法と教育学会 第7回学術大会 その2

 2016年9月4日(日)立教大学で開催された法と教育学会第7回学術大会から、パネルディスカッションの模様をお伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈パネルディスカッション〉
15:10~17:30 「主権者教育と法教育」

【基調提案者】 島袋 純 先生 (琉球大学教育学部教授)
【パネリスト】 与那嶺匠 先生 (沖縄大学地域研究所特別研究員)
溝口和宏 先生 (鹿児島大学法文教育学域教育学系教授)
後藤正邦 先生 (弁護士)
【司   会】 橋本康弘 先生 (福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授)
藤井 剛 先生 (明治大学文学部特任教授)

〈パネルディスカッションの趣旨〉
橋本康弘 先生 (福井大学学術研究院教育・人文社会系部門教授)
 法教育は主権者教育と親和性があると考えられますが、法教育は主権者教育にどのように関わっていくべきなのかということについて、議論をしていきたいと思います。

1 基調提案

島袋 純 先生 (琉球大学教育学部教授)

〈本提案の趣旨〉
 主権者教育と法教育とは何かについて、沖縄の具体的状況から考えてみたいと思います。沖縄には、基本的人権の保障、主権在民、平和主義はないのではないかという問題意識を個人的にずっと持っています。

〈2つの国家観〉
 国家法人説注1というのは、国家に主権があると考える説で明治憲法下で確立されました。天皇(国王)も国民も国家の機関であり、たとえ天皇が国家の最高機関(天皇主権)であっても、国家により制限しうるとします。戦後は、主権者が天皇から国民に変わりましたが、国民を国家の一機関とし、権利は国家により与えられ、国家により制限されうるという点で同じです。国家最優先の国家観です。
 もう1つは、社会契約説です。人種・文化的背景・財産・能力・門地・家柄にまったく関係なく、一人ひとりに平等に人権が天から与えられていると考えます。この天賦人権をもつ人民が、国家機構の形成権力をもつことを対内・対外に宣言するのが権利章典です。人民の権力により、憲法制定と国家機構の形成、国家機構への統制が行われます。それが法の支配にあたると考えますが、日本の立憲主義にはこのプロセスが非常に希薄なのではないかという気がします。法の支配が立憲主義の根幹です。
 自治体も、社会契約説で考えれば複数信託を構築することができるので、国と地方が主権を分有すると考えられます。すなわち自治体は、主権者が直接契約によってつくり、権力を信託した統治機構であるといえます。
 日本における社会契約説的な具体的事例は、2000年の地方自治法改正です。2条に「自治体と国とは対等な関係、協力し合う関係」と書かれています。全国では、公募型の住民委員会主導の自治基本条例の制定が大きく広まっていきました。

〈沖縄の状況〉
 日本における社会契約説的事例のもう1つの例は、沖縄の復帰運動です。沖縄は太平洋戦争後のアメリカによる占領下で、言論の自由の喪失、土地強制収用という痛みを共有しました。その痛みから自分たちの権利に覚醒し、連帯することになりました。具体的には、「土地4原則」という権利宣言を発し、五者協議会注2総辞職を行いました。いったん無政府状態にして、住民のための自治組織形成に着手しようとしましたが、アメリカによる活動の分断で実現しませんでした。この島ぐるみ闘争は、「土地4原則」を権利章典とする立憲主義闘争だったといえます注3

〈沖縄自治研究会の設立〉

 沖縄は今も在日米軍が置かれる状況で、日本の立憲主義と国際立憲主義の外におかれているといえます。スコットランドでは、1979年の地域議会設置の試みをきっかけにスコットランド議会設置運動という市民運動が発足しました。そこからスコットランド憲法制定会議が結成され、権利章典が発せられて、スコットランド議会が設立されました。沖縄も、この市民主体による自治権確立に学んでいます。立憲主義の血肉化を目的として、2003年に沖縄自治研究会を設立しました。市民公募公開の自由討議で、ワークショップ型合意形成によるルールづくり、提案などを行っています。
 次に、1人ひとりの意見が尊重される議論の仕組みにより、自分たちの権利や自分たちを縛る権力の在り方を考える取組みを中学校教育にも導入しました。2005年頃、町村合併の是非を問うことを機に、子ども議会議員研修の活動で中学生の能力を育んだのです。さらにそれを琉球大学附属中学校選択社会科の授業に取り入れました。選択社会科では、市民の力1を「公的課題を考え解決策を立案する力」、市民の力2を「ファシリテーションの力」と考えます。「ファシリテーション力」は、話し合いを進め、合意形成していく力です。民主主義社会では、民主的な問題の解決のための市民の力としてファシリテーション力が最も重要と考えます。

