東京大学「オータム・セミナー」 ―不法行為法から未来の法を考えるPart1― その2

 ひきつづき、2013年11月2日(土)13:00~18:00に行われた、東京大学法学部大村敦志教授(民法)による高校生のための「オータム・セミナー」後半の模様をお伝えします。

ステップ3「発熱教室」をどうすべきか

3-1)風邪に感染させるのは不法行為か

14031301教授:「図1「民法の要素」 を見てください。民法の基本的しくみです。人は自分の「財産」を所有する。それを交換するには「契約」が必要。これに対して、自分の体と物を守るために不法行為法があります。民法709条の読み方については、「Pという条件をみたす(要件)ならばQである(効果)」というのが法律のしくみです。ここまでの話との関連でいえば、不法行為に関しては、過失や因果関係という条件が満たされなければ、損害賠償という効果が生じないのです。

 さて、以上をふまえて、これから「発熱した人が学校へ来ていいの?」ということを考えてもらいます。」
事例
 X1さんから次のようなメールが来ました。
「夕べ(23日)から頭痛がして風邪気味だったので、今日の午前中にお医者へ行ってきました。21日に母(X2)の付き添いで病院へ行ったとき、咳をしている人が二人(Y1・Y2)もいて…。お蔭で半日無駄になりましたが、しかたない。先生もどうぞお気をつけて。 
追伸 ちなみに、咳をしていた人たちも私もマスクをしていて、母はしていませんでした。なのに、風邪を引いたのは私だけ。」

教授:「法学学習上大事なことは、時系列に沿って事実を整理することです。この事例から何がわかりますか?」
男子:「X1がX2に付き添って病院に行った。咳をしたY1・Y2が病院にいた。その後、X1は喉が痛くて病院に行くことになった。X2はなんともない。ちなみに、X1・Y1・Y2はマスクをしており、X2はマスクをしていなかった。」
教授:「Y1・Y2のせいでX1は風邪を引いたといえますか?」
男子:「いえません。」
教授:「そう見えますよね。でも、教室に咳をしている人がいて、そのあと、そのクラスにいた人の半分が風邪をひいたら、その人のせいじゃないかと思いませんか?」
女子:「免疫力の問題ではないですか?免疫力は個人差があります。」
教授:「そのことの意味は?」
女子:「だから、その人が風邪の原因でないとは言えない。」
教授:「そうですね、人によって違いはある。でも、よく言いますよね、あの時うつされたに違いないって。」
男子:「教室では風邪をひいている人はマスクをつけていて、ひいていない人はつけていないことが多い。今回の状況と違います。今回はX1はマスクをしているから、他に原因があるかもしれないと思います。」
教授:「整理してみましょう。風邪がY1・Y2のせいと言えるのは?」
女子:「他の原因がない場合です。X1が一日中家にこもっていて、Y1・2にしか会わなかったとき。」
教授:「それだと、可能性が高くなりますね。ところで、京都の高校での回答例には、うつるやつが悪い、自衛しろという意見がありました。そういう考え方もないわけではありません。図2 を見てください。大阪アルカリ事件とこの事例の問題配置を比べてみましょう。

図2:「問題配置」
煤煙(大阪アルカリ)
因果関係 わからない
過失 かまわない(最初、弁護士は権利行使と主張)
しかたない(次に、弁護士はベストを尽くしていると主張)
 
インフルエンザ   コンピュータ・ウィルス
因果関係 わからない→わかる?   因果関係 わかる?
過失 かまわない→かまう?   過失 かまわない?

 

