2014年度全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究集会

 2015年2月11日(水)14:00より、全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究集会が東京都立蒲田高等学校を会場に開かれました。「理解から議論へ ~日本の社会保障を考えてみよう~」というテーマのもと、厚生労働省社会保障専門官の講演と、それぞれの専門家によるパネルディスカッションが行われました。社会保障は、法教育の討論の素材として取り上げられることもある主題です。まず教員自身が社会保障について学び考えてみようというのが、研究集会の趣旨でした。以下にあらましをお伝えします。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
14:05~15:10 講演「日本の社会保障の考え方と仕組み~社会保障教育のすすめ~」
15:10~16:50 パネルディスカッション
          「持続可能な社会保障に向けて ~公的年金制度を例に~」
16:50~17:50 質疑応答

1 講演 「日本の社会保障の考え方と仕組み~社会保障教育のすすめ~」

厚生労働省 政策統括官付社会保障担当参事官室 社会保障専門官 松江 憲氏

 

 医療・介護などの福祉ニーズは国によってそれほど大きく変わるものではありません。そのニーズを私的扶養と公的扶養のいずれかで満たしているのですが、私的なものと公的なものの割合をどのようにするかは、国ごとのコンセンサスで決めることになります。社会保障制度は生活に密接に関わっているだけでなく、国の一般会計予算でも年々大きなウェイトを占めるようになっており、社会保障制度にどれだけの役割をもたせるかは、社会全体のあり方を考えるうえで非常に重要なテーマといえます。
 厚生労働省では、平成23年より有識者会議「社会保障の教育推進に関する検討会」(以下、教育検討会)を立ち上げ、社会保障教育のあり方について検討を行ってまいりましたので、その検討内容についてご説明させていただきます。

(1)社会保障に関する一般的な国民意識について
 社会保障に関する一般的認識は、各種世論調査においても、政府に期待する政策として、景気・雇用対策とともに社会保障・年金問題が大きいウェイト注1を占めるなど高い関心がある分野です。一方で、正しい理解に基づく情報とそうでない情報が混在しているという状況があり、そのため、教育現場においても「正しい事実」や「大切なこと」を生徒に自信をもって伝えづらいという実態があるようです。

(2)社会保障に関するよくある疑問について
 「未納が増えると年金制度が破綻する」ということが数年前によく報道されましたが、これは誤解と言えます。年金保険料を納めなかった場合、その人には将来年金は支払われませんので、そのことをもって年金制度が破綻するということはありません。しかし、その人にとっては、保険料を払わないことによって、老後の所得保障を受けられないばかりか、障害年金・遺族年金を受給する権利も失うリスクがあります。また、基礎年金の半分は国庫(税金)によって賄われていますが、保険料を払っていなかった人は、納めた税金に見合う基礎年金の給付分も受け取れないということになってしまいます。
 また、少子高齢化が進んでいることによって、社会保障制度に対する漠然とした不安を感じている生徒も多いかと思います。たしかに、1人の高齢世代を支える現役世代の人数は少なくなっています。しかし、「支える人」というのは「保険料や税を負担している人」ですので、言い換えれば「働いている人」です。「支える人(=働いている人)」と「支えられる人(=働いていない人)」という視点で見ると、昔も今もそれほど両者の比率は変わっていません。なぜかというと、現代ではかつてより「支える人」の多様性が増しており、たとえば、女性や元気なお年寄りが職場に進出して支える側にまわってきています。そのため、少子高齢化が進んだにも関わらず、実は昔も今も、子どもも含めて収入のない人を、働いて収入のある何人が支えているかという割合はさほど変わってきていないのです。女性やお年寄りが働きやすい社会をつくっていくことが、実は社会保障制度にも良い影響を与えることになるのです。
 授業の展開として考えると、今の例では社会保障を入り口に、雇用の問題まで行くことができます。社会保障は、一つの社会問題が他の社会現象と密接に関連しているということに、生徒に気づかせやすいテーマなのかもしれません。

