法と教育学会 第5回学術大会 その1

 2014年9月7日(日)、法と教育学会第5回学術大会が筑波大学筑波キャンパス春日地区を会場に開催されました。テーマは、「『公正』をどう扱い、どう教えるか―法と経済との関連」です。レポートその1では、午前に行われた第2分科会から、中学校・高校における取組みの発表の概要をお伝えします。

(当日の配布資料より、適宜引用させていただきます。)

〈午前のプログラム〉

 10:00~12:30 分科会
 12:30~13:50 昼休憩、ポスターセッション

〈第2分科会より〉

                      
(敬称略)

発表1 「効率と公正の実践研究―中学校社会科公民的分野の取り組み―」

 仲村秀樹(江東区立辰巳中学校)

教科:社会科公民的分野
学習項目:「私たちと現代社会」-「現代社会をとらえる見方や考え方」
単元:個人と社会生活‐「ルールづくり」
目標:個人と社会の関わりについて考える態度を養う。
    身近な社会集団の中での役割と社会生活を営む上でのルールの存在に気づく。
教材:「サッカー部の部長の決め方」(全3時間)(弁護士と共同開発)
実践:2013年 辰巳中学校第3学年 27名
工夫した点:前年度は、同じ教材で「公正」の概念を習得してから、「効率」の概念を習得させるという展開だったが、今回はルール評価の視点に「効率」を取り入れ、「効率」の概念を習得してから「公正」の概念を習得させた点。

【教材のおよその設定】
 ある中学校のサッカー部は、部員が各学年20名ずつです。3年生の引退時期が迫り、今の2年生から新しい部長を選出しなければなりません。顧問の先生では決めることができないので、部長の決め方をどうすればいいか考えてください。
【第1時】
 教材の事例について、5つの立場を班ごとに選択し、ロールプレイを行いました。
5つの立場:
 (1)3年生が指名して決める。
 (2)部員全員の投票で決める。
 (3)2年生が話し合って決める。
 (4)2年生の中からくじ引きで決める。
 (5)顧問の先生の指名。

 立場ごとの役割演技により、問題点・対立点を明確にした後、個人としての考えをまとめました。最終的にクラス全体は、(5)「顧問の先生の指名」という結論で合意に至りました。
【第2時】
 ルール評価の視点5つを示し、第1時で決定した「部長の決め方」ルールを評価しました。
ルール評価の視点:
 (i)効率性(みんなの時間やお金、労力などが無駄なく使われていますか?)
 (ii)手続の正当性 
 (iii)目的達成性(目的を達成するために適切な手段ですか?)
 (iv)明確さ 
 (v)公平性(立場が変わってもその決定は受け入れられますか?)

 ワークシートに個人の評価結果を記入させた結果、効率性について肯定が11名、否定が2名、「どちらでもない」が14名となりました。この結果につき、部長に必要な要件を話し合わせて論点整理をした後、もう一度「決め方」を話し合わせました。結果は、「顧問の先生の指名」をよいとする班が4つ、「3年生が指名する」がよいとする班が1つでした。さらに、班で決定した「部長の決め方」ルールを評価し、最後に個人としての「最もよい決め方」を記入させました。
【第3時】
 望ましいルールの決め方を確認し、振り返りをさせました。
【事後・活用】
 取得した「公正」「効率」の概念を活用し、現実にある様々なルールを評価したレポートを作成させました。
【予想外だった点】
 部長の決め方について生徒が一番重視すべきとしたのは、「本人が部長になりたいか、やりたいか」ということでした。この点を検討することは今後の課題となります。
【成果と課題】
 「顧問の先生の指名」という方法には、「手続の正当性」に関して問題があることに気づいた生徒が多く、また、約半分の生徒は「目的達成性」にも問題があることに気づいたことがわかりました。前年度までは「効率性」の視点が不十分だった点についても、少しは克服できたと考えます。課題としては、生徒がルール評価の視点をよく理解していなかったと推測されることです。ルール評価の視点をわかりやすい表現にすることを検討したいと思います。「活用」レポート作成の援助も充実させたいと考えます。

発表2 「中学校社会科公民的分野における『公正』の授業―避難施設の建設費用は誰が負担すべきか―」

 寺本 誠(お茶の水女子大学附属中学校)、額田みさ子(第二東京弁護士会)

教科:社会科公民的分野
学習項目:「私たちと現代社会」-「現代社会をとらえる見方や考え方」
目標:架空の対立を題材に、税の配分方法について公正の観点に基づいて考え、合意を導き出すための配分案を提示することができる。
話し合いを通じて個人が社会集団の一員であるという自覚を高め、より良い社会を形成しようとする態度を養う。
教材:「避難施設建設に関する公聴会を開こう~税金は誰が負担すべきか~」(弁護士と共同開発)
実践:2011年度 第3学年4クラス毎(1クラス32名)
ポイント:避難施設建設に関する社会的ジレンマの構造
個人の願い(避難施設は必要だが、なるべく税金の負担を軽くしてほしい)と町全体の願い(安心・安全な避難施設建設)が、必ずしも合致していないこと。
工夫した点:「公正に考えるための視点」を前もって与えたクラスと前もって与えないクラスに分けて比較した点。