〈まとめ〉
 「主権者教育」と「法教育」は、立憲主義の主体育成という点で根幹が同じではないかと考えます。そのために次の4点が必要だと考えます。〔1〕 個々人の人権から権力機構が生み出されるという考え方。その実現のための歴史や具体例を習得すること。〔2〕 「自立した学びの力」課題発見と課題探究力(批判的思考力・自分の意見をもつ力)〔3〕 「学び合いの力」ファシリテーション力(民主的な合意形成力)〔4〕 実際の社会で権力にぶつけていくこと(小さな成功体験)。公共性を再編していく市民の力のエンパワーメントが課題だと考えます。

2 個別報告

(1)「主権者を育成する文化的な取組み-中学校社会科カリキュラムの全体を見通して-」
与那嶺 匠 先生(沖縄大学地域研究所特別研究員)

〈これまでの取組みの概要〉
 2005~11年度、琉球大学附属中学校の選択社会科(公民)で常設的な主権者教育――従来は市民性教育やシティズンシップ教育と言ってきましたが――の授業実践を行いました。「地域の課題を発見し、調査活動を通して課題の発生要因や解決策を考え、議会や役所の担当部局に陳情・提案を行う」という実践です。そこでわかったことは、前段階として道徳性なども含め、もう少し資質的なものを小中学校段階で育てないといけないこと。単発イベントではなく、連続的な取組みで文化をつくらねばいけないということ。そして、必修で学習した内容を活用する場面として授業を設定することです。

〈主権者教育で重視すべき3点〉
 1つめは、判断力だけでなく、それを活用する能力です。判断を効果的に社会へ反映させる実践力を身に付けないといけません。2つめがフィクションを避けること。中学生の提案を教育委員会が受けてほめてくれるのではなく、実際の担当部局が受けて返答してほしいのです。3つめが協働や対話の重視。これは島袋先生のお話と重なります。

〈主権者教育(シティズンシップ教育)の課題〉
 主権者教育の課題は、〔1〕決断主義(賛成・反対の表明)に陥りやすいこと。〔2〕政治的な無力感・無関心を克服するための構造が不足していること。〔3〕教育課程がぎりぎりで、実施時間の確保が難しいこと、です。

〈どのような授業実践に取り組むべきか〉
 そこで、アプローチを変えて、中学校3年間を見通して、地理的・歴史的・公民的分野の全部で取り扱うことにしました。具体的には、〔1〕対立する価値観を提示し、それぞれの価値をが持っている意義や、メリット・デメリットなどに気づかせます。〔2〕ここでポイントとなるのが、自分自身のバイアスの発見です。〔3〕賛成・反対の二元論で終わらせずに、合意形成案を作っていくこと。〔4〕具体的な解決案を複数並べて、自分はどれを選ぶか、選択肢を残すやり方。〔5〕選択した合意形成案を現実のものとするために、自分自身がどんな貢献ができるのかを具体的に考えさせること。この5つを重視しています。
 実践例には次のような授業があります。「アジアでもEUのような共同体をつくることに賛成か?」「物部氏と曽我氏、どちらの主張に賛同するか?」「少子高齢化社会で世代間対立を防ぐには?」「帝国議会議員はどのように選ぶべきか?」最初は対立する価値観について議論しますが、その中で誰にどんな利益、不利益があり、他者の権利を侵害せずに全体の利益を拡大させるためにはどうしたらいいかという論点に絞り込まれます。その結果、合意形成案がいくつか出てくるという授業です。

〈まとめ〉
 合意形成をするためには、権利や責務などをもとにして議論をしなければなりません。主権者教育と法教育はその点で同じだと思います。法教育での、法や憲法に対するいろいろな認識を深めるというツールがないと、主権者教育は育たないと考えます。
 実際の授業にあたってのポイントは、事例を生徒の身近な課題につなげること、また、教育課程に即し、教科の本質からずれないことも重要です。「対話による参加」のための技能を磨くこともポイントとなります。そして、生徒自身にファシリテーション・スキルを身に付けさせることが重要です。

(2)「主権者教育のための法教育コンピテンシーを求めて―公的論争問題への判断基準を開発する米国社会科の事例をもとに―」
溝口和宏 先生 (鹿児島大学法文教育学域教育学系教授)

〈はじめに〉
 今日の教育改革では、コンピテンシー・ベースという着想のもと、各教科教育において育成すべき資質・能力を明確化し、それを基盤に内容編成・学習方法、評価の指標に至る一貫した論理で教育を構想することが求められています。法教育の視点から、求められる主権者像、資質・能力を描き出し、その実現を図るカリキュラムなどを提起することを考えたいと思います。本発表では、主権者に求められる資質・能力を法教育の観点から構想した「ハーバード社会科プロジェクト」注4を取り上げます。

