教科書を見るシリーズ 小学校編(4)社会5年(前半)

 5年生の社会科は、新学習指導要領の内容の取扱いにおいて、「法やきまりについて扱うもの」とされている内容はありません。しかし、国土の環境や日本各地の農水産業、工業、情報化社会などの学習注1の中で、法やきまりについても考える機会があると思われます。そこで第3・4学年同様、弁護士の春田久美子先生とともに法やきまりという視点から教科書の内容を見て、さらに発展させるようなご提案もいただきます。取り上げるのは、引き続き東京書籍と教育出版の教科書です。

1 国土に関する内容について

(1) 『新編 新しい社会5〔上〕』(東京書籍,2016年)
  (p.8~9)「日本の国土の広がりと領土」
『小学社会5〔上〕』(教育出版,2016年)
  (p.6~13)「日本は世界のどこにある?」

【領土・国境をめぐっての国際問題および解決方法を素材に】 ←〔視点〕世界全体を見渡す
――2つの教科書共に北方領土・竹島・尖閣諸島という同じ素材を扱っています。5年生にもわかりやすいように、領土問題を説明することが考えられませんか? 1コマの授業を創るのではなく、5分、10分の掘り下げでもいいのではないかと思いますが。

春田先生:北方領土(北方四島)は、今、ホットな話題になっていますね(安倍首相がロシアのプーチン大統領を山口県でおもてなししたetc…)。他にも竹島や尖閣諸島をめぐる国際問題もありますし、最近では、日本に大統領がやってきたフィリピンでも、中国が領海に侵出しているなどの困難な問題が起きています。
 領土をめぐっては、国際司法裁判所が2016年7月に中国vsフィリピンについて判断を出した(中国敗訴)など、国際的な視点が必ず絡らみますね。解決困難なこの問題は、一体、どういう背景で問題になっているのか、それぞれの立場の言い分を一歩深めて知る、その上で、日本人として、北海道(北方領土)だけでもなく、沖縄(尖閣諸島)だけでもなく日本全体としてどう向き合っていくのか、ということを考えられる子どもたちになってくれるような授業展開は出来ないでしょうか。
 また、2016年のリオオリンピックが終わり、次はいよいよ東京オリンピックが開催されるなど、近々、日本中に世界各地から色々な国の人がやってきますね。国旗などを見ながら各国の特徴や知っていることについて子どもたちが持ち寄り、それらを共有するのも面白いですが、国や国境を超えて、「難民選手団(10名)」という新たなチームがリオオリンピックでは初めて結成されたこと、2016年6月には、イギリスがEUを離脱するかどうか国民投票が行われ、大接戦で離脱が決まるなど、「国境(線)」というものを超えるエピソードも紹介しながら、改めて「国(々)」「国家」の意味を考えることから始めてもよいかもしれないですね。
 さらに、最近では、日本人も宇宙飛行士として国際的にも活躍する時代になってきましたよね。それにからめて宇宙から見える地球の映像・画像(東京書籍〔p.2~3〕「わたしたちの国土」・教育出版〔p.4~5〕「わたしたちのくらしと国土」の各写真)を眺めながら、国境という目には見えない“線(ライン)”をめぐって人間が繰り広げてきた歴史も踏まえて「領土」の問題を考えてみるのも必要でしょう。 ←〔視点〕世界における日本の位置づけを知る(眺める)

 

(2) 東京書籍(p.12~61)「国土の地形の特色」~「寒い土地のくらし」
教育出版(p.14~51)「日本の地形と気候」~「自然条件と人々のくらし」

【そこに住む動物、植物に着目して】

春田先生:日本の国土の特徴を学ぶ際、地形のことや気候のことから一歩進んで、絶滅危惧種(貴重な動植物)のような動物・植物をモチーフに(東京書籍〔p.49~50〕ヤンバルクイナや珊瑚礁、首里城、教育出版〔p.43〕世界自然遺産、ラムサール条約)、日本のみならず国際的に、こういったものを大切にしようとする動きを知るだけでも、ルール・法(きまり)の意義を考える授業をすることもできそうです。

