静岡大学教育学部附属島田中学校 第59回教育研究発表会 その1

 2013年11月14日(水)静岡大学教育学部附属島田中学校の第59回教育研究発表会で、法教育に関する社会科の研究発表が行われました。2年生の歴史的分野では、公事方御定書を題材として法などの事象から社会の様子を予測する授業、3年生公民的分野では、経済の単元で労働について考えることを通し、対立と合意、効率と公正という概念の活用をする授業でした。(当日の資料より、適宜引用させていただきます。)

1 社会科歴史的分野 公開授業Ⅰ

2年B組 40名(男子17名、女子23名)
10:00~10:50  場所:教室
単元名:江戸の社会を探ろう(全7時間)
本時のテーマ:「享保の改革と社会の変化~公事方御定書を手がかりとして~」(第3時)
授業者:早馬忠広 教諭

〈単元全体のテーマと前時までの内容〉

 この単元では、武家諸法度や公事方御定書などの江戸時代の法令や政策を正確に認識し、その知識から当時の社会の様子を読み解くことで、問題発見力や多面的・多角的な見方・考え方を身につけさせることを目指します。歴史は歴史的事象の暗記が最大の目的ではなく、事象同士のつながりやある事象をきっかけにして当時の生活や文化を明らかにしていくものだという意識を芽生えさせたいと考えています。
 重視することは2つあります。第1は、「武断政治から文治政治に変わった江戸時代中期とは、どのような時代か」という、単元を貫く課題を意識させること。第2に、第2時から第6時で学習する内容につながりをもたせることです。
 第1時は、武家諸法度の元和令と天和令を比較して、元禄期の社会の様子を考え、単元を貫く課題を意識させました。第2時には、諸産業の発展や都市の繁栄が、江戸の社会にとってどんな意味があるかを推測し、町人の生活の変化に気づくことを目指しました。

〈導入は現在の事例から〉

 まずワークシートが配布され、次のような事例を読みました。

事例
 ティモカイト君は、盗まれたものと知りながら、最新パソコンをハヤウマ君から安く譲ってもらった。

先生:「こんなときはどうなりますか?○年以下の懲役または罰金50万円以下、というふうに法律で決まっていますね。前回の復習をしますが、この人(徳川家光の肖像画を提示)は誰でしたか?この人が何をしたか、覚えていますか?」
生徒1:「参勤交代とか、武家の統治システムを完成させた人。」
先生:「そうでしたね。この人(徳川綱吉の肖像画)は誰でしたか?」
生徒2:「綱吉。武力ではなく儒学の教えにより統治するシステムにしました。」
先生:「綱吉はチェンジの人でしたね。この前のワークシートには、「綱吉は、社会の変化に対応させようとして武家諸法度を変えようとしたのではないか。」と書いてくれた人がいました。町民が力を付け過ぎないように、幕府が調整していた。身分制度や法律で規制をしていたというのです。逆に、町民を豊かにして、武士たちの暮らしを支えさせようと考えたのではないか、と書いた人もいました。」

〈享保の改革と公事方御定書〉

先生:「さて、この人(吉宗の肖像画を提示)は誰ですか?この人が、法律を微調整しようとしました。どんなことをしたか、今から教科書などで調べてください。」
(調べ学習でワークシートの穴埋め、省略)

〈15枚の条文カードから、幕府が重視していたものを推測―KJ法を使って〉

先生:「小グループになってください。今から班に15枚ずつカードを配ります。内容は全部公事方御定書の条文を現代語にしたものです。カードを読んで、「幕府が重視していたものは何だろう?」ということを考えてください。言葉が難しいときは聞いたり、相談したりしてください。各自、思いついたことを何でも付箋に書きだしてください。」(15分間の予定が約20分間に。)
(全部で10班になり、各班にホワイトボードとペン、付箋が配布されました。)
【カードの条文の内容】
「金十両以上及び代金に換算して十両以上のものを盗んだときは死罪。それ以下の場合は、入れ墨の上叩く。」「盗品と知らずに買った場合」「落し物を拾ったら、落とし主と拾い主で半々になるようにする。」「江戸で主家の金を横領し逃げた者は」「お金を添えて捨て子を貰い、その子だけを捨てたものは引き回しの上、死罪。」「親を殺した場合、市中引き回しの上、はりつけ。(普通は牢内で死刑)」「毒草やインチキ薬を売った場合、引き回しの上、獄門。」「主人を殺害した場合、2日間さらし、1日引き回し、竹のこぎりで傷つけた上、はりつけ。」「凶悪犯罪でなければ旧悪とする。(そのあと12カ月罪を犯さない場合)」「15歳以下の者のお仕置き(殺人・放火の場合)は、15歳まで親類に預け、その後、遠流。」「人を殺し、盗みもした場合、馬に乗せ市中引き回しの上、斬首。」「橋の高げた、武家屋敷の鉄物を外した者」「放火した者は火あぶり。」「江戸で賭け事を行った者は、遠島。」「犯罪を届けなかった場合」

