新聞活用実践教室(第116回)「主権者教育とNIE」

 2016年4月9日(土)14:00~17:00、毎日新聞社・全国新聞教育研究協議会主催の新聞活用実践教室が毎日ホールで開催されました。
 第116回となる今回のテーマは「主権者教育とNIE」です。NIE実践校の指定を受けている公立中学校の実践報告と、「ワーク・シート-18歳選挙権に向けて-」の作成協力者による模擬授業などが行われました。50名ほどの参加者が役割分担して台詞を読んだり、高校生役になったりして授業を体験しました。その模様をお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

14:00 開講挨拶
14:10~14:45  実践報告「新聞活用と模擬投票」
14:45~15:30 ワークショップ「18歳投票と模擬授業―投票先を決めて選挙に行こう!」
15:40~16:30 講演「政治と報道」
16:30~16:50 トークセッション

 

1 実践報告「新聞活用と模擬投票」

小林豊茂先生(東京都豊島区立明豊中学校長)
 私は社会科の教員としてスタートして当初から、新聞の記事を資料として活用していました。毎日新聞社の記者に出会い、「新聞に載っていることが生きた社会だ」と教わってから、NIEは教員が切り抜いた記事の活用ではなく、新聞そのものを生徒が読むところに意義があると考えるようになりました。

【新聞活用】
 本校はNIE実践校の指定を受け、新聞活用のための環境整備をしています。なぜなら、かつて新聞はどの家にもありましたが、今は家庭の3割位にしかありません。そこで、生徒に向けては次のような手立てをとっています。
(1)校内で新聞閲覧を可能にする
(2)新聞学習講習会実施:紙面構成や制作過程を学ぶ
(3)国語、社会科での学習:新聞を通して「情報」について学ぶ
(4)総合的な学習、学校行事等で新聞から学ぶ:教員や生徒が記事を使用・提示
教員に向けては、新聞活用の意義を周知し、実践を促しています。

【主権者教育と模擬投票】
 私見では、主権者教育は知識を習得するだけでなく、社会の一員としての自覚を持たせ、「社会参加」を目指すべきと考えます。学校生活はまさに現代の「社会」であることを意識させ、その改善につながる意思表示をさせることが、社会参加につながる主権者教育となると考えます。主権者教育により生徒に育成したい力は、次のものと考えます。
(1)対立している社会問題に対し、情報を収集し、的確に読み解き、考察し、判断する力
(2)その問題について、他者と共に考え合う(議論する)力
これらの力を育成していくことが重要だと考えます。
 新聞を活用するNIEで(1)に取り組み、(2)については模擬投票というアクティブ・ラーニングを実践しました。

模擬投票テーマ:「定期考査を2日で行うのがよいか3日で行うのがよいか」
ねらい:定期考査に向けた学習の意識づけを、生徒の声を尊重する投票行為により、高める。
経過:
1)平素、月1回、校長と生徒会役員が昼食時に協議会を持ち、本音の意思疎通を図っている。
2)朝礼で、校長から「定期考査を2日で行うのがよいか3日で行うのがよいか、真剣に考える生徒の意見が知りたい。来年度の期末定期考査にその結果を反映したい。」と呼びかけた。生徒に民意を問い、決めるのは校長と明言。
3)根回しをしておいた生徒会役員が、生徒の意見を投票によって伝える方針に決め、選挙管理委員会の役割を担当。投票所は校長室。3日間(12/17~19)の昼休み20分間を投票日時として設定。
4)結果は、全校生徒341名中151名が投票。(次年度のことのため、1・2年生中心)3日間を希望:131名、2日間を希望:20名

 生徒は真剣に受け止めて一票を投じている様子でした。生徒が投票の意味を感じる精神的な環境づくりが最重要と考えます。
 今年度の模擬投票では、「組み体操は賛成? 反対?」をテーマにする予定です。豊島区選挙管理委員会が全面協力してくださり、生徒会役員と選管が準備をすることになっています。

2 ワークショップ

「18歳投票と模擬授業―投票先を決めて選挙に行こう!」

藤井 剛先生(明治大学特任教授)

 

