大村ゼミ サマー・スクール2014 ―東大ロースクール生による民法講座

 2014年8月2日(土)10:00~17:40、東京大学ロースクール大村ゼミによる「サマー・スクール」が今年も東京大学法科大学院棟を会場に開催されました。昨年同様、大村敦志教授(民法)のゼミ生が中高生を対象に、民法の授業を実践する取組みです。ロースクール生が1学期間かけて作った不法行為・契約・家族・団体に関する授業を実践し、民法とは?について中高生と共に考えました。その模様をお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
10:00~11:10  1.不法行為
11:20~12:30  2.契約
12:30~14:00  昼休憩 
14:00~15:10 3.家族
15:20~16:30 4.団体
16:40~17:40  懇親会
講師 大村ゼミ生25名

〈参加校〉
筑波大学附属駒場中学校 市川高等学校 学芸大学附属高等学校 土浦第一高等学校 東葛飾高等学校(計41名)

1.不法行為

〈概要〉
 この授業では、民事・刑事・行政の違い、要件と効果、事実のあてはめといった基本事項を説明したあと、不法行為の要件である「過失」の概念に焦点を当てました。「過失」には、「主観的過失」と「客観的過失」の2つの考え方がありますが、そのどちらによるかによって責任の有無が分かれること、考え方の違いの背後には社会観の差があることが示されました。この先、さらに過失概念が変化することもありえ、法規範の内容は固定しているわけではない、というメッセージが伝えられました。

〈展開〉
(1)イントロダクション:不法行為とは
 民法、刑法、行政法の役割を解説し、民法に着目するとして、709条(不法行為)を提示しました。条文を要件と効果に分解して考えることを説明しました。

(2)具体的な事例に即して条文を解釈
 損害、故意・過失、因果関係の説明のあと、Aが自転車を運転していてBに衝突する3つのパターンを事例に、「過失」という言葉の意味に2つの考え方があることを紹介しました。2つの考え方とは、「主観的過失」と「客観的過失」という考え方で、前者は過失をした人の心理状態に、後者は社会が要求する義務に違反したことに着目しています。(ここまでは、ソクラテス・メソッドで生徒と問答しつつ展開。)

(3)「主観的過失」と「客観的過失」それぞれの考え方のメリット・デメリットは?
 グループワークにより、3つの事例について検討しました。
【講師によるまとめ】
 能力の低い人は低い人なりに頑張れば、過失はないということになりそうですが、それは変だという考え方が出てくるのには、深いバックグラウンドがあります。「主観的過失」は本人の意思を大事にする考え方。不法行為とは、これに当たる行為はするなという形で、自由が制限されるということです。「主観的過失」の考え方を採れば、本人が頑張れば自由が広がるということ。そこにあるのは本人の意思に基づく自由という考え方です。「客観的過失」は、社会の安定や発展を考えて生まれた考え方。社会のルールに従っていれば、その範囲内の自由は保障されることになります。被害を受ける側にとっても自由が保障される。社会的信頼に基づいた自由という考え方です。

(4)応用問題グループワーク
 架空の会社が、製品を作る過程で豚にだけ有害なガスを排出していたことがわかったという事例について、2つの過失概念のうちどちらが妥当な結論を導けるか、考えました。すべての要件を確認して、主観的過失の考え方を採ると、不法行為は成立しなくなり、客観的過失の考え方なら成立する事例でしたが、生徒全員が客観的過失概念を採ることが妥当だとしました。
【講師によるまとめ】
 かつては主観的過失概念が採用され、行為者の自由な活動が保障されることにより、経済活動発展のモーティベーションが上がりました。ところが社会が複雑化し、技術が発展して人々の行動範囲も拡大すると、よく知らない人のトラブルが増加しました。人は皆、一般人としての行動基準を守って行動するのだと信頼しなければ、共同生活を円滑に進められなくなったのです。(客観的過失概念を打ち出した代表例である)東京スモン事件判決のような例では、主観的過失概念はもう不要なのでしょうか? そうは断言できません。社会が変化することによって法律の解釈は変わるし、法律自体も変わります。まだ新しい考え方も出てくるかもしれません。何が妥当か、正しいか、考え続けていく必要があります。

2.契約

〈概要〉
「契約とは何か」、「契約に対する法的救済(契約法)の意味」、「契約の内容は当事者が変更できることを示す」という3つの部分から成る授業でした。

〈展開〉
(1)イントロダクション:契約とは
「約束」と「契約」の違いに触れた後、講師は「契約とは、双方または一方に法的義務を負わせること」と定義しました。

(2)契約に対する法的救済の意味
 〈1〉ボールの売買を例に、「約束を守ってくれないという不安」について
 〈2〉転勤に伴う家の売買を例に、「契約が守られなかったことによって被る損害への不安」について
 〈3〉ボールの売買を例に、「いつまでも契約に拘束されるという不安」について
 〈4〉ボールの売買を例に、「不可抗力で物を渡せなくなったらどうしようという不安」について

