第8回裁判員制度フォーラム「傍聴のすすめ~新しい法教育をめざして」

 2013年5月18日(土)13:00~16:15、一般社団法人裁判員ネット主催の第8回裁判員制度フォーラム「傍聴のすすめ~新しい法教育をめざして」が日比谷図書文化館コンベンションホールにて開催されました。裁判員裁判を市民の視点から考えようとするフォーラムでは、様々な角度から裁判員裁判の状況が報告され、フロアからの質問もたくさん出されました。(当日の資料から適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:00 挨拶、紹介
13:10~14:00 第1部 レポートセッション―裁判員ネットの取組から
14:10~15:15 第2部 トークセッション―傍聴のすすめ
15:30~16:15 質疑応答

1 挨拶、紹介

大城 聡 一般社団法人裁判員ネット代表理事、弁護士
 「裁判員制度が始まってから、今年5月21日で4年になります。裁判員ネットは、市民が裁判員裁判を自分たちの問題として考える機会となるよう生まれました。裁判員裁判を傍聴し、それを受けて議論し、考える場です。今日は、私たちが裁判員になる前に何か準備することがあるかを考える日にしたいと思います。」

2 第1部レポートセッション―裁判員ネットの取組から

(1)これまでの裁判員裁判実施状況
 全国の裁判員裁判実施件数、裁判員経験者数、裁判員の在任期間、評議期間、死刑判決の件数、裁判員の心の負担について、裁判所のまとめた数値や新聞報道などが報告されました。その中で、「裁判員の心のケアが不十分ではないか」と指摘されていました。
 2012年の1年間に裁判員を務めた経験者に最高裁判所が行ったアンケート結果は、
「審理が理解しやすかった」58.6%
「評議で十分に議論できた」72.0%
「評議が話しやすい雰囲気だった」74.0%
となり、3年間、ほぼ横ばいだそうです。この結果について、報告では、「審理について理解しやすいと感じていない裁判員が40%以上、評議について十分に議論できたと感じていない裁判員が30パーセント近くいることを意味する。」とされました。「裁判員制度をよりよい形で運用していくためには、審理や評議の進め方に市民の声を活かしていくことが求められるのではないか」、と提案されました。
 裁判員制度施行から3年経過後に行われる制度の見直しに向けて、法務省から「裁判員制度に関する検討会とりまとめ報告書(案)」が示されています。裁判員ネットでは、この報告書(案)で改善点とされた3点だけでなく、次の3つのテーマについて見直しが必要だと考えるそうです。
① 市民の視点から継続的に裁判員制度を検証する体制をつくること
② 裁判員の体験を市民が共有できるようにすること
③ 裁判員になる前・務めている間・務め終わった後の心のケアへの配慮
 裁判所の「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」には、相談回数制限、面談の場所などに問題があるのではないか、ということでした。

(2)「裁判員裁判市民モニター」実施報告
 「裁判員裁判市民モニター」とは、「裁判員裁判を傍聴してアンケートに答えるなどを通じて市民の声を集積・検証し、今後の裁判員制度の運用及び見直しに活かそうとする試み」とのことです。具体的には、「モニターシート」 を使った裁判員裁判の傍聴、模擬評議、模擬評議後の意見交換会の3つのプログラムを行っています。
 モニター実施状況の報告では、2009年7月から2013年5月までのモニター人数は242名、モニタリング件数479件とのことでした。調査の課題は、市民モニターの年齢の86.7%が20代以下であり、若い世代が大部分を占めることと、モニタリング件数の地域別内訳が、首都圏に集中していることです。このように、年代・地域の偏りという制約がある一方で、ひとつの裁判を多数の市民が見て、多角的に検討することから、制度そのものを検証する視座を与えることができる、としています。
 意見交換会の事例報告では、「傍聴を経験することで、自分が裁判員をする場合の不安が軽減されると思う。」などが発表されました。「模擬評議では、量刑が問われた場合、検察官が求刑した年数意外に判断の基準になるものがない。」という気づきも報告されました。「刑務所で過ごす1年間の重さがわからないので、量刑判断は難しい。」という意見も聞かれたそうです。

