シンポジウム「ピア・メディエーションの有効性を考える」 その1

 2013年3月17日(日)13:00~16:40、日比谷図書文化館を会場に「ピア・メディエーションの有効性を考える」公開シンポジウムが開催されました。主催は、法に関する教育教材開発研究会です。
 「メディエーション技能」を用いて、児童・生徒間で発生するトラブル等を自分たちの問題として解決することができる子どもを育成する「ピア・メディエーション」の概要報告、ワークショップなどの模様をお伝えします。ワークショップは、参観者全員が模擬調停を体験し、盛り上がりました。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:00~13:10 シンポジウムの趣旨
13:10~14:55 ワークショップ「ピア・メディエーション体験」
14:55~15:20 ハワイ州の事例と日本の事例報告
15:40~16:40 パネルディスカッション

1 シンポジウムの趣旨

橋本康弘 福井大学教育地域科学部 准教授

「ピア・メディエーション」とは、アメリカ合衆国や英国などで行われている市民性教育の1つです。「メディエーション技能」を用いて、児童・生徒間で発生するトラブル・悪口、言いがかり・誹謗中傷などを自分たちの問題として解決することができる子どもを育成する教育です。当研究グループでは、ハワイ州のピア・メディエーションなどについて研究してきた成果をこのシンポジウムで明らかにし、ピア・メディエーションの有効性について検討します。

2 ワークショップ

(1)「調停による紛争解決」講義

東川浩二 金沢大学法学系 教授

 金沢大学では2009年より交渉学を開講しています。ピア・メディエーションは、権威(先生)をあてにせずに、友達や当事者が解決を考えるものです。
紛争解決手段には、①交渉、②調停、③仲裁、④裁判があります。①交渉は、当事者のみが関わり、お互いに話し合ってまとめます。②~④には、中立の第三者が間に入ります。②調停は、最終的結論に法的拘束力がありませんが、③と④は法的拘束力があります。②から④に近づくほど公式性が高くなります。公式性とは、きちんとしたルールにのっとって行われているかどうか、ということです。
メディエーション(調停)の特徴は、次の3つです。
・裁判や仲裁に比べてかなり柔軟で、当事者主導型の紛争解決手段。(参加も証拠も自由)
・調停人は、当事者が交渉するのを手助けする役割。いわば交通整理。
・調停人は当事者の言い分を判断しないし、和解の強制もしない。双方の言い分を受けとめ、噛み合っているところといないところを明らかにする。
訴訟は、過去を掘り下げ、最終的責任が誰にあるか明らかにしようとします。調停は過去の事実関係を確認することもしますが、未来志向であるといえます。調停人は、白黒をつけません。「上から目線」にならないように気をつけることが必要です。
このシミュレーションをする際に重要なことは、やるときは「役になり切って」行って下さい。でないと、効果が上がりません。

(2)実際にやってみよう(13:35~14:45)

「借金の返済をめぐるメディエーション」

〈グループ分けと役の割り振り〉

 模擬調停は、当事者役2名、調停人役2名の合計4名で1グループを作ります。参観者は42名ほどで、初対面の方も多くいます。まず、会場の壁際に沿って誕生日順に整列することになりました。その際、一言も口をきかないよう指示されました。皆さん、お互いの誕生日をどうやって聞き出すのでしょうか?手の指を何本か示す人、携帯の文字画面を見せる人。それぞれ工夫して、速やかに1月生まれから12月生まれまで整列しました。
 次に、先頭から順に、「1」、「2」、「3」、「4」と、1から4までの数字を呼称してゆき、4名で1グループを作りました。グループの中の1番が当事者バーカイさん役、2番がオドさん役、3・4番が調停人役になります。グループはA~Jまで合計10個できました。

〈各自がシナリオ、指示を読む〉

 当事者役にはそれぞれ専用のシナリオ、調停人役には指示書が配布されました。お互いのプリントは、見せ合わないよう注意されます。

【シナリオのうち、当事者役に共通する事項】
・バーカイとオドは、ほぼ10年にわたって一緒に働いてきた良い友人同士でしたが、最近、ある金銭が原因で関係にひびが入っています。
・職場で、2人は一方にお金が足りないときはいつでも、気軽にいくらかのお金の貸し借りをしてきました。
・この問題が解決したら、お互いに友人でいつづけたいと思っています。
・シナリオには、相手の面前で言ってもいいことと、調停者にしか言ってはいけない極秘条項があります。

