「プロと一緒に模擬裁判」―2015年法の日フェスタ

 2015年10月3日(土)10:20~16:00、法務省で「法の日フェスタ」が開催されました。フェスタのプログラムの中から、「プロと一緒に模擬裁判」(14:00~16:00)の様子をお伝えします。当日は、上川陽子法務大臣(当時)も参観。他のプログラムに参加された後、せっかくの機会だからと立ち寄られた方も多く、会場が満席となっていました。幼児や子ども連れの姿も見られ、気軽に模擬裁判に参加できる貴重な機会となりました。

〈会場の設定〉

 参加者は、会場に入る際にくじを引き、裁判官チーム・検察官チーム・弁護人チーム・傍聴人に分かれます。傍聴人以外のチームは10名ずつで、冒頭の模擬裁判で台詞を読む役割がありました。会場の前方には、模擬裁判の裁判官席・検察官席・弁護人席が設けられています。裁判官チーム、検察官チームおよび弁護人チームにはそれぞれプロの裁判官、検察官および弁護士が加わり、各チーム11名で模擬裁判に臨みました。評議は、有罪か無罪かだけを検討し、量刑判断は省略しました。傍聴人は約8名ずつ座席の近い人でグループになり、評議を行いました。

〈題材〉

法務省中学生向け裁判員裁判教材(強盗致傷事件)
http://www.moj.go.jp/keiji1/saibanin_info_saibanin_kyozai.html

〈タイムテーブル〉

14:00~14:20 各チームにアドバイザーとして入るプロの紹介、チーム内で打ち合わせ
14:20~14:30  事件の説明、法廷のイメージ、公判手続の説明、評議の2大ルール「無罪推定の原則」「合理的疑いを超える立証責任」の説明
(参加者にはシナリオ〔裁判官・検察官・弁護人の各チームのみ〕とメモ用ワークシート、公判手続の流れ、起訴状、事件現場地図が配布されています。)
14:30~15:05 審理
15:05~15:30 評議
15:30~15:50 グループごとに有罪・無罪の意見発表、プロの感想発表
15:50~16:00 質疑応答
   

〈論告・弁論の内容〉

【論告】(被告人が有罪であるとする主張)
・被害者と被告人の所持していたお金の同一性(お札の種類、穴の位置・形状の一致)
・犯人と被告人の特徴の同一性(白っぽい長袖Tシャツ)
・犯人の逮捕された場所の位置関係
・被告人には強盗をする動機がありそうなこと
・被告人が家を訪ねた友人の名前を言わない不合理
【弁論】(被告人が有罪ではないとする主張)
・被告人の供述が一貫していること(一貫して罪を否認)
・被害者による供述の信用性(被害者は、犯人の顔を見たわけではない)
・被告人の逮捕された場所は犯行現場から離れていること
・友人の名前を言わないのは、迷惑がかかることを考えれば当然であること
・証人が入れたお札の種類の記憶には疑問が残ること
・封筒の中の7枚のお札のうち1枚だけが封筒にホッチキスで留まることは不自然であること

〈評議の様子〉

・プロ入り裁判官チーム
 まず、審理が終わった時点で有罪と思うか、無罪と思うかを挙手してもらうところから始まりました。5:5でした。この後、どうなるでしょうか?

・傍聴人チームDグループ 女性5名、男性4名
 まず最初に、直感での印象を聞いたところ、有罪:7名、無罪:1名、決めかねる:1名でした。その後、それぞれ、そう考えた根拠を1つずつ挙げていき、最後にそれらの意見を各自で吟味した上で結論を出してもらったところ、有罪:7名、無罪2名(有罪→無罪へ1名移動、決めかねる→有罪へ1名移動)となりました。

・傍聴人チームFグループ 女性2名、男性1名、法学系の男子学生2名、小学生男子1名
女性1:「これだけでは証拠が足りないと思います。加害者の立場なら、これで有罪にされたらたまらなくないですか? 被害者の立場はかわいそうだけれど。子どもにはちょっと難しかったですか?」
小学生:「無罪だと思います。ホッチキスで留めてあったら、出すときにお札がビリッとなってしまうから。」
 自宅から現場までの鉄道運賃はいくらか、なぜ6時間も現地にいたのか、友人の家に行ったというのは何時頃なのか、携帯の通信記録など、もう少し証拠があるといいという意見などが出ていました。被告人が自分から進んでお札を見せたことについて、小学生は「有罪の人はなかなかしないと思う。」と発言していました。議論は無罪推定の原則に落ち着きました。プロは入っていないのに、話し合いが途切れることなく続いていました。

〈傍聴人チーム発表〉

有罪:12名、無罪:32名
【有罪の理由】
・お札に1枚だけ穴があいていたこと。
・友人をかばっているというが、名前を挙げても友人が犯人扱いされることはないと思う。友人は本当に存在したのか。存在したとして、本当にお金を返してもらったのかもわからない。
【無罪の理由】
・白い長袖シャツの人はたくさんいる。
・犯人の顔を見ていないので、合理的疑いをいれる余地があると思う。

〈検察官チーム発表〉

有罪:8名、無罪:2名
【有罪の理由】
・お札の種類が一致していること。
・証人の話では、へそくりを出したという特別な事情でお札の種類を覚えていたということで、合理的であること。
・お札の穴と封筒の穴が一致したこと。
・被告人は無職なのに、大金を持っていたこと。
・友人を訪ねそこなった後、時間が余りすぎていること。友人に電話をしないのも不自然。

