法教育祭 ―法科大学院生による法教育

 2015年3月3日(火)10:45~16:50、渋谷区立鉢山中学校で法教育祭が開催されました。鉢山中学校の社会科授業の枠で國學院大學法科大学院、慶應義塾大学法科大学院、一橋大学法科大学院の法科大学院生が、それぞれ自分たちのつくった法教育授業を実践します。都内3大学の法科大学院生が揃って授業実践をするのは、法教育祭という名にふさわしい画期的企画です。この取組みの模様をお伝えします。(当日のプリントから適宜引用させていただきます。)

〈渋谷区立鉢山中学校のプロフィール〉
 1947(昭和22)年創立。近年は渋谷区理数教育重点校指定校。金融教育、法教育、海洋教育などにも力を入れています。学校に地域の教育力や人材を活用することを教育方針の柱の1つとし、上級学校訪問や職場体験学習も行うなど、多彩な取組みを行っています。渋谷駅より徒歩約10分という近さながら、周囲は住宅街になっています。

生徒数(2014年4月11日現在)           (本校ホームページより)
学年 1年 2年 3年 I組
学級数 2 1 1 1 5
24 8 23 4 59
16 13 13 3 45
合計 40 21 36 7 104

〈鉢山中学校と國學院大学法科大学院との連携について〉
 この取組みの発端は、國學院大學法科大学院教授で弁護士の今井秀智先生が鉢山中学校と連携して法教育実践を始めたことです。今井先生は5年前に一般社団法人リーガルパークを立ち上げられ、法教育の開発普及に熱心に取り組まれています。リーガルパークが行った東京都内の小中学校へのアンケート調査の結果、鉢山中学校が法教育授業実践にご協力いただけることになり、2013年度には今井先生が憲法を題材とした特別授業を実施しました。
 今回は、國學院大學法科大学院が選択科目として2014年度に開講した「リーガルクリニック(法教育)」(2単位)の中で、学生自身がチームを組み、授業づくりから実践までを行う取組みです。さらに、最高検察庁関係者の仲介により、この取組みの企画を知った慶應義塾大学法科大学院、一橋大学法科大学院の各有志が、自分たちの法教育サークルも参加したいと申し入れ、法科大学院3校が揃って鉢山中学校で法教育実践をすることになりました。
 当日は最高検察庁、法務省の関係者、早稲田大学法科大学院、金沢大学法友会など、多くの参観者が実践を見守りました。

〈プログラム〉
10:45~11:35 1年B組「刑法ってどんな法律なの?」慶應義塾大学法科大学院生
11:45~12:35 1年A組「契約の自由と責任」一橋大学法科大学院生
昼休憩
13:35~14:25 2年A組「入門 刑事裁判」國學院大学法科大学院生A班
14:35~15:25 3年A組「「法」と「道徳」」國學院大学法科大学院生B班
15:35~16:50 意見交換会

1 「刑法ってどんな法律なの?」

 

慶應義塾大学法科大学院KLS法律教室

〈授業の流れ〉
(1)刑法ってなんだろう
ワークシートを使いながら刑法の定義、刑の種類の説明、事例:窃盗罪(刑法235条)
事例の内容

Aさんは電車に乗っていたところ、誰もいない車両で寝ているBさんを見つけた。そこで、そのすきにBさんの〔1〕カバンの中から財布を奪おうと思い、〔2〕席を立ち上がってBさんに近づいた。そして、〔3〕Bさんのカバンに手を伸ばし、〔4〕カバンの中をあさって、〔5〕中にあった財布をつかみ、〔6〕そのまま財布をとって逃げた。

(2)もし刑法がなかったら…
(3)刑法の目的
 事例を文中の〔1〕~〔6〕の段階に分け、それぞれの段階で犯罪が成立するかどうかを考えながら説明していきました。((4)・(5)も同様。)
(4)窃盗の未遂罪
(5)まとめ

