2013年 東京弁護士会夏休みジュニアロースクール

 2013年7月25日(木)・26日(金)、東京弁護士会による夏休みジュニアロースクールが開催されました。5つのコースのうち、今回は26日9:30~12:30、弁護士会館2階講堂クレオを会場としたDコース「民事模擬裁判」にお邪魔しました。
 模擬裁判のタイトルは、「お金を貸したの?あげたの?さあどっち」(募集案内より)。中学1年生から高校3年生までの生徒が多数集まって、保護者も見守る中、活発な議論が行われました。

〈プログラム〉

9:30 法教育センター運営委員会委員長挨拶
9:35 事前講義
9:50 民事模擬裁判開始(原告・被告・各代理人・裁判官役は弁護士が演技)
   (1)原告に尋問
10:30(2)被告に尋問
11:00 休憩
11:20(3)グループ討論(10グループ:学年男女混合5名ぐらいずつ)
12:00 判決をグループ毎に発表(発表は各グループの担当弁護士より)
12:20 講評・感想・修了証授与

1 事前講義

(参加者には、予め資料が郵送されています。同資料より、適宜引用させていただきます。)

【事案の概要】
 交通事故にあって体が不自由になった40代の叔母と20代の甥の間の紛争。叔母と甥の間では、叔母が甥に150万円を渡したことについては争いはないが、その際、返還合意(お金を返す約束)があったか否かが、争点となっています。(資料より)

【民事裁判について】
・裁判手続きの進行の順序
・参加者のすることを説明:原告への質問。被告への質問。グループでどちらの主張が正しいかを考え、判決を出すこと。
・民事裁判と刑事裁判の違い(刑事裁判における当事者は「検察官」と「被告人」であるのに対し、民事裁判では「原告」「被告」になること。刑事裁判の判決が有罪・無罪を決するのに対し、民事裁判ではどちらの主張が正しいかを判断することになるなど)

【人物関係図】
原告:叔母(46歳)―三人姉妹の末っ子。前夫は2001年に病死。2008年、甥に150万円を交付。2011年、現夫と再婚。2013年3月、貸金返還請求訴訟を提訴。
被告:甥(27歳)―母親は叔母にとって長姉に当たる。2008年、叔母から150万円の交付を受け、全額、連帯保証のための支払いに充てた。

【金銭消費貸借契約と贈与について】(資料より)
民法587条(消費貸借)
 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質および数量の同じ物をもって返還することを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
民法549条(贈与)
 贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾することによって、その効力を生ずる。

金銭消費貸借契約と贈与の違いは、お金を渡すときに「返すよ」という合意があるか、どうかのみ。ただし、「返すよ」と言っていなかったとしても、また、契約書(借用書)を作成していなかったとしても、「返す意思」があり、「返される意思」があれば、金銭消費貸借契約は成立する。

【本日のテーマについて】(資料より)
原告は被告に150万円を貸したのか、それともあげたのか。消費貸借契約に基づく貸金返還請求が認められるためには、金銭の交付と返還合意が裁判上認定できなければなりません。二人の話やその他の証拠をもとに、判断します。

【金銭消費貸借契約の連帯保証とは?】(資料より)
 お金を借りた人の代わりに、お金を返す約束。(中略)連帯保証人としては、自分が借りたわけではないのに、お金を払わなければならなくなる、という制度。

2 民事模擬裁判

原告(叔母)、被告(甥)とそれぞれの代理人が待機する中、裁判官が入廷。原告・被告の宣誓後、尋問開始。
(1)原告への尋問

あらまし
 叔母は12年前に夫が死亡し、1人暮らしをしていました。7年前に交通事故にあい、左手と腰に痛みが残り重いものを持てません。無職です。近くに住んでいた甥がときどき家事を手伝いに来てくれていました。障害者年金を月額5万円受け取っています。
 5年前の2008年10月の金曜日、甥が掃除に来てくれたとき、青い顔をして不安そうでした。何か心配事があるなら相談に乗ると言ったら、連帯保証のために1週間以内に150万円を返さねばならないとのことでした。甥は、「お金を貸してほしい。」と言っていませんでしたが、叔母は「私に任せなさい。お金を出しておいてあげる。」と言いました。150万円は大金なので、返してもらうつもりでした。当時の貯金は約2000万円でした。最初、甥は「そんな迷惑はかけられない。」と言っていましたが、最後は「ありがとう。」と言いました。10月20日月曜日に、現金で150万円を甥に渡しました。その後も、甥は週1回ぐらい来ていましたが、約半年後から来なくなり、この3~4年会っていません。叔母は再婚したので、家事に困っていません。150万円については、10月20の夕方に、「ありがとう。このご恩は忘れません。いつかきっとお返しします。」という内容のメール(証拠あり)が甥から来ました。
 その後、叔母から150万円返してほしいと言い出したきっかけは、2013年に甥が昇進したことを長姉から聞いたので、現夫から「返してもらったら。」と言われたことです。1月に、甥に返してほしいと電話したら、「あれはもらったものだから返さない。」と言われました。その後は、手紙を出しても返事がなく、電話にも出なくなってしまったので、弁護士に相談し、提訴しました。