 

――動物好きな子どもたちも多いでしょうから、興味・関心も高まりそうですね。

春田先生:実際に、私の住む九州の例で言うと、鹿児島県でゴルフ場の開発をめぐってアマミノクロウサギというウサギが原告として裁判を起こし、そこから“自然権”という考え方が世の中に広まった、という有名な裁判もあります。自然の開発は、人間だけで決めていいものか、土地の所有権という権利をもつ人は、文字通り自由に土地を使ってもよいのか、そこに貴重な動物たちが住んでいる場合は、どう考え、折り合いをつける必要はないのか、実は深い問題提起をしてくれる良い素材と思います。

 

(3) 東京書籍(p.38~51)「国土の気候の特色」「あたたかい土地のくらし」「寒い土地のくらし」
教育出版(p.24~51)「自然条件と人々のくらし」

【沖縄(暖かい地域)・北海道(寒い地域)】

春田先生:「(古くからの)文化」(東京書籍p.50)、「伝統的なくらし」「文化をつたえていくために」(教育出版p.50~51)を学ぶとき、この文化や歴史は、アイヌの人々は先住民族であったことに触れながら(開拓団など、後からやってきた人々との軋轢)、言葉や食べ物、服装や風習などの違いは、文化であり、それらを互いに尊重する態度が必要なことを学ぶことが、いわゆるマイノリティ(少数派)の人々への視点を養うことにつながると思います。さらに、沖縄の基地問題を取り上げる際には、ローカルでのみ抱えるべき問題ではないことを前提に、少なくとも沖縄の立場やリアルな状況を話し合うような活動もいいかもしれませんね。5年生だと新聞を授業の中で活用する(NIE:Newspaper In Education)場面も増えてくるでしょうから、地元紙と本土の温度差のようなものを紙面で比べるといったことなどをやってみると体感として問題意識が子どもたちの心に響くかもしれませんね。

 

(4) 東京書籍(p.60~61)「雪国の人々のくらし」
教育出版(p.38~43)「寒さの厳しい北海道」

【各自治体ごとに制定されている「条例」をめぐって】

春田先生:秋田県横手市の「雪となかよく暮らす条例」など、各地域ごとに存する条例を調べ学習などで発表するのは如何でしょうか~。

例)
「子ほめ条例」(鹿児島県志布志市)
「子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例」(熊本県人吉市)
「梅干しでおにぎり条例」(和歌山県みなべ町)
「朝ごはん条例」(青森県鶴田町)
いわゆる「(日本酒で)乾杯条例」(京都市)
「りんご丸かじり条例」(青森県板柳町)etc…

 

――各地にはユニークな条例があるんですね! 大人でも興味深く感じます。

2 食料生産に関する内容について

(1) 東京書籍(p.74~91)「米づくりのさかんな地域」
教育出版(p.56~73)「米づくりのさかんな地域」
春田先生:米をいかにして作っているか、という農業を学ぶ学習プロセスの中で、「共同作業」をしないと米を作れない、というのは具体的にどういう場面か、組織や共同体の具体例を調べ学習する中で、相互扶助の活きた例が学べるでしょうね。「JA(農業協同組合)」が出来た経緯を学ぶと、組織が必要だった理由に加え、他方で、現在始まっているJAのあり方についての議論(解体などを含めた)の意味合い等々、農業へ与えた影響や功罪も含めた話に一歩踏み込めるかもしれません(大きな目的〔農業の効率的な運営など〕のためには組織化が必要など)。おじいちゃんやおばあちゃん世代などで、農業に従事していた方がいらっしゃれば、“昔の農村あるある”のような、厳しい農業をお互いに支え合っていくために土地特有の風習や習わしなどのエピソードが聞けるかもしれません。ローカルルールであっても、その言われをたどっていけば、やはり必要性や合理性があるルールだという発見もできると思います。夏休みの自由研究など、時間があるときに空間を飛び越え、普段の視点をちょっと変えて学べる題材としてお勧めですよ。