2 「契約の自由と責任」

一橋大学法科大学院法教育サークル

〈授業の流れ〉
(1)契約自由の原則とは
 「契約自由の原則」の説明を聞きながら、ワークシートの空欄を埋めていく。
(2)クイズ
 4つの事例について、どれが契約でどれが契約ではないか、グループ(4つ)で話し合う。学生が各グループに1名ずつ入ってサポート。
 結果は、どのグループも正解でした。「契約といえるためには、意志の合致が大切である」ことを確認しました。
(3)契約の責任とは何だろう
 学生の寸劇で問題1と2の状況が演じられたあと、グループで問いについて考える。
【問題1のあらまし】
 Y君は、H君のゲームを8000円で買う約束をしたが、代金の支払いと品物の引き渡しはまだしなかった。Y君は、その翌日に同じゲームが6000円で売られている店を見つけ、そこで買ってしまった。Y君はH君に8000円を払わなくてはならないのか?
【問題2のあらまし】
 ある日、H君はY君に「買わないと痛い目にあわせるよ。」と言って、自分のゲームを8000円で買うことを求めた。Y君は怖くなって買う約束をしたが、Y君はH君に8000円を払わなくてはならないのか?
 話し合いの結果を各グループが発表した後、正解発表がありました。問題1の解答は「払わなくてはならない」でしたが、1グループだけ「払わなくていい」という発表でした。理由は「買い手の意思が変化して意志の合致がなくなったから。クーリングオフできるのではないか。」ということでしたが、例外的とされました。問題2は脅迫されてした契約なので、「自由に決められなかった契約は無効」という説明がされました。どのグループも正解でした。
(4)まとめ
 契約の自由と責任は表裏一体であり、自由に決めた場合は責任が生じる。

3 「入門 刑事裁判」

國學院大學法科大学院生A班

〈授業の流れ〉
(1)刑事裁判の概説(3分間)
 これから「渋谷ひったくり事件」(架空)について、被告人が罪を犯したのか、無罪なのか、裁判官の視点で見ていってもらうことを説明。

「渋谷ひったくり事件」のあらまし
 ある夜7時半ころ、若い男性Iさんは病院へ行った帰りに道を歩いているとき、自転車に乗った若い男にカバンをひったくられた。カバンの中には現金約2000円の入った財布とマンガ本と家の鍵が入っていた。Iさんによれば、犯人は白い長袖を着て、競技用のような特徴の自転車に乗っていたという。容疑者として逮捕されたMさんは、裁判で自分は犯人ではないと主張した。事件のあった夜、警察官に声をかけられたとき、Mさんは1人で現場近くの公園に自転車を止めてベンチに座っており、Iさんの名前が書かれたマンガ本と、Iさんの鍵についていたストラップと同じストラップを所持していた。

(2)模擬裁判「渋谷ひったくり事件」(20分間)
 人定質問から冒頭陳述までは学生が台本に沿った演技をしました。学生の演技の途中で、突然知らないおじさんが教室の前のドアを開けて入ってきて、「○○という生徒はいませんか?」と尋ねるというハプニングがありました。証人尋問からは裁判官・検察官・弁護人として予め役を決められた生徒も加わって、台本を読みました。電子黒板には、法廷の様子が画面に映し出されていました。生徒には台本と、Mさんのもっていたストラップ付きの鍵や自転車の写真、刑事裁判の“鉄則”が書かれたワークシートが配布されていました。
 証人尋問(被害者)と被告人質問の場面では、「質問コーナー」として、生徒からの質問も受け付けられました。
(3)目撃証言の記憶チェック(5分間)
 ここで、「目撃証言の記憶チェックシート」が配られ、先ほど教室に突然入ってきた人について13の質問に回答をすることになりました。目撃証言がどれだけ信用できるか、生徒自ら体験しました。
(4)グループで評議(7分間)と発表・質疑(8分間)
 4つの班に分かれ(5~6名で1グループ)、被告人が有罪か無罪か話し合いました。結果は、有罪が2つの班、無罪が2つの班になりました。どの班も、しっかり理由を考えていました。
(5)まとめ:ワークシート「刑事裁判の“鉄則”」
 ワークシートの空欄を記入しながら、「犯人を処罰して世の中を守ること」と「無実の人を間違えて処罰しないこと」の両方が大事であることを確認。