(3)社会保障についての教育
 現場の教員の方に伺ったところでは、社会保障の授業に充てられる時間数は、高校3年間を通して2ないし3コマ程度であり、教える内容は制度の説明に偏ってしまいがちで、考えさせる授業の展開は難しいと感じられているようです。
 以上の実態を踏まえて、教育検討会では、限られた時間のなかで「何を学んでもらうべきか」、そしてそれを「どう学んでもらうべきか」といった点を中心に検討を行いました。「何を学んでもらうべきか」という点については、制度的な細かい点よりも、制度が誕生してきた歴史的経緯や、制度の基礎に置かれている「助けあい」・「連帯」の精神や、制度の背景となる「自治の原理」など、社会保障制度を支える考え方を学んでもらうことが重要であるとされました。そのためには、社会保障制度がなぜ生まれ、どのような役割を担っているのかを学ぶことが重要だと思います。社会保障制度はかつて家族や地域のつながりで支え合ってきたものが、社会情勢の変化にともない社会全体に拡がったものです(社会化)。社会保障には3つの機能、「生活安定・向上機能」「所得再分配機能」「経済安定化機能」がありますが、何より「安心」を得られることに価値があります。
 教育検討会では、「生徒に学習してもらいたい内容」を以下の〔1〕~〔3〕のとおり整理しました。
〔1〕社会保障の理念
・リスクと自立と社会保障制度:人生を生きていく上では様々なリスクがあること、やむをえない理由で様々な助けを必要としている人々がいること、誰もが助けを必要とする状態になる可能性があること、自立した生活を支援するために社会保障制度があること、など。
・日本の社会保障制度の考え方:日本の社会保障は「社会保険」が中心で、ほかに「社会福祉」「公的扶助」「公衆衛生」があること、社会保険の受給は社会保険料の納付が原則であること、社会保障制度は市場経済だけでは果たせない所得再分配を行って、社会の安定を図っていること、など。
〔2〕社会保障の内容
・社会保険のなかの少なくとも1つの制度を題材に、公的な保険制度の意義や役割、制度の概要について学習すること。
【公的な保険制度の意義】
「国民皆保険」によって多くの人が保障の対象となり、社会全体の安定につながっていること。各制度とも、様々な支え合い(現役世代から高齢世代へ、健康な人からそうでない人へ、所得の高い人から低い人へ)によって成り立っていること。
【公的年金保険の意義】
長生きリスク・インフレリスクへの対策であること。障害を負ったときや死亡した際に遺族がいるときの保障であること。世代間仕送り方式で扶養を社会化した制度であること。高齢者の生活の基礎を支え、経済を支えていること。
【医療保険の意義】
病気・ケガ時のリスクを保障するものであること。個々人のリスクの大きさに関わらず、誰もが加入できる仕組みとなっていること。
〔3〕社会保障の課題
・社会保障を取り巻く現状と課題
 少子高齢化や非正規雇用の増加をはじめとする社会経済情勢の変化に伴い、社会保障制度にも様々な課題が生じていること。「制度の中身」と「負担・給付」について、見直しが必要になっていること。
・進められている施策の方向性
 誰もが参加できる活力のある社会、子どもを産み育てやすい社会をつくっていくことが重要であること。

(4)教材紹介
 次に、上記の「生徒に学習してもらいたい内容」を「どう学んでもらうべきか」という点ですが、教育検討会では、教育現場で活用できる教材等について検討を行いました。具体的には、①社会保障を教える際に重点とすべき学習項目のテキスト、〔2〕映像教材「社会保障って、なに?」(約25分間のDVD注2)、〔3〕各種ワークシートを作成しました。これらは、ホームページからダウンロードできますので、今後の授業づくりに役立てていただければと思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/kyouiku/

2 パネルディスカッション 「持続可能な社会保障に向けて~公的年金制度を例に~」

パネリスト:
小黒一正氏(法政大学)、太田啓之氏(朝日新聞社)、前川瑞穂氏(日本銀行)