 最初、煤煙と被害の因果関係は「わからない」状態だった、過失については、最初は「かまわない(弁護士は権利行使だと主張)」、次に「しかたない(ベストを尽くしていると主張)」でした。インフルエンザの場合、因果関係はわかりにくい? 過失については、うつす人が悪い?それとも、風邪ってうつるからしかたない? しかし、コンピュータ・ウィルスだったらどうですか? 因果関係はわかるかも知れません。過失についても、かまわなくないし、しかたなくもない。なのに、実世界のウィルスはしかたないですか?」
男子:「風邪は他の影響があるけれど、コンピュータ・ウィルスは故意があるから。」
教授:「誰かが作ったウィルスに感染してしまってまき散らす結果になった。これだと故意はない。しかたないですか?」
男子:「自分にできることとできないことがある。わからずにまき散らしたら、しかたない。」
教授:「それは過失なしですね。知っていてPCを使っていたら?」
女子:「それは過失があります。」
教授:「現実の世界で、明らかに風邪をひいているのに、学校でうつしたら不法行為ではないのですか?」→一同沈黙
男子:「不法行為のような気がしてきたけれど、うつされたという確実性はない。コンピュータ・ウィルスの方は確実。」
教授:「皆さんのPCは感染しませんか?」
男子:「ウィルス対策ソフトを入れているから、しません。」
教授:「そうですよね。自己防衛すべきだという考え方があります。それでも防衛できないものはしかたがないのか。」
男子:「コンピュータ・ウィルスは、うつされないようにする限界値を越えたらうつるけれど、インフルエンザはうつす側とうつされる側がちゃんとした生活をしていたらうつらないと思います。だから不法行為ではない。」
教授:「みんなそうですか? もし今のように、実際の風邪はうつされた方が悪いなら(因果関係があっても過失がないから)、どうしますか?」
女子:「自分で最低限、気をつけるしかない。」
教授:「そうですね。そうするしかない。インフルエンザ・ウィルスが進化してすごく危ないタイプが大流行したらどうですか?」
男子:「マスクをして、人混みに行かない。」
女子:「手洗いとうがいをする。」
教授:「やっぱり自分で食い止める。人混みに行かないことは、危険に近づかないわけですが、いい手がありますか?」
男子:「家から出ない。」
教授:「いい手ですね。でも、消極的な感じがする。では、もし法定伝染病なのに学校に来ていたら?」
女子:「それは不法行為。」
教授:「なぜそれが法律で決められましたか?」
男子:「危ないから。」

3-2)「発熱者外出禁止法」を立法すべきか

教授:「禁止されている病気なのに学校へ行ったら、不法行為ですよね。では、それほどではないけれども、ちょっと危ない新型インフルエンザを法定伝染病にするかどうかを、これから考えてほしいと思います。ものすごく危ないなら法定伝染病にすればいいですが、「結構危ない」くらいの場合について、「発熱者外出禁止法」をつくることを考えてください。一定の発熱の人を外出禁止にして、いいですか?」
男子:「賛成です。極論過ぎる気はするけれど。被害を広げない目的のためなら、ある程度はしかたない。」
教授:「特定のインフルエンザ・ウィルスを見つけるのは難しいので、一定の熱がある人はみんなということですが、いいですか?」
女子1:「賛成です。インフルエンザかどうかわからなくても、結構危ない風邪とわかっていて、うつす可能性があるのがわかっていたら、過失があるから。」
教授:「損害賠償責任があるわけですね。法律をつくらなくても責任がありますか?」
女子1:「そうです。」
女子2:「かなり危ないタイプなら、外出はやめた方がいい。」
教授:「賠償責任はあるの?」
女子2:「賠償までは。」
教授:「女子1さんは、知っていたら行ってはいけないということですね。故意はありますか?」
女子1:「あると思います。」
教授:「でも、うつしてやろうという積極的な意思があるわけではない。知っている側には、うつることを予想して、うつらないように防止する義務があるということですね。反対という意見はありますか?」
女子3:「外出禁止というと、権利が侵害されると思います。やむをえない理由で外出する人もいます。」
教授:「やむを得ない事情って、何ですか?」
女子3:「大事な発表があるとか、用事があるとか。」
教授:「一律に外出禁止と言われても困る、正当な理由がある場合は別ですとすればいいですか?」
男子:「あいまい過ぎると思います。」
教授:「あいまいだとなぜ困りますか?」
男子:「個人個人で大事な事情は異なってくるから。自分にとっては、コンビニにマンガを読みに行くのが大事なことです。」(笑)
教授:「コンビニにマンガを読みに行くのは大事でないと言われたら?」(笑)
男子:「名誉を傷つけられたと思います。」
教授:「みんなが認める正当な理由がなければいけないのか、と思うよね。他にどんな
  ことがありますか? 外出禁止を認めるべき、または認めるべきでないという要素は?」
女子4:「外出を認めてもよいと思います。外出しても、うつすと100%確かではないから。」
教授:「事前に禁止する必要はなく、うつしたら責任を負うということですか? マスクとかをかぶって。」
女子4:「うーん、そうですね。」(笑)
教授:「どのくらい危ないのかということによるし、どのくらい発見できるのかということによりますよね。危ないインフルエンザが流行しているとして、自分で簡単にチェックできる薬でもあったら違いますか? それくらいやらないと過失があって、損害賠償責任を認めることになりますか?」
女子:「チェックできることをしなかったとして、本人が、自分がどんなウィルスにかかっているか知っていなかったら、過失がないと思います。」
教授:「今年は流行っていて、チェックが簡単にできて、そのためのキットは150円で買えるから、皆チェックしてから出かけましょう、ということでもダメですか?」
女子:「きまりではなく自分の意思でやることなので、責任はない。」
教授:「みんな、うつるやつが悪いモードですね。風邪に寛大ですね。」
F先生:「俺、怒っちゃうけどな。家の中でひいていたら、部屋から出ていけと言います。」(笑)
教授:「要求できないという気持ちを支えているコアのところにあるのは何ですか?」
女子:「検査キットを自費で買うこと。自分のお金の使い方を決められたくない。」
教授:「大阪アルカリの場合は、自分のお金で煙突を建てないと、不法行為と言われました。あなたは、キットを使ってチェックする義務がないというわけですね、お金がかかるから。加害者が自分でわかる義務はない。その意見の背後にあるのは、加害者にそんな負担をさせたくない、という考え方ですね。そのために被害者側はかなり行動の自由が制約されるけれど、それはしかたないですか?」
女子:「150円も払えない人もいるので、それはしかたない。ホームレスの人とか。」
教授:「払えるのに払わないのは、いけないですか?」
女子:「それはインフルエンザの広がり具合にもよるけれど。」
教授:「自衛しなければいけないとすると、被害を受ける人の行動の自由が制約される。逆ならば加害者の権利を制約する。風邪の場合は、みんな加害者の権利を尊重していますね。空港に感熱センサーがありますね。あれが150円になって、誰でも買える。センサーを向ければみんな他人の熱がわかるようになると、それを使って自己防衛する責任がありますか?」
女子:「国がそれを配ってくれればいい。」
男子:「風邪って、症状が出ていなくてもウィルスに感染しています。それは確かめようがないので、感熱センサーはいつも有効ではない。だから、被害者が自己防衛の責任を負うことはできない。」