4 「「法」と「道徳」」

國學院大學法科大学院生B班

〈授業の流れ〉
(1)刑法とは
 刑法第199条(殺人罪)を取り上げ、刑法の意義を解説。生徒と問答しながら、ワークシートに記入していきました。((2)も同様の方法。)
(2)なぜ刑法が必要なのか考える
 刑法がなかった場合を考え、刑法の機能を解説。キーワード:法益、作為、不作為、作為義務
(3)3つの事例について、「人を殺した」にあたるかどうか考える
 黒板に川原の絵が貼ってある。3つの事例の基本設定は、「川原をある人が通りかかったとき、上流から誰かが流されてきたのを見かけたが、その人は何もしなかった。流されてきた人は死亡した。」というもの。誰が流されたかにより3つの場合を設定し、何もしなかった人は殺人罪にあたるかどうか検討する。まず、事例〔1〕について、学生と生徒が問答しながら検討したあと、6つのグループに分かれて話し合う。
事例〔1〕:流されていたのが見知らぬ人の場合
事例〔2〕:流されていたのが友達の場合
事例〔3〕:流されていたのが自分の子どもの場合

 事例〔1〕については、「道徳的には罪があると評価していいと思います。しかし、単に見知らぬ人が通りかかったが何もしなかったというだけでは、強力な刑罰を与えるのはやり過ぎだと考えられ、刑法上処罰はされません。作為義務がある場合だけ、不作為を作為のある殺人と同等と考えます。」と解説されました。
事例〔2〕、〔3〕については、話し合いの結果を各班代表が発表し、学生が解説しました。「殺人罪にあたらない」とする班が多かったものの、意見が割れた班や、自分の子どもについては有罪と考える班がありました。「友人関係は、お互いが絶対的に保護や見守りをすべきという関係ではなく、刑法で守られる法益とは言えない。」「自分の子どもの場合は、保護責任がある。」という解説でした。
(4)事例応用編
 「人を殺した」にあたるかどうか、個人でワークシートに考えを記入。
事例〔4〕:太郎は街中で中学の同級生次郎とばったり会った。一緒に酒を飲んだ帰り道、川のそばを歩いていた。太郎は次郎に「酔いを醒ましたら。」と言って、川の方へ押した。次郎は川に落ちて溺れ、「助けくれ。」といったが、太郎は次郎がふざけていると思い、助けなかった。次郎は亡くなった。
事例〔5〕:幼稚園の花子先生は、園児たちを連れて川原へ行って遊ばせていた。園児の三郎君はふざけていて川に落ち、泳げなかったので「助けて。」といった。先生は茫然としてしまい、助けることができず、三郎君は亡くなった。

 事例〔4〕については、「溺れるきっかけを作ったのが太郎なので、助ける義務があるとしても厳し過ぎないと考えられる。幼稚園は、親が子どもに危険がないことを約束されて先生に預けているので、助けられなかった先生に厳しい罰を与えても厳し過ぎないといえる。」という解説でした。

5 意見交換会

・鉢山中学校校長 千葉広美先生
 今日は新鮮な出会いの中で、生徒たちに若い先生方のパワーや熱意が伝わっていると感じました。先生方の関わりの仕方により、子どもたちの反応が変わります。新しい息吹を吹き込んで下さる外部の方、地域の方に、これからも生徒の前に立っていただきたいと思います。今井先生と國學院大學にはこれからも連携を続けていただきたいと考えています。

