江戸川区子ども未来館アカデミー「法律ゼミ」 その1(企画編)

 江戸川区子ども未来館アカデミーでは、小学生が科学や自然、地域の歴史等を専門的・継続的かつ体験的に学ぶことを目的とし、半年~1年単位のゼミなどを実施しています。その中の「法律ゼミ」は、早稲田大学の西原博史教授(憲法)、仲道祐樹准教授(刑法)が講師役となり、2012年4月から月1回、1年間開講されました。2014年度は、憲法・刑法に加え、民法も学べるよう、企画が練られています。法律を専門とする大学の先生方が小学生を対象に、法律の知識伝達ではなく、法的に考える力を育成しようと取り組む模様を、企画段階から数回にわたってお伝えします。
 第1回の今回は、西原先生・仲道先生と民法の大村敦志教授(東京大学)との打ち合わせから、授業の趣旨等をご紹介します。

〈江戸川区子ども未来館の取組み〉

 江戸川区子ども未来館は、2010年4月に子ども支援策の一環として開設された小学生対象の区立施設です。1階は児童図書専門の図書館、2階がアカデミーとなっています。
 アカデミーでは、4月からの講座開講に向け、区立小学校の児童ほぼ全員にゼミ等への参加案内を配布しています。それぞれのプログラムの基底にあるのは、子ども達の知的好奇心を触発することです。2012年度の「法律ゼミ」には、24名の参加がありました。
 子ども未来館は、都営新宿線篠崎駅から徒歩約15分。JR小岩駅・新小岩駅よりバスで約20~30分。

〈「法律ゼミ」について〉

 このレポートでは、このゼミを「法律ゼミ」と呼びますが、子ども未来館のプログラムでは、社会科学系のプログラムの冠に「社会のしくみを学ぶ」というシリーズ名が与えられています。毎年テーマ名が変わると子どもが混乱するのではないかという配慮のもと、2014年度も同じシリーズ名を冠することになっています。副題で、その年度の中心テーマが示されることになりますが、2014年度のタイトルは 「社会のしくみを学ぶ<法律入門>~もしきみが裁判官だったら~」です。 「法律ゼミ」で憲法・刑法に加え民法も扱うことになったのは、プログラムを企画する未来館職員の松井朋子さんのアイデアによるものです。日本の社会を支えている法律といえば、憲法・刑法・民法の3つというイメージだからとのことでした。西原先生、仲道先生は松井さんの熱意により講師を引き受けられたそうです。

