第3回法教育祭 ―法科大学院生による法教育

 2017年3月3日(金)10:30~15:05、第3回法教育祭が渋谷区立谷鉢山中学校(午前)と同区立松濤中学校(午後)で開催されました。法教育祭は、法科大学院の有志による法教育サークルが、國學院大學法科大学院の今井秀智教授(弁護士)の指導のもと、学校現場で出張教室を行うものです。第1回の法教育祭は2年前に開かれ、今年で3回目を迎えました。今回参加した法科大学院生は慶應大学法科大学院、中央大学法科大学院、一橋大学法科大学院の院生です。NHK Eテレの「昔話法廷」を使った模擬裁判授業の様子をお伝えします。

〈プログラム〉
10:30~11:35 鉢山中学校
「カチカチ山」裁判、「白雪姫」裁判、「舌切りすずめ」裁判 3学年3クラス同時開催
移動、昼休憩
13:05~14:00 松濤中学校
「三匹のこぶた」裁判 1年A組
14:10~15:05 「カチカチ山」裁判 1年B組
授業後     意見交換会

1 鉢山中学校注1

*3学年3クラス同時開催のため、取材をした「白雪姫」裁判のみをお伝えします。

授業:10:30~11:35 
場所:2年A組教室
教科:地理・歴史   
単元:法の大切さ  
授業者:中央大学法科大学院生
テーマ:「裁判員の体験を通して多面的に物事を考えてみよう!」
配布物:「昔話法廷」の「有罪・無罪評価シート」、ワークシート、赤と青の紙コップ
事前準備:黒板に「裁判官」・「裁判員」・「検察官」・「弁護人」・「被告人」のマグネットを法廷での配置にならって貼る。
担当教諭:船田千雅 教諭

〈授業の流れ〉
【導入】(約10分)
司会:「皆さん、こんにちは。今日は法科大学院生である私たちが授業を通して裁判の面白さを伝えたいと思います。法科大学院は法律家になるために勉強をするところです。さて、これからある刑事裁判のVTRを見てもらいますが、刑事裁判の登場人物は『被告人』『検察官』『弁護人』『裁判官』です。裁判員制度では裁判官3人と裁判員6人の9人で裁判をします。なぜそうする必要があるかというと、裁判官だけの裁判だとわかりにくい、時間がかかるということがあったからです。これから、『白雪姫』のVTRを見ながら作業してもらいます。」

作業内容
・「有罪・無罪評価シート」の最初のマス目に赤の紙コップと青の紙コップを置きます。
・有罪だと思ったら赤の紙コップを1コマ進めてください。
・無罪だと思ったら青の紙コップを1コマ進めてください。
・進めるだけでなく、途中で戻してもいいです。
・証拠整理表(ワークシート)の空欄にキーワードを埋めてください。

【VTR視聴】(15分)
 検察官は、被告人の王妃を、白雪姫を殺そうとした殺人未遂罪に当たると主張しました。弁護人は、無罪を主張しました。

【事実の捉え方の説明、VTRの振り返り】(約10分)
司会:「一回目の評決をしてください。これから話し合いをします。気を付けるポイントを少しだけ説明します。『事実は見る人の立場・考え方により異なるものとなる。捉え方しだい。結論が1つに定まらない!』ということです。たとえば、2014年ブラジルでのサッカーワールドカップで、試合後の観客席で日本のサポーターがゴミ拾いをしました。いいこと、当たり前のことをした、というのがおそらく多くの日本人の感覚ですよね。でも海外では、ゴミ拾いを専門の仕事としている人たちがいるのに、その人たちの仕事を奪ってしまうのではないか、つまり他人の領域に手を出すこととなるのでは?という批判がありました。さて、今回のVTRでいうと、たとえば白雪姫が犯人の笑い声は王妃の声だったと証言したことは、素直に考えると王妃の有罪の証拠になる。でも、白雪姫は毒で意識がもうろうとするなかで本当にわかったのか? 王妃を陥れるための証言だとするとどうだろう。無罪にも使えると思わないかな。有罪・無罪を言い切れるのかな?そういうことも考えて整理しながら、グループワークをしてもらいたいと思います。」

【グループで判決を考える】(約15分)
 生徒は6つの班に分かれて着席。各班に院生が1人ずつファシリテーターとして入りました。まず院生が自己紹介をしてグループワークが始まりました。ある班では、事実の捉え方について、司会が有罪の捉え方を示唆すると生徒が無罪の捉え方を意見する様子や、司会が捉え方について生徒に質問を投げかけて生徒が考えを深める様子などが見られました。