【バーカイ役に固有のシナリオの概要】
・数か月前、オドに800ドルを貸しましたが、オドはまだお金を返さず、彼はそのことについて話すのを避けてきました。先週、オドのオフィスに行ってお金のことを尋ねると、「帰ってくれ。」と言われたので、怒って「裁判にするぞ。」と脅しました。
・極秘条項
① オドに「帰れ。」と言われ、恥ずかしい思いをしたこと。お金を返せない理由を説明してもらえず、怒っていること。オドのオフィスまで行き返済を要求したのは、やり過ぎだったかもと思っていること。オフィスには他の人もいたので、彼も恥ずかしい思いをしたかもしれないこと。しかし、信頼できると思っていた人にあのように扱われたことについては怒っていること。
② 自分はずっとお金が足りない状態で、貸したお金を取り戻すことが必要。少なくとも直ちに300ドルが家の急ぎの修繕のために必要で、2か月以内に残りのお金も必要。配偶者からは何週間も、オドからお金を取り戻してくるよう言われ続け、うんざりしていること。
③ オドにいくら貸したのか、正確には覚えていないこと。銀行の明細を見ると400ドルを引き出していて、さらに350から400ドルを現金で渡したことははっきり覚えていること。

【オド役に固有のシナリオの概要】
・3、4か月前、バーカイは2週間くらいの期間にわたって、合計500ドルを工面してくれました。彼はお金について心配している様子はなく、返すよう求めてくることもありませんでした。お金はじきに返すつもりでいました。先週、バーカイがオフィスに来て、何人かが見ている前で、金を返すよう要求してきました。自分は、「帰ってくれ。」と言い、彼は「裁判にする。」などと言っていました。
・極秘条項
① 同僚の前でお金を要求したバーカイの行動に、驚き、怒り、恥をかかされたこと。その問題を個人的に相談してくれたらよかったこと。しかしながら、バーカイは怒っているようだったので、その場に他人がいることに気づいていなかったのかもしれないこと。いずれにせよ、彼は謝罪すべきだと思うこと。
② 彼からお金を借りているのは確かで、少なくとも500ドル借りているが、それ以上かもしれないこと。借りた理由は、便利屋として働いている叔父が、ギャンブルでできた借金を返すために助けたから。叔父がお金に困っていることを知られたくなく、彼のプライバシーを守りたいこと。
③ もしバーカイに敬意をもって接してもらえるなら、借りたものを返そうと思っているが、今は200ドルだけしか直ちには返せないこと。何か月かすれば、その後毎月100ドルずつ返せそうなこと。

【調停人役への指示書の概要】
・バーカイさんとオドさんは、あることが原因でもめています。そして、調停人のところへ問題解決のためにやってきました。
1)調停人の心得
・答えや提案をすぐに出さないで、質問し続け、どのような解決策がベストかを当事者に考えさせること。
・当事者に、問題や、問題が起きた時の感情などを話させ、どのように解決したいかを自分の口から語らせること。
・当事者の言い分の真偽を判断したり評価したりしないこと。
2)調停の手順
① イントロダクション
 自分の自己紹介の後、調停の過程を説明。次のセリフを必ず言うこと。
「これは調停で、裁判ではありません。」「私は判断しませんし、私は中立です。」「この内容は開示されません。また、個別に話したことも、許可がなければ相手には話しませんので、安心して話してください。」「お二人の話を順番に聞きますので、相手が話しているときは、それを遮らないでください。」「このルールを守ることができますか?(必ず確認をとる)」
② 情報の収集
Ⅰ 合同調停:双方から、紛争内容を説明してもらいます。主張が食い違っていても、とりあえず、話を聞きます。そのためには、オープン・エンドは質問をし、問題(事実・感情・背景事情・当事者が何を欲しているか・理由は何か)を明確にします。当事者がどんな解決策を求めているか、説明させます。
Ⅱ 個別調停:双方の言い分が食い違っているとき、求めている解決策が一致しないような場合、個別面談を実施します。当事者に個別調停を提案し、順番に話を聞きます。ここで得られた情報は、当事者の許可がなければ、仮に問題解決に有効でも相手に話してはいけません。(時間があれば2回する)
Ⅲ 合同調停:Ⅰ・Ⅱをふまえ、まとめをします。
東川先生:「調停人役は、2人でどうしたらいいかアイデアを出し合って、解決してください。」

