2014年法教育教材作成プロジェクト  ―民法教材へのヒント―

 2014年8月1日(金)、高校教員有志による研究者との教材づくり研究会が東京大学法学部研究棟にて開かれました。千葉法教育研究会の藤井剛教諭が中心となり、夏季休暇を利用して法教育関係の研究者に協力をお願いし、教材を開発しようという取組みです。午前は東京大学法学部の大村敦志教授による民法レクチャー、午後からは午前のレクチャーに基いた教材開発が教員のみで行われました。午前の民法レクチャーの模様をお伝えします。

〈概要〉
時間:10:00~12:30
参加者:高校教員・弁護士 計12名(東京都、神奈川県、千葉県、大阪府、広島県より)
講師:大村敦志教授(民法)

〈本日のテーマ設定について〉
 まず、大村教授から話題提供として「約束と契約」「相続法改正」「フェリー事故」という3つのテーマが示され、それぞれ簡単な解説がありました。
「約束と契約」については、「原理的・基礎的なことを教えることは、導入段階の教育として重要だと思うが、教えるのは難しい。契約法は、授業づくりをしようとすると、どうしても技術的な話になる。それよりも、法と法以外のものの関係を考えることを授業の目的にしてはどうだろう。何が約束で、何が契約か、区別するのは難しい。約束を契約にする要素は何か?これを明らかにする教材を作るのが有効ではないか、と考える。」とのことで、教授から解説する内容は補足的なことのみだそうです。
 「相続法改正」については、「家族法に関し、法技術の背後にある基本思想を取り出すことを目的とする授業。相続分の平等化とその後の課題をテーマに、マス・メディアなどの言説を鵜呑みにしない広い知識をもたせることを視点にする。」ということで、教授から解説する内容が多いそうです。
「フェリー事故」は「韓国における事故を素材に、社会的な事件を法的に見ることを目的とする。事件を冷静に判断する力(分析力)を養う視点。」であり、資料づくりが大事で、誰が解説しても同じような内容になるとのことでした。
 この3つのテーマから、教員側が教材づくりのために詳しく解説してほしいテーマとして、「相続法改正」が選ばれましたので、以下はそのレクチャーのあらましをお伝えします。

テーマ:「相続法改正」について(領域:家族法)

1 民法を指導することについて

 教員は憲法を教えることには慣れておられると思いますが、民法はどうしたらいいかとお考えのことと思います。学習指導要領には契約自由の原則からその制限へなどという「図式」が載っていますが、そういう図式が繰り返されるだけでは困り、「なぜそうなるのか考える」機会をもってもらいたいと考えます。
 1つには、個人の権利を守ることは大事ですが、社会が動いていくためにはどういうことが必要か、という観点を盛り込んでもらうといいと思います。2つめは、戦前の社会は封建的で、戦後の社会が民主的だという紋切型の知識に捉われないことが大切です。3つめは、西洋というのはアメリカだという捉われをもたないことです。民法という発想はヨーロッパからきているので、ヨーロッパ流の思考様式とアメリカ流のそれとの間の偏差に気づかないと、誤解が生じることがあると考えられます。

2 相続法の歴史的な背景

【1.相続制度の変遷について】
 1947年、憲法改正に伴い親族・相続法が改正されました。これは、私は「マイナスの改正」と呼んでいます。従来の規定のうち、新憲法の規定に反するものを削除するものだったからです。従来の家督相続は、単独相続で、戸主のみが先代の戸主の持つ土地家屋など全財産(大きな財産)を相続する方法でした。家が途絶えないことを基本とし、相続人の順位について詳細なルールがありました。本家分家の制度がその仕組みの根幹をなすと考えます。非嫡出子でも男子であれば、家督相続のために認知を受けることがあり、その相続順位は高くなりました。
ちなみに、ナポレオン法典では、。子どもの側から親を捜して認めさせることは不可能でした。また、認知されても非嫡出子の権利は嫡出子の権利と同じではありませんでした。
 一方、従来の遺産相続とは、戸主以外の人が亡くなった場合に、その人が生前に形成した小さな財産を相続することでした。遺族の生活保障のためのもので、子どもが均分相続し、子どもがいない場合は配偶者が相続しました。子どもも配偶者もいない場合は、戸主が相続しました。小さな額の相続なので、ルールも簡素でした。非嫡出子は、(家督相続の順位も高かったので)遺産相続でも半分ぐらいあげたらいいということになっていました。
 戦後は、家督相続がなくなり、遺産相続だけになりました。配偶者の相続順位は子と同じで第1順位となりました。