【判決発表】(約15分)
司会:「ワークシートの事実の欄をもとにみんなで話し合ってみましょう。意見をもったら二回目の評決をしてください。有罪か無罪か、決めたほうのコップを上にしてください。班ごとに有罪か無罪か発表して、理由も言ってください。」
班1:有罪。王子と白雪姫が会ったのは初めてだった。王妃が白雪姫の殺害を命じたという狩人の証言がある。有罪と思える証拠が多かった。
班2:有罪。白雪姫が聞いた高笑いは王妃の特徴。ケープなどに王妃の指紋があった。白雪姫が会っていた若い男が王子とは限らない。
班3:無罪。王妃は白雪姫が狩人に殺されて死んでいると思っていたはず。
班4:有罪。意識がもうろうとしていたのでは白雪姫の記憶はあやふやだから、高笑いが王妃のものとは限らない。本当に殺すつもりならもっと強い毒を白雪姫に盛るはず。
班5:引き分け。有罪意見の生徒3名、無罪意見の生徒3名。
班6:有罪。王妃には「白雪姫さえいなければ」と言っていたという動機がある。りんごの検索履歴が証拠。指紋も王妃のもので有罪の証拠になっている。
司会:「まとめに入ります。今日、覚えてほしいことは3つです。(1)裁判員制度がある、(2)『事実』は立場や考え方によって異なる、(3)ゆえに有罪・無罪は分かれることがある、ということです。ただ、裁判では最後はどちらかに決めなければならない。いろんな考えを聞いて議論を深めて納得したうえで、多数決で決めます。みなさんが大人になったら裁判に関わるかもしれません。そのときに今日のことを意識してもらえたらと思います。」

2 松濤中学校

〈松濤中学校のプロフィール〉
 1949(昭和24)年創立。当初は文部省(当時)のモデルスクール、その後、東京都や渋谷区の研究指定校として様々な研究を重ねてきました。周辺は明治維新期に鍋島家が拓いた茶畑ゆかりの土地で、落ち着いた高級住宅街となっています。

学級数・生徒数

(2017年3月3日現在 同校ホームページより)
学年 1年 2年 3年
学級数 2 2 2 6
生徒数 65 66 76 207

(1)「三匹のこぶた」裁判

授業:13:05~14:00 場所:1年A組教室
教科:道徳 単元:法の大切さ
授業者:慶應大学法科大学院生(KLS法律教室)
テーマ:「裁判員になってみよう!」
配布物:「昔話法廷」の「三匹のこぶた裁判」関係図、ワークシート
事前準備:生徒は6つの班に分かれて着席。黒板には裁判官・裁判員・弁護人・被告人・検察官の写真を貼る。
担当教諭:大内弘全 主幹教諭

〈授業の流れ〉

【導入】(5分間)
司会:「皆さん、こんにちは。今日は授業を通して法律に親しんでもらいたいと思います。法律は社会で生きていくためのルールです。刑法もその1つで、何をしたら犯罪になるかを定めています。被告人が犯罪を犯したかどうか、犯したとしても処罰されるべきかどうかを考えるのが、裁判です。『三匹のこぶた』のお話は、皆さんご存知ですね。本当にこぶたが罪を犯したのか、罰せられるべきか、考えてください。VTRを見ながら、検察官と弁護士がどんなことを言っているか、メモを取ってみてください。」

【VTR視聴】(15分間)
 検察官は、被告人トン三郎を、オオカミを殺した殺人罪に当たると主張。弁護人は、トン三郎のしたことは自分の命を守ろうとした正当防衛だと主張しました。

【「正当防衛」の説明、VTRの内容振り返り】(10分間)
司会:「ワークシートの刑法36条(正当防衛)のところを見てください。『急迫不正の侵害』をわかりやすく言うと、自分や他人の緊急事態ということです。典型的な例を、寸劇で見てみましょう。」
寸劇(1)…道を歩いていたら、向かいから来た人とすれ違いざまに肩がぶつかった。こちらは謝ったのに、相手はすごい剣幕で殴り掛かってきたので、身を守ろうとしてとっさにやり返した。
司会:「このような場合は、正当防衛ですね。」
寸劇(2)…(1)の相手が仕返しに来ることを考え、ナイフを用意して、反撃の方法をイメージトレーニングしていた。そこへ相手が現れ、また詰め寄ってきたので、イメージ通りにナイフで刺して傷を負わせた。
司会:「イメージ通りにやり遂げましたね。(一同、笑う)この場合は、正当防衛になりますか?」
女子1:「計画していたから、正当防衛は成立しません。」
司会:「その通りです。今日のトン三郎は、正当防衛が成立するでしょうか?計画的だったかという点から、考えてください。」
 黒板に、問題となりそうな事実を表す6つの場面の絵を貼り、振り返りました。