教材:『Work Sheet-18歳選挙権に向けて』-落合隆原案、藤井剛編著 清水書院(2016年)
☆この教材は、清水書院のサイト( http://www.shimizushoin.co.jp/support/download/tabid/78/Default.aspx )からダウンロードできます。
教材中の登場人物役:参加者の大学生3名
(5列に配置された机のうち、3列分に着席した参加者が高校生の役割を振られました。それ以外の参加者は大人の役でした。)
藤井先生:「私は、主権者教育の普及に向け、このほど総務省・文部科学省から配布された高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』の作成に関わりました。この副教材は、どこの高校でも授業ができるように作りましたが、各学校の実情に合わせて落とし込まなければなりません。その具体例としてワーク・シートを開発しましたので、それを使って模擬授業を行います。テーマは、『投票先を決めて選挙に行こう!』です。18歳選挙権に伴い、投票先はどうやって決めればいいの? という高校生からの疑問に答える授業です。」

【問1】選挙は何のためにありますか?
(生徒との問答のやり取りは省略。以下、同じ)
藤井先生:「私はいつも、日本の将来を決めるために行うものが選挙だと答えています。たとえば、日本の将来を決めるとは、国債に関することです。」
【問2】国債って何ですか?
【問3】日本の積もりつもった国債=国の借金は、今年度末で合計どのくらいになるでしょう?
藤井先生:「1万円札で100万円分って、どのくらいだと思いますか? 厚さ1cmです。それをアタッシュケース一杯に入れると1億円。使い古したお札だとミカン箱1箱にフワフワに詰めると1億円だそうです。学校の普通教室1つにミカン箱はいくつ入ると思いますか? 約9000個です。ということは、教室を1万円札の海にすると、1兆円ということです。さて、何百兆円の借金があるんですかね? 答えは、2015年3月末で、約807兆円です。」
【問4】この国の借金は、誰が返しますか?
藤井先生:「若者ですね。国民1人当たりの借金は約638万円です。普通に税金を払うのにプラスして、それだけ払わねばならないんです。つまり増税です。それなのに、今年度予算でまた新たに何10兆円も国債を発行しています。借金が増えてもいいんですよ、私はもうすぐリタイアしますから。そうなんです、借金を返すのは若者です。嫌ですよね。さて、来年度予算で借金を減らすのか、増やすのかを決めるのは国会です。ですから、借金を増やす議員を当選させるのか、減らすことを提案している議員を当選させるのかは、私たちの一票が決めるのです。このように、議員を選んで、私たちがおこなって欲しい政治をしてもらうのが選挙なのです。では、ワーク・シートを読みましょう。」
【問5】18歳選挙権の国は世界に何か国ぐらいありますか?
藤井先生:「国連加盟国は約190か国です。そのうち18歳選挙権の国は176か国(2015年末現在)です。日本は乗り遅れた国なんですね。」
【問6】選挙権の最低年齢は?
藤井先生:「16歳です。ブラジルなど6か国あります。」
【問7】国民主権を定義すると?
藤井先生:「教科書には、『国の最終的なあり方を国民が決めることが出来ること』とありますね。この国民主権を、私はいつも株式会社を例にして説明しています。」
【問8】株式会社で一番偉い人は誰ですか?
藤井先生:「高校生は社長と答えてくれるんですが(笑)、実は株主が一番偉いんです。会社をスタートさせる資金などは株主が出しています。ですから、会社の持ち主は株主です。オーナーだから一番偉いんです。でも大きい会社だと株主が何万人もいるから、新しく工場を作ろうとしても話がまとまらないですね。ですから、たとえば1年間、経営を任せる社長を決める会議が株主総会です(株式会社の構成図を示しながら)。そのため、社長が経営に失敗すれば、次の総会でクビになります。この株式会社の仕組みって、国民主権と同じ構造じゃないですか? 株主が国民で、君たちに国家運営を任せたぞと議員を選び内閣を組織させる。経営がうまくいかなかったらクビにして、次の経営者、つまり政党を選ぶのが選挙ですね。このように、国民主権の説明では株式会社の図を使うのがお勧めです。さて、ワーク・シートp.3の中ほどまで読んでください。」
【問9】あなたは若者が選挙に行かない理由をどう思いますか?(ワーク・シート作業2…4つの選択肢から選ぶ)
