「経済の基礎概念から考える有権者教育」授業

 2016年9月26日8:45~10:35、千葉県立津田沼高等学校で主権者教育に関する現代社会授業が実践されました。テーマは「経済の基礎概念から考える有権者教育~あなたが選挙に行くインセンティブを上げるために~」。経済から主権者としてのあり方を考える、意欲的な取組みです。まだ選挙権を得るには少し間がある1年生が、その授業に臨んだ様子をお伝えします。(当日の配布物より適宜引用させていただきます。)

〈千葉県立津田沼高等学校のプロフィール〉

 1978(昭和53)年開校。普通科。各学年9学級。谷津干潟の東辺に接しています。JR京葉線新習志野駅より徒歩約15分。京成線谷津駅より徒歩約20分。

〈授業〉

教科:現代社会(経済の主題学習、全3時間のうち本時は第1・2時)
テーマ:「経済の基礎概念から考える有権者教育~あなたが選挙に行くインセンティブを上げるために~」
テーマⅠ「若者はなぜ選挙に行かないか」(第1時)8:45~9:35 1年G組
テーマⅡ「世代間格差とそれを超える選挙制度」(第2時)9:45~10:35 1年I組
授業者:杉田孝之 教諭

第1時 テーマⅠ「若者はなぜ選挙に行かないか」
 8:45~9:35 1年G組 39名(男子20名、女子19名)
場所:教室(生徒は予め、6~7名ずつのグループに分かれて着席しています。)

〈導入〉

先生:「まず3択問題を出します。『あなたは夏休みの宿題をいつやりましたか? 7月中、8月中旬、9月になって提出直前。』どれかに手を挙げてください。」
→7月中=3名、8月中旬=26名、提出直前=数名
先生:「7月中にやった人は、将来の幸せの候補者(?)です。提出直前の人は、将来の不幸せの候補者といえそう。今の幸せを重視する考えを、現状維持バイアスといいます。今の苦労を我慢できるかで、将来、幸せか不幸せが違ってくるんです。選挙も同じこと。今日は、今の幸せを選ぶか、将来の幸せを選ぶかについて学習します。」

〈授業の流れ〉

 授業は杉田教諭自作のプリントに沿って進みました。(以下、プリントから概要)
【0 今回学ぶ内容】
・政治行動で得られるメリットを、経済の考え方から学ぼう
・経済の「はじめの一歩」は、「人はインセンティブに反応する」
 若年者が投票するインセンティブを上げる手立てのヒントは、家族向け手当などの社会保障制度。
(生徒のプリントでは、「インセンティブ」のところは空欄になっていました。以下、キーワードについては同様に、授業中にキーワードを穴埋めしながら進みました。)
・政策にも希少性と選択が表れる=政策は奪い合い!

先生:「希少性とは、限りがあるということです。医療や年金にお金をかけると、学校や奨学金にお金が回らないということです。二律背反とかトレードオフとか言われますね。民主主義は現在の選択であって、将来の人たちのための選択は、まだ生まれていない人にはできません。将来人口が減るなら、今、人口が多いうちに消費税を重くして分担した方が、楽に決まっていると私は考えます。今の幸せが将来の不幸せにならないか、そういうことを考えてほしいと思います。」

<考えるヒント>
・有権者の投票行動とその利益は?
・どの世代が多く投票しているか→当選したい政治家は誰のために政策決定をするか

【1 若者や現役世代はなぜ選挙に行かないのか】
・選挙の定義を紹介
<作業1・2>
資料「1967、2009、2050年の有権者構成比・投票者構成比の変遷」を比較し、気付いた内容をプリントに沿ってまとめよう!(4分間)
<討論>
 なぜ60歳代以上は選挙に行き、20~39歳代は行かないのか、各自メモして話し合おう。
→「若い人は時間がない。」「60歳代は時間がある。」といった声がありました。

先生:「選挙は未来への選択です。今の不幸を選ぶか、将来の不幸を選ぶか?若者が選挙に行かないと、将来の不幸せにつながるかもしれないのに、それでも選挙に行かないのはなぜか? 興味がない、面倒くさい、一緒に行く人がいない、たかが一票、など、いろいろ理由があがりました。選挙って、何分でできる?」
生徒1:「3分。」
先生:「本校3年生の今年7月の参院選18歳投票率は80%でした。試験直前だったのによく行きました。投票は3分で終わります。」

・機会費用(=時間価値)と有権者の投票行動の関係を考察
 若者は投票の機会費用が高く、高齢者は機会費用が低いので、老年民主主義が起こる。
<作業3>
資料「世代別受益総額と負担総額」から、わかったことをメモしよう。

