横浜弁護士会 シンポジウム「法教育から主権者教育を考える」

 2016年3月26日(土)10:30~16:40、横浜弁護士会法教育センター〔※横浜弁護士会は2016年4月1日「神奈川県弁護士会」になりました〕設立10周年記念シンポジウム「法教育から主権者教育を考える」が神奈川県民ホールを会場に開催されました。午前は法教育模擬出前授業、午後の部では作文コンクール表彰式、主権者教育についての講演、パネルディスカッションが行われ、多くの参加者がありました。午後の部のあらましをお伝えします。

(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈午後の部プログラム〉
13:40~13:55 平成27年度法に関する作文コンクール表彰式・講評
14:00~14:50 講演「法教育から考える主権者教育」
15:00~16:30 パネルディスカッション
16:30~16:40 主権者教育に関するイベント等の告知

1 平成27年度法に関する作文コンクール表彰式・講評より

テーマ「選挙と代表者」

〈テーマの趣旨〉
 法に関する作文コンクールは、中高生の皆さんに法について考えてもらうことを目的に実施され、今回で5回目となります。今年度のテーマは「選挙と代表者」です。選挙によってえらばれた代表者が話し合い、ルールやお金の使い道を決めることの意義(理由)や問題点(注意点)について、自分や身近な人の経験や参考事例を取り上げ、自分の考えを自由に述べてもらおうという趣旨です。(参考事例は、X高校の備品予算のうちの一部を、各クラスから選挙で選ばれる代表者が集まって話し合いで決めることになった事案。生徒全体の多数意見は、体育や部活動で使える運動用具でしたが、代表者の話し合いで図書室の本に決まりました。)

〈講評より〉
村松 剛 法教育委員会委員長
 今年度も多数の作文が寄せられました。今回は、従来のテーマより難しかったようです。論点がなかなか定まらなかったとか、イメージがわかなかったなどの感想がありました。X高校の事例について、「代表者はクラスに提案を持ち帰るべきだった」という意見をあまり悩まずに結論にしている作文が多くありました。難しいテーマだったことは、高校生の部に受賞作がなかったことにも表れています。その中で、自分なりによく考えている中学生の2作文が高い評価を得て、最優秀賞と優秀賞に選ばれました。
 最優秀賞作品は、「代表者には物事を決めなければいけないという責任があること、代表者を選出した人は、選出したことについて結論を受け入れる責任があること」を指摘しています。これは代表制の本質に迫る分析であり、「物事を決定するという作業は、私たち一人ひとりに関わってくる。」という帰結と結びついています。最優秀賞の選考理由は、〔1〕問題点の指摘がわかりやすい。〔2〕代表者の裁量権を認めたうえでの悩みがうまく出ている。〔3〕皆が納得できるという視点から問題点を見つけて事例を検討できている。という点で高い評価を得たからでした。一方で、代表者がどのくらいの時間をかけて決めればよいかというプロセスの問題について、事例の重要性を理由にしていることについては、さらに考えを深めればもっと良くなるということでした。
 選挙と代表の問題は、私たちが必ず経験することです。言葉にはなじみがありますが、社会においてそれらがどのような意味を持つ役割なのか、自分たちの言葉で表現できるほど理解が深まっていないのではないかと思われます。それは大人にも言えることで、選挙とは何か、代表とは何かといった政治の基本的あり方について、理解を深めていきたいと考えます。

2 講演「法教育から考える主権者教育」

宍戸常寿 東京大学法学部教授

〈主権者教育をめぐる経緯〉
 公職選挙法には、総務大臣・各選挙管理機関は「選挙が公明かつ適正に行われるように、常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努める(以下省略)」という「常時啓発」が示されています。この規定を受け、選挙管理機関等は常時啓発、何より投票率向上に向けての周知広報活動をしています。総務省「常時啓発事業のあり方等研究会」は、特にイギリスのシティズンシップ教育注1を参考に、主権者教育を「シティズンシップ教育の中心をなす、市民と政治との関わりについて扱う教育」と位置付けています。(2011年最終報告書より)その中で重視されるのは、「常に学び続ける主権者」であり、「社会参加を促すこと」「政治的リテラシーを高めること」の2つが課題とされています。背景としては、リベラル・デモクラシーのどの国家にも起こっている価値観の多様化があります。多様化している社会を、1つの公共空間としてまとまりをもたせることに関心が高まっています。
 主権者教育の今後については、2015年に総務省・文部科学省が協働で高校生向け副教材「私たちが拓く日本の未来」を公表しました。これは主権者教育の1つのモデルを示したものであり、今後現場でより創意工夫がされるのを見て、2018年頃の新学習指導要領で統一的な主権者教育の在り方が示されるのだろうと考えます。本シンポジウムも、弁護士会と高等教育機関の連携の1つのモデルとして参照されるべき意義を持つといえます。