〈多元的共生社会の主権者に求められる資質・能力〉
 「ハーバード社会科プロジェクト」では、教科の目標は学校の教育目標、社会の目標と合致すべきであるとします。社会の目標とは、米国社会が理念とする「個人の自由と人間の尊厳」を促進するよう、人々が多元的に共生しうる社会を追究することです。「多元的共生社会」を生きる市民が共通に身に付けるべきものは、「人間の尊厳」を促進する方法やその状態をめぐって起こる対立などの問題に関わる政治的・法的決定や行為の正しさの基準を、自ら開発していくこととしました。そのために身に付けるべきものを「法理的フレームワーク」として示しています。それは次の3つの要素からなります。1つは「道徳的要請」。人間の尊厳をより促進する方向で決定するために、合理的な同意というものを保障するべきということです。2つめは「統治の原理」。立憲民主主義の考え方とそれを具体化させた社会的価値です。3つめは「証明基準」。質の違う問題群(価値の問題・事実の問題・定義の問題)を整理して考える力、思考ツールも身に付けないといけないということです。

〈プロジェクトの示唆するもの〉
 「ハーバード社会科プロジェクト」は、法教育について以下のようなことを示唆していると考えられます。〔1〕「法を」教える/学ぶのではなく、社会の目標と価値という射程の中で「法の考え方」を教える/学ぶものにすること。〔2〕論争問題(史)を核に内容を組織することで、民主主義、政治参加の学習と立憲主義の学習を統合させるものにすること。〔3〕問題を「解決する」力ではなく、問題を「分析」「明確化する」力を育むものにすること。

(3)「主権者教育と法教育~福井弁護士会法教育委員会の取組から~」
後藤正邦 先生(弁護士)

〈福井弁護士会の法教育の取組み〉
 福井弁護士会法教育委員会では、「まちの課題について考えよう!」という授業をジュニアロースクールで実践しています。小学5年~中学生を対象に、グループで市長に立候補するための政策を考えてもらいます。まず、まちの良いところと変えたいところを挙げてもらいます。それから、まちを改善するためのアイデアを出してもらいます。そのときの決まり事5か条は、「とにかくアイデアを出す」「みんなに公平に良くなるか?」「今のまちの良いところがなくならないか?」「デメリットがないか?」「ぶつかり合う問題が出てきたときには、どちらのメリットを優先するのか」です。「全体の幸福量」と「幸福(負担)の公平性」という判断基準から、一度立ち止まって考えることが重要と考えます。
 この授業を福井大学工学部でも実施したところ、ジュニアロースクールとほぼ同様の結果になりました。大学生の感想には、「今まであまり考えないまま大学生になってしまった」というものがありました。これが今の主権者教育の問題点だと考えます。高校・中学・小学校の各段階、成長段階に応じて公のものに関わっていく、考える、実践するといったことが必要なのかと感じました。
 高校生模擬裁判の支援では、導入授業で必ずトゥールミン・モデル注5を説明し、主張に対する事実の裏付けの重要性を話します。

〈あるべき主権者教育〉
 健全な民主主義を支える批判的な思考・判断力を育むことが必要と考えます。高校生模擬裁判でやっている事実と論理に基づいた議論(トゥールミン・モデルにのっとった議論)の習得は、一般化すると主権者教育に他ならないと考えます。

〈取材を終えて〉

 沖縄の歴史は、学校でほとんど学習しなかった人もかなりいるのではないかと思います。戦後の間もない時期から、沖縄の人々が基本的人権に目覚めて立憲主義運動を始め、今も沖縄自治研究会の活動として続いていることを新鮮な思いで聞きました。島袋先生は、「主権者教育」と「法教育」は、立憲主義の主体育成という根幹を同じくするのではないか、といっておられました。
 パネリストの与那嶺先生は島袋先生のゼミ生とのことで、島袋先生のお話の中の「市民の力1・2」を育成する教育実践を紹介されました。
 溝口先生は、アメリカのハーバード社会科プロジェクトを紹介されました。日本では、法教育の内容が充実化される方向に発展しているとのことですが、ハーバード社会科プロジェクトに見られる法の教育の構想は方向が異なり、多元的共生という社会理念から導かられる資質・能力を明確化してカリキュラムを構想するものということです。このプロジェクトが、今後の日本の教育に示唆するものは大きいとの指摘でした。
 後藤弁護士からは、福井弁護士会の取組みが紹介されました。「まちの課題」を考えるという身近な主権者教育では、小中学生も大学生に遜色ない意見を考えられることが紹介され、あるべき主権者教育が提案されました。
 パネリストの先生方はそれぞれ興味深い事例を多数ご紹介くださったのですが、それらの報告は割愛させていただきます。

 

注1:
松下圭一著『市民自治の憲法理論』(岩波書店,1975年)参考
注2:
五者協議会は、琉球政府、立法院、市町村長会、軍用土地連合会、市町村議会議長会により1954年結成。
注3:
松下圭一による「複数信託説」参照。
注4:
1950~70年代、オリバーらが主導した研究開発プロジェクト。その教育目標・内容・方法・評価の考え方は、我が国における法教育の今日的課題に多くの示唆を与えうる。(当日資料から)
注5:
ある事実(D)を主張(C)するためには、論拠(W)が必要。さらに、Wの正当性を示す裏付け(B)も重要であるという議論の方法。
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