日本弁護士連合会第58回人権擁護大会シンポジウム第2分科会

 2015年10月1日(木)12:30~18:00、日本弁護士連合会第58回人権擁護大会シンポジウムが幕張メッセにおいて開催されました。3つの分科会の中から、第2分科会「『成年後見制度』から『意思決定支援制度』へ~認知症や障害のある人の自己決定権の実現を目指して~」の模様の一部をお伝えします。当日は一般の人も参加することができ、幕張メッセ国際会議場コンベンションホールAが満員になる盛況でした。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)
 なお、下記のプログラム中、国内における活動報告およびパネルディスカッションのレポートは、都合により割愛させていただきます。

〈プログラム〉
12:30 プロローグ(VTR上映)、開会挨拶
12:45 講演「ありのままにあたり前に地域に生きて」
13:15 日本の意思決定支援の現状
13:35 「障害者権利条約12条における自律と差別」
休憩
14:00 海外調査報告(サウスオーストラリア州、イギリス)
15:05 国内における活動報告
休憩
16:30 パネルディスカッション「意思決定支援のあり方」
17:55 エピローグ、閉会挨拶

1 プロローグ(VTR上映)、開会挨拶

開会挨拶
平山秀生 弁護士(日本弁護士連合会副会長)
 私たちは、日々様々な意思決定をしています。朝起きて、着る服選びから、人生の重要なことまで、自分の望んでいる自律した生活を送れるように、自分で決めています。しかし、病気や障害により意思決定が困難な人はどうでしょうか? そういった方々も、支援を尽くせば自分で意思決定することができ、自律した生活を送ることができます。これは当たり前のことなのですが、こんな当たり前のことについてシンポジウムを開くのは、今まで当たり前でなかったからと言えます。私たち弁護士も、以下のことについて反省しなければならない状況です。
 1つは、病気や障害のある方については、財産管理能力にとどまらずあらゆる事項に関し、裁判所の決定で選任された代理・代行者が意思決定することを当然としてきたこと。もう1つは、弁護士が病気や障害のある方に十分な意思決定支援をしてこなかったこと。さらに、自律した人生を送ることはかけがえのない価値あることなのに、それについて弁護士が十分な配慮をしてこなかったことです。
 この1年間、これらに関し、先進的な取組みをしているオーストラリアやイギリスの意思決定支援の実際を学ぶなど、研究をしてきました。日本においても意思決定支援は可能です。現行の成年後見制度や考え方の転換をするべきかどうかということを検討したいと考えます。今日のシンポジウムは、そのヒントになることがちりばめられているので、楽しんでいただければと思います。

2 講演「ありのままにあたり前に地域に生きて~そして僕はひょうきんな公務員になった~」

明石徹之氏(川崎市建設緑政局)
 僕は1972年生まれで、知的しょう害(資料ママ)と自閉症があります。高校進学の際は、養護学校を勧められましたが、どうしても普通高校に行きたかったので、頑張って勉強し定時制高校に合格しました。4年間の高校生活は楽しく、昼間は作業所にも通いました。高校を卒業するまでに7つの仕事を経験し、その中で清掃局のごみ収集が一番好きでした。母親の勧めで、公務員になれば清掃局の仕事が続けられると思い、公務員受験をしました。高校の先生と母親が、僕がわかる方法(視覚支援)を工夫して勉強を教えてくれ、合格することができました。
 川崎市では、清掃局で働き、上司に認められることが喜びでした。水もトイレも子どもの頃から大好きで、清掃のお仕事を頑張りました。健康福祉局に異動してからは、特別養護老人ホームと老人福祉センターで清掃や下絵描きなどの仕事をしました。現在は建設緑政局夢見ヶ先動物公園で働いています。子どもの頃遊んだ懐かしい場所で働くことができ、とても嬉しく思っています。特性として、「ちゃんと仕事をしなさい」など抽象的な言葉での指示は伝わりにくいので、仕事の指示には具体的で視覚的な「手順書」等の合理的配慮が必須です。
 地域では、毎日ホームヘルパーさんとスーパーで待ち合わせて買い物をし、自分で夕食を作ります。月1回、ガイドヘルパーさんと遊びにも行きます。地域の人に自分を知ってもらうため、30年以上「てっちゃん便り」(20歳になってからは「明石通信」)を発行し、啓発活動をしています。「欲しいサービスがないなら自分で作るしかない」と設立した「あおぞら共生会」は、今は14の事業拠点をもち、当事者発・地域発の地域生活支援を展開しています。僕が働いている様子はNHKの番組や韓国放送でも紹介され、本や新聞にも取り上げられています。アメリカ、韓国、中国にも講演に行っています。汗水流して働いて人のお役に立つこと、働いてお金を貰うことも嬉しいと思っています。働いたお金を自分の趣味や楽しみに使えることも喜びです。次の夢は、結婚して家族をつくることです。「隣で暮らしてもあたり前、隣で働いてもあたり前」の、共に生きる社会になるよう、どうぞよろしくお願いします。

