静岡大学教育学部附属島田中学校第60回教育研究発表会 その1

 2014年11月13日(木)から2日間、静岡大学教育学部附属島田中学校の第60回教育研究発表会が開かれました。社会科では今回も法教育を意識した取組みが公開され、恒例となっています。レポートその1では、第3学年公民的分野「現代の民主政治と社会」の授業「志太地区3市の広域防災拠点をつくろう」についてお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈授業〉

3年B組 40名(男子17名、女子23名)
日時:11月13日(木)10:10~11:00 
場所:教室
大単元:現代の民主政治と社会―地方の政治と自治
単元名:「志太地区3市(藤枝・焼津・島田)の広域防災拠点をつくろう」
テーマ:志太地区3市(藤枝・焼津・島田)の広域防災拠点をつくる場所と予算の配分
を考え、行政に提案しよう。(全7時間)
授業名:「志太地区3市(藤枝・焼津・島田)の広域防災拠点をつくる場所を考えよう」(本時は第4時)
授業者:岩本知之 教諭

〈前時までの内容〉

 第1時では、東海地震・東南海地震で私たちはどうなるか、行政の担当者をゲストに招き説明を受けました。そして広域防災拠点の重要性を感じ、テーマを共有しました。第2時には、中学生はどのように地方行政に参加・参画するのかについて、静岡市の中学生がつくった「歩きたばこ禁止条例」の成立過程を事例とし、地方自治の基本や仕組み、住民の権利・義務を理解しました。第3時は本時の準備として、志太地区3市(藤枝・焼津・島田)の地図を用い、津波危険区域や予想される液状化区域、地域の人口や施設・特色などを確認しました。広域防災拠点をどこにつくればいいか考える際は、「効率・公正・安全」という3つの視点を総合して考えます。自分の意見を、「効率」の視点はピンク色の付箋・「公正」は黄色・「安全」は青色の付箋に書いてから、隣の席の人とペアで話し合いました。ペアで1枚の地図を用い、2人で決めた場所に赤丸シールを1つ貼りました。

〈導入はゲスト紹介と本時の目標確認〉

先生:「今日はゲストティーチャーとして中部危機管理局・焼津市・藤枝市・島田市の担当者に来ていただきました。今までペアでしたことを、今日は4名の小集団で18分間行います。場所が決まった班は、地図上のその場所に銀色のシールを貼ってください。その後、全部の班が発表し、ゲストからお話を伺います。全体追究では、金色のシールを貼ります。
場所を選ぶ際の3つの視点は、「効率・公正・安全」でした。今までで一番多かったのは、「公正」な場所を選ぶ人で、約20名でした。今日はより適切な場所はどこか、4名で3つの視点を総合的に勘案してください。では、話し合いを始めてください。」

〈小集団で話し合い〉

 10個の班が話し合いを始めました。各班は、ペアワークのときに使った地図を広げており、地図には3つの色の付箋が所々に貼ってありました。赤丸シール1つは、前時にペアで決めた防災拠点の位置を表しており、そこに貼った理由を説明するところから話し合いました。2組のペアの提案する位置が違う場合、それぞれが自分の考えを主張し、相手の考えを聞き合って、どちらがふさわしい場所か考えました。場所が決まった班は、銀色のシールをその場所に貼りました。(約20分間)
先生:「防災拠点の場所はきまりましたか? 今度は、隣の班と4分間ずつ、発表し合って下さい。まず奇数班から話し、偶数班は聞いてください。」
(7班と8班が発表し合う様子は、次のような様子でした。)
7班:「3つの市の真ん中が公正だと考えます。効率については、新東名高速道路やバイパスが近いから、物資が届きやすいこと。大手薬局が近いので、病院で物が足りなくなっても補いやすいこと。グラウンドがあるから、ヘリコプターが来られることがあります。安全性は、大井川が氾濫した場合も距離が遠いこと。予想震度が比較的小さいこと。津波浸水域でないこと。液状化も起きにくいこと。建物が少ないので倒壊の心配もないこと。最後に、地価が安いのでコストが低いことが理由です。」
8班:(7班よりも川に近い場所を選んでいました。)
 「効率については、静岡空港と東名高速道路に近いことで、物資が届きやすいこと。安全性は、津波が到達しない場所であること。公正については、駅に少し近いので、被害がより大きいと考えられ、より多くの被害者を少しでも早く救援できると考えるからです。」
(8分間)

