静岡大学教育学部附属島田中学校第60回教育研究発表会 その2

 ひきつづき、2014年11月に行われた静岡大学教育学部附属島田中学校第60回教育研究発表会の社会科授業から、地理的分野の授業についてお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈授業〉

2年B組 40名(男子19名、女子21名)
日時:11月13日(木) 11:10~12:00
場所:教室
単元:日本の諸地域 九州地方
「九州地方の取組みを生かして、諫早湾の問題を解決しよう」(全6時間)
テーマ:動態地誌的な学習による国土認識の充実と、地理的技能の一層の重視を具体化すること。
授業名:「諫早湾の干拓」(本時は第6時)
授業者:木場和成 教諭

〈前時までの内容〉

 「動態地誌的な学習」とは、各地域の特色ある事象を中核として、それらを他の事象と関連付けることを通して、地域的特色をとらえさせようとする学習です。まず、九州地方の特色をウェブで検索したり、新聞記事や各種資料を活用したりしながら、諫早湾の取組み、鹿児島県・沖縄県・北九州市・水俣市の環境問題について学習してきました。

〈導入はこれまでの振り返りから諫早湾の問題へ〉

先生:「今までどんな地域を見てきましたか?」
→桜島に火山灰の問題があること、沖縄には土砂が海に流出するという環境問題があること、北九州には公害問題があり、国と地域が努力したことなどを生徒から引き出して、確認しました。

先生:「今日は第2時で取り上げた諫早湾について考えます。諫早湾の地図を見ると、干潟になっていますね。諫早湾にはどんな問題がありましたか?」
男子1:「干拓地の水門を開けると農業者が海水によって困り、水門を閉めると、漁業側の人が養殖海苔の不作で困ります。その2つの職業の対立があります。」
男子2:「諫早湾のいろいろな生物が、干拓によって住む場所を失い、生物多様性が失われるという問題があります。」
女子1:「豪雨に備えて堤防の必要性が言われましたが、高潮しか防ぐことができず、そこまでお金をかける必要があるのか、意見が割れています。」

〈問題の解決策を個人で付箋に書く〉

先生:「今日考えてほしいのは、問題の解決策についてです。干拓地の水門について、自然災害や環境の問題に対し、自分で考えた解決策を緑色の付箋に書いて下さい。黄色の付箋には、産業や経済に対する解決策を、ピンク色の付箋には、その他の地域で取り上げた視点で考えられそうなことの解決策を書いて下さい。今までの取組みを生かしながら、まず個人の解決策を書いて、追究紙に貼ってください。」
(個人で書く時間:10分間)

〈小集団で解決策を考える〉

先生:「では、今から小集団(1班4名ずつ)で付箋をまとめ、各班のホワイトボードに解決策を書いて下さい。時間は10分間です。」
(机を移動して班を作る。)
 ある班は、「色毎にまとめて付箋を貼ろう。」と呼びかけた生徒の声で、みんながホワイトボードに付箋を貼りました。そして、水門をどうすると、どういうことが起こるか、話し合っていました。別の班では、「干拓地のしくみ」という資料を読んで、話し合っていました。

〈解決策発表〉

先生:「干拓地の水門を開けるか、開けないかが焦点ですね。現状維持(閉めたまま)の班は黒板の左側へ、開ける班は右側へ、ホワイトボードを持って来て下さい。真ん中に中立というのもあるかもしれません。付箋は貼ったままでいいです。」
(机は元通りに戻しました。)
先生:「では、どういう解決策があるか、左側に置いた班から発表してください。」

【水門は閉じたままに、という意見】
10班:「今ある堤防の外側を砂で埋めて、新たな干拓地を造り、階段状にすればいいと考えます。海苔が売れても、農業者が生活できなくなるのは困るので、諫早湾を分け合うようにすれば、どちらも生きていけるということになりました。」
先生:「自然や環境、産業や経済、その他のうち、どこを優先しましたか?」
10班:「産業・経済(黄色の付箋)です。」
4班:「現状では農業はブランド化し、有明海苔も出荷量が増えていることがわかりました。今後、漁業は育てる漁業へ移行すればいい。裁判に頼らない両者の話し合いで、双方が納得する解決策を作ればいいと考えます。」
先生:「水俣市の取組みを参考にしたのですね。」