〈主権とは何か?〉
 「主権」という言葉には、〔1〕国家の統治権そのもの、〔2〕国家権力が最高にして独立のものであること、〔3〕国内最高の意思決定権が国民にあること、という3つの用法があります。〔3〕が国民主権ということですが、その内容は簡単ではありません。国民主権については、ロックの唱えた代議制モデルとルソーの直接民主制モデルの2つのイメージが考えられます。代議制モデルでは、各個人(市民)の政治権力が議会に集まり、議会は全市民のために政治を行います。自然権の一部を信託された議会が、全市民を「代表」するというイメージです。政治家は真の主権者の意思を熟議を通して発見するのであり、市民は彼らを選ぶことが最も重要です。直接民主制モデルは、代議制では市民は選挙の時だけ主権者になるが、民主主義はそれに限られないはずだ、と考えて、代表選出以外の(狭い意味での)「参加」を重視します。さて、初等中等教育では、本来は直接民主制であるべきだが、それが難しいので次善の策として代議制をとっているというように教えられる場合が多いと思いますが、それは代表者の責任を軽視するものです。代議制モデルは役割分担で主権を捉えた方が良いという理解であり、「直接民主制が困難だから」という理解に引っ張られないことが、主権者教育においても重要と考えます。「主権」とは、立体的・複合的に存在する作用であると理解すべきです。
 「主権」の行使には様々なあり方がありますが、最大のものは「憲法の制定と改正(または維持)」です。他に、「選挙」と狭い意味の「参加(世論、集会・団体、請願)」があります。「選挙」については、最初の投票の経験は確かに大事ですが、それだけでは不十分です。選挙とは、国民から代表者に課す「中間テスト」という意義があることをしっかり理解する必要があります。「選挙に立候補する」「投票するだけでなく、選挙運動に加わる」「政党に所属する」ということも重要な活動です。選挙と選挙の間には、「世論」もあります。SNS・集会参加・投書など、意見がぶつかり合って集合体となる世論は、主権の1つの表れといえます。請願や集会・団体を通じた多様なやり方で政治に参加したり、次の選挙で賢く投票したりすることも重要です。「必要があれば(なければ)政治の制度を変える(変えない)決定を下すこと」も主権の行使の機会です。このような政治的リテラシーを、発達段階に応じて涵養する教育が重要と考えます。

〈主権者とは誰か?〉
 集合体としての「主権者」を考えると、多様性を無視しがちですが、1人ひとりが主権者であり、「私は他人と違うことを考えている」ということに気づくことが主権者教育の第一歩ではないでしょうか。違いを前提に、多数決により社会共通の問題を決定するプロセスを経て「主権者」が現れると考えます。さらに「私1人の中にも多様な価値観がある」ことも重要です。安全保障ではA党が近いけれども、経済政策ではB党が好ましいときに、どちらかに投票しなければなりません。自分にとってどちらがより重要か、どちらを我慢しなければならないか考えなければなりません。多数決で決めることよりも、他人を説得しようとしたり、他人に説得されたりする気構えを持つことが重要です。
 もう1つの論点は、「時間の中の主権者」ということです。主権者は永遠不変に存在するのではなく、時間の中で存在する歴史的存在です。「現在、投票・参加できる有権者」だけが主権者と考えられがちですが、その外側には、「病気等で投票・参加できない有権者」や「18歳未満の若者」、定住外国人など「現在この社会に生きる全ての者」「過去・未来、この社会で生きる全ての者」がいて、彼らの主権を信託されていると考えられます。過去と未来の主権者から主権を課せられた存在です。さらに、自分の過去・未来の主権の行使とどう向き合うかも問われています。「選挙は一回きりのものではないこと」「議論できること、反省できること」「選挙と選挙の間も、関心を持続できること」「必要と考えれば、政治参加ができること」こういったことが可能である主権者の心構えを育てるのが、主権者教育であるといえます。

