平成25年度 「法」に関する教育を推進するための公開授業
2014年1月23日(木)13:40~16:45、東京都教育委員会の「法」に関する教育を推進するための公開授業および研究協議会等が、練馬区立豊玉小学校で開催されました。第6学年の体育「ゴール型ゲーム(バスケットボール)」における法教育という、画期的な取組みをお伝えします。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)
〈練馬区立豊玉小学校のプロフィール〉
1876(明治9)年開校。1884年、現在地に新築移転。1945(昭和20)年、戦災により校舎全焼。翌年、校舎復興。2009・10(平成21・22)年度の練馬区教育委員会教育研究校(体育)に指定。学校周辺は、練馬区役所や市民センター、テニスコートなどの公共施設に近く、落ち着いた住宅街という環境です。西武池袋線、都営地下鉄大江戸線練馬駅より徒歩約10分。
学年 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年 | 計 |
クラス数 | 3 | 2 | 3 | 3 | 2 | 2 | |
児童数 | 87 | 65 | 85 | 83 | 61 | 77 | 458 |
1 授業
第6学年
教科:体育(13:40~14:25) 場所:体育館
単元:「ゴール型ゲーム(バスケットボール)」(全8時間のうち本時は第5時)
授業者:伊藤陽平 練馬区立豊玉小学校主任教諭
ゲストティーチャー:永野 亮 弁護士(東京弁護士会)
〈前時までの学習活動〉
目標のうち、「法」に関する教育において育てたい児童像との関連としては、次の3つが挙げられています。「みんながより楽しむことができる活動にするために、自分たちで工夫してルールをつくることに興味・関心をもつ。」「ゲームにおけるルールは、みんながより楽しく活動するためのものであることを理解する。」「みんなで決めたルールの大切さを意識して、それを守って学級全員で楽しく活動することができる。」
第1時では、バスケットボールのルールを基本としながらも、クラスの実態に応じてみんなが楽しむことができるようなルールをつくっていくことを確認しました。第2時で、弁護士の方の話をもとにルールの意義について理解できるようにした後、試しのゲームをもとに、チームタイムでチームの課題や作戦を話し合い、それにあった練習をしてきました。体育館に学習の流れ・対戦相手・コートがわかるような表を示し、その場で確かめられるようにしています。ゲーム開始の際の挨拶・ゲーム中の声掛け・ルールに則って活動している児童を把握し称賛します。各個人に「学習カード」、チームには「得点表」を配布し、毎時間、振り返りをしています。
本時までに考えた主なルールは、次の4つです。
(1) 各自、最初の得点は4点、それ以降は2点とする。
(2) 試合では、1分ずつメンバー交代を行う。
(3) 審判の判定に従わない場合、ペナルティーを与える。(審判は児童が行う。)
(4) 得点した本人が、得点ボードを変える。(試合中でも)
〈今日のめあての確認と準備運動からスタート〉
体育館に6種類の色のゼッケンを付けた児童が、色別に分かれて整列しています。青色・緑色:5名ずつ、赤色・黄緑色・白色:6名ずつ、紫色:7名です。挨拶の後、先生が今日のめあてを話しました。
先生:「今日のめあては、2つあります。1つは、これまで出ていたルールから、クラスのルールを決定することです。もう1つは、自分たちのチームの課題を明らかにすることです。では、準備運動から始めます。」
音楽が流され、準備体操に引き続き、ボールを1人1個ずつ持ち、ボールの操作(シュート、パス、ドリブル)を行いました。さらに、チームに分かれて、チームの課題に沿った練習をしました。これらが先生の掛け声なしに、音楽に合わせて整然と行われていました。(約8分間)
〈弁護士のお話と提案について〉
いったん集合し、ボールを片づけました。永野弁護士のルールについてのお話や、これまでの学習内容を書いたパネルが並べられました。弁護士の話の内容は、「ルールがなかったら、力のあるものがいつも勝つことになる」ので、みんなが楽しめるようにルールを考えるということでした。前回の授業では、「3ポイント・エリアでシュートしようとする人をブロックしてはいけない」というルールが提案されましたが、不採用になっていました。しかし、どうしてもこのルールを取り入れてほしいという提案が理由とともに再度出され、先生がみんなに意見を聞きました。
先生:「このルールをいらないと思う人?」→挙手多数
先生:「なぜいらないと思いますか?」
児童1:「シュートを邪魔されたくないというのは、試合なのに甘えていると思います。」
児童2:「バスケットボールが得意な人をブロックしなかったら、もっと点を入れられてしまうからです。」
児童3:「ゲームが盛り上がらないと思います。」
先生:「いろいろな意見がありますが、多数決で決めます。このルールがいると思う人?」
→挙手3名。いらないと思う人は多数でした。
先生:「では、不採用とします。でも、やはり必要ということがあれば、授業の最後に決めます。」(この間、約5分。)
〈ゲーム中〉
ゲームタイムは、前半10分間。その後、チームタイム約7分間は、色別チームに分かれ、ブロックする人を入れたシュート練習やパスで相手を抜く練習など、それぞれのチームの課題を自分たちで練習しました。2回目のゲームタイムは約7分間です。