【教材のおよその設定】
 関東地方の太平洋岸にあるX町では、東日本大震災を教訓にして大規模な避難施設を建設する計画です。町は建設に必要な新たな税を住民に負担してもらうため、公聴会を開きました。この町は人口4万人で、沿岸に近い方から「海通り」「山の手」の2地域に分かれており、人口はそれぞれ2万人です。両地区は所得分布も同じです。避難施設は津波による被害がないと思われる「山の手」に建設されます。建設費用は30億円になり、建設後は「山の手」地域の方に、施設管理の仕事をお願いする予定です。(他に、所得分布のデータ、8人の住人の発言。)
 公聴会で発言した8人全員は、建設費のために税負担が増えることについては納得しています。ただし、家庭の事情に応じた公平な負担を望んでいます。「公平」といえる税負担の方法を考えましょう。(「公平」の文言は、生徒用資料のまま。)
【授業展開】
 生徒を4名ずつのグループに分け、それぞれ8人の住民の立場に割り振りました。グループ内で司会・書記・発表者・偵察の役割を決め、他のグループの様子も見ながら、公正な税の負担案を考えました。提案は理由と共に模造紙にまとめ、発表しました。
【公正に考えるための視点】
・必要性:避難施設利用の必要度の高い人と低い人に同じ税負担をかけるのは「公正」ではない。
・能力:税を負担する能力のある人とない人に同じだけ税負担をかけるのは「公正」ではない。
・適格性:避難施設建設・管理にあたって、努力した人としなかった人に同じだけ税負担をかけるのは「公正」ではない。
【成果と課題】
 活発な議論が行われ、様々な提案が作成されました。「負担は、海通りの収入の高い人が多くする」「海通りは負担を少なくすべき」「海山イコールにすべき」「所得の高い人は既に税負担が多いので、優遇すべき」などの意見がありました。同じ教材を大学生にも実践しましたが、中学生は大学生と遜色ない案を出すことができたことから、身近な対立状況の解決に向けて法的な見方・考え方を活用することで、社会的な認識を深め、思考したり判断したりする力を身に付けることができると考えられます。
 課題は、数字のデータを出したため算数的な議論に入り込んでしまう例があったことです。また、「公正」の概念を前もって与えたクラスでは、概念にとらわれて自由な意見が出にくくなる傾向がみられました。今後この教材をブラッシュアップし、教師だけで実践できるようにしたいと考えます。

発表3 「配分的正義の考え方を使って生徒の身近な問題を考える倫理の実践―公民科倫理での法教育―」

 小貫 篤(東京都立雪谷高等学校)

教科:高等学校公民科倫理
単元:この学習は年間を通して考えを深化させるものであるため、まとまった一つの単元という形をとらない。
目標:アリストテレス以降の先哲の思想を手掛かりとして配分的正義を使って生徒の身近な問題を考える。
教材:「アリストテレスの思想」「チアリーダーの座をめぐる問題」「1本の笛と3人の少年」(全3時間)
実践:第2学年 2014年授業で1学期に第1・2時を実施。3学期に第3時を予定。
   第1~3学年(10名) 2014年夏季講習(全3時間)

【第1時】
 アリストテレスの思想を概観しました。
【第2時】
 チアリーディング部のチアリーダーの座をめぐる問題を、アリストテレスの配分的正義を使って考えさせた後、自分で配分的正義に関する事例を作り、それに対する自分の考えを書かせます。トゥールミン図式を使って個人で考えた後、6名1組で話し合い、考えをまとめました。その際、「目的」「必要」「能力」「適格性」という観点から考えさせました。
【第3時】
 「1本の笛と3人の少年」の事例について、功利主義・ロールズ・リバタリアニズム・共同体主義・フェミニズムの配分的正義に関する考えを確認します。「1本の笛を各論者だったら、どうやって配分するだろうか。教科書を見て考えてみよう。」として、教科書を確認しながらワークシートに記入させます。次に、実際の社会事象について個人で考えてから、グループ、クラス全体で話し合います。事象としては「2010年九州大学理学部入試のアファーマティブアクション」を取り上げます。その後、新聞で当該記事を確認してから、自分の身近な問題や社会的な問題について、先哲の思想を踏まえた自分の考えを書かせます。
【成果と課題】
 成果は、第一に、身近な問題や社会的な問題に対して、学んだ概念や価値を使い、自分の考えを明確にすることができるようになったことです。第二に、「正義」という法的な概念や価値について、複数の哲学者の思想を取り上げて比較する授業を開発することができたことです。これらのことから、公民科倫理でも法教育を実践する有用性が明らかになったのではないかと考えています。
 今後の課題は、第3時の授業を3学期に通常のクラスで実践することです。また、アマルティア・センの思想を第3時に組み込みたいと考えています。

〈ここまでの取材を終えて〉

 中学校社会科公民的分野では、通常授業における法教育の実践例が積み重なっていくことが大切だと思います。公立中学校で実践できる教材の開発が期待されていますので、発表1は公立中学校における実践例として、意義あるものといえるでしょう。この教材では、「効率」と「公正」の概念の習得と活用について取り上げられていますが、「効率」の概念を「ルール評価の視点」注1の1つに取り入れたところが新しいと思いました。発表者は課題として、「生徒がルール評価の視点をよく理解していなかったと推測される」と述べていましたが、今後ブラッシュアップされていくことと思います。
 発表2も中学校の実践事例でした。この学校では修学旅行で釜石市などに行き、震災の学習をしたこととつなげ、教材を身近に感じられる工夫をしているとのことでした。
 高等学校公民科では、倫理での法教育実践例は当レポートでほとんどご紹介したことがなく、貴重な教材例です。題材は「配分的正義」を取り上げており、発表1や2とも共通点があります。特徴として、倫理としての題材を活かし、アリストテレスなどの哲人の考え方を使って身近な問題を考え、さらに自分で事例と回答を作成させるところまで行く充実した内容になっていると思います。発表者がその成果として述べているように、公民科倫理で「『正義』という法的な概念や価値について、複数の哲学者の思想を取り上げて比較する授業を開発することができ」た意義は大きいと感じました。

レポートその2では、午後に行われた基調講演とパネルディスカッションの模様をお伝えします。〉

 

注1:
『はじめての法教育』法教育研究会著 ぎょうせい(2005年)p.48

 

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