・國學院大學法科大学院教授・弁護士 今井秀智先生
 今日はこの学校のすべてのクラスが法教育の授業を受けたことになります。学校の先生以外の法教育の担い手としては、法科大学院生が最も適任であると考えています 。生徒と年齢が近く身近な存在であるうえ、学校の先生にとっては教育実習生と同様に指導できる対象でもあるからです。法科大学院生にとっては、法と教育の両方について造詣を深められるという意義をもちます。法律家はチームを組んで働くことが多いのですが、学生がチームになって授業づくりをし、学校の先生と打ち合わせをするというこの機会は、まさにその訓練の場となりました。
法律専門家の行う法教育はイベントになりがちではないかと思いますが、法教育が学校に根付くためには、限られた教科の時間の枠の中に位置付けていかねばなりません。今回のようなスタイルで、他の法科大学院も含め、学生が有効に活用されるようにしたいと考えています。

・慶応大学法科大学院生
 間違ったことを言わないこととわかりやすく伝えることの調和点をどこに見出すかに気をつけました。検察庁からの派遣教員に顧問になってもらい、説明について考え、より法律の理解が深まりました。

・一橋大学法科大学院生
 昨夏、法科大学院生を対象にしたイベントで、最高検察庁の稲川部長から法教育を勧められ、サークル結成に至りました。法務省や検察の方々の助けをいただいて、活動を進めています。授業の実践先を見つけるのに悪戦苦闘していたところ、今井先生から今回の法教育祭に誘っていただきました。授業を行ってみて、自分たちの法律理解の甘さを痛感しました。

・國學院大學法科大学院Aチーム
学校現場はクラスによってかなり雰囲気が違うので、担当するクラスのカルチャーにあったアプローチを学校の先生から前もって聞いておけばよりよいと思います。

・國學院大學法科大学院Bチーム
 法律の根っこを理解してもらうという姿勢であれば、生徒にも法科大学院生にも有意義な体験になると思います。

・鉢山中学校1学年主任・社会科教諭 船田千雅先生
教えるテーマづくりに関し、たとえば生徒にあらかじめアンケートをとるといいと思います。その中から問題点を見つけて、子どもに欠けているところをテーマにしてもいいと思います。中学生をどう変容させたいかまで見据えた取組みになると、より良いと感じました。

・「学校側のニーズ」に関して、今井先生より
今の感想の中で、学生側から授業の実践先を見つけるのに苦労している様子が伝えられました。学校側のニーズは、全クラス同時に授業をやりたいので、5チーム来て下さいというような要望があります。そういう要望に対応するためには、法科大学院側も体制を整え、出前授業を横並びで組織的な形で実施するということを考える必要があります。今後、私もひとつのネットワークとして利用して頂いて、実施場所を確保していければと思っています。

〈取材を終えて〉
 鉢山中学校は、地域との連携を教育の柱の1つにしているとのことで、生徒は大勢の参観者に見守られることに慣れている様子でした。平素から自分の考えを書くことも教育に取り入れられており、学年が進むにつれてワークシートの記入が早いようでしたし、話し合いでも積極的に意見を述べているようでした。生徒はよく考えており、授業時間がもう少しあればもっと深まるのでは、と思われました。
 授業後の意見交換会からは、学生と現場の先生、法律専門家から有意義な意見がたくさん出されました。学生にとって素晴らしい体験だったことは言うまでもない様子でした。特に印象に残ったのは、学校現場のニーズに関し、1学年あるいは学校全体のクラス全部に同時に授業をしてほしいという要望がかなりあるということでした。そういった要望に応えるためには、1つの法科大学院だけでは対応しきれないので、複数の法科大学院が連携して取り組む必要があるという指摘がされていました。鉢山中学校と國學院大學法科大学院の連携をもとにしたこの取組みが、今後も長く続き、法科大学院のネットワークが広がっていくといいと思いました。

ページトップへ