〈何を小学生に教えるか〉

 2014年1月20日(月)、西原先生、仲道先生、松井さんと大村先生の初顔合わせが東京大学で行われました。授業づくりの方向について、話し合われました。

西原先生:「2012年度にゼミの内容を企画する際は、法律知識や憲法価値の伝達でなく、法を使う主体として必要なものを伝えたいと考えました。法とは何か、法律のしくみ、憲法と基本的人権、犯罪と刑罰、罪刑法定主義、子どもの権利と少年法などについて取り上げ、模擬裁判も実施し、最後にいじめに対する提言を行いました。知識教育ではなく、規範的思考方法を身に付けてもらうことを目指しましたが、子どもたちもそれに飢えていたようでした。1年間で素晴らしい力を発揮するようになり、驚かされるものがありました。」
大村先生:「2014年度のテーマは未定とのことですが、子どもたちに教えるについて、たとえば「なぜ契約は拘束力をもつか」ということを考える教育と、法的推論というか、憲法・刑法・民法の規範の性質を教えることには少し差があると思います。
 憲法の規範の特色としては、重層性があります。刑法では、罪刑法定主義が重要で、民法は規範が必要により動く、比較的緩い規範であることが特色だと思います。そういった法規範の性質に関する話が考えられる一方で、民法では「社会の基礎となる制度がなぜ必要か?」を考えることが重要だと思います。どちらの教育をお考えでしょうか?
 法規範と法以外の規範との連続性・不連続性を、小学生もわかっていいのではないかとも思います。理由付けにすごく興味をもつ子もいますが、リーガリズムに陥る子もいるかもしれません。ルール性の高いものから教えていくのがいいのか、スタンダード的なものを教えて、あとはケースバイケースで判断するということから教えていくのがいいのか。その辺りは、年間プログラムでどう位置づけられるでしょうか?」
西原先生:「2012年度は子どもたちにケースを与え、ナマの条文をそのまま渡して、これを使って誰のどういう主張をどのように「理由」づけられるか考えてくれ、というやり方を重ねてきました。「なるほどパワー」と名付けましたが、説得力のことです。子ザルや子ウサギの世界を題材としたシナリオをもとに、子どもたちの日常性の中で起こる規範対立と、法的問題として処理される規範対立に連続性があることを意識させながら、
  ・主張  ・理由  ・相手の理由との優劣を判定する基準
という思考の組み立てをします。そのため、「相手の理由をよく理解する」ことにもかなり重きを置きました。人権問題における価値衡量も、刑法上の論点も、日常的で素朴な「正義感」のようなものと切り離せない、という前提です。ただ、「なぜ1つの物に1人の持ち主があるという基本的想定を置くのか」とか、「なぜ人と人の約束は守らなければならないのか」とか、そういう法の基本的問題につき、子どもたちが自分なりの考え方を発展させる適切な手がかりが提供できていないかもしれない、という悩みに直面しています。」
仲道先生:「罪刑法定主義については、「どちらが住みやすい社会ですか?」という思考実験をして、推論をしつつ価値に到達するやり方をしました。その意味では、両者は切り離せません。「なぜこのような法律があるの?」と考えつつやりました。」
大村先生:「罪刑法定主義は思考様式でもあるので、そのようにしやすいですね。民法では、「権利濫用論」がおそらく同様の性質を持っていて、推論の中でその価値的な側面を教えることができます。一般性の高い原則だからです。しかし、「契約の価値」は推論の中で教えにくいより具体的・制度的な価値です。」
西原先生:「教え方の自由度は御随意にお願いします。」

〈基本的枠組み〉

大村先生:「3人の共通の部分として、基本的枠組みを伺いたいと思います。」
西原先生:「2012年度は、走りながら考える状態でした。全12回のうち最初4回は、自らの法的主張の理由を考えてもらいました。一昨年度は9回目の12月が模擬裁判だったので、中盤の4回ほどは、裁判の判決基準を自分の中につくることを目指しました。最後の3回は提言型で、子どもが提言の理由を考えることを課題としました。今年の進行をどう組み立てるか、どの段階で大村先生にお願いするかで、課題も違ってくると思います。」
仲道先生:「一昨年度は、第2回目で刑罰論を取り上げたのですが、これは法の適用というよりは、抽象的な原理の話だったといえます。第8回目は正当防衛を素材としましたが、ここでは個別の要件解釈とあてはめが中心となり、まさに法の適用、法的推論の話でした。12回の中でも、切り口の違いがありました。」
大村先生:「内容は、社会の基本的しくみがあっていいし、法的推論や、司法の特色―裁判官が当事者の主張をふまえて第三の見方を提案する―ということもあっていいということですね。その上で、具体的に何をやるのかは、私が独自に考えていいのか、それとも、このプログラムの流れの中で考えた方がいいでしょうか?」
西原先生:「2012年度は、たまたまこうなっただけです。先生ご自身が子どもたちと共有したいテーマをお考えくださるのがいいかと思います。」
大村先生:「スケジュールなどは後で考えることにして、ともかくやってみましょうか。ボランティアには、学生に応援を頼むということもあっていいかと思います。若い人には感化力があるので、その力はありがたいと思います。」

〈取材を終えて〉

 子ども未来館のこの取組みは、「法教育」をテーマに始まったわけではありませんが、今回の授業づくりのお話を伺っていると、「法」のどの側面に重点を置き、いかに小学生にわかりやすい授業に組み立てていくか考える作業になっていたように感じました。「法教育」は「法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身に付けるための教育」(法教育研究会「報告書」)と定義されることがありますが、法制度(価値)と法規範(思考)のどちらに重点を置くか、あるいは一緒に扱うこともできるのかというのは、大学の先生でも悩まれる深いテーマであることが窺われて、興味深く思いました。これからどんなプログラムになっていくのか、楽しみです。

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