【中立という意見】
9班:「9班の解決策は、真ん中ぐらいだと思います。堤防の内側にもう1個堤防を造り、1個目と2個目の間に海水を使う塩田などの産業をもってきます。その外で、漁業者が養殖をすればいいと考えました。」

【水門を開ける、という意見】
3班:「自然災害の対策については、沖縄の授業のときに、沿岸部に植物を植えることを学習しました。品種改良をして塩分に強い農作物を作り、水門を開ければ、農業と漁業、両方続けられると考えます。」
7班:「班の中では、水門を開ける方が多くなりました。農業はビニールハウスで塩害を防げばいいと思いましたが、台風の被害の度にお金がかかるので、別の仕事を与えることを考えます。工場は人手がいくらあってもいいと思うので、人手不足のところに行ってもらうことがいいと思います。九州にはまだ未解決の問題があるので、そのために必要な仕事を、その人たちに与えるといいと思います。」
(その他、発表はされませんでしたが、ホワイトボードを見ると、2班は「水門を開けて、ラムサール条約のような法律を作ることにより、野生生物の保護園を造る。それをもとに観光産業を起こす。」という提案でした。)

先生:「ここまでの全体追究をもとにして、自分の意見を追究紙にまとめてください。」

〈授業後、九州地方を終えての生徒の振り返りより〉

・鹿児島県や水俣市の資料館のように、諫早湾でも海苔の歴史や裁判の様子などを使った「諫早歴史館」のようなものを造って、観光へつなげていくといいと思います。また、北九州市で、国が法律(公害対策基本法)をつくることにより、環境が改善されたので、諫早湾にも、そういうものが適用されればいいです。
・諫早湾の問題の解決策は、九州地方の取組みにたくさんのヒントが隠されていたと思います。まず1つは、水俣市の「もやい直し」のように、漁業と農業でお互いを尊重し合い、協力して地域を発展させていくことです。
(他にも地域住民の協力、共存の重要性に言及している意見がいくつかありました。)
 2つ目は、鹿児島の火山灰のように、マイナスをプラスに変えることです。塩田をつくり、その地域の特色を生かしたものをつくることです。農業において品種改良をすればいいなと思いました。
(塩田、地域の特色を生かす、という意見も多くみられました。)
・渡り鳥の生息地の保護など、緑地の保護の活動や条例を制定するべきだと思いました。他県からのいろいろなアイデアが活用できてよかったです。

〈研究協議会より〉

【木場教諭から本授業について】
 もやい直し、伝統的工芸品、町おこしなど、これまでの学びの蓄積によるポートフォリオ形成によって、生徒自身の学びがストーリー性をもってくると考えています。それにより、今回の授業の成果が次に生かされることにつながると思います。
 「社会参加」については、「自分ができることは何か」と考えることもその1つと考えます。今回も、韓国にも同様の問題があることを自分でネットで調べ、ラムサール条約に登録する方法もあることを教えてくれた生徒がいます。まず知ることが第一。次に自分で調べる。それが主体性だと思います。
 1つの答えが出ない問題について、答えが出ないけれど決断しなければいけない問題は多いと思います。様々な面や角度から、この問題に取り組めればいいと思います。

【参加者の意見】
・授業で常に合意形成までもって行く必要はないと思います。ねらいによります。認識を深めることがねらいの授業もあります。ねらいが一番大事で、評価につながります。

〈取材を終えて〉

 法教育の観点で見ると、諫早湾の干拓地の水門をめぐり、開けるか閉めたままにするかという、「対立と合意」に関する授業だったと思います。問題解決の方法を、前時までの学習を活かしながら多面的に考察し、話し合い活動を通して解決案を提案する流れは、地理の学習の目標と、法教育のめざす内容を一度に実現していたと感じました。そのうえ、生徒の作った解決策や振り返りの中には、環境問題の解決にルールをつくることを提案したものがありました。先生が研究協議会で紹介しておられたように、生徒が自主的に調べて、ルールの働きを全体で共有することが自然に行われており、「法教育」と銘打たないでも法を学ぶという、理想的な形の1つを見た思いがしました。

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