シンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える(Ⅱ)」

 2015年3月7日(日)13:00~16:30、公開シンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える(Ⅱ)―児童の発達を踏まえた法教育プログラムの開発―」が日比谷図書文化館を会場に開催されました。これは昨年の中間発表に続く成果発表となります。法学・心理学・教育学研究者の協働による取組みのあらましをお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
13:00~14:00 講演「子どもにとって公正とは?―認識、感情、そして行動面まで―」
14:00~15:10 研究成果報告
15:20~15:40 指定討論者による意見陳述
15:40~16:20 質疑応答、調査対象校の先生方のコメント
16:20~16:30 まとめ

〈研究の目的等〉
橋本康弘 福井大学教育地域科学部教授

 本研究の目的は、現在の日本の子どもが法に関してどのような認識を持っているかを明らかにし、児童の法的発達を促す授業を開発することです。今回のシンポジウムでは、昨年度に中間報告した「民主主義」観に関する調査について、対象校を拡大して分析した結果を報告します。その分析結果をふまえて、児童の法的発達を促す法教育プログラムとして、「権威」「少数者の尊重」「抵抗(権)」をテーマにした授業案を提案します。抽象的な法概念をわかりやすく表現するところは法学者、子どもの発達を捉える質問紙作成は心理学者にお願いし、子どもの発達に即した授業を開発することに取り組みました。

1 講演「子どもにとって公正とは?―認識、感情、そして行動面まで―」

渡辺弥生 法政大学文学部心理学科教授
【公正についての研究に関して】
 子どもの公正の感覚はどのように育つでしょうか? 学校で先生に指名されて、自分が回答するのを先生が待ってくれるとき、自分にどのくらいの持ち時間が与えられるかを子どもは敏感に感じています。それを他の子どもの場合と比較して、不公平などの感覚を身に付けていきます。
 心理学では、道徳性及び向社会的行動の研究について大きく3つの立場があります。情緒に焦点を当てた精神分析的立場、認知に焦点を当てた認知発達的立場、行動に焦点を当てた社会的学習理論がそれです。近年は、認識(認知)が発達しても、情緒の発達が弱いと行動が発達しないなど、3つのバランスが重要とされるようになりました。

【公正観の発達について】
 公正観は認識に関するものです。公正観の発達を調査する方法には、「エピソードを与えて、実際の分配行動を促し、理由を尋ねる調査(クリニカル・メソッド)」があります。4~6歳児について6段階に評価する調査では、4~5歳では欲求のままに行動する利己的なレベルが多く、年齢が上がるにつれ、「みんな同じがいい」とするレベルが増えます。理由も「同じだから」で柔軟性がありません。7歳以上になると、能力・功績・貢献度に応じた分配行動のレベル、さらに「いろいろな人の気持ちを考える必要性」という倫理的レベルの子どもが増えてきます。

【権威概念の発達について】
 権威については、発達段階により「大人の権威」と「仲間の権威」を別のものとして捉えます。権威も公正と同様、6段階の発達が考えられます。最初は自分の権威が大きく、次に大人の権威が大になり、さらに「才能のある人に従う」、「リーダーシップのある人に従う」というレベルになります。研究によれば、権威の背景にどういうものがあると認識するかが、年齢により変わっていくことが確認されています。公正観と権威概念の発達には大きな関係があるといえます。

【分配行動の発達について】
 行動には、他者変容指向(他人を変えたい)と自己変容指向(自分を変えなきゃ)という2つのタイプがあります。役割取得能力(思いやり)のレベルが上がることにより、第三者の視点がとれるようになり、さらに一般化ができるようになります。こうして行動変容が起こります。他者との関係性、相対的位置も発達の大事な要素となります。
 分配行動には利己的、平等、公平(努力などの比率に応じて)、愛他的という4種類の分配行動があると考えられています。貢献度に応じた公平分配は、8歳くらいで比がわかるようになると意識が出てきます。発達段階によって、公平についての概念が違っていくなら、どんな状況でもその概念に応じた分配行動をすると予想されますが、結果的には、公正観に関わらず日本では均等分配をする傾向が高くなりました。また、異なったレベルの子どもを同じグループにして分配行動を観察すると、発達レベルの低かった子どものレベルが上がることが確認されました。
 過去の研究によれば、分配行動には、「パートナーに対する遠慮」や「実験者に欲張りだと思われたくない」という感情も関わるといいます。「気持ちへの気づき」と「気持ちのコントロール」という感情のリテラシーの育成も、分配行動の発達にとって必要といえます。