(3)裁判員制度と法教育
 裁判員ネットでは、「市民が裁判員として刑事裁判に参加するに当たって、市民の側も準備して臨むことが求められるのではないか」と考えています。そのために、法教育の必要についての提言「裁判員制度・市民からの提言2012春」や、「市民向け講座」・「(生徒・学生向け)出張授業」を行っています。これらの講座の特徴は、「知る・感じる・考える」です。

3 第2部 トークセッション「傍聴のすすめ」

進行:大城 聡 代表理事、坂上暢幸 理事(以下、敬称略)

(1)傍聴のすすめ―私たちの司法リテラシー向上のために―
坂上:「司法リテラシーという言葉は造語で、定義は確立していませんが、司法において、適切な意思決定に必要な基本的知識、理念・原則を理解し、情報やサービスを調べ、それらを分析し表現する力と考えられます。裁判員に専門的な知識は必要ないかもしれませんが、法廷の雰囲気や裁判の流れといった「基本的な知識」、推定無罪の原則などの「刑事裁判の理念・原則の理解」は必要でないでしょうか。」
大城:「裁判員をするときに知っておいた方がいいことは何かと考えたとき、それを表す言葉が司法リテラシーといえます。」
坂上:「裁判の傍聴は誰でも自由にできます。傍聴者が多いときは、抽選になります。裁判員ネットでは、裁判員裁判の実施予定カレンダーをホームページに掲載していますので、参考にしてください。本来なら裁判所が公開してくれるといいと思いますが、検察庁が公開している情報と、新聞の報道をもとに掲載しています。」
大城:「傍聴の手順を教えてください。」
坂上:「裁判の日程を調べたら、当日朝、裁判所へ行きます。午前10時開廷なので、9時40分頃がいいでしょう。1階ロビーに台帳がありますので、開始時間と法廷をチェックして、法廷前へ行ってドアが開くのを待ちます。法廷での注意点(マナー)は守りましょう。「傍聴」といえども、法廷という場をつくり上げる一員としての自覚と責任をもって、法廷内ではケータイ・私語・居眠りは慎み、待機中も周囲への配慮を欠かさないようにしたいものです。」
大城:「傍聴者は、裁判員と同じ立場を体感できるので、司法リテラシーの1つを身に付けるためにお勧めしたいと思います。」

(2)裁判員体験者へのインタビューより
坂上:「裁判員ネットでは、『市民から市民へのバトンタッチ』をコンセプトに、裁判員体験者へのインタビューを実施しています。実際に体験したからこその意義・課題などを聞いて、これから裁判員になるかもしれない市民へ伝えたいと考えます。インタビューからは、次のような感想が印象的でした。」
① 戸惑いの中の裁判員体験
 「すっかり上がってしまった。事前に傍聴しておけばよかった。(冷静になれたかもしれない。)」「守秘義務の範囲が周知不足なので、どの程度話していいのか戸惑う。」
② 人を裁くことの重さを受けとめて
 「事件の動機から、社会の問題を痛感」「被告人のその後がとても気になる」「あの判決で本当に良かったのか、気になる」
大城:「裁判員裁判は重大な事件を扱うので、重さは避けて通れません。しかし、経験者が得るものは、ネガティブな重さだけではありません。」

(3)人生における裁判員体験
坂上:「裁判員を体験した意味を、一人ひとりが考えています。
 ・社会全体を考える機会になった。
 ・日常に深く感謝するようになった。
 ・見て見ぬふりはできなくなった、などです。」
大城:「裁判員経験者の心理ストレスも話題になりました。事実に基づいた公正な審理をしたいという責任感があるからこそ、ショッキングな証拠でも頑張って見るわけですが、だからこそ裁判員の心のケアは大事だと思います。裁判所のメンタルヘルスサポートセンターは、相談5回まで無料とされていますが、不親切だと思います。本当に困っている人になら、何回でも無料で実施するべきではないでしょうか。」

(4)新しい法教育 
大城:「裁判員ネットでは、これから裁判員になるかもしれない市民へバトンタッチするために、『知る・感じる・考える』をコンセプトにした法教育に取り組んでいます。何も知らずに裁判員裁判に臨むのと、少しでも自覚をもって臨むのでは違うと思います。市民講座と出張授業の2本立ての活動をしていますので、ご利用いただければと思います。」