【グループで判決を考える】(18分間)
 各班に院生が1名ずつファシリテーターとして入り、班の全員が意見を言えるように計らっていました。ワークシートには、7つの項目が挙げられ、各項目について計画性の程度を6段階で評価するようになっていました。

項目
1.煙突内部に油が付着していたこと
2.オオカミの入る場所が煙突しかなかったこと
3.鍋の蓋に漬物石を置いたこと
4.オオカミが入るほど大きな鍋があったこと
5.鍋でお湯を沸かしていたこと
6.トン三郎がオオカミを呼び出したこと(カレンダーに豚肉パーティーと書かれていた事情を考慮する)
7.トン三郎の家にあった殺害計画をうかがわせる本(『オオカミのただしいころし方』)

【判決発表】(7分間)
6班:有罪。なぜなら、カレンダーから7月の出来事とわかるが、梅雨の時期にお湯を沸かして加湿する必要がないから。夏なのに鍋で温かいものは作らないと思うから。
3班:無罪4名、有罪2名。無罪の理由は、鍋は兄弟3人分の料理のためだから大きいのは当然。夏で日照時間が長いため、部屋の電気がついていなかったから、オオカミの母親は本の題名を見間違えたのではないか。
1班:有罪。理由は、油が煙突の高いところまで付着しているのは不自然。漬物石は、腰が抜けていたら運べないはず。オオカミが出られないよう載せるには、兄弟3人で力を合わせて蓋を押さえている間に載せたと考えられる。(拍手わく)
2班:有罪。漬物は暗いところに置くから、すぐに石をリビングに運べるのはおかしい。
4班:最初はほぼ全員無罪だったのに、有罪に変わった。理由は、大鍋があったこと。わざと兄たちの家を壊させて誘導したと考えられること。漬物石がそばにあったこと。
5班:有罪。理由は、夏だから加湿の必要がないこと。煙突の下で湯を沸かしても、蒸気が煙突から出てしまって加湿の意味がないこと。
司会:「皆さん、各項目に関するいろいろな事実を拾って検討することができましたね。」
担当教諭:「今日は計画性があるかないかから『正当防衛』を考えましたね。でも、そもそも『正当防衛』っていう制度はなぜあるんだろうね? 次までに考えてきてください。」

(2)「カチカチ山」裁判

授業:14:10~15:05 場所:1年B組教室
授業者:一橋大学法科大学院生
テーマ:「刑事裁判」
配布物:ワークシート
事前準備:生徒は6つの班に分かれて着席。
担当教諭:大内弘全 主幹教諭

〈授業の流れ〉
【導入】(10分間)
司会:「今日は刑事裁判を体験してもらうために来ました。皆さん、刑事裁判という言葉を聞いたことがありますか?例えばある人が人を殺した場合、本当に人を殺したのか、殺したとしたら何年刑務所に入るかを決めるのが刑事裁判です。今日は『カチカチ山』のお話で、登場人物を確認しましょう(登場人物の顔を使った関係図を黒板に貼る)。裁判官は中立的な立場で、検察官と弁護人両方の言っていることを聞いて、判断します。ウサギはタヌキを殺そうとしたことを認めているので、何年刑務所に入るのか、それとも執行を猶予するかどうかが問題になります。『執行猶予』とは、罪を犯しても刑務所に入らない制度のことです。刑務所は反省するために入る所なので、反省して真面目に生きるというなら、入らずに何年間か行動をチェックされます。その間に悪いことをしたら、その分も含めて刑務所に入ることになります。」
問:入れるか、入れないかのポイント(板書)
司会:「刑務所に入れるか、入れないかを判断するには、『悪いか、悪くないか』『またやるか』この2つを意識しながら、VTRを見てください。ワークシートにメモを取ってください。」

【VTR視聴】(15分間)
 ウサギは被告人質問で、「こんなことをしてもおばあさんは喜んでくれないと気づきました。法に従い、どんな罰も受けます。」と言っていましたが、「もしまた、タヌキにどこかでばったり出会ったら、どうしますか?」と聞かれると、答えることができませんでした。

【問いの確認とVTRの振り返り】(3分間)
司会:「問いを確認します。刑の執行を猶予するか、しないかを判断してもらいます。まず『悪いか、悪くないか』、(タヌキの薪に火をつけた絵、溺れるタヌキをオールで叩く絵、おばあさんが死んだときの絵を貼る)。次に『またやるか』(おじいさんが見守ると証言する写真、おじいさんがウサギの計画を知らなかったと証言した時の写真、ウサギが反省を口にする写真を貼る)について、考えてください。」