 甥側代理人による反対尋問では、叔母は姪の大学合格時には80万円を合格祝いにあげたこと。その当時は前夫の生命保険金5000万円が入り、余裕があったこと。その後2008年までに株の損を含め、3000万円も使ってしまったこと。生活費は切り詰めていたこと。甥が困っている様子に、とにかく何とかしてあげないと、という気持ちになったこと。借用書も作らないし、いつ返すかも決めなかったのは、相手が甥だからで、いい子だったから、「いつか返してくれるだろう」と思っていたこと。2009年正月の年賀状に、「150万円の件は、気にしなくてよいです。」と書いた(証拠あり)のは、気にしているだろうと思って書いたこと、が明らかにされました。

〈参加者からの補充質問の一部紹介〉

・年賀状に「気にしなくていい」と書いたことについて4名が質問をし、最も関心が集まっていたようでした。「気にしなくていい具体的内容とは?」への叔母の回答は、「返済期限」でした。「なぜ誤解されるような表現をしたか?」→回答:「後悔している。」
・「なぜ150万円全額を渡したのか?」→回答:「当時甥は大学生で無職だったから。」
・「甥にとって他に頼める人がいないのか?」→回答:「親に言いにくいのかと思った。」
・「なぜ借用書を作らなかったのか?」→回答:「借りたら返すのは当たり前だから。」
・「お金を返すという約束はしていないと思いますが?」と、意見を述べてしまった生徒には、裁判官が「もう少し端的に。」と、質問をやり直させてくれていました。すると、「約束はどんなふうにしたのですか?」と、具体的な質問に変わりました。

(2)被告への尋問

あらまし
 叔母は最初の結婚をするまで甥一家と同居しており、甥とは親子のような関係でした。叔母が事故にあって以来、週2~3回は家に手伝いに行ってあげていました。甥は、大学時代に親友の連帯保証人になりました。バカだったと思いますが、親友なので断れませんでした。甥が就職して1年目に、突然社長という人から電話があり、呼び出されました。社長は甥のその親友に150万円貸していましたが、親友が半年前から行方不明になり、連絡も取れないので、甥が返すように怒鳴られ、脅されました。叔母に相談するつもりはなかったのですが、叔母のほうから聞いてくれて、「150万円くらい出してあげる。」と言われ、甘えることにしました。
 甥は半年後に就職し、プライベートでも忙しくなったので、叔母の家には行かなくなりました。年賀状は、お金を貰ったことを甥が気にしていたので、叔母が気を遣ってくれたのだと思いました。突然、叔母からお金を返してほしいという電話がきたときは、叔母が怒り出したので、電話を切りました。甥が「お金をもらった」と思うのは、叔母の世話をしていたからでした。

 反対尋問では、甥は、「出してあげる」というのは「くれた」ということだと思うこと。返そうと思わないのは、「もらった」から当たり前、ありがたいとは思うこと。メールの「いつかきっとお返しします。」の意味は、「恩を」お返しするという意味。社会人になってから1回も叔母の家へ行かないのは、仕事等が忙しいからであって、行けば「お金を返して」と言われるだろうと思ってではないこと、が明らかにされました。

〈甥への補充質問の一部〉

・メールの言葉「恩」についての質問が3つあり、関心の高さを感じました。「恩とは具体的に何か?」→回答:「面倒を見るなど。具体的に何かまでは考えていないが、何かの形で。」「恩返しを済ませていないなら、返すべきだと考えませんか?」→回答:「4年前に約束したから返せ、というのとは違うと思います。」
・「最初はもらうつもりがないと言いましたが、あとで返すということではないのですか?」→回答:「くれると言ったので、厚意に甘えようと思いました。」
・「叔母以外の人に相談する予定はあったのですか?」→「ない。社長ともう1回話そうかと思いました。」
・「就職後、叔母に会いに行こうとは思わなかったのですか?」→回答:「彼女のことで叔母とけんかをしたので、気まずくなったことがあります。」(新事実が出てきました!)
・「和解するつもりはないのですか?」→回答:「ない。」
・「いつお金をもらったと思いましたか?」→回答:「くれると言ったときです。」

