2016年度第二東京弁護士会ジュニアロースクール

 2016年8月5日(金)10:30~16:00、第二東京弁護士会による夏季ジュニアロースクールが弁護士会館会議室で開催されました。第二東京弁護士会のジュニアロースクールでは、中学生に「法的なものの考え方」に親しんでもらうため、毎年工夫を凝らした企画が実施されています。今回は新聞・テレビ・インターネットといった報道の情報をいかに読めばいいか、事実と評価の視点から体験を通して考えます。その成果は、8通りの新聞に結実しました。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉
10:30 午前の部「事実と評価について」
     【前半】講義
     【後半】ワーク
12:30 昼休憩―弁護士と一緒に昼食
13:20 午後の部「平安京学園の生徒会長選挙報道新聞を作ろう」
16:00 修了証書授与

〈法教育の普及推進に関する委員会委員長挨拶〉
白 日光 先生(弁護士)
 今日のテーマは「事実と評価の違い」を学んでもらうことです。たとえば、「私は眼鏡をかけた弁護士である。」という情報は事実ですか、評価ですか? 事実ですね。では、「私はイケメンでかっこいい。」(笑)という情報は事実ですか、評価ですか? 評価です。評価ということになると、その評価は正しいですか、間違いですか?(会場から「間違い!」との声)という問題になります。では、「私は背が高くてかっこいい。」という情報は事実でしょうか、評価でしょうか? こうなると難しくなったでしょう? 事実と評価の違いを見極められるようになることは大切です。今日一日、楽しくまじめに勉強しましょう。

1 午前の部「事実と評価について」

【前半】講義
〔1〕情報の取捨選択
司会:「取捨選択とは、いるものと要らないものを分けることです。たとえば掃除のとき、ゴミとゴミでないものを分けることですね。「情報の取捨選択」とはどういうことでしょうか? まず、情報とは?」
男子1:「何かについてのものや事柄。」
司会:「おお、辞書っぽい! すごい! 物事の内容や事情について知らせるもの、と言えますね。ピカチュウを捕まえるとき、目撃情報を集めるでしょ? 明日の天気を知りたければ、テレビやネットニュース、お天気アプリなどを見ます。自分の行動を決めるにあたっての材料を集める作業を、情報の取捨選択といいます。」

〔2〕「事実と評価の区別」
司会:「区別とは、どういうことでしょうか? 掃除の例では、ゴミを燃えるゴミと燃えないゴミに分けるのが区別です。では、事実とは?」
女子1:「本当のこと。」
司会:「真実はいつも1つですね。ここでは、実際に起きたこと、在るもの、目に見えるもの、とします。次に、評価とは?」
女子2:「客観的な意見。」
司会:「鋭い!『事実をもとに考えた意見』と考えてもらえばいいです。誰かが考えた結果が評価です。それがさも真実なように飛び交っていることが、世の中にはよくあります。気象データは事実。天気予報は、事実に基づき気象予報士の評価から出た予想です。
 なぜここで、事実と評価の区別をやるかというと、今は誰でも世界に向けて情報を発信できる時代ですね。嘘の情報もあります。事実とちょっと違う情報もある。間違いが広がっていくということもあります。情報に踊らされない、また、他人を踊らせないこと学んでほしいからです。」

〈例題1〉「100mを10秒で走るA君は○○だ」
司会:「『100mを10秒で走るA君』は事実ですね。どう思いますか? 速い? 遅い?」
男子2:「普通に考えたら、速いですね。」
司会:「普通に考えたら、そうですね。では、『A君の自己ベストは9秒58である。』という事実が加わると、どうですか? A君が何者かにより、事実の評価は変わってきます。『A君はアメリカ人で金メダリストである。』ならどうですか? 何か変わりますか? 『A君はアメリカ人で砲丸投げの選手である。』なら?
 1つの事実だけを見て物事の評価付けをするのは難しいということです。事実が加わることで、評価は様々に変わってくるのです。」

〈例題2〉「バイクに乗った警察官の後ろ姿の写真から何がわかるか」
司会:(スライドでバイクに乗った警察官の後ろ姿の写真を示す。警察官は左手に何か持っているように見える。)「この写真はネット上にあったものですが、『警察官もポケモンGOをやっている。』というコメントが付いていました。警察官は本当にポケモンGOをやっていますか?」
男子3:「わからない。」
司会:「わかりませんね。この画像から見て取れる事実は? 何でもいいです。」
女子3:「警察官がスマホをいじっている。」
司会:「人がバイクに乗っているという事実、といえます。他に?」
女子4:「道路を走っている。」
司会:「走っているんですかね?走っているというのは評価。片足を地面に着いているのは事実。走っていないという事実を導き出すために、足を着いているとか、1つ1つ事実を積み重ねるということがあります。投稿された日付は読み取れますか? 2016年7月25日ですね。この日に投稿されたけれど、この写真が撮られたのがこの日かどうかは別ですね? ポケモンGOをしていたといえますか?」
男子4:「いえない。やっている画面が写っていないし、写真がいつ撮られたかもわからないから。」
司会:「そうです。では、なぜ投稿した人はポケモンGOをしていたと判断したのですか?」
男子4:「そのときポケモンGOが騒がれていたから。」
司会:「ポケモンGOが配信されたのはこの3日前です。みんながやっていたから。評価とは、何でしたか?」
女子5:「事実をもとに誰かが考えた結果です。」(笑)
司会:「そうです。その後、こういう投稿写真がありました。(携帯電話のようなものが2つ並んだ写真を示し)地域警察通信システムといって、警察官にはPSDというデバイスが配備されている所があります。最初の画像を見ると、それっぽい物を持っている気がします。この新しい事実が出てきたことで、一層ポケモンGOをしていたのではないといえそうです。事実と評価を区別して、しっかり事実を拾えるようになりましょう。」

