渋谷本町学園小学校研究授業 小学校道徳

 2014年2月18日(火)13:45~14:30、東京都教育委員会の「法」に関する教育推進研究委員会の研究授業が渋谷区立渋谷本町学園小学校で行われました。小学校第5学年の道徳「親しき仲にもきまりあり」は、教師と行政書士が教材づくりから連携した取組みです。その模様と授業後研究協議についてお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈渋谷区立渋谷本町学園のプロフィール〉

 2012(平成24)年4月、渋谷区立小中一貫教育校渋谷本町学園として開校。本町小学校・本町東小学校・本町中学校を母体とし、教育施設・内容・組織を一体化した9年間の義務教育を行います。
 2013年4月現在、特別支援学級を含め、小学校16学級380名、中学校6学級153名が在籍しています。
 新宿の高層ビルを間近に臨みながら、昔からの商店街や住宅街に囲まれた環境です。グラウンド一面に芝が貼られ、校舎は内装に木材を多用した温かみを感じる学校です。京王新線初台駅から徒歩約6分。

1 授業

第5学年A組 
13:45~14:30 場所:教室
道徳 内容4-(1)「公徳心をもって法やきまりを守り、自他の権利を大切にし、進んで義務を果たす」
テーマ:「親しき仲にもきまりあり」 資料:「借りたはずの自転車」(授業者自作)
授業者:長島寛和 渋谷本町学園小学校主任教諭  
ゲストティーチャー:山賀良彦 行政書士

〈導入は友達との物の貸し借りの経験〉

先生:「今日は、法律のプロである行政書士の先生に来てもらっています。山賀先生、お願いします。」
行政書士:「今日は皆さんと一緒に法律の勉強をすることを楽しみにしてきました。よろしくお願いします。」
先生:「では今日は、友達と物を貸し借りすることについて考えます。みんな、友達に物を貸したり借りたりしたことはありますか?」
 →多数の挙手があり、ゲーム、文房具、遊び道具、本などが挙げられました。
先生:「これから、物の貸し借りについて、身近にあったトラブルのことを考えてもらいます。「借りたはずの自転車」という資料を読みます。」(資料を配布し、先生が読みました。)

「借りたはずの自転車」のあらまし

 休日の朝、たかしは午前中に行われる塾のクラス分けテストに行くことになっていました。ところが、前の晩遅くまで勉強していて寝坊し、母親の声に起こされて朝ご飯も食べずに会場へ向かいました。駅までバスで行ってから、電車に2駅乗らなければなりません。しかし、バスに乗り遅れ、次のバスを待ったり家に自転車を取りに引き返したりする時間がありません。慌てたたかしは、この近くに住む親友のゆうすけの自転車を借りることを思いつきました。ゆうすけの自転車は買ったばかりで、自分のより一回り大きいのです。ゆうすけは、「親友だからいつでも乗っていいよ」と言ってくれていました。自転車の置き場所もお互いの鍵の番号も知っています。マンションの最上階に住むゆうすけに声をかける余裕もなく、迷いながらも黙って自転車を借り、駅へ急ぎました。
 ゆうすけは、その日に父親と駅前のイベントに出かける予定だったのに、自転車がないので父親と捜しました。見つからないままとりあえず駅へ歩いていく途中、たかしの母親と偶然出会い、自転車がなくなったことを話しました。たかしの母親は車で、テストの終わったたかしを迎えに行き、ゆうすけの自転車を無断で使ったのはたかしであることを知って、ゆうすけが困っていた様子をたかしに伝えました。

〈たかしの気持ちの移り変わりとゆうすけの気持ち〉

 先生がたかしやゆうすけの気持ちをみんなに問いかけ、挙手した児童を指名していく形で授業が進みました。先生は問いかけに合わせて、たかしとゆうすけの似顔絵を黒板に貼っていきました。4つの問いそれぞれに、たくさんの手が挙がりました。先生が、出された意見を黒板に書いていきました。

【問1】バス停で乗り遅れたとき、たかしはどんな気持ちだったでしょう?
意見:「どうしよう。せっかく勉強したのに、無駄になる。」「急がないと。」(多数)「早く行かないと、塾のテストに遅れてしまう。」「間に合わないかも。」

【問2】親友のゆうすけの自転車のことを思い出した時のたかしの気持ちは?
意見Aタイプ:「親友だから、あとで理由を話せば許してくれるだろう。」(数名)「いつでも使っていいと言ったから、借りてもいいと思う。」「新品だから乗ってみたい。」
意見Bタイプ:「ちょっとなら借りても大丈夫、大親友だし。」「ちゃんと借りると言っておいた方がよかったかもしれない。」
意見Cタイプ:「迷っているから、借りるよと言うのがいいかどうか、わからない。」「黙って借りると、盗んだことになる。」「親友だから心配をかけたくないから、置いておけばよかったかな。」「黙って借りたら、けんかになってしまう。」
(先生が意見をタイプ毎にグループ分けしていました。)