バスケットボールが得意な児童や、すでに得点をした児童は、まだ得点していない仲間に得点のチャンスを与えようとパスを回すシーンが、随所で見られました。また、得点を入れた児童が自分で点数を変えにいっている間も試合は続いているので、その間に相手に得点されてしまう場面もありました。
〈まとめ〉
ゲームが終わり、整理体操後、学習カード等を記入しました。カードや筆記用具はチーム毎にカゴに整理されていて、その配布なども手間取ることなく行われていました。今日の振り返りを4名ほどの児童が発表した後、ルールの決定をすることになりました。
先生:「ルールを振り返って、修正や付け加えることはありますか?ブロックはやはり必要ですか?」
→数名が「必要」へ挙手しました。
先生:「なぜですか?」
児童4:「身長の高い人や技術のある人に対してはブロックしていないからです。」
そこで、今日得点した人のうちバスケットボール経験者でない人に挙手してもらうと、たくさん手が挙がりました。ブロックされても得点できる、ということになったようです。それ以外の提案として、得点した人が点数ボードを変えている間、チームの人数が相手より少なくなり得点されてしまうため、ベンチの人が点数を変えることが提案されました。この案には多数が賛成したので、次の時間にもう1回話し合って決めることになりました。
先生:「みんなが決めたルールが本当にいいルールか、確かめたくありませんか?」
口々に:「永野先生に聞いてみたいです。」
永野弁護士:「ルール①はどうでしたか?」
児童5:「まだ得点していない人にボールを回すようになりました。」
永野弁護士:「そうでしたね。3ポイントエリアでブロックしないルールは採用されませんでしたが、まだ得点していない人にはブロックしないというルールにしたら、それなりの戦略が生まれてくるかもしれません。経験者にとっては、シュートの機会が減ったと思いますが、ルールは弱い人を助けるためにあります。みんなで、新しいルールの中でパスを回したり、どうやったら勝てるか考えたりすると、楽しいバスケットボールができると思います。」
2 研究協議・意見交換会(15:00~16:00)
〈会場校校長挨拶〉
並木満行 練馬区立豊玉小学校長
今日は、6年生がこのような形で成長した姿を見ることができ、感動しています。1年生からの積み重ねがあったおかげと思います。授業者は、今日の授業のためだけにしていたのではなく、日頃から「みんなのやり方でいいのですか?」という声掛けをしていました。これまでの日々の積み重ねの成果が、公開授業で多くの先生方に伝わるといいと思います。それぞれの学校にもちかえっていただければと思います。
〈授業者より〉
伊藤陽平 主任教諭
体育を法教育につなげるということで、難しいと思いましたが、ルールづくりの視点から指導案をつくりました。「何のためのルールか」「ルールでどう変わるのか」を考えることができたと思います。前回の授業まで、ルールの変更意見がほとんど出なかったので、今日も出ないと思い、決定してから弁護士に登場してもらうつもりでした。ところが、改善案が出たので、ルールを決定することができませんでした。ルールの意義と価値付けの面で弁護士の力をいただきましたが、その他のやり方についてもご提案をいただけたらと思います。
〈協力弁護士より〉
永野 亮 弁護士
東京弁護士会法教育センターでは学校と様々な取組みを行っていますが、イベント的でない通常授業への参加は、双方にとってメリットになると改めて思いました。体育はかなり実験的な取組みで、意味があったと思います。「みんなが楽しめる」ことを推し進めすぎると、技術の高い子どもが体育の目標を達成できない恐れがあり、そのような点も今後詰めていけたらいいと考えます。
〈意見交換等〉
質問1:「ルールの定義は何でしょうか?“立場上弱いものを保護する”ということを、体育に関して子どもはどう捉えるか、ということですが、“運動が苦手な子どもでも活発にできるようにする”ということでしょうか?」
→伊藤先生:「“立場上弱いもの”というのは曖昧な表現だと思ったので、事前に子どもたちの願いをアンケートしました。その結果は、シュートしたい、得点したいという希望でしたので、運動が苦手という表現ではなく、「こういう願いがありました。」と説明しました。」
質問2:「3ポイントエリアのルールは不採用になりましたが、子どもの提案するルールと教師の願い(みんなにシュートさせたい)が一致しない場合、今日のようでいいのでしょうか?」
→伊藤先生:「多数決を採ると、多数意見に決まってしまうので、今日の授業を見て、『とりあえず1回やってみて決めよう』というやり方もあると思いました。今、悩んでいます。あの場で、他のやり方もあることも言ってはみましたが。」
質問3:「提案されたルールについて、話し合って採用しない場合もあります。その提案者にはどういう配慮をしたらいいでしょうか?」
→永野弁護士:「提案者の気持ちを大事にして、声掛けすることが大事だと思います。」
質問4:「今日決まらなかったルールは、学習指導要領にはかなっていましたが、ルールの内容によっては学習指導要領を踏まえないといけないと思いますが。」
→伊藤先生:「ルールをたくさん決めることによって、技能面が落ちる心配もあります。そうなると学習指導要領に沿わなくなるので、迷って多数決にしました。次回は、『やってみて』にしたいと思います。」
