教科書を見るシリーズ 高等学校編「家庭基礎」(2)

 「教科書を見るシリーズ 高等学校編『家庭基礎』(1)」にひきつづき、教育図書の『家庭基礎―出会う・かかわる・行動する』を取り上げます。教科書と、法教育のために書かれた民法教材である『市民社会と〈私〉と法』(大村敦志著 商事法務 Ⅰ:2008年Ⅱ:2010年)を交互に見ていきます。

(2)生活の自立及び消費と環境

【教科書―Ⅲ買う、生かす、捨てる 第1章 消費生活と資源・環境】
 この章は次のような構成になっています。

INTRODUCTION 本当の「豊かさ」について考えてみよう
  1 消費行動と意思決定:新しいケータイが欲しい!
  2 将来の生活を見通す:暮らしに必要なお金をかせぐ、経済活動を営む
  3 経済的に自立する:借金、お金の管理の方法
  4 消費社会を生きる:契約、消費者問題、消費者市民として行動する
  5 消費生活と環境のかかわり:ゴミ問題、循環型社会に向けて


 このもくじを見るとわかるように、物を買うのも稼ぐのも借金も、全て契約に関係したことです。1~3節までが4節(契約)の導入として事例を示している形になっていますが、3節の借金の説明が比較的多く(2ページ分)、4節の契約の説明は1ページのみ、消費者問題関係が4ページ続きます。教科書の力の入れ方によるのでしょうが、なぜ借金や消費者問題が起こるのかを考えるためには、契約について深く考えることが重要ではないでしょうか。そこで、教科書の節の順番から外れて、まず4節から始めて3節を見ていくことにします。

〈契約とは何か〉

【教科書―Ⅲ第1章4節 消費社会を生きる 1.まちは契約でいっぱいだ】
 p.166で6つの契約の例を示した後、「契約とは、法律上の約束のことで、基本的に結んだ約束は守るのがルールである。これを自己責任の原則という。契約が守れなかった場合には、損害賠償しなければならないこともある。」と続いています。そして契約は、「商品」のような形が見えるものについて結ばれる場合と、「サービス」という形が見えないものについて結ばれる場合があることが紹介されています。
 さらに本文の外のスペースには絵入りで、4種類の契約、ケータイのサービスの種類、ケータイ購入契約が成立する時期を問うクイズが載っています。

 1ページに盛り沢山な反面、説明は大変少なくなっています。そこで、『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』の契約部分を見てみましょう。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』―第3章 私と私〔ひととひと〕がかかわる】
 第3章全体の副題は「売買+雇用・契約一般」で、ケース編とルール編から成っています。ケース編は身近な事例で考えるヒントが豊富に示唆されています。ルール編はその1で「契約の成立と効力」、その2で「個人にとっての契約と共同体にとっての契約」が扱われています。

 契約とは何かについてじっくり考えるには、ルール編その2の「Ⅰ 個人にとっての契約」がわかりやすいと思います。p.55~58の「約束をするということ」では、「約束のうち法的な力をもつもの」が契約だと書かれており、これは教科書と同じです。しかし、では「約束」とは何か、というと答えは意外に難しいとのことです。「約束」には①当事者が、②将来のことを、③決めておく、という3つの要素があるとしています。そして、「なぜ」約束するのかと、さらに考えを深めていきます。p.57~58には、約束をする理由の1つは、「未来の確実性」のために「当事者が互いにしばりあうこと」という指摘があります。もう1つは、「当事者が自分から、将来のあるべき姿を示すこと」だそうです。他にどんな例があるか考えるヒントも示されています。「なぜ約束するのか」考えを深めることにより、なぜ「結んだ約束を守る」というルール(自己責任の原則)ができたのかがわかると思います。「損害賠償をしなければならないからルールを守る」というだけでない、根源にさかのぼる(法的な)考え方を身につけてもらう機会になるでしょう。

〈消費者問題を深く考える―契約したといえるには〉

【教科書―Ⅲ第1章4節の1~2 契約トラブルと消費者問題】
 4節の続きp.167~169では、契約に関する様々なトラブル(マルチ商法などの悪質商法)とその対応策(クーリング・オフ制度、消費者契約法、景品表示法)が紹介されています。そして、「なぜ、消費者問題は起こるのか?」という問いに対し、「市場経済の中では、消費者は企業に比べ、情報量・交渉力が弱い立場にあるため」という回答を示しています。「消費者は企業との格差をうめるため、消費者の権利を行使していく必要がある。」として、国際消費者機構によって提唱された消費者の8つの権利と5つの責任が示されています。欄外の「わくわくワーク」には、「③企業の立場でケータイ販売の広告を作成し、それをもとに企業と消費者に分かれて、ロールプレイングしてみよう」という提案があります。「こんなとき、どうする?」として、架空請求、業者が雲がくれ、迷惑メールの説明と対応策も示されています。

 若者が「消費者問題」に巻き込まれないように、知識を身につけさせようとする教科書の意図が伝わってくる箇所です。「なぜ消費者問題は起こるのか?」という素晴らしい問いを立てているのですから、この問いについての話し合いの機会を設けて考えを深めることが大切だと思われます。話し合いの前提として、企業の情報量・交渉力と一般の消費者のそれとの差が実感できるように、授業を工夫しようとするのは大事なことでしょう。企業と消費者の情報量・交渉力の差を実感させるために、生徒同士のロールプレイングで「ケータイ販売」をする場合には、販売する側の優位が際立つような工夫が必要になりそうです。「なぜ消費者は企業に比べ、情報量・交渉力が弱い立場にあるのか」を考えるについては、『市民社会と~』にそのヒントがありますので、見てみましょう。