(3)特約
 〈5〉ボールの売買を例に、「不可抗力で物が渡してもらえないのに、お金を払わなければいけないのかという不安」について
【講師より解説】
(2)の〈4〉の事例では、不可抗力で渡せなくなったとき、売主Bは責任を負わないといけないのか?という不安は、民法534条1項で解決しました。しかし、こうなった場合、逆側の買主Aには物が渡してもらえないのに、お金を払わなければいけないのかという不安が生じます。これは、91条(特約に変更)で解決します。これは民法の条文を、一定の場合に使わなくていいという条文です。こうすることで、Aの不安を事前に防ぐことができます。
(ここまでソクラテス・メソッドで生徒と問答しながら説明。)

(4)応用問題グループワーク
 B社が開発した高性能エンジンが、地震による火災で消失したため、売買契約をしていたA社に納入できなくなってしまった事例について、Aの不安とBの不安を解消する方法を考えました。
【講師によるまとめ】
「Bは特許という財産を持っているので、それを売ればいい。そのお金でまたエンジンを作ればいい。」「A社とB社が合併すればいい。」など、予想外のいい回答が出されました。いろいろな手段、正解がありえます。特約は自分たちで条文が作れるので、無限大の可能性があります。今回の事案は、534条1項を適用し、A社がお金を払わねばならない。僕らの考えた回答例では、代金を払わなくていい特約にしたらAはいいけれどBがつぶれる。AとBは親密な関係なので、BがつぶれるとAも困ります(技術流出が困ると言っていた班もあります)。投資した分のお金を払えばいいとか、半分ずつ負担するとか、当事者が按分して負担するという回答を用意しました。
 いろいろな事情で特約は変わってきます。特約がなかったとき、民法が一定の解決法を与えてくれます。これは、そのほかの場面にも妥当します。

3.家族

〈概要〉
 前半はロースクール生によるロールプレイを見ながら、婚姻と契約とを対比させたり、親子と不法行為とを対比させたりして、考えました。婚姻と契約の共通点は、「意思により義務が発生すること」、相違点は「締結・内容決定両面での自由の程度」。親子と不法行為の共通点は、「意思がなくても義務が発生する事」、相違点は「不法行為は過失責任、親子は無過失責任」ということでした。
 後半は夫婦別氏論について、賛否とその理由を、データと関連づけて考えました。

〈展開〉
(1)ロールプレイ:夫婦と親子について考える
事例1:大学合格したら結婚の約束は有効?
  家族法では、結婚の意思に加え、届け出が必要。
事例2:大学合格したら1万円もらう引換券は有効?(婚姻と契約との対比)
  有効。婚姻がこれと違うのは、慎重な意思決定が必要だから。
事例3:浮気をしてもいい約束で結婚したのに、この約束は無効なの?
事例4:肖像画を代金前払いで描いてもらう約束は有効?(婚姻と契約との対比)
  特約で法律と異なることも決められるので、後払いではなく前払いも認められます。特約で変更できる契約法の規定は任意規定といいます。これに対し、特約で浮気をしない義務をなくすことはできません。法律に従わねばならない家族法の規定は強制規定です。
事例5:妊娠した恋人と結婚する義務はあるか?
  道徳的にはあるけれど、法律的にはありません。ただし、生まれた子どもに対して父親としての義務は発生します。強制認知というものもあり、男性の意思に反しても親子関係は発生します。
事例6:悪意をもって他人にケガをさせたら入院費を払う義務は?(親子と不法行為の対比)
【講師によるまとめ】
不法行為と親子関係は事実により責任が生じ、契約と夫婦関係は意思により責任が生じるのが原則です。個人が意思により義務を負うのは、個人の自由に基づく。でも、社会共同生活については意思によらない責任が生じることもあるということになります。