藤井先生:「はじめの選択肢『自分の1票では政治は変わらないと思っている。』を選んだ人は挙手してください。多数ですね。2番目の『政治のことがわからないままでは投票できないと思っている。』は3分の1くらいかな。さて、宮崎県選挙管理委員会が県内高校生3万人を対象にアンケートをした結果があります。ここで示すのは、18歳選挙権に賛成か反対かを尋ね、反対と回答した人に、その理由を尋ねたものです。多かったのは、『政治のことがわからないままでは投票できないと思っている。』高校生は真面目なんですね。皆さんの感覚と合っていますか? さて、ワーク・シートを続けましょう。」
【問10】あなたはどのようなところを見て投票する人を選びますか?(ワーク・シートp.4作業3…7つの選択肢から選ぶ)
藤井先生:「『新聞やテレビの評判』『政党や政治家のホームページ』を選んだ人が多いですね。先ほどの宮崎県のアンケート1位は演説でした。でも、自分の住んでいる街に、全ての立候補者が演説に来るということはまずないわけです。そうすると選ぶことが難しくなります。だから宮崎県のアンケートで「選挙で困りそうなことは何ですか?」という質問に対する回答の1位が、『情報が少なく、誰に投票すればいいかわからない。』になっているわけです。続けて、作業4へいきます。」
【問11】あなたにとって望ましい政策を考えるとき、重要と思うテーマを2つ選んで下さい。(ワーク・シートp.4作業4…6つの選択肢から選ぶ)
藤井先生:「自分にとって重要なテーマは絞れましたか?ここが今日の授業のポイントになります。○を付け終わったらp.5の政党のマニフェスト要約を見てください。」
【問12】資料「政党のマニフェスト要約」を見て、自分が「争点」として選んだテーマについて、自分の意見に近い政策に「○」、自分の意見と違う政策に「×」をつけて下さい。(高校生にさせる場合、20分間は必要)
藤井先生:「○×をつけ終わりましたか? 「○」が一番多い政党が、とりあえずあなたが投票すべき政党です。普段自分が支持している政党に○が多くなりましたか?では、ワーク・シートp.6を読んでください。さて、周りに座っている大人役の人は、普段いくつぐらいのテーマを比較して投票していますか? ちょっと手をあげてください。2つぐらいが多いですね。高校生の皆さん、人生の先輩もこのくらいなのですから、2つのテーマくらいを比較して投票すればいいんです。
 最後に、「自分の一票で政治は変わるのか?」という疑問に答えてみたいと思います。2014年の衆議院議員選挙では、20歳代が約389万票、60歳代が約1254万票投票しました。あなたが立候補者ならば、どちらの世代に有利な政策を提案しますか? そうでしょうねえ、お年寄りの政策、具体的には「借金してでも年金は減らしません」、「老人ホームを作ります」などを訴えたくなりませんか? 間違っても「年金を減らして、高校の授業料をタダにします」とか、「老人ホームの建設を取りやめて、保育所の建設を行います」などと言わないですよね。たしかに、少子高齢化で若者の数は減っています。はじめにお話ししたように、20歳代が「1268万人」なのに対し、60歳代は「1836万人」です。実に「1.45倍」でしたね。でも、投票数が違う決定的な要因は、投票率なんです。2014年の衆院選では、20歳代の投票率が32.58%だったのに対し、60歳代は68.28%でした。2倍以上の差があります。その結果なんです。
 さてこれで分かったと思いますが、立候補者や議員に、若者向けの政策、たとえば「ブラックバイトの規制を強化しよう」とか、「給付型奨学金制度を発足させよう」などを提案させるためには、若者の方を振り向かせなくてはならないのです。つまり、投票に行くことです。え? 若者は数が少ないから、そもそも不利ですって? ですから、20歳代に18歳、19歳に応援に入ってもらうんです。そして、60歳代と同じ「68%台の投票率」にすると、なんと約1030万票になります。これだと、立候補者や議員たちは若者の声を無視できなくなるはずです。
 結論です。あなたの一票の影響力は小さいかもしれませんが、高校生も含めた若者が投票に行き、「数の論理」が働くと、大きな発言力が生まれるのです。ですから、「投票したい候補者や政党がないから」といって棄権するのではなく、少なくとも「白票」を入れに投票所に足を運ぶべきだと思います。ワーク・シート7ページは自分で読んでおいてください。
 では、これで今日の授業は終わりにします。」