【公正を考える上での3コンピテンシー】
 10歳くらいからは、時間的展望が長くなります。①役割取得能力、②時間的展望能力、③メタ認知能力が、公正を考える上での3コンピテンシーであると考えられます。①に関しては、教材について、主人公だけでなくいろいろな立場の人の気持ちがわかる与え方をすること。②に関しては、時間的展望能力のゆがみがないかどうかに配慮すること。③に関しては、自分の感情などを客観的に見る力、内省する力を育てることが必要です。

2 研究成果報告

(1)「児童期の実態調査報告」
樟本千里 岡山県立大学保健福祉学部講師

【調査のテーマ】
 民主主義の原則(「皆のことは皆で決める」「少数者の意見を聞かなければならない」「非民主的な意思決定に対する抵抗的な行動を認める」について、児童の認識を調査すること。

【調査1:皆のことは皆で決めるか?】
ある特定の人が皆のことを決めるのは良いことか、悪いことかを問う設問。学年(2年・4年・6年)、決定者の権威、決定の方向が多数派に同調しているか・していないか・意見が割れている場合か、という要因について分析するための質問を設定。

課題内容:クラスで参加するスポーツ大会では、ドッジボールかバレーボールかのどちらかが選べます。クラスではドッジボールの方が、バレーボールよりも人気があるスポーツです。先生/体育委員はクラスのみんなには聞かないで、クラス全員でドッジボールに参加することを決めました。
質問:先生/体育委員がクラス全員でドッジボールに参加することに決めたことをどう思いますか?(5件法)どうしてそう思いましたか?(選択)

 結果は、2年生は多数者を尊重し、6年生は話し合いを尊重するといえました。権威者が少数者寄りの判断をすることはどの学年も悪いとしますが、理由付けが違いました。2年生は「人気がある方を選ぶべきだから」、6年生は「皆に意見を聞くべきだから」という理由であることがわかりました。

【調査2:少数者の意見を聞かねばならないか?】
 少数者の意見表明を受け付けないことは良いことか、悪いことかを問う設問。上記と同様の手順で調査した結果、権威には関係なく、悪いことと思う児童が多かったのですが、低学年は、多数決後の少数者の意見表明は聞かなくても比較的悪くないと思っているといえました。

【調査3:非民主的な意思決定に対する対抗的な行動を認めるか?】
 非民主的に決定されたことに抵抗する(学校行事を休む)ことは良いことか、悪いことかを問う設問。学年、同調方法(集団的抵抗か、個人的抵抗か)、関与度(集団意思決定の方法は、関係者だけ参加か、関係者以外が参加か、全員参加か)という要因について分析するための質問を設定。
 結果は、どの学年も、基本的に抵抗するのは悪いという意見でした。話し合いに参加しない人がいる場合は、4年生以降になると「決め方に問題がある」とする意見が増えました。全体で話し合った結果に抵抗することについては、個人の抵抗は「抵抗者の手続きの不備」と考えました。全体で話し合った結果に集団で抵抗することは、6年生で「抵抗者の手続きの不備」と考えました。全体として、参加することも重要だが、クラスで決めたことが最も重要とされるといえました。

(2)「権威性について考える教材の開発」
須本良夫 岐阜大学教育学部准教授

 調査結果から、2年生向けには教師という権威の吟味、2・6年生向けには話し合いをすることの重要性(手続き的なことを含め)を教材作成の方向性としました。

【授業案】
「その後のはだかの王様」全2時間(低学年は3時間)
第1時:裸の王様を読んで感想を語り合おう。最後に子どもだけが服を着ていないと言えたのはどうしてか。
第2時:王様の2つのきまりを吟味しよう。権威をもったものが勝手に決めるきまりについて考える。
第3時:これからどうする。王様がいなくなった国は、これからどうすればいいか考える。
子どもの揺らぎの見取りをポイントに、成長への支援を図るという提案です。