【2.届出婚主義の理由】
 明治維新の後、西洋諸国に伍していくには、文明国のあかしとして一夫一婦制が必要になりました。明治10数年まで続いていた妾制度は一夫多妻制を認めるものなので、廃止されることになりました。それまで、庶民層では結婚のあかしは結婚式を挙げることでしたが、結婚式は2人目の女性とすることも可能でした。届出制をとることで、一夫一婦制を確立したのです。
 
【3.非嫡出子相続分の意味】
 非嫡出子の相続分が嫡出子の半分なのは、結婚している家族を尊重するからで、婚姻の保護の意味があります。韓国では、妻の相続分は子の1.5倍。子が多くなると、妻の相続分は少なくなります。日本の場合、非嫡出子が増えても、配偶者の相続分は1/2のままで変わりません。その意味では、婚姻の保護と非嫡出子相続分は、直接は関係ないと言えます。

【4.相続観の変遷】
 高齢化により、80歳の人が亡くなった場合の相続を考えると、子どもは既に働き盛りであり、子の生活保障のためという理屈は成り立たなくなってきています。配偶者のためという理屈は成り立ちます。家産承継の考え方も、生活保障の考え方も、共通点は「財産は特定の相続人に伝えねばならない」ということです。
 1980年代から日本では、遺言による相続が増えています。「自分の財産なのだから、誰に相続させてもいいではないか」という考え方といえます。英米系の法は、遺言による相続を基礎としています。これは、「自分の面倒を見てくれた人にたくさん残して、労苦に報いたい」「残される遺族の面倒を見てくれそうな人にたくさん残して、労苦に報いたい」という考え方に繋がっています。基本は、「財産は自分のもの」なので、何かをしてくれる人にこれを与えるという考え方(対価的相続観)です。

【5.相続観が変化してきた背景】
 相続に対する考え方が変化してきた背景には、相続財産の中身が変わってきているという状況があります。先祖伝来の田畑などの財産を増やしたり維持したりして引き継ぐのが伝統的な考え方でした。今の遺産相続は均分相続になったけれど、家業の継続のためにはそれでは困る人もいます。都市部住人は、自分で作った個人の財産が多い。そこから、生活の保障という考え方も含め以前の考え方と違い、自由に処分できるという考え方が生まれたといえます。したがって、地域によって相続についての考え方は違うはずです。

3 様々な考え方

【1.欧州における夫婦財産の清算】
 大雑把にいうと、欧州では結婚後の夫婦財産は夫婦共有の仕組みです。結婚時、夫が持っていた財産が50であったとし、死亡時に夫婦の財産が100になっていたとすると、プラス50が共有財産です。このプラス50の部分の半分が妻の財産(夫の遺産全体の1/2より少ない)、子どもは本来夫が持っていた50と妻に半分分けた50の残りを相続分に従って相続する。(離婚時は、プラス50の半分が妻に与えられるだけ。)もし、夫に元々の50がなければ、妻の取り分は全財産の1/2になります。
 日本では、夫名義の財産は夫のものです。離婚する場合は財産分与します。夫が死亡したら、相続で一律に夫婦の財産関係が処理されることになり、擬似的に清算されます。夫が結婚前にどれだけの財産を持っていたかで、妻の最終的な取分(財産の1/2)が欧州よりも多いということになります。
 結婚前に夫が持っていた財産が多い場合は、きちんと清算した方がいいのではないかと思われます。先に触れたように、夫婦に子どもがいない場合にその不都合が顕著になり、先代から受け継いだ財産が夫の兄弟姉妹に受け継がれず、何の血縁もない妻の兄弟姉妹に行ってしまうからです。
もっとも相続についてルールを決めるには、具体的な事情を考慮に入れて、公平に分けるのがいいのかどうか?何を事情と考えるかにより、かえって揉め事の原因となる場合もあるかもしれません。
 たとえば、日本には「寄与分」という制度がありますが、具体的な貢献を金銭評価するのは難しいので、具体的な事情を取り入れるルールは家庭裁判所から嫌われるということもあります。