〈弁護人チーム発表〉

有罪:2名、無罪:8名
【無罪の理由】
・お札の種類に関する証人の証言が正確なのかわからないこと。
・ホッチキスは規格が皆同じで穴も同じ。別の理由で穴があくことはあるだろう。
・収入が不安定な人はどこにでもいるから、それだけでは根拠にならない。
・犯行後20分後に2km離れた所にいたというのは、走って逃げたにしては近過ぎる。
・服装が白いTシャツというだけでは、不十分。

〈裁判官チーム〉

有罪:6名、無罪:4名
 理由は、有罪・無罪ともに今までに出た理由とほぼ同じような内容でした。

〈各チームのプロからの感想〉

検察官:「様々な意見が出ました。議論の中で考えが変わったり、事実の見方によっても意見が変わったりすることがわかっていただけたと思います。真剣な議論がされましたが、プロも実際の裁判で、今日皆さんがされたのと同じように議論しています。」
弁護士:「有罪・無罪どちらの意見も出て、活発な議論でした。面白い意見もありました。被告人は本屋をブラブラしていたといいましたから、本屋の監視カメラに映っているのではないかというのです。そういう証拠は出ていませんでした。弁護人の立場なら、実際に本屋に調べに行きます。訴えられる側が証拠を調べるには、想像力が必要です。」
裁判官:「今日の証拠品は、職員が段ボールで一生懸命手作りしました。楽しんでいただけたら、一同の喜びです。今回の事件は、現役裁判官でも意見の分かれる難しい事件だと思います。いろいろな意見を言ってもらい、自分が考えていなかった意見も出て、感銘を受けました。法的な観点から自分の意見を出し、議論して適切な意見を導くことは、裁判のみならず社会生活を送る上でも重要なことだと思います。法的なものの見方・考え方に関心を持ってもらうきっかけになればと思います。」

〈質疑応答〉

 最後に、参加者からの質問にプロが答えてくれました。
Q1:「もっとこれこれの証拠があるといいという意見が出ましたが、裁判中に新しい証拠が出てきたときは、それをさらに調べたりするのですか?」
裁判官:「実際の裁判でも新たな証拠が出ることはあります。検察の意見を聞いて、調べたうえで証拠に採用します。基本的には、公判前整理手続で証拠を揃えます。」

Q2:「裁判員裁判はこれからも増えていくと思いますが、裁判員裁判は市民の考えを知るのに有効ですか?」
裁判官:「いい質問、ありがとうございます。裁判員裁判は国民の意見を裁判に反映させるという趣旨で始まりました。裁判員の率直な意見や見方にハッとさせられることがあります。それらを裁判に適切に取り入れていきたいと考えます。」

Q3:「プロの方々も学生時代に法律の面白さを学ばれたと思います。学生の頃に抱いていた理念や気持ちが、実務に触れてどう変わったでしょうか?」
弁護士:「私事ですが、学生時代、アルバイトをやめることにしたら最後の月の給料を払ってもらえなかったことがありました。3万円ぐらいでしたが、学生にとっては大金でした。大学の相談センターに相談したところ、センターの弁護士に、費用と労力の点で裁判は費用倒れになる可能性が高いといわれました。それよりもその労力を別のアルバイトに向けた方がいいと言われ、少額の事案でも、弁護士に頼めたらいいのにと思ったものです。
 実際に弁護士になってみると、3万円で裁判をするのは無理だとわかりました。もっとも、少額の場合は簡単な支払督促の手続など、少額の事案なりの手続もあるので、そういった情報を案内してもらえたらよかったのかなとも思いました。学生時代のこのような経験が、現在、私が法テラスに所属する弁護士になっていることにつながっていると思います。」

〈参加者の感想〉

検察官チームに参加した女性:
(アドバイザーからの誘導等はなかったかという質問に対し)
検察官よりも私の方がしゃべっていましたから(笑)。
わたしは検察官役ということで、あくまで有罪ということを念頭において考えていたのですが、チーム内の無罪派の人と議論しているうちに、証拠をもとに考えると今回のケースは無罪にせざるを得ないと思うようになりました。
それと、やっぱり人間は立場によってものの見方が変わるんだなと思いました。

傍聴人チームに参加した女性:
 初めての体験で、面白かったです。模擬ですが実際に評議を体験してみて、裁判員はたいへんそうだと感じました。
 検察側の主張に対する弁護側の反論が最初はこじつけのように聞こえましたが、確かにそういう見方もできるし、確実な証拠とはいえないのも確かなので、判断には迷いました。
 実際にその立場になると、自分自身、結構感情的になってしまいそうなので裁判員は荷が重そうだなと感じてしまいました。

〈取材を終えて〉

 裁判官チームには裁判官、検察官チームには検察官、弁護人チームには弁護士がアドバイザーとして加わった評議の結果を、どうお感じになられたでしょうか? プロの職業人魂が発揮された結果かもしれませんね。自分もプロの入ったチームに参加してみたい、という気持ちになられたら、来年ご参加を検討されてはいかがでしょうか(来年のイベントについては、来春、法務省HPでご確認ください)。今回、くじ引きで各役割チーム10名ずつが満たなかったため、傍聴人からさらに希望者を募りました。希望者多数の役についてはジャンケンで決められました。
 この模擬裁判教材を使った授業は、当レポートでも以前に(2010年4月8日掲載)取り上げています。

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