先生:「一番もらっているのは? 80歳以降ですね。高齢者の自己負担が少ない。現役世代の貰っている額が少なくありませんか?感じたことを書いてください。ここで学んだことは、シルバーデモクラシーの実感です。高齢者の投票が多いと政策はどちらを向きますか? 若者や現役世代は、子育てと高齢者のために負担をしないといけませんが、負担できる額に限りがあるからトレードオフなんです。たくさんの高齢者が少しの我慢をすれば、少ない子ども・若者の将来の負担が少なくなると考えられます。」

第2時 テーマⅡ「世代間格差とそれを超える選挙制度」
 9:45~10:35 1年I組40名(男子21名、女子19名)
 場所:教室(第1時と同様、生徒はグループに分かれて着席。)

〈授業の流れ〉

 第1時のプリントの続きに沿って、進みました。
【2 世代間格差から考える】
・世代間格差の定義を紹介
・世代間格差の現状(資料紹介)
・なぜ世代間格差が起こるのか?(教科書のページを紹介し、解説。)
 経済的理由―〔1〕人口減少社会、〔2〕現役世代に依存した社会保障システム(賦課方式)

先生:「年金が減ることは幸せですか?」
生徒2:「不幸せです。」
先生:「私は不幸せになりたくないですから。政治や経済をきちんと勉強すると、将来の選択=選挙に行きたくなります。今の公的年金制度は賦課方式で、現役世代に依存していますね。これに対し、自分で自分の年金分を負担する方法を積み立て方式といいます。この方式のほうがインセンティブが高いのです。」

<作業1>
 資料「2016年7月1日読売新聞より『有権者の人口構成』の円グラフ」を見て、気付いたことを書こう。

生徒3:「有権者のうち、50歳代と60歳代以上が多いです。」
先生:「素晴らしい!20歳代・30歳代は少ないでしょ。両方足しても、3000万人にならない。20歳代・30歳代が全員選挙に行っても、60歳代以上に勝てません。それがシルバーデモクラシーです。」

・なぜ世代間格差が起こるのか?
経済的理由―〔3〕国債、〔4〕経済成長の鈍化

【3 投票に行くメリットを考えよう!】

先生:「ここまでは世代間格差が起こる経済的要因についてみてきました。次は政治の話に行きます。新聞によると、『女性の3割は65歳以上』だそうです。生産性はますます減ります。将来の不幸せ打破のため、選挙自体を考えましょう。若者が選挙に行かないと、政治家は高齢者向けの政策決定ばかりを選択し、シルバーデモクラシーになってしまいます。若者や現役世代による民主主義=ユースデモクラシーにするにはどうしたらいいか、考えましょう。」

<討論>
  選挙の問題点を考えてみよう!
(選挙制度、候補者、選挙のやり方という3つの視点から、教科書などをもとにグループで話し合いました。5分間)

先生:「1票の格差は東京が軽くて、どこが重いですか? これは制度の問題です。資料を見て、投票率が一番高い国は? オーストラリアには罰金制度があります。投票に行くと、ご褒美をもらえる国もあります。候補者の課題は、どんな人かよくわからないから、顔やイメージに頼るといったことがありえます。選挙のやり方に関しては、アメリカは戸別訪問が大丈夫なのに、日本では禁止。メールもダメといったことが考えられます。投票用紙に他事記載をしたり、書き間違えたりすると無効票になることもあります。他に考えたことは?」
生徒4:「有権者から60歳以上を外すといいと思います。」
先生:「すごい! 次にやろうと思っていることを予測しています! 他にある人?」
生徒5:「ネット選挙を使う。」
先生:「そうだね。選挙で選択式もできるんじゃない? みんな、テストのとき選択式を増やしてって言っているでしょ?」

【4 若者が選挙に行くインセンティブを上げるために…】
・世代別選挙区制を考える
 2009年度に世代別選挙区(老年区60歳代以上、中年区40~50歳代、青年区20~30歳代)を導入した場合の衆議院の議席数比は、ほぼ均等になることがプリントに書いてありました。

先生:「これを見た時は、明るい話ができると思いました。この続きは次の時間に行います。」

〈取材を終えて〉

 授業冒頭、経済の基礎概念は、「人はインセンティブに反応する」ということだと学習しました。経済を入り口に、若者が投票に行くインセンティブを上げることを目標とする授業で、経済と政治をリンクする意義があると思います。レポートでは第2時までしかお伝えできませんでしたが、生徒から第3時に詳しく取り上げる予定の「世代別選挙区」につながるアイデアが出され、続きの展開に期待が膨らむところでした。「現代社会」のキーワードを授業時間中に覚えてほしいという配慮をしつつ、資料の読取りや作業、討論も織り込み、参加型授業を創ろうと大変工夫されていたと思います。

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