3 講演「政治と報道」

前田浩智氏(毎日新聞前政治部長、TBSコメンテーター)

 

 〔1〕なぜ、18歳選挙権になったのか。〔2〕若者軽視の政策をしてきた政治家の本音。〔3〕若い世代が投票すると何が変わるのか。〔4〕「同日選挙」の可能性。〔5〕新聞とテレビの違いについて、ざっくばらんなお話がありました。話題は藤井剛先生から提案されたそうです。(以下、当日資料より)

〔1〕なぜ、18歳選挙権になったのか。
・国際標準だから。
・憲法改正への環境整備。
18歳選挙権は若者から出てきたのではなく、国会議員から出てきた点に留意。選挙に勝てると思うから出てくる話ということでした。
〔2〕若者軽視の政策をしてきた政治家の本音。
・自民党議員の集票構造(個人後援会組織の発展につき、若者の声が反映しないこと)
・少子高齢化(65歳以上が有権者の3割を占める)
・若い世代ほど投票に行かない(60歳代の半分)→シルバー民主主義へ
〔3〕若い世代が投票すると何が変わるのか。
・まとまれば当落を左右することもあり。
・国の借金(返済世代こそ政治に参画を)

4 トークセッション

藤井 剛先生、前田浩智氏
【若者に向けた新聞の役割】
藤井先生:「18歳選挙権に向け、新聞の役割は何ですか?」
前田氏:「できるだけ易しく書くことです。単に通り一遍の解説でなく、角度を変えて書いたり、絵にしたり、ビジュアルな見せ方の工夫も必要です。毎日新聞では3面にクローズアップのコーナーを設けて、視点を2つ3つ置いて、なぜ・どうしてということを深堀します。」
藤井先生:「問題は、やさしくなったといいつつ、高校生が新聞を読むとなると結構わからない言葉だらけです。まだちょっと難しいと思うのですが。」
前田氏:「なかなか答えがないんですが。学校でもなかなか作文をする時間が取れないといったことがあるでしょう。活字離れの状況と悪い意味の相関があるかもしれないと思います。」
藤井先生:「定時制高校で教えていた時は、小学生新聞や中学生新聞を活用しました。使いやすく、理解が深まり、助かりました。」
前田氏:「大人の毎日新聞の3面には「なるほドリ」というコーナーがありますが、書くのに普通の記事の3倍くらい苦労します。どうしても取材相手のレベルに合わせてしまうので、書くためには咀嚼力が必要です。」
藤井先生:「難しいことを易しく話すのは大変ですね。」

【若者へのアプローチ】
藤井先生:「若者向けの政策が少ないというお話がありましたが、若者へのアプローチが従来どおりかどうかで反応も違うと思います。そのあたりの感触はいかがですか?」
前田氏:「割と今までどおりかなと思います。」
藤井先生:「私は、政治家が学校に来て話してくれたりすると、もっと政治が若者に身近になっていいかなと思っています。」

〈取材を終えて〉

 中学校の校長先生の実践は、生徒会活動を「生徒の意見を問う、生徒が参加する」という実質的なものにする素晴らしい取組みだと感じました。中学生にとって一番身近な学校生活について、自分たちで考えた意見を投票によって発表する機会をつくっています。昼休み時間などが有効に使われており、学校生活そのものが主権者教育になっているといえると思いました。
 ワークショップでは、藤井先生の名授業を参加者みんなで体験しました。生徒役も大人役もときに先生の冗談に笑わされつつ、50分間で「投票先を決める」ことができました。
 講演「政治と報道」は裏話がたくさんありましたが、藤井先生の授業に関連する部分のみを当日資料から抜粋させていただきました。トークセッションでは、大人の新聞だけでなく、子ども向けの新聞も活用できることを示唆され、土曜の午後の短い時間でしたが大変意義深い教室でした。

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