【2.子どもの差別について】
 嫡出子と非嫡出子の相続差別について、全体として世の中が子どもを尊重するようになっているので、2013年9月の最高裁決定では従来の相続差別はよくないだろうという結論になりました。しかし、国民のすべてが、平等にするのがいいと考えているとは言えません。また、子どもは本質的に平等ともいえないかもしれません。
 1996年の民法改正案に平等化が盛り込まれたのに、これが実現しなかったので、今回違憲と言わざるをえなくなったという事情があります。ただし、最高裁の考え方が変わったわけではなく、従来の考え方と基本的には同じなのですが、社会の状況が変わってきたから判断が変わったとしています。なぜなら、最高裁が今までの考え方が間違っていたというと、波及効果が大きくなるからです。たとえば、今回の決定のケースで相続が起きた平成13年7月の段階で憲法違反というと、その後の遺産分割が全部間違いということになってしまいますが、その前から憲法違反だったというと、さらに無効になる遺産分割が増えることになります。また、子どもの間の平等をいう際、何と何を比較して平等というのかも大事です。嫡出子と非嫡出子を平等化しても、依然として認知されない子の問題は残ります。

【3.配偶者の相続権について】
非嫡出子の母親は、死亡した人の相続人にはなりません。それはなぜかも問題になりえます。結婚は早い者勝ちでいいのか?一夫一婦制を疑うこともできます。相続人になるかどうかは、婚姻届の有無にかかっています。Bが死亡し、妻AとBの内縁妻のCが残されたとき、妻Aとの関係が形骸化していた場合は、社会保障給付ではCが保護されます。社会保障給付は実態重視の考え方だからです。しかし、相続権はAのままで動きません。
民法の制度は、唯一ではないことも考えてもらうとよいでしょう。配偶者の相続権は、現状では経路依存的な制度といえます。一妻多夫制度だってありえます。なぜそれがおかしいのか?一般的にいって一夫一婦制度でなくてはならない理由は何か?と考えてもらうこともできるでしょう。

【4.「子どもは平等」以外の考え方】
婚姻とは、相手が産んだ子に財産を相続させることという考え方。そうでない子も、かわいそうだから半分あげようというのが、戦前の日本の考え方でした。生徒に訊いてみてほしいのは、「嫡出子と非嫡出子は同じ子か?」「結婚している妻と結婚していない妻は同じか?」という問いです。念のため、非嫡出子とは、認知されている子です。認知されていない子(私生子)は、相続分はゼロ。
戦前は、私生子とは生物学上の親子関係のみでした。庶子は、法律上も親子関係がある非嫡出子であり、家督相続の関係で男子は相続順位も高かったのです。今でも、認知されていない子が相続分ゼロなら、非嫡出子も2分の1でいいのではないか? 認知されているかいないか、法律上の親子か否か、区別の線が動くだけでいいのか?と生徒に訊いてみてほしいと思います。
相続権はないけれど、扶養義務はあるのではないか?という議論も可能です。

4 周辺の問題について

【1.国籍法違憲判決】
 同じ夫婦の結婚前にできた長子が非嫡出子で、日本国籍が取得できなかったことがありました。入籍後に生まれた2人は嫡出子になる場合、同じ親の子なのに長子が嫡出にならないのはおかしいという人が多いですね。この裁判では、そこに国籍も絡めた弁護士が、うまく違憲判決を引き出したといえます。