 

(2) 東京書籍(p.92~111)「水産業のさかんな地域」
教育出版(p.74~95)「水産業のさかんな地域」

【魚を捕る。魚を育てる。】

春田先生:領土の単元のところで領海について学んだことを思いだし、200海里の範囲内での利用(「国連海洋法条約」)というルールが国際的なものであること、また更に進んで現在では、他国が領海に無断で侵入してきて漁業をしたりして捕獲高が減っているような状況も新聞記事等で紹介したりというリアルな状況を知る授業も必要かもしれません。
 また、日本、世界の中での日本を考える上で、捕鯨やイルカ漁をめぐる国際問題を考えるのも良い教材になると思います(映画「The Cove(ザ・コーヴ)」の上映をめぐる騒動など)。また、身近なところでも、「水産資源を守る」ために、「鹿児島湾では13cm以下のまだいの稚魚は捕ったらダメ」などの決まりがある(教育出版p.87)、とか「青森県では、全長35cm未満のひらめはとらないようにしている(東京書籍p.103)」などの記載から、色々な目的、必要性があって世の中ではルールが編み出されているんだね、というお話にもっていけると思います。
 現実の、切実な必要性、共同体として全体が生き残っていくためにさまざまなルールが生み出されていくということを学ぶことは、最も生活・社会に即した法教育の良い素材になると思います。

 

(3) 東京書籍(p.112~119)「これからの食料生産とわたしたち」
教育出版(p.96~107)「これからの食料生産」

――どちらの教科書も、食料の輸入に関するさまざまな課題、食料生産が環境に与える影響など、幅広い視野から食料生産の問題点を考える教材だと思います。いろいろな深め方がありそうですね?

春田先生:米の消費量の減少(食事の洋食化)や米の輸出入など、「TPP」の加入をめぐる議論の意義に触れられれば(賛成・反対は別として)、消費者の立場、農家の立場によって結論も変わりうる、という具合に、物事を多面的・多角的に考察する力を育むための一つの題材になりうると思います。もっと深めるとすれば、農家の中でもさまざまな背景・立場によって、まったく見方や考え方が違うことに気づくことも可能です。
 食料生産の未来について、地図を見ながら外国の名産品などを子どもたちに挙げてもらい、飛行機で持ち込めるか、海外旅行の経験がある子などにエピソードを紹介してもらいながら「動物検疫、植物検疫」などの話をすることが考えられます。それは農業や畜産業を守るためのものであることに触れたり、「食料自給率」が日本では低いことの原因や対策の有無を討論方式で思索を深めたりすることは、農業・畜産業・漁業といった第一次産業の理想と現実を子どもたちに気づいてもらう授業として、やってみたいです。
 また、たとえば、農業の未来を考える上で、今、政治の世界で問題になっている「TPP」の話題はリアルな素材になるでしょう。
 マーケットの拡大という意味で農産物の自由な貿易にはどういう問題があるか、消費者の立場、農家の立場になりきって意見を出しあってみる、ということも協働しての合意形成能力、課題解決能力を養う上で、有益な授業になると思います。

 

――5年生の教科書をご覧になったご感想はいかがでしたか?

春田先生:3・4年生から、やはり、視点がぐぐ~っと拡がって、「日本」を「世界」の中に位置づけて考える感じでした。引いたり近づいたり、すなわち身近な身の回りの生活に引きつけつつ、視点はグローバルなものを意識するようにすると、文化や習慣、価値観の相違など、さまざまな相違に気づけます。逆に、共通している普遍的なもの、スタンダードなものにも気づけて、法教育のエッセンスに近づけるとしみじみと思ったことです。

 

(工業生産に関する内容については、教育出版では上巻で取り扱われ、東京書籍では下巻の内容となっていますので、下巻を扱う後半でまとめてお伝えします。)

 

注1:
教科書を見るシリーズ小学校編(1)平成20年度学習指導要領に関する記事をご覧ください。 http://www.houkyouiku.jp/11100601

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