【問3】自転車を捜すゆうすけの気持ちはどんなだったでしょうか?
意見:「ちゃんと置いたのに、どうしてないのかな?」(数名)「ちゃんと鍵をかけたのに、なぜないのだろう?」「もしかしたら盗まれたのかもしれない。」「本当にここに置いたか自信がない。」「鍵をかけ忘れたのだろうか?」「新しい自転車なのに、盗まれたら悔しい。」「新品だから奪われた。」「買ったばかりなのに、お父さんに怒られてしまう。」「どこへ行ったんだろう?」(数名)「困った。」「悲しい。」「誰がどうやって盗んだのか?」「高かったんだけどな。」

【問4】母親からゆうすけが自転車を捜していたことを聞いて、ゆうすけの顔を思い浮かべたたかしの心の中は、どんなだったでしょう?
意見:「借りる前に一声かければよかった。」「やはり泥棒みたいなことしなければよかった。」「やはり乗らなければよかった。」「大親友だけど、怒っているだろうな。」(数名)「捕まるのかな?罪になるのかな?」「ゆうすけに何て言おう。」「借りたことを言ったら、ゆうすけはどう思うだろう?」「ゆうすけとお父さんにも迷惑をかけてしまった。」「自分は借りた気だったけれど、言わなかったら盗んだことになる。」「許してくれるかな。」「ごめん。」「早起きすればよかった。」「自分はみんなから冷たい目で見られても自業自得だ。」

〈自分のことを振り返ってみよう〉

先生:「たかしはゆうすけの大親友だという気持ちから自転車を借りましたが、最終的にはこんなことしなければよかったと思ったのですね。みんなも、友達と物の貸し借りをしたことがありますね。相手を困らせたり、困ったりした経験はありますか?」
児童1:「2年生の時に筆箱を貸したら、まだもどってきません。」
児童2:「図書室の本の貸し出し期限を過ぎても返していなかったことがあります。」
児童3:「4年生の時にゲームを借りっぱなしで、友達を困らせてしまいました。」

〈専門家のお話―貸し借りのときの目に見えないきまり〉

先生:「物の貸し借りで困ったり困らせたりする経験は身近にありますね。物の貸し借りをうまくするには、いったいどうしたらいいでしょうか?法律の専門家の山賀先生にお話ししてもらいましょう。」
行政書士:「みんなの意見を聞いていて、とても勉強になりました。自転車が借りられてよかったと思った人もいたかもしれませんが、だんだん一言言っておけばよかったという気持ちに変わったと思います。貸し借りにもきまりがあることを伝えたくて、この教材を作りました。みんなが友達と貸し借りをするとき、どんなきまりがありますか?」
児童4:「貸してほしいものを言って、いつまでに返すか決めます。」
行政書士:「大切に使って、ありがとうと言って返しますね。ちゃんとお互いに納得して貸し借りします。黙って使ったり、無理やり『いいじゃないか。』とか言って使ったりするのは、貸し借りとは?」
みんな:「言わない。」
行政書士:「そうです。貸し借りには、目に見えないようだけれどきまりがありますね。ゆうすけはいつでも乗っていいと言いましたが、本当にいつでもいいわけではないですね? たかしはちゃんとことわればよかった。図書館の本も、いつでも借りていいことになっていますが、本当に借りるときはどうしますか? 図書館の先生に聞いたら、カウンターでバーコードを通して借り、大切に使って期限までにきちんと返すというきまりがあります。もっと高いものや大切なものなら、どうですか?」
みんな:「貸す。」
行政書士:「ただで?」
児童5:「お金を払ってもらいます。それから、お互いに代わりのものを貸して、相手が返さなかったらそれを取り上げることもあります。」
行政書士:「おお、そうですね。交換条件ですね。大事なことは…」
児童6:「紙に書いておくとか。」
行政書士:「紙に書いて、お互いに納得して、大人なら印を押したりしますね。大人になると、契約書を交わすということにつながる話です。今日の授業はどうでしたか?貸し借りにはきまりがあるということを話しました。」
先生:「身近にある貸し借りの中でもきまりがあることを意識して、学んだことを今日から実行してください。」

2 授業後研究協議会(14:40~15:20)