〔3〕誤った評価がされる原因は?
司会:「このポケモンGOをやっているといったような誤った評価がされる原因は何だと思いますか?」
参加者:「みんなが同じことを言っているから。偉い人が言っているから。自分と同じ意見だったり、自分にとって都合がいい意見だから。思い込み。」(配布されたプリントに掲載)
司会:「そうですね。誤った評価を避けるためには、まず事実は何なのか? 評価は何か? その評価は正しいのか? ということを常に考えてください。」

〔4〕誤った報道による被害
司会:「松本サリン事件を知っている人はいますか?」→3名くらい挙手
司会:「地下鉄サリン事件は? これはかなり知っていますね。(松本サリン事件報道の新聞を紹介。省略)松本サリン事件では、現場近くの住民で、異変を最初に通報した人が、たまたま自宅に薬品類を保管していたため、マスコミから犯人扱いされるような報道がされました。その結果、地下鉄サリン事件により真犯人が判明するまでの半年以上にわたり、その人の家には連日マスコミが押しかける、氏名などが全国に広まり、その発言が捻じ曲げて伝えられる、全国から非難の手紙が届くなどの被害に遭いました。
 事実を適切に扱わなかった結果、一人の人の一生を台無しにする恐れがあります。日本の刑事手続きの原則では、逮捕・起訴・公判という流れの間は無罪推定の原則があります。有罪判決が確定して、初めて有罪となるのです。ニュースやネット報道を見るとき、事実と評価ということを思い出してください。」

【後半】ワーク(約50分間)
 窃盗事件の資料を見て、犯人について班ごとに話し合いました。資料によれば、事案1は平成28年8月4日午後10時頃、仕事を終えて歩いて帰宅途中のAさんが、後ろから近付いてきた見知らぬ男に、ズボンの後ろポケットから財布を抜き取られてしまったというものです。その後、Aさんの財布を盗んだ疑いでBさんが逮捕されました。資料にはAさんの証言と、警察官の取調べ結果が示されていました。
 各班の人数は5~6名、8つの班がありました。どの班も、Aさんの証言と警察官の取調べ結果を事実と評価に分けるべく、アンダーラインを引いて考えていました。ワークの結果、「Bさんは、犯人だとは思わない」理由は、「証言や取調べに評価が多いから。」という意見が出ました。「犯人だと思う」人は、「夜の10時に公園にいたことと、髪や服の色が犯人の特徴と似ていること。そんな時刻にそんなに似ている人はいないと思うから。」という理由を挙げていました。

〈寸劇「UHR」-疑わしきは被告人の利益に-〉

 弁護士2名が寸劇で、「UHR」とは「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則であることをアピールしました。

 寸劇の後、事案2が配布されました。事案1の中で「評価」だった表現がずいぶん具体的になり、Aさんの証言と警察官の取調べ結果に共通点が増えていました。これについて、再びBさんが犯人かどうか、班ごとに検討しました。今回は、「犯人だと思う」という回答が多くなりました。しかし、「50歳くらい」とか「黒い革製の長財布」といった具体的に思える表現も、実は人の評価が入った表現であることが司会者から指摘されていました。
司会:「評価と事実が混ざっている事案はわかりにくいです。Aさんの証言は、あくまで評価です。何が事実かを確認することが大事です。」

2 午後の部「平安京学園の生徒会長選挙報道新聞を作ろう」

【寸劇:場面1 平安京学園中学校(架空)の生徒会長選挙を前に】
 本日の参加者は、平安京学園中学校の新聞部員という設定です。この中学校は今、生徒会長選挙を控え、光源氏と頭中将の2人が立候補しています。新聞部は、会長候補者について毎年丹念に調査した報道をするので、いつも話題になっているそうです。

新聞部長:「新聞部は、どういう人が立候補したか情報を提供しなければならない。今日は光源氏について、部員のみんなに5名の関係者から聞き取りをしてもらう。大事なことは、取材には目的があることだ。『会長にふさわしいかどうか』という視点から、調べてもらいたい。リーダーに必要な資質は次の4つである。」
「リーダーに必要な資質」
〔1〕 人の気持ちがわかる
〔2〕 みんなを引っ張っていくことができる
〔3〕 正義感があり、善悪の区別ができる
〔4〕 冷静に判断できる
新聞部長:「まず先輩部員2人(弁護士)が質問をするので、他の部員はメモをしてほしい。その後で、他の部員からも質問をしてもらう。いい質問を期待している。」