4 質疑応答

〈裁判員に関する質問〉

Q:「司法関係者が裁判員になれないのは、なぜですか?」
大城:「法律専門家でない人になってもらうという趣旨だからです。」
坂上:「専門家は、経験による先入観が入ったり、流れ作業になったりする可能性があります。模擬評議から見えることとして、一般市民は評議ではとても慎重で、戸惑いがあるからこそ葛藤の中で真実に近づけることが期待されます。」

Q:「裁判員候補者になったという通知が来たあと、何の連絡もなく終わることはありますか?」
大城:「はい。何もなく終わる人もいます。呼び出し状が来る場合は、裁判員裁判の6週間前ぐらいです。」

Q:「負担感はありますか?手当はいくらですか?」
坂上:「負担感はあります。夕方5時頃裁判が終わった後、会社に行く人もいますし、主婦も大変だそうです。呼び出し状を貰った段階で、段取りをしておくといいと経験者は言っています。日当は、8千円~1万円です。」

〈量刑判断について〉

Q:「市民感覚と言われても、量刑の参考になるパンフレットなどはないのですか?」
大城:「刑の上限下限は決まっています。裁判員制度が開始されてから、裁判所の量刑データベースが始まり、評議でこれを示すことは差支えないとされています。ただ、統計的にその数値が本当に平均値なのか、事案ごとの事情をどう勘案するか、といった問題点が考えられます。」

Q:「量刑判断は難しいと思いますが、どういうふうに考えればいいのですか?」
坂上:「慎重に考えることに尽きると思います。いろいろな立場の人の意見を聞くことが大事だと思います。判断の基準や、どこを重視するか、人によって違いますが、それだけ慎重に考えられることになります。」
大城:「執行猶予をつけるか否かの境が、悩ましいです。難しいとしか言いようがありません。意見が変わるのは、いいことだと思います。評議プロセスは、やってみないとわからないのが実感です。」

〈法教育活動について〉

Q:「出張授業を依頼した場合の負担は?」
大城:「内容、費用などその都度、学校と相談しながらやっています。」

Q:「高校生対象ということですが、それより下の段階については?」
坂上:「中学生対象の出張授業も行っています。傍聴の際は、マナーを守る大切さを伝えることを重視し、傍聴後は生徒一人ひとりに考えさせ、その後自由に意見交換をするという、2段構えのプログラムを行っています。小学生については経験がありません。」
大城:「法教育は、他人を大切にする社会を実現するためのツールとなりうると思います。」
坂上:「裁判員経験者が社会の中に増えていけば、そのような(他人を大切にする社会という)視点をもった人が増えていくと思います。このような法教育の展望を、学校の先生方が生徒に語れるようになることがいいのではないかと思います。」
大城:「裁判員裁判の経験は、刑事事件にとどまらないものがあります。経験後、新聞の読み方が変わる、自分の目で現実を見る、ものごとを他人事と考えず、自分事として主体的に考えるようになるなどです。どういうことを伝えていけばいいか、学校の先生と共に考える機会にもなっています。」
(この他にも多くの質問が寄せられていました。)

〈取材を終えて〉

 当レポートでも、裁判員制度について小学校から高校までの学習を取り上げたものがいくつかあります。それらの授業の中で、「自分は裁判員をやってみたいと思うか?」と考えを問われることもありますが、そういう場合に参考にしたいのが裁判員経験者の声ではないでしょうか。トークセッションにおける「すっかり上がってしまった。」という声は、実際に裁判員を体験した人でなければわからない感覚です。経験者が感じた様々な戸惑いや、人を裁くことの重み、裁判員経験の意義などは、学校の裁判員学習の参考になるものと思います。
 一般社団法人裁判員ネットの裁判員裁判市民モニターは、法学部や社会学の学生などがやや多いそうですが、社会人も参加しており、男女はほぼ半数ということです。参加費無料で、幅広い年代の市民の参加が期待されています。市民のための法教育として、意義ある機会の1つだと思います。

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