法教育推進協議会傍聴録(第32回)

 2013年3月21日(木)10:00~12:00、第32回法教育推進協議会が法務省で開かれました。冒頭、法教育懸賞論文コンクール表彰式が行われ、4名の受賞者の表彰の後、受賞者から法教育に関する取り組み状況の報告がありました。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

1 法教育懸賞論文コンクール表彰式における受賞者感想

法教育推進協議会賞:関根憲一 豊島区立池袋中学校主任教諭
 「私は研究団体等に参加していないので、いろいろな手がかりから見つけてきた法教育の教材を使って実践してみたところ、生徒に変化が見られました。それを多くの人に知ってほしいと思い、応募しました。法教育の全国的実践につながればいいと思っています。論文で取り上げた授業は、本校の同学年の先生方に協力・実践してもらったもので、お礼を言いたいと思います。教員の視点と、法律専門家の視点を一層一致させていくと、さらにレベルの高い授業ができるのではないかと考えています。」

日本司法支援センター賞:小代誠一郎 大阪府立城東工科高等学校教諭
 「大阪で一緒に活動している弁護士や教員の方々と共にいただいた賞だと思います。先生方との出会いがなければ、法教育に携わらなかったと思います。生徒は、法律に関心が高く、そのような生徒に応えることが、法教育の使命だと思うので、一層発展に力を尽くしたいと思います。」

公益社団法人商事法務研究会賞:川端裕介 八雲町立熊石第二中学校教諭
 「本校は北海道の全校生徒24名の中学校です。歴史で法教育を行おうと思ったのは、公民における『○○教育』の多さからでした。実践してみると、効果があるという感触を得ています。法的な考え方は今の学校教育に必要だと感じており、今後も、充実に寄与できればと思います。」

奨励賞:塩川泰子 第二東京弁護士会所属弁護士
 第二東京弁護士会法教育委員会に所属し、外部講師として授業に携わっています。現場の先生には、「生きる力の育成はすでに行っている」という意見もあり、法教育の真意がなかなか伝わらないと感じることがあります。法教育について、もう少し具体的な概念が伝えられないかと思い、論文に取り組みました。

2 法教育に関する取組状況報告

(1)関根憲一先生 (豊島区立池袋中学校)

〈法教育との出会い〉
 法律に関する専門知識の不足から、法教育に尻込みする気持ちがありましたが、学年主任として担当した学年の規範意識の低さ、人間関係の希薄さに危機感を感じ、法教育をやってみようと決意しました。まずは、外部の助けを借りるところから始め、道徳地区公開授業の時間を活用し、1年生に東京弁護士会の協力による出張授業で、「トラブルの解決策」を話し合う実践をしました。教材は、法務省の「マンガ本の貸し借りを巡るトラブル」ですが、目に見えるように図式化したところ、生徒の反応がよかったです。

〈2・3年時の法教育授業〉
 2年生になると、中だるみの年と言われる中で、ルールを大切に、規範意識を高め、お互いを尊重する雰囲気をつくってほしいと、やはり道徳地区公開授業で東京弁護士会の協力による「ルール作り」の授業を行いました。授業後の生徒の感想の中に、「一人の人が我慢をするのではなく、みんなが少しずつ我慢をすればかなり良くなるので、このことを忘れずにいきたいと思います。」というものがあったのが、「法教育をやってよかった」と思える成果です。
 3年時は、法教育の集大成として社会科公民的分野で「裁判員制度」の授業を東京弁護士会の協力で行いました。3年間の法教育授業に対する生徒の声は、「これまでの授業を通じ、法や制度について興味がわいた」「約束や契約についてより深く調べてみたい」「人の意見と自分の意見をぶつけ合って、解決策を考えることが重要だと感じた」などの感想があり、3年間の積み重ねの成果を感じました。

〈今後の課題)
 今後は、自信の法律的知識を向上させれば、もっと授業のレベルが上がるのではないかと考えています。単発のイベントに終わらせないために、校内で法教育の「全体計画」を作り、より全体の教科で実施する必要を感じています。3年間に積み重ねる学習を意識した教材づくりのためには、一層の法曹関係者との関係づくりが必要だとも考えます。