参加者:東京都教育委員会「法」に関する教育研究推進委員会委員7名(授業者含む)、
行政書士4名、渋谷本町学園統括校長

委員長:「本年度の研究は、法律実務家との連携をテーマに行ってきました。今回の道徳の授業では、教材づくりの段階から行政書士の山賀先生に関わっていただきました。今後、どのように法律実務家に関わっていただけばいいか話し合いたいと思います。」
長島先生:「この教材は一から作ったので、法教育のねらいに即しているか協議していただければと思います。自作資料自体について、また、主発問(授業中の【問2】)に時間を取りたかったのですが、時間配分についてご意見をお願いします。」
山賀行政書士:「担任の先生が心の問題を深めていたので、その授業の流れを崩さないか、法のことで流れを変えるのではないかと心配でした。大人の中で道徳と法が未分化というか、曖昧になっている部分があり難しいと思いますが、そこが法とは何かという一番大事なところだと感じます。」

〈自作資料についての意見〉

・子どもの実態に近いと感じる。中学校でも同様の実態もある。(複数)
・非常に丁寧に心情を追っていた。中学生向けの場合は先が見えてしまうところがあるかもしれない。
長島先生:「行政書士からアドバイスをいただき、いろいろな視点が入ることで語尾や設定が変わり、納得のいくものができたと思います。『貸し借りにもきまりがある。』と短い言葉で言ってもらえたことで、資料作りもやりやすくなりました。」
山賀行政書士:「子どもの発達段階を非常によく踏まえた資料なので、こういう資料は法律専門家には作れないのではないかと感じました。内容やテーマについて、学校関係者と法律実務家が協力し合うことが、法教育の第一歩だと思いました。法律実務家はお互いの気持ちの葛藤を考えるのが得意なので、道徳のテーマに関し、協力することができると思います。」

〈学習のねらい・内容に関する意見〉

・学級の中のきまりを守ることは、まさにできているクラスでした。手を挙げて、起立して発言する、先生が資料を範読しているときに自分も集中するなど、よくできていた。
・「ねらい」の「法やきまりを守り、自他の権利を大切にする」という段階から、「進んで義務を果たそうとする心情」に至ったきっかけは、ゆうすけの顔を思い浮かべたことかと思う。児童に、「やはり借りると言えばよかった」という心情が高まったと感じた。相手の父親の気持ちにまで考えが至ったことは素晴らしいと思う。
・【問1】は、中学校では道徳の3-3「人間の弱さや醜さ」に当たると思った。
・困っているゆうすけの気持ちに意見が多く出て、同情を感じたし、謝らねばならない気持ちを感じていることもわかった。
・学んだことを実際の生活でどう態度化するかが大事だと思う。

〈まとめと発展について〉

・最後にきちんと整理され、契約の話になった。中学校の家庭科でも、契約書がなくても契約は成立する、約束は成立することを学ぶが、そこにつながる。
・中学3年の公民的分野で契約の授業をしたが、対等な立場で合意できれば契約は成立することを強調した。そこへつながると思った。

〈時間配分について〉

・ゲストティーチャーの時間をもう少しとると、法教育になるのではと思った。
・もう少し時間があれば、「してはいけないことをしたらどうなるか」まで整理できると思った。子どもたちはわかっていそうだと感じた。
・「貸し借りにもきまりがある」がゴールだったのかどうか。「自他の権利を大切にし、進んで義務を果たそうとする」まで到達するには、〈自分のことを振り返ってみよう〉からの時間をもう少しとるといいと思った。

〈今後に向けて〉

・行政書士には、学校の実態に即したオーダーメイドの授業づくりをお願いした。この資料を、今後、他の学校にもいかしていただけるよう一般化できたらと思う。
・今日の授業は道徳に重心があった。〈自分を振り返ってみよう〉からの子ども達の反応を聞くと、法教育としてはもっと法律実務家の出番を増やしたいと思う。【問3】と【問4】だけでも大丈夫ではないか?そのくらいコンパクトにまとめて、専門家の時間を増やすことも考えられる。
・常に行政書士に参加していただけるわけではないので、おいでいただけない場合は、
今日のように【問1】や【問2】にも時間をかける配分にすることも考えられる。この教材はそのような活用の仕方ができるのではないかと思う。

〈取材を終えて〉

 資料の人物の気持ちを丁寧に考える展開から、友だち同士の物の貸し借りのきまりや、もっと高価なものの貸し借りにまで、スムーズにつながっていたと感じました。子どもたちには、相手に対し悪いことをしたから謝らないといけないと思う気持ちがありましたし、高価なものを借りるなら交換条件を付けたり、紙に書いておいたりするといった方法があることまで考えが及び、素晴らしかったと思います。「捕まらないのかな?」という疑問をすくい上げる時間があれば、また違う展開を開いていくことができそうです。様々な展開や整理の仕方ができる、可能性をたくさん秘めた教材ではないかと感じました。
 研究協議会でもそのような意見の他、具体的に時間配分を考えることで道徳にも法教育にも重点を移すことができるという提案がされました。道徳授業において法律実務家と連携する場合、何を重視するかによって時間配分を調整することも考えられるということを、大変興味深く思いました。

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