【寸劇:場面2 光源氏の関係者5名に対する質疑応答】
 光源氏の関係者とは、担任で部活動(蹴鞠部)顧問の若菜先生(男性)、小学校からの幼馴染の柏木君、今の彼女の紫さん、元彼女の夕顔さん、用務員の明石さん(男性)でした。先輩部員役の弁護士が聞き取りをしました。

【質問タイム】
 参加者は、積極的に挙手して質問をしました。関係者による評価ではなく、光源氏に関する事実を聞き出そうとしていました。質問のいくつかは以下の通りです。
女子1:「若菜先生、授業中の光源氏の態度が悪いというのは、具体的にどういうことですか?」
女子2:「若菜先生、蹴鞠部での光源氏の態度はどうですか?」
女子3:「柏木さん、光源氏の悪いところはどんなところですか?」
女子4:「明石さん、朝、校門の掃除をしていると光源氏が登校時刻ぎりぎりに駆け込んでくるということでしたが、挨拶はしてくれますか?」
男子1:「明石さんを手伝ってくれたことはありますか?」

【ワーク】
 聞き取りにより得られた回答を印刷した資料が配布され、内容を事実と評価に分ける作業が行われました。(約20分間)

【新聞作成】
 1・2・5・6班は、光源氏が生徒会長にふさわしいという趣旨、3・4・7・8班は光源氏がふさわしくないという趣旨の新聞を書くよう、新聞部長から指示がありました。新聞は模造紙にマジックで書きます。作成には条件があり、1・2・5・6班は、光源氏にとってのマイナス材料を最低2つ使い、プラス材料はいくつ使ってもいいこと。3・4・7・8班は逆に、プラス材料を最低2つ、マイナス材料はいくつ使ってもいいことです。センセーショナルな見出しも付けるように指示されました。
 作業時間は当初の予定では30分間でしたが、参加者の熱意によって延長されました。

【新聞発表より】
1班:生徒会長は彼しかいない。パーフェクトヒューマン源氏!
 発表者:「最初に見出しを考えました。マイナスのところも弁護し、プラスの要素が際立つようにしました。リーダーの4つの資質を備えていることをアピールし、蹴鞠ちゃんというゆるキャラも作ってみました。」
2班:新しい指導者リーダー現る
 発表者:「実績があることを具体的に書きました。悪いところは下の方に書きましたが、こういう人だからという理由を書きました。記事ごとに枠線をつけて、読みやすくしました。」
5班:蹴鞠プリンス出馬表明!義経二世現る!
 発表者:「字が達筆なことがこの新聞の売りです。平安京(学園)で選挙は戦だから義経を出しました。感じるままに書きました。」
6班:平安のエリート 光
 発表者:「文中、赤い線を引いたところがリーダーの項目に対応しています。理由部分はオレンジ色にしました。」
3班:仮面の下の素顔
 発表者:「プラスのことを言って、よけいマイナスを強調する意図です。重要なことは太字にしました。」
4班:ゲスの極みの光源氏
 発表者:「文章にバツをつけて、目を引くようにしました。見やすい大きな字にしました。」
7班:光源氏衝撃の素顔!?
 発表者:「見出しをインパクトがあるように斜めにしました。ムロちゃんいうキャラクターも作りました。事実をできるだけ悪く書きましたが、嘘と評価は入れないつもりですが、若干入ったかもしれません、後半は7班としての立場を書き、光源氏当選を阻止せねばならないと書きました。」
8班:優等生のウラの顔!?
 発表者:「悪いところをまとめ、できるだけ最低の人ふうに書きました。優等生だけど不真面目な感じに。暴力、血の気の多いやつ、無感情、女性関係などです。」

司会:「皆さん、同じ条件の下でやって、これくらい違う内容の記事が出ました。皆さんの読む新聞やネットの記事も、そのままの内容だと思うと違うということを、わかってほしいと思います。」

〈夏季ジュニアロースクール座長挨拶〉
池田 誠 先生(弁護士)
 今日は、「事実と評価を区別すること」「評価は事実に基づいてなされること」「事実からは様々な評価が導き出されること」ということを学びました。法の学習とちょっと違うように思われるかもしれませんが、実際の裁判では事実と評価を区別して考えることが大変重要です。このような法的なものの考え方に少しでも親しんでもらえればと考えます。UHRも覚えていってくださいね。

〈取材を終えて〉
 午前の部から新聞作成まで長時間の授業でしたが、みんな新聞が出来上がるまでやめられない様子に、何度か作業時間が延長されました。新聞部長役の弁護士によれば、時間短縮のためには、各班に配置されているアシスタント役などがまとめるという方法も考えられたそうですが、報道を批判的に読むという態度を身に付けてほしいという目標に沿い、参加者自ら新聞を作成することにしたそうです。編集のねらいに沿った記事が出来上がることを、身をもって知ってほしいということでした。
 出来上がった新聞の発表を聞くと、事実を書くようにしたけれど、少し評価も入ったかもなど、事実と評価を意識するコメントがありました。主催者の意図はよく伝わったたのではないかと思いました。

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