〈質疑応答)
質問:「学年主任が学年の先生方を指導したのですか?」
回答:「ケースバイケースです。たまたま3年間、教員の異動がなかったので、学校組織の中でそれぞれの役割を担当しました。」
質問:「教員の視点と法律専門家の視点を一層一致させたいとは、具体的にどういうことですか?」
回答:「教員は、生徒の発言についての許容範囲が広く、それなりに評価しますが、それが法的考え方にかなったものになっているのか確認できません。弁護士の方から、『答えはない』と言われても、期待されている方向性はあるといつも思っているので、そう発言しました。」
質問:「他の学年でもこの取組みは定着しそうですか?定着のキーはありますか?」
回答:「他の学年ではなかなか取り組めていません。公開授業で扱ったのは、他学年の先生にも見られるようにとの意図だったのですが。今、新年度に向けて、他学年の先生から問い合わせを受けているところです。」

(2)小代誠一郎先生 (大阪府立城東工科高等学校)

〈法教育との出会い〉
 私の法教育の原点は、大阪弁護士会の雑誌『法むるーむ』の第1回改訂作業に参加したことです。この雑誌は、弁護士と教員約10名ずつが毎月1回集まり、3年以上かけてつくった小冊子です。弁護士の方に、「まず契約そのもの、契約自由の原則について、生徒に伝える必要がある」と言われました。道垣内正人先生の『自分で考えるちょっと違った法学入門』 も読み、なるほどと思いました。

〈普段の取組み〉
 本校は工科高校なので、社会科は1年間に2単位ずつだけです。「現代社会」を担当していますが、『法むるーむ』に載っているテーマを生徒に伝えるのが、普段の取組みです。
 論文では、「契約書を作成してみよう!」という授業実践を取り上げました。生徒はこの授業に意欲的に取り組みましたが、それは、① 生徒の興味・関心を引くテーマであったこと、② 生徒の思考力を活性化する課題を与えたこと、③ 今後の生活を考えると学ぶ必要があると思える内容であったことが、大きな理由であると思います。本校の生徒たちはお金にシビアで、時給10円の違いに敏感です。損得をリアルなところで聞いている生徒が多いといえます。
 契約書の授業の後は、裁判のDVDを見て、感想を書かせます。2コマを使い、67分のDVDですが、生徒は真剣に見ています。いい視聴覚教材は効果的だと思います。東京証券取引所制作の「金融経済ナビ」というDVDもいいと思います。可能なら、このようなタイプの法教育のDVDももっとあるといいと思います。
 弁護士の指導付きの裁判傍聴にも行きます。1学年300名ほどのうち、15名位が12月に参加していますが、参加者は皆、よかったという感想を話します。職員研修としてできないか、今、弁護士と構想中です。

〈法律専門家のよりよい出張授業のために〉
 大阪弁護士会で、弁護士の方々の授業力向上のために、授業方法について講義する機会をもったことがあります。まず50分間の授業の内容、題材を考える必要があります。生徒にとって、惹きつけられる授業の1つは、「発見がある授業」です。そのための題材の例は、「なぜ弁護士になろうと思ったのか」「こんな事件を担当して私はびっくりした」「生徒にとって身近なこと」などがあります。「話し方」にも、平板ではなく工夫があるとよいと思います。生徒も教師も出張授業を楽しみにしていますので、ぜひ積極的に学校に来ていただきたいと思っています。

〈質疑応答〉
質問:「生徒が将来、法教育を学び続けていく必要に気づくことは重要だと思います。どのような工夫をしていますか?」
回答:「契約に関する授業は生徒に驚きをもって迎えられました。社会にはいろいろな場面で契約がある事実を知った心理的ショックが、心のどこかに将来も残って、呼び起されてくれたらと願っています。」
質問:「文部科学省のほうでは、契約について学習する機会が少ないことについて、今後改善される予定です。目の前の生徒の切実な課題を教材にするためのアイデアはありますか?」
回答:「本校は、まず基本的事項をじっくり教える必要があり、その上で法教育の重要性を伝えたいと考えます。ご紹介した契約の授業は、学校レベルにかかわらず扱えるテーマだと思います。普及させるためには、教員が困ったときに答えてくれる法律専門家の支援があるといいと思います。」

(3)川端裕介先生 (八雲町立熊石第二中学校)

