013年2月に、弁護士の塩川泰子先生と日本国憲法の『基本的人権の尊重』の授業をしました。6年生で必ず扱う内容ですが、難しいので、教師も教えるのが難しいし子どもも理解が難しいところです。
 最初の打合せのとき、私から「教科書のこのページをやりたい」ということを提案しました。権利の中身についての指導を弁護士さんにお願いしました。東京書籍の教科書を使用し、3人の弁護士が協働してくれました。アイデア出し・題材作りは弁護士、指導案化・板書計画は私。教材資料は一緒に相談し、紙芝居の絵は学校の同僚が作ってくれました。実際の授業はTTで、役割を分けてみたら非常にうまくいきました。時間も45分に収まり大成功。弁護士がT1、私がT2(板書や、授業が停滞したときなどの補助、最後の振り返りを担当)でした。子どもは弁護士の先生の話ですと真剣に聞きますので、専門家が憲法の話をしてくれるということにも、ひとつ意義があったと思います。
 内容は、①教育を受ける権利、②思想・良心の自由、表現の自由、学問の自由、③職業選択の自由・勤労権の3つでした。授業の山場は、①教育を受ける権利については、『義務教育は、教育を受ける義務ではなく受けさせる義務』であること。日常生活の話から入って、学校なんて行かずに遊びたいと思うかもしれないけど、『学校に行けない』となったらどんな問題があるか、を考えさせてから『権利性』を意識させました。②思想・良心の自由、表現の自由、学問の自由については、『神話』対『科学』を紙芝居を使って考えました。③職業選択の自由では、『将来が決められていたらどう?』という質問から職業選択の自由を考えました。そのうえで、『他の会社に技術者を転職させない契約の有効性は?』という、権利と権利がぶつかるような場面を考えました。そして、『技術者に代償金としてお金を渡した場合や,転職禁止の期間について条件をつけた場合は?』など、具体的な場面について話し合いました。最後の問題では、単に『権利がある』ということにとどまらず、『なぜ権利を認める意味があるのか』、『権利を使って何をどう主張できるのか』まで考えることができました。その調整を図るのが裁判所、ということを子どもは理解してくれました。東京書籍の教科書では、すでに裁判所について学習しているので、思考がつながりました。
 弁護士に学校に来てもらうときは、弁護士に完全にお任せの「出前授業」ということが多いかもしれません。ただ、それだと授業のカリキュラムの中での位置づけが難しいことがあります。協働であれば、カリキュラムに位置付け、明確なねらいをもって授業をつくることができます。専門的知識がないと難しいところに入ってもらえると、法教育が普及することにつながると思います。

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 この社会科の授業の前には、『総合的な学習の時間』で弁護士の職業紹介をする1コマがありました。専門家と協働授業をするなら、このようにセットで授業ができるといいと思います。弁護士だけでなく、司法書士、行政書士の先生も考えられると思います。

〈新年度に向けて〉

――新年度はどのような取組みをしたいとお考えですか?
02窪先生:「もし3年生だったら、先ほど述べた『お店のきまり』をやってみたいですね。6年生だったら歴史学習での法教育。5年生だったら漁業のところで、水産資源が少なくなっていた地域で自分たちできまりをつくって回復したという話(2012年度東京都「法」に関する教育を推進するための公開授業における大杉昭英先生のコメントより)を授業でやりたいと思います。
 5・6年の保健の教科書には飲酒・喫煙の害が取り上げられており、規制や対策について子どもに考えさせるようなつくりになっています。現実をみるために非常によい素材だと思います。
 6年生国語の討論の単元は、毎回、子どもが白熱します。常盤小学校のディベートのレポートが面白いですね。ディベートは、子ども自身が調べて考える→自分の意見を主張し、相手の意見を聞くという作業により、法教育の基本になります。テーマは、『シルバーシートは増やすべき?』『動物園にいる動物はしあわせか?』『コンビニの24時間営業は規制すべき?』など、いろいろあります。模擬裁判的にディベートを展開して、事例から問題点を見つけたり、法についての考え方やたくさんの視点があることを身につけたりできるのではないかと思います。学級会も活性化するようになるし、普段の生活でも話し合いの風土ができるようです。一方的に主張するばかりでなく、相手の意見を受容的に聞くようになり、折り合いをつけるために相手や自分も引くことを覚えます。少数者の意見にも耳を傾けます。
 実際に、本校では年1回、自由参加の隠し芸大会があるのですが、私が担任したクラスではそれにクラス全員で出るか出ないかで大議論になったことがあります。『全員で出たい派』と『自分は出たくない派』で対立しました。お互いの主張を出し合い、学校・学級の目標まで主張の根拠にした子どもがいたのは、日頃の取組みの成果ではないかと感心しました。最後は、出たくない人の気持ちを尊重するけれど、出ない人も協力するという方向に話し合いは進み、無事に参加できました。
 このように、日常に起こっていることを、少し見方を変えるだけで法教育はできると思います。すると、子どもは必ずいい方へ変わると思います。」

〈「こんな法教育あるといいな」〉

――「こんな法教育あるといいな」というご希望はありますか?
窪先生:「教材倉庫の小学校教材が充実するといいと思います。いじめ問題と人権をからめた教材が、是非とも必要と感じます。いじめた子どもを罰するという観点ではなく、いじめられた子が自分の権利を守る、助けてくれる人はたくさんいるということを知るところにスポットをあてた授業をつくりたいと思います。弁護士さんと一緒になって授業を作れば、弁護士の豊富な知識と教師の経験を生かした素敵なコラボ授業ができるのではないでしょうか。何の時間にあてるかは、授業の位置づけによります。学活、道徳、社会科の人権、扱い方はいろいろ考えられるし、何年生でも大丈夫でしょう。いじめにつながる芽はどこにでもあると思うので、それが小さいうちに教員や保護者が対処しなければなりません。いじめの芽はないと思っていると見つけられないですし、教材はどの学校でも必要とされると思います。」

〈インタビューを終えて〉

 お話を伺っていくにつれ、窪先生は、『既存の授業の中に法教育を入れ込んでいくことが、普及のためには大切だと思います。』とインタビューの中で言われているとおりに、ご自身も日常の学校生活に法教育の意識をもって臨んでおられることがわかりました。地図の『記号』=きまりと意識することや、お店見学では教員が注意を与えるのではなく、『何を注意しなくてはならないかな?』と問いかけて、子ども自身に見学のきまりを作らせるなど、ちょっとした教員の意識や声かけが、法教育のきっかけとして大事であるとのことでした。
 教科書シリーズは、弁護士とともに教科書を見ていっていますが、それをさらに教員である窪先生がご覧になり、弁護士と教員の視点をすり合わせる必要性を指摘していただいたと思います。授業づくりにおいては、学習指導要領に示されている授業の目標へ到達するように、内容を展開しなければなりません。法教育を入れ込むにしても、授業のねらいにつながっていくことが大事であると深く認識させられました。法教育を取り入れたことで、歴史の見方が深まるといったような授業づくりが求められていると思います。
 法律専門家との連携については、出前授業ではなく、教員と協働で授業づくりをすることにより、カリキュラムに位置付け、明確なねらいをもって授業をつくれるということが印象的でした。専門家が話をしてくれるということの意義、専門的知識がないと難しいところに入っていただく意義も指摘していただきました。窪先生と塩川弁護士の協働された『基本的人権の尊重』の授業は、ぜひ拝見させていただきたいと思いました。『いじめと人権』の法教育も、いつの日か実現するといいと思います。

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