先生:(20分後)「付箋をホワイトボードに貼ってグループ分けし、グループ毎にマジックでテーマを書いてください。5分間で。協力してやりましょう。」

〈幕府が大事にしたと思うことを発表〉

「上下関係、治安、名誉、身分、責任(親の)、文化を壊さないこと」が発表されました。
先生:「他の班の発表もふまえ、ワークシートに「吉宗の時代に社会で大事にされていたものは何だろう?」ということを、自分の文章でまとめてください。」
生徒3:「当時は社会環境が悪いので、円滑に税金をとれるように治安を良くしようとした。責任をもたせることが大事にされていた、と思います。」
生徒4:「治安を良くするため、罪を重くして、殺人を減らそうとしたと思います。」
生徒5:「身分の差、自分の立場や節度をわきまえるようにし、犯罪のない平和な世の中を大事にしたと思います。」
先生:「この時代より前は、刑罰はもっと重かった。これでも軽くしているのです。そこに意味があるはずです。公事方御定書は公表されていないのですが、そういうことにも秘密があるはずです。次回はそれをします。ワークシートを提出してください。」

2 社会科公民的分野 公開授業Ⅱ

3年C組 40名(男子20名、女子20名)
11:10~12:00  場所:教室
単元名:なぜ炭焼きレストランさわやかは売り上げが伸び続けているの?
   ~秘密を探り、「天使からの手紙(企画書)」を送ろう~(全16時間)
本時のテーマ:「さわやかから学ぶ「労働について」④さわやか附属島田中前店」(第13時)
授業者:岩本知之 教諭  ゲスト:早川和良 氏(さわやか株式会社営業本部次長)

〈単元全体のテーマと前時までの内容、本時の目標〉

 「炭焼きレストランさわやか」は、静岡県に28店舗ある(2013年11月25日現在)ハンバーグチェーン店で、多くの生徒が大好きです。この身近な題材により興味関心をもたせるとともに、具体的な事柄を通して経済の世界を学習することが効果的だと考えます。単元を貫く課題は、チェーン展開している外食産業の多くが,売り上げを落としている中,「さわやか」が売り上げを伸ばし続けている秘密を探ることです。そして,学習したことを活かして、最後に「天使からの手紙(さらに良いレストランにするための企画書)」を提案し、実際に「さわやか」の担当者に指導・評価をしてもらいます。これにより、単元のゴールをイメージさせ、毎時間の授業の必要性を感じて主体的に取り組めるようにしました。
 前時までに、客の立場、社員の立場から価格や契約自由の原則と労働契約、流通の仕組みなどを学んできました。前時は、非正規労働者の割合が増えていることが問題となる理由を、各種資料から多面的に読み取った後、「さわやか」は非正規労働者の割合が大きいが、従業員の労働の意義を果たす場として存在していることに気づくことを目指しました。本時は、働きたいにもかかわらず、なかなか働くことができない人たちにも働ける環境を提供する社会づくりが大切であることに気づくことを目指します。