(1)「公的年金について」
朝日新聞記者 太田 啓之氏:
 年金の危機後、特にクローズアップされたのは2000年頃からで、その頃自分も年金報道に関わり始めました。年金は破綻するというような考えが蔓延しましたが、そもそも破綻の定義自体が曖昧でした。専門家で年金が破綻するという人はいません。新聞は現状の危機をあおる面と、こうすればいいと伝える面があります。仲間と一緒に社会保障をどう教えどう知ってもらうかを考える研究会をつくり、いろいろ話し合っています。
 一番こわいのは、現行制度への不信感により若年層が公的年金保険料を納めず、将来へのハンデを背負うことだと思います。国民年金保険料の免除制度、障害年金の受給権、国民年金と比較した厚生年金のメリットなどの身近な知識や損得論の周知徹底をしたうえで、制度改革については議論するべきだと考えます。保険料未納者をできる限り減らして国民のリスクを減らすことが大事という点では、皆一致できるはずです。
公的年金制度は、きわめて長期にわたる制度であり、「過去の経緯」を無視して急激な改革を行うことは難しいといえます。「抜本改革」論(基礎年金の全額税方式化、年金完全一元化論)は、すでに実質的に放棄されています。「現役世代にどれだけ負担してもらうか」「高齢者にどれだけの年金を支払うか」ということについて、その時々の社会・経済情勢に応じて調整していくしかないと考えます。
「賦課方式」は、その年に現役世代が払う保険料を主な原資としてその年に必要な年金を支給する方式で、その時々の状況に応じて給付と負担の水準を調整することができ、経済変動に耐えやすい仕組みといえます。「積立方式」は自分が積み立てた保険料が引退したあとの年金の原資となる方式で、一般的に少子高齢化には強いと言われますが、インフレに弱く、戦争などでなし崩し的に賦課方式に移行する例が外国に多いようです。100人の村で考えるとわかりやすいと思います。年金は、現役世代がその年に生産したモノやサービスが高齢者を支える仕組みです。給付が生産物やサービスへの請求権であるということは、いずれの方式でも同じです。経済が停滞して生産物のパイが大きくならない状況の中で高齢者の数が増えていくと、どちらの方式でも高齢者からの請求に今まで通り応じるのは難しくなります。
人の一生という長いというスパンをとって世代間の公平を追求するよりは、「今生きている人同士の公平」を目指す方が重要ではないかと考えます注3

(2)「社会保障をめぐる課題―年金制度を中心に―」
法政大学経済学部准教授 小黒 一正氏:
 社会科学で論じられているほとんどの問題については答えがありません。メリット・デメリットがあり、どういった解決策がいいかということは、主観的価値観によるところが大きいといえます。
GDPは公的年金を含む再分配の原資です。GDPは国内で1年間に生み出す富の総量で、供給側で見る場合、構成要素は技術進歩、労働人口と資本ストックです。GDPは大雑把には投資と消費に回され、投資が資本ストックを形成します。このため、投資と消費の組み合わせが経済のパイの大きさを左右します。
 1990年以降、政府債務の増加要因(対GDP)は、社会保障関係費の赤字累計が大きな部分を占めています。毎年1兆円以上のスピードで膨張する社会保障関係費をどう制御するかが問題です。統計により平均的なライフサイクルを見ると注4、昔に比べ、引退してからの期間が随分長くなっています。子どもが親の面倒を見る期間が長くなっていると考えると、この負担を公私でどう分担するかが問われています。
 社会科学では最適な解決策を明らかにすることができない領域も多いのですが、一部には最適解を求めて議論を展開できる領域もあります。たとえば、負担に積立的要素を入れることで、特定世代へ偏る負担を異時点間で分散化することは可能です。現行の賦課方式に「事前積立」を加えて積立金を増やす努力をすることで、公的年金の仕組みは維持できると考えます。ただし、社会保障給付費の増大を主な原因として国債発行残高が1000兆円を超えている現在の国家財政は、財政破綻のリスクも高まっており、持続可能とは断言できないのが現実です注5

(3)「金融政策と財政問題」
日本銀行情報サービス局参事役・金融広報中央委員会事務局次長 前川 瑞穂氏:
 金融政策を通じて中央銀行が果たす役割として、通貨価値を安定させ持続的成長を図ることが、日本銀行法に示されています。高校の教科書では分かりやすく「同時に、景気の安定をはかること」と書かれています注6。実務においてターゲットとして意識しているのは、向こう2年間程度の経済・物価の見通しです。
 2013年4月から、2年程度の期間を念頭に、物価上昇率2%を目標とする「量的・質的金融緩和」が導入されました。2014年10月からは、さらに「量的・質的金融緩和」は拡大されています。具体的には、長期国債の保有残高の年間増加額を80兆円に拡大、長期国債の買い入れの平均残存期間をプラス3年(7~10年に)にするなどの実施により、市中に出回るお金の量を増やすとともに、長期金利の低位安定をはかろうとしています。企業が設備投資のためにお金を借りる場合、5年先ぐらいまで金利が低くないと借りる意欲が湧かないからです。長期金利を低く抑えるという日銀の政策意図を伝えるために、残存期間の長い国債を買い入れています。円安・株高と相まって、経済の前向きな循環が動き出していますので、この循環の本格化と持続を期待したいところです。
 一方、財政問題との関係を考える場合には、経済を中長期的に見る視点が重要です。日本の潜在成長率は、資本・生産設備・労働力を効率的に稼働させた場合でも0.8%(内閣府試算)と言われます。足もとの景気がよくなれば、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)もすぐ改善すると考えるのは甘いかもしれません。また、海外の金融経済情勢が変われば、相対的に日本経済に対する市場の評価も変わっていきます。それが為替相場や国債・株式市場の価格形成にも影響しますから、今の低金利で安定した金融市場の状態がこの先も続くかどうかも不透明です。国債の金利が上昇すれば、財政負担は増えます。分配すべきパイが増えることに期待せず、今のうちに何を削るべきかを考えるなど財政再建の道筋を固めて、地道な取組みをすることが重要だと考えます。