〈法教育と主権者教育の関係〉
 法が政治に優越するわけでも、政治が法に優越するわけでもありません。主権者は、立法権を行使する国会議員を選ぶ選挙等を通じて、古い法を修正・廃止したり、新しい法を制定したりできます。他方、主権者であっても、個人の尊重という社会の基本価値を侵すことはできません(=法の支配・立憲主義)政治を成り立たせ、幸せな社会を作るためにどちらも必要で、連関しています。教育面でも、高校1~2年生の間に法教育と主権者教育の有機的な連携・分担が必要と考えます。

〈主権者教育に望みたいこと〉

 片山善博氏注2は、「生きた主権者教育」について、身近な自治体の問題で議論させ、合意を見出す作業を実践したり、その結果について市議会に請願をしたりする体験を通じて、「市民の位置づけ、地方自治の実態を知る」ことを提案しており、理想的な主権者教育として参考になります。
 私が当面、主権者教育に望みたいことは、次のようなことです。〔1〕専門的な知識・技能の有無が重要ではなく、どうすれば専門家にアクセスすることができるかわかること=政治的リテラシーの涵養。〔2〕価値観・利益の対立があって当たり前なこと。身近で具体的な事例が望ましいのでは? 〔3〕投票自体よりも議論が重要。説得する/説得される気構えを持つことが大切。〔4〕自分も社会全体も、時間の経過とともに学習し、判断が変わりうること。過去の模擬投票を、次の機会に学生が検証する授業ができないでしょうか?〔5〕ある争点で対立して選挙で暫定的な決着が付いても、共に生き、社会を担うことに変わりはないこと。

3 パネルディスカッション

【パネリスト】宍戸常寿 東京大学法学部教授
       矢野慎一 神奈川県立柏陽高等学校教諭
       山内沙耶 神奈川県立柏陽高等学校教諭
       村松 剛 弁護士・横浜弁護士会法教育委員会委員長
                          (以下、敬称略)

(1)主権者教育をどうとらえるか
村松:「政治と私たちの関係は委任契約と考えられます。国民は全ての政策課題について的確な知識を持つわけではなく、政治家という専門家に課題解決を委任しているということです。政治は縦の関係として見がちですが、社会的分業であるという横の関係として見ると、違う景色が見えると考えます。
先日、顧問先の研修会で、他者と共同開発契約をする場合のポイントとして、次の3つを指摘しました。
  1)委任契約する内容をできるだけ明らかにし、特定すること。
  2)共同開発によりどういう製品を作り、その製品が市場において競争力を持てるのか、それを使って会社がどうなっていくのかというビジョンを持つこと。
  3)専門家の研究の途中経過について、報告を受けられる仕組みを作ること。
   この3つは、政治と市民のかかわりについても同じです。
  1)社会の課題について白紙委任するのでなく、どういう方向で行くのかについてよく考えること。
  2)そもそもどういう社会を目指すのかビジョンを持つこと。
  3)政治家の説明責任の意識を持つこと。」
矢野:「現場に求められているのは、主権者教育をどのように教えるのかということだと考えます。理論と実践の裏付けが重要です。教員が勉強したことを提示していく必要があるのかなと思います。現場には公民教育の継続がありますが、果たして批判力や実践力を養えているのか、問を突き付けられていると感じます。今回は1つのチャンスと考えます。今までの成果を踏まえ、どう主権者教育を作っていくかと考えています。」
宍戸:「講演の補足ですが、現代国家は西洋市民革命を経て成立した社会です。西洋の政治思想の1つの特徴は、法の言語(ロゴス)で政治を組み立てることです。権力は法的委任や契約などの法の論理で政治を構成します。だからこそ、政権交代があっても、安定した、お互いに殺し合いをしない原理により、しなやかで力強い社会の在り方を作ることができました。主権という観念はもともと、このような法的な言葉でできた政治社会の在り方を壊そうとしてできたものでした。歴史でいうと、絶対王政を支える論理として主権の観念は登場しました。主権の観念が歴史の中でいわば法の論理に飼い慣らされていって、政治と法が融合する1つの契機として位置づけられた経緯があります。もう1つは、主権より古い観念として代議制があります。もともとはローマの共和政体や教皇の在り方を観念するために彫琢された言葉です。こうしたことから、法教育と主権者教育は分断していないとともに、歴史の授業の中には主権者教育のネタが転がっている、といえます。それぞれの先生の立場でまとめられて、生きた教育をしていただければと思います。」