〈導入は前回のプリント確認とゲストの紹介〉

 授業開始前、全員が着席していたところ、先生が今日の授業ですることを説明しました。前回のプリントに書かれている従業員候補8名から、店長1名、ホールスタッフ2名を採用するので、誰を雇うか考えるという内容です。黒板に向かって左側には、レストランのPR「さわやか物語」(物語の最後に「『愛情料理』を囲んで、『元気の出るだんらんの場』が広がるサービス技術が大切です。」と書かれています。)が掲示されています。
先生:「今日は、「さわやか」から担当者の早川さんがおいでくださいました。」(歓声)
早川さん:「こんにちは。公民の授業に取り上げられるということで、我々もびっくりしています。「さわやか」は、自然の生き生きとした状態を表す言葉です。私たちの会社は、地球の人の心を元気に、体を健康に、人間として豊かに生活できることに貢献できるよう目指しています。今日はよろしくお願いします。」
先生:「みんなは「さわやか」の良い点をお店のいい雰囲気、店員とお客の一体感があることと受け止めています。今日の授業では、「さわやか」附属島田中前店という店が近日開店するとして、3名の従業員を雇うことを考えます。会社としては、人件費を抑えたいし、開店まで期限が迫っているので時間厳守で誰を雇うか選んでください。まずは個人で、ワークシートに書いてください。3名セットで選んだ場合は、その理由も書いてください。」(約10分間)
【従業員候補8名】(プリントより、プリントは似顔絵つき)
大野さん(37歳 男性)
 私はこれまで15年間、全国チェーンのパスタ屋に勤め、ホールとキッチン両方で責任者もしました。その経験を生かし、お客さんが全員満足するお店にしたいと考えています。月給は40万円は欲しいです。
大島さん(34歳 女性)
 私はこれまで10年間、夫とパートさん2人と洋食のお店を開き調理も接客もしてきましたが、夫が亡くなったためお店を閉めました。その経験を生かし、あたたかいサービスのお店にしたいです。月給35万円は欲しいです。
桜井さん(32歳 男性)
 私は島田市出身で、これまで10年間、マーケティング会社(企業に依頼された情報を集め、分析し、報告する会社)に勤めていました。データ分析には自信があるし、人と接することも好きです。月給30万円は欲しいです。
渡辺さん(30歳 女性)
 私は子育てが一段落したので、もう一度働きたいと思っています。主婦として掃除や炊事をテキパキ短時間でやってきた経験をお店の仕事に生かし、スピーディーで清潔感あるお店にしたいです。月給25万円は欲しいです。
二宮さん(60歳 男性)
 わしは去年、長く勤めていたホテルを定年退職しました。でも、まだまだ体は動くし、頭もはたらきます。よく家族で訪れていたさわやかで働き、みんながやすらげるお店にしたいです。月給25万円は欲しいです。
板野さん(23歳 女性)
私はこれまで5年間、芸能界で働いてきました。自分で云うのも何だけど、明るく、他の人より見た目はきれいだと思います。芸能人の友達に宣伝してもらって今より人気のお店にしたいです。月給25万円は欲しいです。
相葉さん(22歳 男性)
 私は静岡大学教育学部を来春卒業します。子どもが大好きです。運動部に所属していたので、スポーツには詳しいし、人とコミュニケーションをとるのは得意です。子どもに喜ばれるお店にしたいです。月給22万円は欲しいです。
前田さん(18歳 女性)
 私は来春、特別支援学校高等部を卒業します。職業体験でお世話になったさわやかでは、足が悪いため健常者の1/2位の量でしたが、一生懸命働きました。みんなが満足できるお店にしたいです。月給20万円は欲しいです。

〈8名の従業員候補者から誰を選ぶか、話し合い結果を発表〉

先生:「では、小グループで、店長1名とホールスタッフ2名に誰を選ぶか話し合って下さい。各班に候補者8名の似顔絵パネルを配りますから、ホワイトボードを用意してください。」(15分間)
 生徒は10の班に分かれて話し合い、候補者の似顔絵をホワイトボードに貼ってゆきました。店長には大野さん、ホールスタッフには相葉さんを選ぶ班が多くみられました。
【発表例】
1班:店長=大野さん、スタッフ=渡辺さん、相葉さん
  理由=大野さんはお客に満足してもらいたいと言っているので、さわやかに合う。渡辺さんはスピーディーそう。相葉さんは子ども好きなのがいいし、若くて将来性があり、独身なので融通が利きそう。
  この3名にしたのは、20~40歳台近くの年齢をそろえることと、男女のバランスがいいから。店長が若いと年長者は従いにくい。スタッフが年上だと指令が出しにくいと考えました。
6班:店長=桜井さん、スタッフ=大島さん、二宮さん
  理由=桜井さんは情報処理力を買いました。大島さんは知識と経験。二宮さんは店への感謝と接客のうまさ。新しく入るパートの指導もできるのではないか。年齢がいっているのは、店長の暴走を抑えるのにいいのではないか。
(他の班もホワイトボードを黒板に並べました。)