【『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』―第3章ルール編その2よりⅠの2】
 p.58~66「約束をしたといえるには」では、企業を相手にモノやサービスを買う契約をする消費者の立場を根源に立ち返って考えさせてくれます。
 (1)「見かけだけの約束」とは、たとえば「うそついたら針千本、の~ます」という約束は、実際には嘘をついたとしても針を飲むことにはならないというものです。
 (2)「自由に熟慮する:意思の完全性」が、「約束したといえるには」の大事な部分だと思います。p.61には、「約束が当事者を拘束するためには、当事者の意思が完全なものであることが必要だと言えます。」とあります。当事者の意思が完全だといえない場合とは?という問題も考えさせてくれます。答えは、「約束の内容が十分に理解できているか」と、「断り切れない力の差」がないかという場合です。「自由に、かつ、熟慮のうえで、約束」したのでなければ、「その約束はいわば見かけの約束」にすぎないそうです。民法では錯誤や詐欺または強迫という話になりますが、それ以前に最近の製品や契約は内容が複雑になって、大人であっても「よくわからない」ということがあるなど、p.64にはかみ砕いて書かれています。
 「どのような内容の約束をするかは、基本的には当事者が自由に決めてよいことがらです。」(p.65)約束についていろいろ考えてきたところで、この一言がさりげなく登場します。「社会的に見て不当な約束には、法的な拘束力を認められない」ということにつながるのですが、「契約の内容は基本的に当事者が自由に決められる」ということが、消費者と企業の立場の根本であることに注目させられます。

 消費者の情報量と交渉力の弱さとはどういうことか、この本をもとにもっと考えてみましょう。契約の内容は基本的に当事者が自由に決められるとなると、企業の思うとおりに契約させられてしまうかもしれないのが、消費者の立場です。企業に対し消費者が「自由に、かつ、熟慮」するためには何が必要でしょうか?企業が情報を適切に表示・説明することは教科書にある通りとして、消費者がそれを理解・熟慮するための時間はどうでしょう?情報が適切であり、錯誤や詐欺や強迫がなくても、消費者に十分な時間があるかどうかが、理解・交渉において弱い立場になってしまう原因の1つではないかと思いました。時間がないとは、どういう意味でしょう?企業はモノやサービスを売ることが仕事ですから、そのために手間暇をかけることに専念できます。消費者にとっては、消費行動は生産労働の余暇にするのが普通です。生産労働をしない消費者は、子育てや介護のため、病気や高齢のため働けないという事情があるのが普通でしょう。そういった消費者の立場では、余暇は限られた時間になると考えられます。消費行動に専念するわけにはいかないのです。時間があれば、もっと調べたり、人に相談したり、自由に熟慮することができます。悪質商法は、それをさせないために時間を区切ったり、時間的余裕を失わせるように仕向けたりすると考えられます。
 「なぜ消費者は企業に比べ、情報量・交渉力が弱い立場にあるのか」をじっくり考える話し合いをしたら、他にどんな意見が出てくるでしょうか。「それが欲しいという気持ち」が、「力の差」を生み出すという意見もあるかもしれません。根源にさかのぼって考えれば、新たな悪質商法が登場しても、これはおかしいと気付くことができるでしょう。今知られているトラブルの一覧と対応策を覚えるだけでなく、おかしいなと気づく力をつける授業が工夫されるとよいと思います。

〈「借金」を契約の面から考えると〉

【教科書―Ⅲ第1章3節 経済的に自立する 1.「借金」】
 P.162~163では、「借金とは、将来の収入を先に使ってしまうこと」であり、「本当に必要なのか、本当に返済できるのかを冷静によく考え、安易な借り入れは避けなければならない。」と述べられています。消費者金融の利息は、年20%程度になることや、消費者金融のCM量と自己破産申立件数のグラフ、「クレジットカードも借金」であることなどを紹介し、便利さに目を奪われずに利用方法を考える必要を訴えています。「わくわくワーク」では、「CMを批判的に分析してみよう」、「消費者金融の特徴について調べてみよう」という提案もされています。

 教科書のように、借金について消費者金融の仕組みや金利などの情報を示してしまう前に、借金を契約の面から考えてみてはどうでしょうか。『市民社会と〈私〉と法Ⅱ』の「約束をしたといえるには」のところで考えたことを踏まえると、「借金という契約をする場合に、消費者はどのような弱い立場にあるのか?」という問いを立てることができると思います。この問いについての話し合いなどをして、借金をしようとするときは、返済期間や返済総額についての情報を理解することが重要であるという意見が生徒から出てくるといいと思います。教科書に書いてあるから読んでねというのではなく、その情報が必要だと生徒が実感して、教科書を読んでくれるような授業の仕掛けがあるといいのではないでしょうか。
 消費者問題や借金の問題は、法教育とは違うと思われるかもしれません。けれども実は、「契約とは」という私法の考え方の根源に立ち返る貴重な機会になると思います。消費者の立場の弱さ、人間の弱さということまで考えを突き詰めていくことが、本当に知識を身につけるために必要な作業ではないでしょうか。

〈まとめ〉

 「家庭基礎」の教科書について、家族と消費生活に関する内容が民法と深く関わっていることを見てきました。結婚や消費行動は、契約という法的拘束力をもった約束として考えられることがわかりました。家族問題や消費者問題を解決するための知識としてだけでなく、約束の意味や、問題の根底にある人間の立場を深く考えていくことが、法的な考え方を身につける授業につながるのではないかと思います。家庭科は法教育の視点から、公民科との連携授業が大いに期待される科目だと感じました。

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