【2.婚姻とそれ以外の関係】
 婚姻とは、子どもの認知と財産分与(相続)を一括して約束している制度です。婚姻が円満に続いていることを前提として、妻が生む子はすべて自分が引き受けることともいえます。なぜなら、これから妻が生む子についての承認(婚姻)は1回限りでよく、妊娠以前でもいいからです。婚姻は未来を縛る制度といえます。
 一方、事実婚は自由ですが将来につながらない制度といえます。結婚していなくても認知はできますが、認知は懐胎前にはできません。遺言で財産を残すことはできますが、遺言は覆すことができます。
かつては、事実婚を内縁として保護していました。準婚理論といいます。今は事実婚について、婚姻の保護を望まない人にそのような保護を与える必要はないのではないかと思います。
ただ二者択一ではなく、他の選択肢があってもいいかもしれません。世界的に見ると、日本の婚姻の保護は薄い。もっと保護してもいいともいえます。議論の例としては、「離婚できない婚姻(安定性)と自由に離婚できる婚姻」「結婚は期間10年とし、更新もできるという選択肢」(これは、婚姻の機能を子育てにとって必要な関係の安定性とする考え方で、子育てが終われば更新をやめてもいいとするもの。)「3パターンの婚姻」(ただし運用が面倒。社会的コストが大きいというデメリットがある。)などがあるでしょう。
 離婚についても、「アラカルト離婚」も考えられます。選択肢を増やすということですが、あまり複雑な選択肢をもつと、社会が耐えられないということもあります。

【3.成年年齢】
 選択肢を増やすという観点からは、人によって成年年齢を変えるという制度はどうですか?高校を卒業したら就職して大人として扱ってほしい人もいるし、20歳以上でもまだ大学などで勉強中で保護してほしい人もいる。希望による、という制度も考えられます。価値観が多元化する中で、数パターンを提示する立法もありえます。

〈まとめ〉
 相続については、それがどういう目的で行われてきたか。目的は後付けですが、制度や機能に着目したとき、どのような説明ができるかということを考えさせてほしいと思います。相続は当事者の意思どおりにはならないものがあるという考え方がありますが、財産の残し方は自分の自由であるという方向に徐々に移りつつあります。ただし何でも自由というわけではありません。特定の子どもに多く残す場合も、遺留分という考え方もあります。遺言自由というのはどの程度かということになります。欧州はもともと法定相続が基本です。
 親子については、婚姻関係と連動する形で親子関係が認められます。婚姻以外による親子関係も認知により認められることが、歴史の中で広がってきています。ただ認知も期間制限があり、夫死亡後3年後までとされます。これは昭和17年の戦時立法で、出征中の父が知らないうちに出生した子どもがいたからです。婚姻以外の親子関係が認められる趨勢の中で、非嫡出子相続分が均等になったということがあります。しかし、まだ認知の外の区別は残っているともいえます。
婚姻については、1つの類型だけでいいか? そこから漏れている内容がそれでいいのか?と考えることも可能です。
全体として、現行法はなぜこうなっているか?立法するときに考えなければいけない事情は何か?など、様々なことが考えられます。

〈参加者からの要望に応えて:相続税について解説〉
 相続税とは、我々の社会をどういうものと考えるかを示すものといえます。所有権と関わる大事なことで、人生のゲームオーバーのときについての考え方を表します。財産法を考えるとき、法人は死にませんね。個人はゲームオーバーになります。そこで、社会はいくつかの選択肢の中から財産の残し方を選んできています。
民法では、財産承継の他に祭祀承継というものもあります。家に受け継がれた祭祀に財産がくっついてくるという考え方もあります。そうなると、財産は家系にくっついてくる。1回だけのゲームオーバーで終わりにはならなりません。祭祀は祖先に系統的につながるもので、個人の1回限りの葬儀とは違います。韓国では、判例によって先祖を敬う権利は基本権とされています。

〈取材を終えて〉
 午前のレクチャーを受けて、この日の午後から翌日にかけ、高校教員が教材を作りました。この取組みは、教員側から大学の研究者に向けて呼びかけられたもので、現場が教材作成を主導する意義は大きいと思います。東大でのレクチャーを皮切りにこの後、京都大学、金沢大学、福井大学でも研究者が協力する運びになっています。その成果が実践の場で活かされる時が待たれます。

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