3 日本の意思決定支援の現状

井上雅人 弁護士(大阪弁護士会)
 日本では2000年に介護保険制度が施行され、行政措置制度から自己決定による契約制度へと介護の制度が転換されました。2014年には障害者権利条約が批准され、高齢者や障害者の権利保障に一定の前進が図られてきました。しかし実情は、保護的支援が多数を占め、生活支援の場面では自律に向けての自己決定の尊重はまだまだといえます。
 現行の成年後見制度ができて15年になりますが、本人の意思はそれぞれの後見人にゆだねられている現状です。制度では、後見・保佐・補助の3類型が設けられていますが、後見・保佐は旧法の禁治産・準禁治産の制度をもとに改正されたものであり、補助が、自己決定の尊重等の新しい理念に最もなじむ制度として新設されたものです。しかし、類型ごとの件数は後見の割合が80%以上注1を占め、補助は約4%にすぎません。このことが、後見人等や周囲の関係者が本人の意思を軽視する風潮蔓延の要因にもなっていると考えられます。本人は決して「何もわからない状態」ではなく、補助や保佐でも対応できるのではないかというケースも多くみられます。また、後見人選任の段階で、本人の意思がまったく考慮されないというのが実情です。
 日弁連は本研究にあたり、「成年後見業務における本人の意思の尊重に関する実態調査アンケート」注2を実施しました。弁護士・社会福祉士・司法書士・法人後見・その他を対象に960の回答を得ました。アンケート結果からもこのような状況が言えると思います。現行の法定後見制度は、包括的な行為能力制限、後見人の過大な権限、財産保護の重視と身上監護の軽視という問題があるといえます。
 また、現行の成年後見制度は任意後見制度と法定後見制度によって構成されています。任意後見制度は、自己決定の尊重の理念に則して創設されたものですが、活用が広がっていない現状です。任意後見契約については、契約締結における濫用と、契約締結後における財産管理権の濫用という問題がありますが、いずれも本人無視の発想から起きる問題です。このような弊害を除去し、任意後見契約が本来の理念にかなった形で利用されるにはどのようにすべきか、ということが問われています。

4 「障害者権利条約12条における自律と差別」

川島 聡 岡山理科大学准教授(総合情報学部社会情報学科)
 障害者権利条約は、2006年に国連総会で採択され、2014年に日本が批准しました。この条約の目的は、「障害者が人権を完全・平等に享有し行使できること」であり、当事者の視点が重視されています。人権が達成すべき基本価値を「尊厳・自律・平等・参加」とする原則をとっています。「尊厳」とは、「経済的・社会的に役立つという理由のみならず、生得的な自己価値という理由からも、人は尊重されなければならない」(G.Quinn & T.Degener)というように、人間に本来的に備わっている価値と考えられます。「自律」は、権利条約3条によれば「自ら選択する自由」を意味します。自己選択の自由は、国家に対して不作為と作為を請求できる概念です。不作為とは、国家が障害者の自己選択を妨害する行為をしないことを意味します。作為とは、国家が障害者の自己選択を実質的に可能ならしめるための条件整備をすることを意味します。
 条約は、障害者に対して「既存の権利」を完全・平等に保障することにより、保護の客体から権利の主体へのパラダイム転換を目指します。12条はその転換を代表する条文で、他者が代わりに決めることから、支援を受けて自分で決めることへの転換を求めています。
 条約の12条2項(法的能力)については、3つの説があります注3。日本政府は権利能力説(A)をとります。3つのどの説でも、行為能力の制限は差別であるとも差別でない(合理的区別である)ともいうことができます。法的能力の行使については代行決定禁止説と許容説が考えられますが、多くは代行決定許容説(オーストラリアの例)を支持すると考えられます。オーストラリア政府は、「本人の代わりに行われる決定のことを規定する、全面支援付き意思決定制度または代行意思決定制度が、最後の手段として必要であり、かつ、セーフガードに服する場合にのみ、障害者権利条約は当該制度を許容している」との了解を宣言しています。日本でも、成年後見制度を個別具体的に検証すること注4が引き続き重要な課題になります。