〈因果関係と許されること・許されないこと〉

教授:「今まではわからなかった因果関係がわかるようになった場合、今まで許されていたことが許されなくなるということは? 皆さん風邪には寛容だけれど、「噂話禁止法」というのはどうですか? 噂話の材料にされるのは、それだけで不愉快ではありませんか?因果関係がたどれることが技術的に確保されたとして、自分の噂を流されるのはかまわないですか?」
男子:「いいです。風邪と違って、噂されている側がそこまで被害があるわけではないから。」
教授:「セクハラは? 教室内でことさらに性的話題に触れたとき。いまの理屈ならば、それくらい、いいよね?」
男子:「嫌な人もいる。」
教授:「いい例じゃなかったかな。では、たばこはどうですか? 20年くらい前まで、たばこの許容度は高かった。今は下がっていて、健康被害は別として不快がる人が多いです。吸っている人に損害賠償請求できますか?」
男子:「吸わないことを要求して、それでも吸い続けるならできる。」
教授:「たばこに対しては厳しいね。」
男子:「僕はダメです。」(笑)

教授:「路上で酔っ払っていてはいけない、というのはどうですか? 家ではいい。酒臭くて不快なくらいの酔っ払い。」
女子:「不快くらいは、いい。」
教授:「たばこは、ここではだめと追放されるのに。」
男子1:「たばこは副流煙で健康被害が結構ありますが、酔っぱらいは精神的に嫌と思うけれど、健康被害はない。」
男子2:「酔っ払いが道端で寝ていたり吐いたりするとすごく不快だから、ダメ。うちの学校は通学路に地下道を通る所があるから、そこで吐かれると最悪です。」(笑)
教授:「臭いとか酔っているだけなのと、具体的に迷惑をかける場合は差があるよね。」
男子1:「臭いだけでもダメです。」