先生:「みんなが選んだ人の傾向はどうですか?」
生徒1:「店長は責任感と経験のある人。店長の仕事は人間関係づくりだと思う。皆で協調していくことが大事なので、まとめられ、指示が出せる人を重視しています。」
生徒2:「ホールスタッフは接客の仕事なので、コミュニケーションのうまい人。子育て経験やアットホームな感じを重視しました。」
先生:「違うことを考えた人はいませんか?選ばれていない人に視点がいっている人は?(応答なし。)前田さんを選んだ人が一人だけいました、生徒3さん。」
生徒3:「障害者を雇うことにより、前田さんのためにもなるし、障害者支援になって社会貢献をアピールでき、店の好感度が上がると思いました。」

〈障害者雇用と店側の考え〉

先生:「プリントの障害者雇用の資料を見てください。民間企業の障害者雇用率の目標を満たしている企業は約45%です。では、最後にHさんにお話をお願いします。」
早川さん:「働く人には条件があります。それぞれ得意なこと、自分でどうにかできることとできないことがあります。それを考えて選ぶのが我々の仕事です。わが社も、障害者雇用目標の1.8%は満たせていません。本部やキッチン補助には障害のある人がいます。60歳定年ですが、働き続けたい人は嘱託という形でパートになります。キッチンで一番給料の高い60歳以上の人もいます。できる限り雇用の場を広げたいと考えています。仕事の特性と、どんな人が働くか。企業はまずお客様から選ばれねばなりません。そこは外せません。従業員からも選ばれねばならない。お客・働く人・会社のバランスをどうとるか、が大事です。「ポジション経営」という考え方は、ポジションごとに責任範囲を明確に分け、その責任の重みに見合った評価をしていこうということです。働く全員が、社会づくりに参加できる企業を目指しています。」
先生:「まだこれからということですが、二宮さんや前田さんの働ける環境を目指していこうとしているということですね。」
早川さん:「ホールとキッチンの仕事しかないと、雇用が限られます。もっと店が増えれば、本部の仕事や工場が増えることになり、社会の雇用の場を増やすことにつながります。」
先生:「高齢者や障害者に労働できる環境を与えることが大切なのは、なぜですか?」
生徒4:「憲法の平等の考え方。障害者だからという見方は違うと思います。差別意識から何とかしないといけないと思います。障害者でも得意なことや特性を活かし、できることをして、普通の人間として暮らせることが大事だと思います。」
先生:「これからの社会を考えたときは?」
生徒5:「少子高齢化だから、60歳までなどの年齢制限をすると労働人口がどんどん少なくなります。労働することによって経済がよくなることがあるので、経済が悪くならないためにも、雇用が大事だからです。」
先生:「では、振り返り用紙への記入は宿題にします。」

〈ここまでの取材を終えて〉

 歴史の授業では、公事方御定書の条文から当時の幕府が大事にしていたものを読み取り、社会の様子を理解することを目指していました。条文は、平易な現代語に言い替えてありましたが、生徒が読むのに予想よりやや時間がかかった様子でした。それでも、15の条文を時間内にテーマ別に分類できていたようです。条文に書かれていることは刑罰の手続きですが、その背後には幕府がどういう社会をつくろうとしているのか、という目的があること。さらに、その目的はどういう社会背景から生じているのか、ということにまで生徒が考えを深める授業だったと思います。
 法教育というと、近代以降の法を対象にするイメージがあると思いますが、法のもとになる価値が歴史的に変化していることを実感するには、歴史の授業がふさわしいと思いました。これからの歴史の教育の可能性を考えさせられました。先生の最後の発問は、次の時間にどうつながっていくのか、興味が続きます。
 公民的分野の授業では、ゲストのお話に現場の迫力を感じさせられました。「お客と働く人と会社のバランスをどうとるか」という言葉は、この授業の核心だと思います。まとめの「障害者や高齢者が働ける社会づくりが大切なのはなぜか?」という発問が、さらに授業内容を深めていました。経済分野の法教育として、非常に興味深い取り組みだったと思います。

〈授業後の研究協議、講演、法教育ワークショップについては、その2でお伝えします。〉

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