(3)「「少数者の尊重」について考えてみよう」
渡部竜也 東京学芸大学准教授

 調査からは、子どもが意外に少数者に配慮していることを感じました。気になるのは、揉めた場合、少数者が少しなら権威者が決めればいいとすることでした。高学年では、とりあえず少数者の意見を聞こうとしますが、形式主義になっているともいえます。実質的な中身を見てもらう必要があります。
 この授業案では、5つのケースを通し、どのような場合に少数者を尊重しなければいけないか、どのような場合なら等価値を優先するか、自分の線引きのラインを作ってほしいと考えました。

【授業案】
パート1:次のような問題場面に遭遇したら、あなたならどう対処しますか?
 ケース1・2〔わがままの事例〕席替えのくじ引きの結果に不満、宝くじの結果に不満
 ケース3・4〔わがままな場合とそうでない場合の線引き〕修学旅行のバスの予定を遅らせる生理現象、制服に対する性同一性障害の生徒の希望
 ケース5〔少数者の意見を聞かねばならない場合〕少年野球試合におけるエラーに対する暴力事件の対応

パート2:次のことを話し合ってみよう。
 「どんな場合でも、多数の意見が正しい」と思うか。「どんな場合でも、多数決は良い結果をもたらす」と思うか。どんなとき、少数者の意見や立場に配慮しなければならないか。どんなとき、「多数決」を用いてはならないか。

(4)「少数者の保護」についての理解を深める小学校用教材
桑原敏典 岡山大学教育学部教授

 1クラスの中でも子どもの発達レベルは様々であるという状況を活用することで、全体の発達をより促進する授業案。児童の相互作用により、自分の基準とは違う基準があることに気づくことを促します。日本のクラスで話し合いをする場合は、児童の経験にそれほど大きな違いはないので、発達以外の多様性の出やすいエピソードを用意する必要があります。

【授業案】
 導入において、資料の場面を読む。問題になっている事柄を理解し、自分は対立しているどちらの言い分が正しいと思うか考える。展開では、そのように考えた理由を問う。次に、多数決の是非を見直させる問いを与え、理由を考える。終結では、多数決をしてよい場面の条件とそれによる決定の限界について確認する。
場面A:ある地区の公園の使い方をめぐる2グループ(10人対5人)の言い争い
場面B:掃除場所3か所と人数の割り振りについての対立
場面C:2つのクラスの合同餅つき大会における休んだ子の分の餅の分配方法
場面D:遠足の目的と行先についての話し合いにおける対立
場面E:掃除をさぼった場合のルールについての対立

(5)「手続的正義と抵抗行動に関する法教育プログラム」
中原朋生 川崎医療短期大学教授

 2年生は一般的な常識形成の段階に当たり、「抵抗(休むこと)はいけない」という認識をもちます。常識が揺らぐ段階を経て、新しい認識形成の段階に至りますが、法教育としてジレンマ課題を与えることで、新しい法的概念の発達を促す授業案を作成しました。

【授業案】
単元の目標:
〔1〕 みんなで決めたことへの抵抗(休むこと)はいけないという基本的な認識を形成する。〔2〕 〔1〕を踏まえた上で、抵抗はいけないという認識を揺さぶり、手続き的正義や個人の尊厳への配慮への気付きを促す。
〔3〕 〔1〕・〔2〕を踏まえた上で、手続き的正義と抵抗行動のジレンマを経験し、手続き的正義への認識を深める。

単元の位置づけ:特別活動及び道徳(公正)等
学習活動1:「運動会とダンス」(〔1〕に関して)
学習活動2:「キャンプのカレー」(〔2〕に関して)
学習活動3:「ローザ・パークスとバスボイコット運動」(〔3〕に関して)

3 指定討論者による意見陳述

(1)大杉昭英 国立教育政策研究所初等中等教育部長
 この研究の意義は、児童の変容についての研究(検証)と子どもの法に関する認識の研究の不足を指摘してくれたことにあります。法教育を実施してこそ辿り着く認識があることを指摘されましたが、アメリカの法教育についての検証研究にもなるのかと思います。
 「権威」「少数者の尊重」「抵抗権」を取り上げられましたが、法の専門家から見てこの3つを重要と考えられた理由は何でしょうか?
 教育論とは成長論です。法教育でも、行動取得能力・感情コントロール能力・メタ認知能力という3つのコンピテンシーの成長を確認していくことが重要と感じました。