〈叔母へも再質問が次々に〉

・甥が嘘をついているという叔母に対して、「いつ嘘をついているとわかりましたか?」→回答:「最初に電話をしたときに、もらったと言い出しました。」
・「今の夫に言われて、返してほしいと思ったのですか?」→回答:「そういうことは、女だからどう言ったらいいかわかりませんでした。夫に言われて、法律相談に行って、優しい弁護士の先生に言われてわかりました。」
・「甥は、お金を返すと具体的に言っていましたか?」→回答:「ないけれど、当然わかっていると思っていました。今、嘘をついているだけです。」
・叔母と甥の過去や今の経済状態についての質問もいくつかありました。叔母は生活を切り詰めていると言いながら、比較的ぜいたくな暮らしをしていると甥が言いました。

(3)グループ討論・判決
 各グループに担当の弁護士が1~2名ずつ入り、議論の整理をしていきました。ある班では、まず「どちらの言い分が本当なのか、今、どっちと思いますか?」と弁護士が促しました。次に、その理由を尋ね、議論を展開していきました。討論の最中にも、出てきた疑問を代表質問として、全員の前で原告・被告に回答してもらいました。
【判決】
「お金はあげた」という結論になった→5つのグループ
意見が割れたが、「お金はあげた」派が優勢→3つのグループ
「あげた」と「貸した」が同数→1グループ
「お金は貸した」という結論になった→1グループ

【理由】
 「お金はあげた」と判断する理由で多かったのは、「借用書がないこと」で、6つのグループが挙げていました。同じくらい多かったのは、「返す時期を決めていなかったこと」「4年以上、返済の催促をしていなかったこと」でした。年賀状は叔母に不利になり、メールは社交辞令と受け取るグループもありました。「世話になっていない姪に80万円あげたのに、世話になっている甥にお金を貸すのは不自然」という理由もありました。「現夫に言われて、あとから返してほしいと思ったのではないか」という理由も出ました。
 「お金は貸した」とする理由は、「メールを素直に読むと、貸してもらったと考えられること」、「心象として、連帯保証人になった甥の自業自得で、返すべきだから」、「当時の叔母の預金額からして、150万円は大金であること」などが挙げられました。

3 講評・感想

【講評】
法教育センター運営委員会副委員長  新美裕司 弁護士
 贈与とする判決が圧倒的でした。補充質問が活発に出され、鋭い点をついていて驚きました。事前に、出そうな質問をいろいろ想定をしていたのですが、予想外の新しい事実が次々に出てくることになりました。どちらの結論になってもおかしくない事案にしたつもりでしたが、このような結果だったということは課題があったと思います。
 今日は、中学1年生から高校3年生までが参加してくれましたが、年齢に関係なく活発な意見が出て、社会に出て役立つ力を養うことにつながったのではないかと思います。

【生徒の感想】
・楽しかった。裁判とはこういうもの、と感じることができました。弁護士ってすごいと思いました。(中1男子)
・裁判はいろいろな役目をもった人がいることを学びました。(中2男子)
・裁判のやり取りが新鮮で、面白いと思いました。中学生の質問の切り込み方も新鮮でした。(高3女子)

〈取材を終えて〉

 生徒の学年の幅が広く、アイスブレークの時間もなく始まりましたが、最初からどんどん質問が出るのに感心しました。事前に資料が郵送されており、保護者や中高生以外のきょうだいの参観が可能だったので、家族で事案を考えてもらっていたのでしょうか。事案内容の親しみやすさに加えて、主催者の工夫の成果を感じました。
 質問は後になるにつれ鋭い点が指摘されて、原告・被告を演じる弁護士がどう回答するのか興味深く思われました。「今の夫に言われてから、返してほしいと思ったのか?」という点は、それまで返済を請求しなかったことと合わせて、叔母に不利に働いたように思います。事前講義の中で、金銭消費貸借契約は、「返すよ」と言っていなくても借用書がなくても成立することが説明されており、事前配布の資料にも書かれている(【金銭消費貸借契約と贈与について】の項の囲みの中)のですが、その印象は薄かったのではないかと感じました。
 ジュニアロースクールでは、民事裁判は刑事裁判に比べて人気が今一つと思われがちですが、今回の参加者の真剣な取り組みを見て、民事裁判も工夫次第でもっと興味をもってもらえるのではないかと、新たな期待を感じました。

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