〈熊石第二中学校における法教育の取組について〉
 歴史的分野での法教育の意義としては、① 法の基本的価値(その時代ごとの正義・自由・公正など)の理解、② 法の意義の理解(人類の歴史と法の発展)、③ 法教育の機会拡大、④ 歴史的事象の理解を深めること(法に時代の特色が反映)が考えられます。
 授業例作成にあたってのポイントは、学習指導要領に関連があること、古代から現代までの系統性があり、公民的分野の下地となることです。グループで話し合う、個人でまとめるなどの場面を設定して、思考力・判断力・表現力を養うようにしました。また、交通不便な学校でも実践可能にすべく、ゲストティーチャーの必要がありません。
法についての学習が継続した成果として、戦国大名の分国法に鎌倉時代の御成敗式目と共通点があることや、守護大名と戦国大名の違いに生徒自身が気づいたことが挙げられます。
 実践を通し、生徒は法の基本的価値や意義を理解したと考えます。法への関心や、思考力・判断力・表現力も向上しました。社会科以外の場面においても、学級会や生徒会の話し合いの場面で、「校則の目的」を意識して討議するというように、変容が見られました。歴史的分野に法教育の概念を導入することの効果は高く、法教育の一層の充実・発展につながると考えています。

〈質疑応答〉
質問:「公民的分野に対するご自身の見方は変わられましたか?これからどうアプローチされますか?」
回答:「現代的課題にどれだけ法が役立っているか、使われているか、議論するといいのではないかと考えています。」
意見:「フランス革命の単元でも法の意義を取り入れてもらえると、直接的に公民的分野につながり、いいと思います。」

(4)塩川泰子先生 (弁護士)

〈第二東京弁護士会法教育委員会の取組状況と論文執筆のきっかけ〉
 教材作成、研修、模擬裁判、ジュニアロースクール、出張授業、裁判傍聴引率等に取り組んでいます。授業内容は、ルールづくり系、紛争解決系、模擬裁判、いじめ予防となっています。授業では、答えは一義的でないまま終わることが多いのですが、「これを学んだ」と言えない授業は学校から理解されにくいものがあります。それでも弁護士に学校へ来てほしいと言ってもらえるような理由は何か、言語化したいと考えました。

〈授業化について〉
 法教育をめぐるキーワードを自分なりに構造化してみると、高次の概念から下へ向けて順に、「生きる力」→「対立と合意」→「幸福・正義・公正」「法的な思考」等となるのではないかと考えました。「生きる力」を身に付けるという高次の目的に向けて、「対立と合意」に至るプロセスの手段として「幸福・正義・公正」「法的な思考」などの手段、いわば各論的獲得目標があるという構造です。各論的獲得目標をさらに具体的にするのが、授業化だと思います。
 「法的な思考」の授業化に際しては、まず授業の獲得目標として、①いろいろな意見があることを理解する、②一義的に正義が定まらない前提で、判断をする能力を身に付ける、③問題把握能力(事実と主張の違いを判断する能力)を身に付ける、という3つを考えました。次に、それぞれの目標に対応する事案として、①:事実に争いがなく、主張に争いがある事案、②:認識している事実に争いがある事案、③:立場の違いによる争いがある事案を考えました。論文ではこれについて書いています。
 論文執筆後には、「幸福・正義・公正」の授業化を考えています。ルールづくり系の授業や「幸福・正義・公正」という概念につながる小学校向け人権授業づくりを考えました。

〈今後の課題〉
 獲得目標の明確化・具体化のためには、法分野と教育分野の専門家の融合が大事だと思います。目的意識、授業後の生徒の感想の評価まで、共有したいと思います。

〈質疑応答〉
質問:「論文には技能習得についてのオリジナリティーがありました。法教育についてはどうお考えですか?」
回答:「ロースクール時代に法教育に出会ったので、自分の感覚は生徒に近いかもしれないと思います。法教育により、社会とのつながりが理解できると思います。」
質問:「ロースクール生としての取組と弁護士としての取組の違いは何ですか?」
回答:「ロースクール生のときは、何人かで授業案を突き詰めて考えることができました。弁護士になってからは、学校から弁護士として迎えられる点に違いを感じます。」

〈取材を終えて〉

 今回の報告を振り返ると、最初のお二方の先生は、目の前の生徒を指導するにあたって必要なことを、後半のお二方は学校において法教育を普及させるために必要と考えることを、それぞれ論文で追究されたといえるでしょう。これらの論文に報告された実践がさらに広まり、深まっていくことを期待したいと思います。

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