(2)渡辺弥生 法政大学文学部心理学科教授
 本研究から、いくつかの課題を感じました。授業のめざすゴールはどこなのか、というゴール設定の問題。ジレンマ材料は子どもにとって本当にジレンマになるのか、という個人の状況差の問題。材料をどうやって子どもの心に届かせるか、という方法論の問題。オープンエンドか先生が回答するのか、どちらが効果があるのか。効果を見る方法の提示の必要、などです。

4 質疑応答より(指定討論者からの疑問に対する回答から)

・「権威」「少数者の尊重」「抵抗権」という3つを重要と考えた理由
回答:法教育の4領域にそれぞれ概念があると思いますが、憲法の領域からは、小学生を対象には民主主義にターゲットを絞ることがいいと考え、この3つになりました。抵抗(権)は、規範の拘束性に関することと考えました。(土井真一 京都大学大学院法学研究科教授)

・ゴール設定について
回答:市民として社会に関わる力をつけることがゴールと考えます。そのために必要な知識・判断力・話し合いのスキルが身に付けばいい。具体的に、この1時間には何をするかと考えることが授業づくりになります。(桑原先生)

・ジレンマについて
回答:教材をジレンマと感じるかどうかは、普段の授業で先生が行う価値判断によります。見えないカリキュラムが大事になります。(中原先生)

・方法について
回答:事例については、議論を通す必要がありますが、すべてを討論形式にする必要はないと考えます。簡単なケースをふまえて、最後で話し合いなどをすればいいと思います。人権・生理的事情・思想信条の自由は尊重しなければならないが、わがままは認められないという線引きはきちんと教え、結論を出すべきでないことは出さないようにすればいいと思います。(渡部先生)

5 まとめ

土井真一 京都大学大学院法学研究科教授
 調査から、6年生になると複数の論点に触れられるようになるのが、発達ということと思いました。2年生では、感情レベルでは価値判断をしっかりしているといえます。そうした価値判断は道徳的にはシンプルですが、どう行動に結びつけるかという問題があります。また、「ずるい、かわいそう」などということは何を指すか分析し、感情的に理解していることを言葉で表現できるようにすることが重要だと感じました。
 自由記述からは、2年生や4年生は紋切り型の回答を書きますが、6年生は話し合いには時間がかかるので、現実的解決をするように使い分けることがわかりました。そうした本当の話し合いの知恵に関し、話し合いの打ち切りの手続きを法教育ではどうするのかが重要と考えます。
 感じるのは、議論をしたら意見は変わることを体験させることが大事だということです。意見が変わらない体験だけだと、話し合いは無駄ということになってしまいます。抵抗権についての調査結果の中で、男子だけに関する議事の決定について、最も重みがあるのは女子も含めたクラス全体の決定でした。次は男子だけによる決定。どの学年も結果は同じでしたが、それはなぜでしょうか。予想されるのは、「みんな」という言葉に引っ張られるのではないかということです。憲法レベルですと、国が決めるべきことと地方が決めるべきことという問題になります。「みんな」とは何か、という理解を深めることが重要ではないかと感じました。
 心理学的発達を考えるうえで重要なのは、時間的展望の獲得により、長期的利益と短期的利益の比較考量ができるようになることです。将来の利益と現在の利益が相反するときにどうすべきかを考えることが可能になります。人的空間的広がりの問題に関しては、局所的な解の最適化と全体的な解の最適化の問題になります。なぜなら、法教育と道徳教育を考えるとき、法は最終的に制度の問題と結びつくからです。近い人たちの人間関係をどうするのかという問題から、制度をどうするか、制度としてどういう判断をするのが適切かということになります。その意味で、社会全体を考えていくことにつなげていかねばならないと考えます。

〈取材を終えて〉
 半日のシンポジウムの中で、調査結果の発表、数々の授業案の提案、質疑応答のかみ合った討論とまとめなど、密度の濃い発表がされました。調査結果として、小学生が話し合いについての現実的な態度を6年間のうちに身に付けることがわかり、興味深く感じました。まとめにおける土井先生のお話に、大事なことが集約されていると感じました。
 この研究成果の報告書は、今後作成するか、検討するとのことでした。

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