(2)神奈川県立柏陽高等学校における実践報告
山内沙耶 神奈川県立柏陽高等学校教諭

【授業】
教科:第3学年必修「政治・経済」 日時:平成27年7月2日 場所:教室
単元:基本的人権の保障(全8時間のうち、本時は第4時「参政権」)
本時のテーマ:「投票するってなんだろう 政治ってなんだろう」
本時の目標:(現在の3年生は次年に予定されている参議院選挙から投票することになるため)①主権者としてどのように政治に参加していくかを理解する。②「投票」という行動から政治の意義について考察を深める。
留意点:「政治とは何か」「投票の意義」について、法教育的な観点から弁護士の助言をいただきながら理解させること。特定の政党を選ばせるような指導にならないよう十分に留意。
特別講師:村松 剛 横浜弁護士会弁護士

【授業展開】(65分間)
導入:選挙権年齢引き下げと本時のテーマについて伝える。
作業2:宿題として課されていたワークシートの作業1をもとに、グループごとに現代日本が抱える諸課題を3つ挙げ、発表する。
  <参考>作業1:現代日本が抱えている最も重要な課題は何だろうか。次の中から3つ選び、その理由も記入しよう。
  1)沖縄基地 2)年金問題 3)社会保障 4)雇用・労働問題 5)教育問題 6)農業問題 7)安全保障 8)エネルギー政策 9)地球環境 10)格差社会 11)憲法改正 12)東日本大震災復興
作業3:グループで挙げた諸課題を解決してくれそうな政党はどこか、政党公約一覧注3を参照しながらグループで検討する。
まとめ:村松弁護士からの講評を聞く。
投票の視点:なぜ代表に従うのかについて(公益、政策の専門性、合意形成を図る能力など)についての解説
作業4:個人で、どの政党に投票するかワークシートに記入する。

山内:「授業を実践し、まず自分と他人の意見が違うことを知るのが議論の第一歩と感じました。生徒がそれに気づいていくプロセスには感動を覚えました。実際に多様な意見が出て、深まらないうちに次へ進まねばならないのが残念なほどでした。議論する機会を与えてあげることが大事で、学校教育でその機会を作っていかねばならないと感じました。」

(3)主権者教育を実践する際の課題について
村松:「柏陽高校の授業では、リアイリティを持った授業にしたいという要請があり、実際の政党公約を使いました。もう1つの要請は、課題を発見することから考えさせることでした。決められた課題を解決するだけでは、主体的な学びとは言えません。実際の社会では、課題を見つけながら解決していきます。主権者教育は投票だけではなく、現実の政治課題について代表に委任することについて考えるものです。前提として、社会がどういう方向を目指すのか、社会の目指す価値を考えることが大事になります。それは法教育のやろうとしている方向と同じです。法の価値、法とは何かを突き詰めるのが法教育です。そのように位置づけると、議論して投票するだけよりも授業が深まります。課題を発見するとき、考えるときも、法の価値は社会の枠組みとして指針となります。法教育が課題発見力につながり、貢献できると考えます。」

〈取材を終えて〉

 作文コンクールのテーマは代表者の在り方について考えるものでした。選挙というと、どうやって選ぶのか考える際の基準に目が向いていましたが、代表について考えることも重要なテーマだと気づかされました。
 「主権」とは、宍戸先生のお話ではそれだけで1年間講義できるくらいのものだそうです。主権の構造や歴史的経緯、主権者1人の中にも価値観の葛藤があることなど興味深いエピソードが数々ありました。主権者教育と法教育は深い連関があるとのことで、今後様々な授業の工夫がされることを楽しみにしたいと思います。

 

注1:
社会の構成員としての市民が備えるべき市民性を育成するために行われる教育。集団への所属意識、権利の享受や責任・義務の履行、公的な事柄への関心や関与などを開発し、社会参加に必要な知識、技能、価値観を習得させる教育。(同研究会最終報告書)

注2:
元鳥取県知事・元総務大臣・現慶應義塾大学教授

注3:
4つの政党について、村松弁護士が新聞をもとに政党名を伏せた一覧表を作成。
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