〈全体で考えを深める〉

先生:「では班の番号が入った金色シールを用意してください。各班の代表者は、金色シールを前に貼りに来てください。」
(黒板に1枚の地図が用意され、合計10個の金色シールが貼られました。みんなは机を教室の後方に寄せ、空いた床に座って地図を見ました。)
先生:「一か所離れている場所(焼津市に近い)を選んだ9班、理由をお願いします。」
9班:「まず公正については、焼津市は被害予想が大きいので、物資が足りなくなると思い、近くしました。安全性は、土砂災害や液状化が少ないから。効率については、大きな道路が2本通っているので、物資が運びやすいこと。津波の恐れはあるかもしれないけれど、自衛隊の基地があるので、救援に利用できること。学校2つと病院もあるから、被害者の支援に便利なことです。」
先生:「それが効率的であると考えるのはどうしてですか? 無駄がないのですか?」
9班:「医療関係に物資を早く届けられるからです。」
先生:「8班の意見は?」
8班:「3市の中心です。被害は藤枝市も多いうえ、焼津市は津波被害の恐れがあります。確実な安全を考えました。」
先生:「自分たちの案こそ3市の中心、という班はありませんか?」
3班:「三角形の中心を選びました。小中学校とJA、ヘリポート、大きな倉庫があり、効率の面から、わざわざ何か造る必要がないので、お金がかかりません。」

先生:「もう少し自分たちの意見を加えたいという人はいますか?」
女子1:「距離を中心に考えるより、利用できる道路を考えました。自分たちは東名高速に乗れる場所ですが、他の班はそうではありません。物資を早く届けられないと思います。」
4班:「東名高速は古いので、あてにしてはいけないと考えました。県道と静岡空港と新東名は大丈夫でしょう。去年開通した橋も大丈夫だと思います。」
先生:「7班の人は悩んでいましたが、どうですか?」
7班:「焼津市は本当に危ないので、最初はそこに住む多くの人をいち早く助けるべきだと思いましたが、すべての人の命を等しく救うなら、3市の真ん中がいいのかなという意見に変わりました。防災拠点自体が危険な場所なのもいけないので、7班の最終的な案に納得しました。」
先生:「班の人の意見を聞いて、自分の意見が変わったのですね。公正の視点から話し合い、深まったと思います。では、ゲストティーチャーのお話を伺います。」

〈ゲストの方から〉

ゲスト:「この授業では、今後こういう視点をもつといいということを学びました。皆さんは交通や被害など、いろいろなことを考えてくれました。中部危機管理局は藤枝市の統合庁舎にあり、各市の防災拠点の確認をします。外から救援が入ってくるのはどこかについては、東名高速道路が第一次緊急交通路で、これが使用できない場合は新東名などの緊急輸送道路があります。これらは制度の話ですが、国・県・市、それぞれがどういう制度をもっているか知っておくといいと思います。県の被害予想を知っていた人は少なかったでしょう。地域防災計画も公表されていますので、予め知っておくと、こういうことを考えるときにより深まります。首長の考えを具体化するための根拠も示されています。それを自分で読んだときの視点として、本当にこれが正しいのか考えることも大事です。すると、より良い対策を考えることにつながるでしょう。
 また、世の中の動き、県や市の方向性にも関心をもっていただきたいと思います。首長はじめ議員は、選挙で選ばれます。その投票率はどうでしょうか? 皆さんの考えが反映されるかどうかも、考えてほしいと思います。パブリック・コメントなど、市民の意見を募る機会も活かしてほしいと思います。
 静岡県には「地震津波対策アクションプログラム2013」があります。10年間で想定犠牲者数8割減を目指しますが、それでも2割(2万人)が犠牲になる予想です。新しい物を造るには時間がかかります。授業で出た橋の建設は14年前に始まりました。みんなの命はみんなで守らねばなりません。皆さんの年代は、みんなのことを真剣に議論し、根拠をもち、深く多面的に見ることを続けていただきたいと思います。」