5 海外調査報告

(1)サウスオーストラリア州における意思決定支援
川島志保、勝田均、久岡秀樹、水島俊彦、中村真由奈、松隈知栄子 弁護士
 意思決定支援モデル(以下「SDMモデル」という)は、オーストラリアが障害者権利条約を批准したことをきっかけとして、2010年にサウスオーストラリア州権利擁護庁が開始したプロジェクトに端を発します。SDMモデルでは、「意思決定能力がある」ということは、次の4つを意味します。〔1〕与えられた情報が理解できる。〔2〕決定するためにその情報を十分に保持できる。〔3〕決定するためにその情報を検討することができる。〔4〕決定について他者に伝えられる。SDMモデルはこの4つについて、具体的に支援します。他人が本人にとって最善の利益だろうと考えることを反映した意思決定ではなく、本人の表明する希望を反映した意思決定を支援するのです。
 SDMモデルでは、意思決定者(障害のある人)と6つの立場の支援者がチームになります。まず、トレーナー・見習いファシリテーターが、このモデルに参加したい意思決定者を募集します。次に、意思決定したい内容に関する合意書面を作成します。(2~3か月程度)そして、本人のための意思決定支援チームの組立ておよび合意から原則6か月の短期介入による意思決定支援が行われます。意思決定後トレーナー・見習いファシリテーターはチームを離れますが、サポーター(家族など)やボランティア・サービス事業提供者・地域社会の人など他のメンバーによる支援は継続されます。(事例紹介は省略)
 参加者は主に軽・中程度の知的障がい者が多くなっていますが、中には日本でなら代行決定が必要とされる人も参加しています。最初は、長年福祉サービスに依存していた人が、チームとの信頼関係構築と小さな意思決定の積み重ねの結果として、自信を取り戻し、意思を表明していきます。そして、より重要な意思決定をすることができるようになります。

(2)英国MCA(意思決定能力法)の制度と実務
水島俊彦 弁護士
 MCA(Mental Capacity Act)とは「意思決定能力」(ある特定の意思決定を、それが必要とされるときに自分で行うことのできる能力)に欠けている個人に代わって意思決定をし、行動するための法的な枠組みを規定する法律です。意思決定支援と代理・代行決定についてのトータルな枠組みを形成している点で注目されています。
 MCAに基づく意思決定の枠組みの5大原則は次のようになっています。〔1〕意思決定能力があることの推定。〔2〕本人による意思決定のために実行可能なあらゆる支援。〔3〕二重のアセスメント(医師による診断的アプローチとその損傷・障がいが原因で当該意思決定ができないかどうかという機能的アプローチ)。〔4〕本人の最善の利益に基づく代行決定。〔5〕より制限的でない方法による制約の実施。「最善の利益」自体の定義は設けられていませんが、最善の利益を見極めるためのチェックリストがあります。
 本人の希望や価値観を適切に代弁できる人がいない場合は、IMCA(イムカ・独立意思代弁人)が無償で関与します。IMCAには4つの権利があり、2013年度はイングランド全体で1万3千件の要請がありました。認知症高齢者の住居移転のケースで最も多く利用されています。一人暮らしの認知症高齢者が今までの生活を続けにくくなった場合、日本の現状では、市長申し立てで第三者後見人の選任がされ、法定代理権の行使によって施設に入所する方向へ進むことが考えられます。このようなケースにMCAが適用されるとすると、「最善の利益会議」にて当該高齢者の意思決定能力のアセスメント、機能的アプローチによる4要素のチェック、成年後見人等の必要性や日常生活自立支援事業を利用できる可能性の検討がされます。その結果、支援付きで自宅生活トライアルをすることも考えられます。日本の現在の成年後見制度について、意思決定支援の場面や代理・代行決定の場面における課題をさらに検討することが重要といえます。

6 国内における活動報告

・「横浜市障害者後見的支援制度について」
・「PACガーディアンズのコミュニティフレンド活動」
・「大阪市市民後見人の活動について」
・「認知症高齢者の医療選択をサポートするシステムの開発等について」

〈取材を終えて〉

 成年後見制度については、名前は知っているけれど内容は知らないという方が多いのではないでしょうか。認知症の人や障害者の人権についても、深く考える機会は限られています。今回のシンポジウムは、意思決定に困難がある人にも平等に意思決定の機会が保障される権利があることを、改めて認識させてくれるものでした。当事者の家族や福祉関係者など、普段の生活を支える人たちが本人の最善の利益を推し量って、本人の代わりにいろいろなことを決定することに慣れ過ぎていないか。人権の観点から、どういう対応をしていくことがより望ましいのかを、海外の先進例を含めて研究されていました。世界最速のスピードで高齢化が進むといわれている日本で、今後考えていくことが期待されるテーマの一つだと感じました。

 

注1:
注2:
注3:
12条2項「締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める」法的能力=権利能力(法的な権利義務の帰属者たりうる資格)とする権利能力説(A)、法的能力=行為能力(単独で完全に有効な法律行為をなしうる資格)とする行為能力説(B)、法的能力=権利能力と行為能力とする権利能力行為能力説(C)の3つの説がある。
注4:
12条4項(法的能力の行使に関連する全ての措置)のセーフガード条項に照らして検証すること。

 

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