(3)あるグループの実践の様子

(筆者が参加したグループの状況をお伝えします。筆者は調停人役でした。)
 まず、調停人が指示書通り、セリフを読み上げ、各自、自分の本当の仕事を紹介しました。次に、合同面接の開始です(約10分間。時間は各調停人の判断による)。
バーカイ:「オドとは10年来の仕事の付き合いがあり、数カ月前に800ドルを貸しましたが、まだ返してくれません。」
オド:「確かにお金は借りました。これまでも、お互いに貸し借りすることがありましたし、返すつもりはあります。それなのに、バーカイが私の事務所に来て怒ったので、同僚の手前、恥をかかされました。自宅に来てくれればいいのに。謝ってほしいと思います。」
バーカイ:「彼は、仕事で会う機会があっても、私を避けているそぶりだったんです。そこで、彼の事務所に行ったのに、「帰れ。」と怒鳴られたのです。謝ってほしい。自宅へ行くのは、人に知られたくない場合、まずかろうと思ったのです。」
オド:「仕事に追われていただけで、バーカイを避けていたつもりはありません。仕事がうまくいかないと、借金も返せませんから。電話してくれてもよかったと思います。」
バーカイ:「電話も避けられるかもしれないと思いました。その日は、たまたま近所まで行ったものですから。800ドルは大金です。今、物入りなので、早く返してほしいのです。」
オド:「分割でなら返せますが。理由は言えません。」
バーカイ:「すぐに半分はないと、困ります。」
 当事者役が2人とも迫真の演技で、調停人は聞き役に専念する形でした。調停人はシナリオの内容を全く知らないので、どちらの言うことも事実に聞こえました。
それから、オドに廊下に出てもらい、バーカイの個別面接を5分間。その後、バーカイに退出してもらい、オドと個別面接を10分間しました。この時に、双方の秘密の事情が話されました。調停人は、「今後、相手とどのように付き合いたいのか」尋ねたところ、双方とも「これからも付き合いたい」という気持ちであることを確認しました。その上で、謝罪のことや、どのような返済方法を希望するのか聞き取りました。
再度の合同面接で、調停人から第1回の返済金額とその後の返済方法を提案し、双方が納得してくれました。謝罪の件も、双方とも折り合う姿勢になりました。

(4)各グループから、調停結果報告(14:45~14:55)

A:お互いの信頼関係を取り戻し、仲直りしました。具体的な返済金額はまだ決まっていません。
B:謝罪の面では双方譲りました。お金は、半年以内に返済することになり、今すぐに250ドル、次に130ドル、残りは100ドル強ずつで総額800ドルです。
C:謝罪をし、すぐに200ドル返します。バーカイさんは妻の手前、自分のポケットマネーでもう200ドル足しておきます。オドさんは、残額を100ドルずつ返します。
D:謝罪を速やかにします。返済総額は750ドルで、数か月間で返します。3日間で200ドルプラスアルファ。オドさんは、友達から借りられるかもしれないと言いました。
E:バーカイさんが謝罪しました。総額は500ドルで、明日200ドルを返します。残りは年5分の利息をつけて返し、一定期限後は利息が上昇します。
F:金額を詰めるのを先にしていたら、謝罪に行きつきませんでした。ルールにこだわり過ぎて、先に進まなくなりました。
G:友人関係を確認しましたが、謝罪はしません。返済総額は500ドルということです。
H:謝罪する意思はあります。金額ははっきりしませんでしたが、まず200ドルを返し、残りを3~4か月で返します。お互いのコミュニケーション不足を確認しました。
I:個別面談を2回ずつしたので、謝罪してもらうところで時間切れになりました。返済総額500ドルということは一致し、分割払いになります。
J:バーカイさんがオフィスに行ったことの誤解は解けました。最初にの返済金額が300ドルか200ドルかで調整中です。

〈ここまでの取材を終えて〉

 メディエーションは、当レポートでは で取り上げたことがあります。このシンポジウムでは、メディエーションが欧米では学校教育に取り入れられ、日本でも大学教育で行われていることが紹介されています。
 ワークショップでは、現場や大学の教員・弁護士など、日頃、指導する側の先生方と
大学生や一般の参観者とが一緒になってメディエーションを体験しました。どのグループも熱の入った話し合いで、予定時間を越えて取り組み、楽しんでいたように見えました。
実際に調停人役をしてみると、2人の調停人がお互いに話すタイミングがはかりづらいように思いました。時間が十分にあれば、調停人同士の意思の疎通がもう少し楽になるのではないかと思います。そして、終わった後に当事者役のシナリオを見て、事実関係をもっと詳しく質問しなくてはならなかったと感じました。調停人からの提案は、もう一人の調停人役の方が考えてくれたので助かりましたが、どの程度当事者に任せるべきなのか、難しいと思いました。実際にやってみると、いろいろ考えることがありました。
 自分自身の体験を踏まえ、この後の報告やパネルディスカッションを聞くことに、興味が増しました。レポートその2に続きます。

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