〈「法」に関する教育の一層の進展に向けて〉
意見1:「道徳において、行政書士と授業を計画しています。「きまり」という視点は授業がつくりやすいと思います。社会科以外でも、意図的に実践を計画していくことが今後の課題だと思います。」
意見2:「今日の授業は運動量が25分以上あり、いい授業でしたが、法との関わりをもたせることにより話し合いの時間も多く、運動していない時間が約30分間ありました。それでは通常授業の場合、運動が15分になるので、体育と話し合いの両立はなかなか難しいと思います。むしろ、こういう意識をもって、授業に取り組むことをしていければいいのではないかと思います。」
→伊藤先生:「その点も迷っていました。最後にあれほど意見が出ると思わなかったので、自分の迷いがあって長くなりました。話し合いと運動量の兼ね合いをどうすればいいかが、改善点だと思います。」
意見3:「体育でルールを取り上げたことに意義があったと思います。自分のクラスの子どもには、ルールに対するマイナスのイメージがありますが、今日はルールを肯定的に捉えている子どもが多いと感じました。ルールをいいものと感じている印象で、いい授業だったと思います。」
〈法務省法教育推進協議会委員より感想〉
・ルールの意義について、社会科等、他の時間と連携できる可能性を感じました。
・体育における指導は、今後の法教育の広がりを考えるうえで重要な視点です。小学校における指導から、今後縦方向、斜め方向の関係をどう形作っていくか、興味深い。
・子どもが審判をすることで、先生という権威ではなく仲間の判断に従う姿が素晴らしかったと思います。
・ルールは必ずしも最終的に1つに決めなければならないことはなく、どのルールがよかったですか?と問いかけてもいいと思いました。ルールの目的は様々です。まとめ方に、他の方向もあると思いました。
3 講演「学校における法教育の充実と発展に向けて」
大杉昭英 国立教育政策研究所初等中等教育研究部長
今日の授業に関し、最初の時間には子どもたちは声が出ない、パスはまわらないという状態だったそうです。「初回のシュートは4点」というルールにより、皆が動いて全体的に運動量が増え、上手な子はシュート以外の面でモチベーションが上がったのだと思います。わずかな時間で成長したことがわかりました。体育は、技術力・体力・スポーツマンシップの視点が外せませんが、ルールを通して向上を図るという視点があってもいいと思います。
〈学習指導要領と法教育〉
学力と法教育の関係では、「民主主義・法・自他の権利や義務・公正さといった基本的概念について体験的に理解させる」について、公正さを重んじて身近なトラブルや問題を解決していく態度を身に付けることが大切です。小学校6年生での体験に法教育の原風景が見出せるように、中学校および高等学校の先生方が概念化していかれるといいと思います。法教育は、小・中・高等学校を通しての体系化が重要です。高校生になったときに、「個人が対等な社会の構成員として、適切な配慮がされている」という概念化がされていることが期待されます。
法教育の4領域(東京都の「学習の視点」)のうち、「ルールづくり」が重要だと思います。生活科・体育・特別活動などにおいて、「きまりがあった方が楽しく遊べることに気付く」といった、感情を基盤にしたルールづくりを体験することが、法教育の原風景になります。小学校6年の体育で完結するのではなく、教科横断的に補完しながら推進されることが大事です。今日の授業では、「互いに尊重されながら、みんなが満足できる」ことが、ルールが生まれる必然性といえると思います。
授業の目的達成と法教育の基盤となることを兼ね備えた実践例には、小学4年生体育におけるフットサルや、大縄跳びなどがあります。英国シティズンシップ教育の教科書には、中学校1年生くらいで、自分たちのクラスのルールづくりをする例もあります。
〈新しい教育のあり方〉
従来、学校教育関係者には「客観的に存在する真理をつかんでおいて、授業でそれに辿り着く」という「実在論的知識観」が多くみられると言われます。当然、そういう場面があっていいのですが、ルールづくりなどでは、「社会構成主義的知識観」が必要になります。「コミュニケーションを通して真理がつくられる、合意したことが真理となる」ということです。知識のコラボレーションで新たなものを創っていくのが「新しい教育」のあり方であり、アクティブ・ラーニングを教員養成でもしていこうとしています。法教育を通し、子どもたちがよりよく育っていくのではないかと考えます。
〈取材を終えて〉
一昨年度まで東京都法教育推進協議会委員を務められ、法と教育学会等で現在もご活躍の窪直樹先生(練馬区立大泉第六小学校教諭)が、終了後に感想をお寄せくださいましたので、ご紹介します。
意見交換の時間には出なかった「普段の体育のルール」という視点に気付かされる、貴重なお話でした。担任の先生が普段から「みんなのやり方でいいの?」と声掛けをしておられたということは、「(法教育の)意識をもって普段から取り組む」実践をしていたということになり、その成果がこの授業に表れていたと思います。いろいろな場面におけるルールの学習の可能性を感じる公開授業でした。
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