3 質疑応答

質問:世代間公平についてどう教えればいいでしょうか? これからの公的年金制度の在り方についてどう生徒に考えさせていったらよいでしょうか?

太田氏:100人の村をどう支えるかということと根本的な違いはないと思います。一人ひとりの受益と負担を比べれば不公平感はあるでしょう。全面的に解消する手段はないのでしょう。どうコンセンサスを得るかが人間社会の知恵ではないでしょうか。高齢者就労を増やし生産力に転化するなど、細かい知恵を出し合うことが大事だと思います。
小黒氏:一般的な所得や資産の格差は、保険料や税を所得に応じて変えることなどで対応できます。公的年金制度の受益と負担の世代間格差は、賦課方式では改善できません。格差を改善するために、世代間の負担を平準化する必要がありますが、最終的には政治の問題です。保険料は上げられても増税には反対が大きい。給付を下げることには反対される。このため、シルバー民主主義が進む現状では、政治的な限界がありますが、解決の道はあります。世代会計を利用し、どこにどういう格差があるかを明確化・透明化し、受益と負担についての国民的コンセンサスをつくっていくことです。生徒にも「税も保険料も負担したくないが、サービスは受けたい」ということの背後にあるメカニズムについて考えさせ、受益と負担との関係を理解させ、自分のこととしてどうしたいか考えさせてほしいですね。
松江氏:世代間の公平性を考える際には、社会を広く見る視点をもってほしいと思います。福祉ニーズは私的扶養と公的扶養によって満たされているので。両者の合算で考える必要があります。たとえば、50年前は、公的保険料は小さかったかもしれませんが、親との同居率は約8割あり、私的な扶養部分が大きく、その上に保険料負担をしていたのです。今の世代の同居率は約4割です。また、2000年に介護保険制度ができましたが、介護保険から便益を受けているのは実際にサービスを受けている高齢者だけでしょうか。介護保険があることで、現役の人たちは介護を理由に仕事を辞めなくて済んでいることも多いのです。現役世代の私的な介護負担が減っているという点も見逃してはならないと思いますし、他の社会保障制度を見る際にも同じように考える必要があります。
 また、ある高校の先生がおっしゃっていたのですが、ベネフィットとコストには、目に見えるものと見えないものがあり、どうしても「目に見えるもの」だけに視野が行きがちです。「目に見えないもの」があるということを、生徒に気づかせてほしいと思います。

〈取材を終えて〉
 社会保障についてのお話を専門家から直接伺うことができる貴重な機会となりました。国債や利率の話は難しく、一筋縄ではいかないと感じましたが、今の高齢者世代の扶養を現役世代がどうにかして担っていかねばならないことがよくわかりました。「年金制度がなかったら?」と考えることが、わかりやすい導入になりそうに思われました。負担と受益については、目に見えないメリットを考える視点の重要性が言われていました。法教育で年金問題を取り上げる際にも、忘れてはならないことと感じました。

 

注1:
NHK『自民大勝の背景と有権者の受け止め方~「参院選後の政治意識・2013」調査から~』(2014年)

注2:
文部科学省特別選定中学校・高校向け、文部科学省選定成年・成人向け(2013年)

注3:
参考:太田啓之『いま、知らないと絶対損する年金50問50答』(文春新書,2011年)

注4:
厚生労働省「社会保障の教育推進に関する検討会報告書―資料編―」94頁(2014年)

注5:
参考:小黒一正『財政危機の深層―増税・年金・赤字国債を問う―』(NHK出版新書,2014年)

注6:
『現代社会』東京書籍(2012年)114頁

 

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