(2)グループワーク:家族と氏「家族法を改正しよう」
〈1〉夫婦同氏の原則の問題点を提示
 民法750条。夫婦同氏の原則は「内容決定の自由」を制限しています。根拠には、家の連帯感、家族の一体感の強化、男女平等が挙げられます。これでは困る人がいるから選択制という案が出てきたと考えられます。
〈2〉法律改正の注意点を説明
 どんな法律を作ってもいいのか?憲法の役割説明。裁判所の役割説明。
 法律がこうだから社会がこうなるという場合(A)と、その逆の場合(B)があり、法律と社会はお互いに影響し合っています。明治時代、日本の慣習を踏まえて法律を作った面(B)と近代化という目的に合わせて法律を作った面(A)があります。選択的夫婦別姓制度を導入したら、社会はどう変わるかという視点も必要です。
〈3〉グループワーク―夫婦別氏を認めるか?
「夫婦別氏を認めるか?」について、グループワークを行いました。配布した資料を参考に、どんな資料をもとにその結論を出したかも示されました。
【グループワーク結果発表】
ある班:意見が対立し、収拾がつかなかった。別氏を認める人は、家の伝統を残したいという理由。毎日新聞の調査を見ると、あと5年くらい経つと、全ての年代で別氏を認める人が50%以上になるから、理解が得られるのではないか。別氏を認めない人は、名字は同じ家族のシンボルだから。違うと生活の面で不便が発生するかもしれないから、という理由。
別の班:別氏を認めないことに決まった。男女どちらかの氏を選択することを認める現行法は、憲法13条や男女平等に適っているから。少子高齢化で高齢者の支持を得ることに国会議員が傾くので、認めるわけにはいかない。

4.団体

〈概要〉
 前半では、団体が必要とされる理由、団体の構成員であることの意味、後半では、団体の組織性を上げるための工夫を取り上げました。

〈展開〉
(1)イントロダクション:民法とは
ここまでの授業をふまえ、民法とは「人と人の関係に関わってくる法」というイメージを確認。「団体」のイメージを共有。

(2)基礎編:サツマイモ栽培ロールプレイを見ながら考える
【第1段階】1人でサツマイモ栽培をするという設定
 1人でやるメリットは、自分のペースでやって、できた物も1人で食べられるから。デメリットは、力や知識の不足。
【第2段階】2人でやることのメリット・デメリット
メリットは、1人でやるデメリットが解消されること。デメリットは、目的が共通する人を見つけることが必要なことと、費用・労働の分担、収穫物の分け方などでトラブルが起こる可能性があること。
【第3段階】団体のメンバーシップについて考える
 たくさんの人が集まって野菜栽培同好会を作った場合、何が必要か考える。
【講師より基礎編まとめ】
なぜ団体を作るのかというと、個人ではできないことができるから、また、共通の目的を持った人がたくさんいるからです。団体に所属すると、団体の規律に従うことが必要になります。団体の規律に従わねばならないということは、団体の規律に反する自由が減ることになりますが、自分にとってより重要な価値を実現する自由を増やすことになりますね。

(3)発展編:団体の効率性
【パート1―団体の効率性を上げるには?】
・団体の効率性を上げようとするきっかけは?→団体の目的達成のため。
・効率性を上げる方法は?→規則を作る。(意思決定方法も規則の一つ。)役割分担をする。規則は紙面に印刷し、全員に知らせる。
【パート2-団体と法律の関係を解説】
講師より、およそ次のような解説がありました。「人が自然と集まり、目的と規律が備わると団体になります。では、法律と団体(社会状況)の関係は、どちらが先でしょうか?家族の授業でやったように、社会と法律は相互作用で変わっていきます。団体のあり方と法律も相互作用で変わっていくのです。例えば、株式会社という制度ができたことで、株式会社が増えるということがありました。会社と社会のあり方の関係もそのようになっているといえます。」

(4)一日のまとめ(団体班講師より)
 契約と団体は個人の自由を時に広げ、時に制限し、変幻自在です。限界は公序良俗と不法行為。法律は、他の人との関係も考えながら、個人がしたいことに合わせてその自由、可能性の形を拡大してくれるもの、ということが伝わればいいと思います。

〈取材を終えて〉
 朝から4コマ、生徒に退屈しないで授業を受けてもらえるよう、学生はソクラテス・メソッドやグループワーク、ロールプレイなどの方法を駆使して工夫したと思います。
 不法行為の授業は、主に主観的過失と客観的過失に絞られてわかりやすく、生徒は法的な考え方を一つ持ち帰ることができた感じがしたのではないでしょうか。
 契約の授業は、契約に伴う不安について、法律を使って解決する筋道でした。最後は、特約の内容を考えることで問題解決を考えましたが、特約づくりにはルールづくりの面白さがあると思いました。
 家族の授業は、ロールプレイの迫力のお蔭でしょうか、夫婦別氏について考えるグループワークの議論も熱心に行われていたように思われました。
 団体は、教授によればロースクール生にもなじみの薄いテーマとのことで、授業づくりが難しかったと思われます。それでも中高生に親しみやすいクラブ活動をイメージした構成をとることにより、民法には団体というテーマもあることが理解してもらえたと思います。

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