〈不法行為についての裁判の意味〉

教授:「この行為は不法行為だといって、裁判官が賠償を命ずることは、そういう行為を社会がある意味で禁止するということ。こっち側の人の行為を禁止することは、あっち側の人の利益を守るということになっています。反対に、こっちを放任すると、あっちの人の利益が損なわれる。今の社会では、どちらの利益を尊重するかについて、どういう判断をするか、場合によっては、法律をつくるのではなく、裁判で決めているということです。四大公害訴訟の段階では、こういうことをしてはいけないということが十分決まっていなかった。でも、具体的な法律がなくても、何をやってよくて、何をやってはいけないのか、不法行為法という一般的・抽象的なルールを使って、原告と被告の個別のケースに即して判断しました。それが積み重なると、社会でどういうことをしたらいけないのか、考え方ができていきます。
今までの話で言うと、発熱者外出禁止法を作らないとしても、裁判がそういうルールをつくっていくということはありうる。どうして裁判にそんなことをできるのですか? 三権分立で、法律をつくるのは国会ですね。だから、これを法理論的にどう説明するかは一つの問題点です。しかし事実としては、四大公害訴訟で世の中の公害のルールが変わった。社会の秩序は裁判を通じて少しずつ変わるということは確かです。このことを、頭の片隅に置いておいてください。
 その背景には、1つには、立法が遅いということがあります。法律ができるのが遅いから、裁判がルールを作る役割を果たさざるをえない。今は立法も早くなっていますけれども。裁判になって、新しい判決を出すことは、新しいルールを、少なくともその兆しをつくることなのです。弁護士の主張が通れば、それもルールづくりに関わっています。もう1つは、マスメディアの機能。マスメディアが、ある判決を取り上げることにより、その判決が社会に大きな影響を与えることがあります。四大公害訴訟のときは、大々的に報道されました。みなさんは、将来、国会や地方議会の議員、あるいは公務員になるかもしれない。その場合には法律や条例づくりに関与することになる。しかし、裁判官や弁護士になる人もいるでしょうし、新聞記者なども考えられる。人々が法の生成に関わる、その関わり方にはいろいろなものがあるということも理解してほしいと思います。」

〈教授から授業後の感想〉

1 風邪に対する前提の変化(因果関係がはっきり確認できるようになるとか、うつしてはいけないという規範意識が高まる)が不法行為の成否に影響を与えるということを実感してもらいたかったのですが、「因果関係」や「過失」の内容は時代や環境によって変化する、ということは十分には伝わらなかったように感じました。もっとも、「因果関係」や「過失」の有無を考えていく、という思考の枠組みは、ある程度まではわかってもらえたかと思います。

2 損害発生の可能性の高さ、(加害者・被害者の)損害回避の容易さ、損害の大きさなどの組み合わせによって、不法行為責任が認められるか否かの判断は動きます。生徒さんたちは、私の出す事例のヴァリエーションについて「程度問題でしょう」という感覚を持ったようです。そのことを踏まえて、「受忍限度」(被害者がある程度は我慢しなさいという限度)が変化するという整理をした方がよかったかもしれません。

3 生徒さんたちは、若くて活力があるせいか、病弱な人が外出等を制約されることにあまり共感できないようでした。また、反対の立場に立って立論してみるという姿勢もやや弱い。このあたり、相手の立場になってみる「共感の技法」としての「利益考量論」をより意識的に使うべきだと思いました。

4 発熱者の外出を不法行為とすること(裁判)と発熱者外出禁止法を制定すること(立法)の異同について、もう少しはっきりさせた方がよかったと思いました。また、裁判所による規範定立についても、理論的な説明を与えた方がいいのかもしれません。それでも、具体的な事件に関する裁判がルールを変えていく、ということは理解してもらえたのではないかと思います。

〈取材を終えて〉

 ステップ3では、自分の感じ方が法的にどういう意味をもつのかを考えることになりました。風邪の危険性の程度によりますが、「風邪に感染させるのは不法行為でない」という主張が優勢になりました。そのままの勢いで「発熱者外出禁止法」の立法も形勢不利になり、バランスが傾いたままだったように感じました。授業後の感想の中で、教授がそのあたりの分析をしておられます。
 授業の最後に、法律をつくるのは国会だけでなく、裁判に関わる裁判官も弁護士も、その役割を担うことにつながるということを教授がまとめられました。一つひとつの裁判が大事なことを実感できました。
 来年度は、「不法行為法から未来の法を考えるPart 2」が計画されているようです。

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