〈授業後に生徒が書いた「振り返り」から〉

・「公正」の考え方として、3市から同じくらいの距離につくるか、被害が大きい場所の近くにつくるかという2種類の考え方があることがわかりました。
・「公正」は、人によって考え方が違うから、どう考えるかすごく難しかった。
・「公正」について(上記のような)2つの考えの対立もありましたが、(3つの視点から)データを見て、情報を読み取ることで話し合い、解決することができました。
・効率・公正・安全をすべて一度に考えるのは難しかったけれども、静岡に住んでいる人として、こういったことを考えておくのはとても大切だと思いました。

〈午後の研究協議会より〉

【はじめに】
 今年度の学校全体の研究主題は「主体性を高める授業過程」でした。社会科では、教科テーマとして「主体的に社会を創造する生徒を育てる単元開発」を設定しました。私たちの社会には様々な課題があります。社会事象から問題を発見し、課題解決することを、「主体的に社会を創造すること」と捉え、市民としての自覚をもち、主体的に社会を創造する生徒を育てたいと考えます。社会を知るための授業にとどまらない授業を開発しようと、研究活動をしています。(社会科研究紀要などより)

【岩本教諭から本授業について】
 本校社会科部では、当初から参加には参画の意味を込め、計画段階から市民が加わることを参加と言っていました。その流れを受け、まず授業に参加・参画することが主体性と考えています。社会事象への入り口の関心と出口の関心を鍛えることを目指します。入り口の関心とは、教材に対する興味をもつことで、出口は、単に興味程度ではなく、自分も社会に対し何かできるのではないかと考えることです。
 生徒同士の話し合いの活性化の手立ては、個人で考える時間を取ることと、可視化です。自然に生徒がざわざわし始める瞬間を大事にし、うまく組織していきたいと考えています。生徒の席はくじで決めており、誰と隣になることもありえます。
 授業では、合意形成が難しかったと感じます。あの資料で本当によかったか、どこまで突き詰めるか、悩みながら、広げたり深めたりするポイントのところを押さえました。

【参加者の意見】
 生徒も先生も楽しんでいる授業だと感じました。なぜそうなっていたか、3つの理由があると思います。〔1〕課題を焦点化し、多様な見方を引き出す関わりを仕組んでいる。結果として、社会の見方が深まっている。〔2〕生徒を思考させるときの条件がはっきりしていて、材料がしっかりしている。〔3〕主体的な社会参加を今後達成してくだろうと感じさせられた。地域密着の課題であり、自分事になるのがよかった。
 自分たちの意見が社会の役に立つ道筋を体験させることは、今後の社会参画の意欲につながると思います。また、生徒が「問題は話し合いで解決できるということを学んだ。」と言っていたのが印象的でした。

【文部科学省学校健康教育課 防災教育担当者より】
 社会科における防災教育のウェイトは高まっています。災害は人間社会のあるところにしか起きません。理科のみならず社会科がより意味をもつことが考えられます。

〈取材を終えて〉

 本授業は、行政に自分たちの意見を提案することを最終的な目標とし、実際に社会を創造する過程を体験しようという画期的な取り組みです。提案を考える際には、「効率」「公正」の視点と共に、「安全」という視点も取り入れ、法教育も防災教育も同時に行うことになります。さらに生徒同士の話し合いの過程が、ペア、4人の小集団、小集団同士、クラス全体というように四重に設けられ、合意形成のレベルを上げる工夫をしていました。生徒の振り返りを読むと、次第に3つの視点を総合して考えるようになっていった様子が感じられます。まさに一石四鳥ぐらいの意欲的な授業だと思いました。
 小集団の話し合いをする場合、時間の都合から、結果発表の機会が限られることは多いと思います。その点を、隣のグループ同士で聞き合うことで補い、全体で結果を共有する時間も確保していたことが、授業づくりの参考になるのではないかと思いました。
第5時では予算について考察するとのことで、生徒の話し合いはこの先も続くそうです。

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