【グループで判決を考える】(17分間)
 各班に院生がファシリテーターとして入り、ワークシートを配布。割り箸を使ったくじで予め、判決を代表して発表する者を決めました。「執行を猶予しない」という意見が優勢の班では、ファシリテーターが少数意見の側に立って、議論を深めようとしている様子も見られました。生徒は、ウサギが今後タヌキに出会ったときにどうするか答えられなかった事実を非常に重視していることが感じられました。

【判決発表】(10分間)
 6つの班のうち、執行を猶予しないのは4つの班。猶予するのは2つの班でした。
付けない理由は、「村人が来なかったら、タヌキは死んでいたこと。」「ウサギが検察官の質問に対して沈黙していたこと。ウサギの企みに気づけなかったおじいさんには次も阻止できるとは思えず、ウサギはまたやると考えられるから。」「おじいさんもタヌキを恨んでいるはずだから、おじいさんと組んでウサギはまたやるかもしれない。」「おじいさんに体力がなく、ウサギを見張れないから。」(ウサギの沈黙は、3つの班が指摘)などでした。
 執行を猶予する理由は、「タヌキは悪い意図でおばあさんを殺したが、ウサギは正義感で殺しかけたから。」「殺したと殺しかけたでは差があるから。」「もしタヌキとまた会ったら、おじいさんと相談すると思うから。」などでした。
司会:「この問題に正解はありません。むしろ、どちらも正解だと言えます。私たち法科大学院生でも意見が分かれる問題です。でも、正解があるわけではない問題に一つの結論を出し、次のステップへ進むのが裁判です。しっかり考えて出した結論が正解といえます。ウサギの人生における一大事を決めることなので、しっかり考えて結論を出すことが大切です。」

〈生徒の感想より〉
・みんなと話し合うことができ、自分にはなかった新しい発見があって、考えを深めることができました。これからは友達と考えるということも大切にしたいと思います。
・班ごとに意見を出して発表するとその班ごとに違う意見があると分かった。僕らの班で出なかった意見が聞けてよかった。
・今まではあまり裁判のやり方を知らず、つまらず、自分には関係ないと思うところもあったけれど、実際やってみると難しいけれど面白いと思いました。
・今まで全く知らなかったことを沢山知ることが出来て嬉しかったです。興味があるのでインターネットなどでもっと調べてみようと思います。

3 授業後意見交換会より

・今井秀智 先生(國學院大學法科大学院教授、弁護士)
 今回の法教育祭は、前回からご協力いただいている鉢山中学校に加え、松濤中学校の参加を得て、2校で開催することができました。法科大学院生による法教育だからこそ、グループワークで各グループにファシリテーターをつけるなど、マンパワーによって一度に多くの実践ができます。
 法科大学院生による法教育がさらに発展することを願い、本日付で、日本学生法教育連合を立ち上げました。大学間や世代間の枠を超えて、横断的縦断的に法教育情報を共有することを期待しています。法科大学院生と学校関係者をつなぐ場となればと思います。

・慶應大学法科大学院生「カチカチ山」裁判グループの代表
 同じカチカチ山を素材とする一橋大学の実践を見られてよかったです。ワークシートはもう少し工夫できたように思います。

・中央大学法科大学院生「白雪姫」裁判グループの代表
 以前の実践と違って1週間前に学校でリハーサルができたためイメージを準備できてよかったです。最後の時間切れが課題だと思いました。他大学と一緒にできて、いいところを見られてよかったです。

・一橋大学法科大学院生「舌切りすずめ」裁判グループの代表
 以前の実践には時間を2時間かけられて、今回もうまくできるかと思っていましたが、対象が高校生と中学生ではだいぶ勝手が違い、難しかったです。それなりに進行はできたと思います。寸劇もよかったと思います。他のチームを見ていて、生徒と問答をする方式はいいと思いました。

・慶應大学法科大学院生「三匹のこぶた」裁判グループの代表
 リハーサルでは当初は条文を説明なしに使っていましたが、条文の文言とVTRの内容と関連づけて説明するように変更したのはよかったと思います。グループワーク前に寸劇をやったことで雰囲気がやわらいだと思います。

・一橋大学法科大学院生「カチカチ山」裁判グループの代表
 リハーサルのときに大内先生に、生徒は思っているより幼いと思って取り組んで、と言われましたが、鋭い意見がとても多かったです。生徒がしっかり興味をもってくれていると思いました。反省点としては緊張しすぎて質問を生徒にふれなかった点です。

・大内弘全 先生(渋谷区立松濤中学校主幹教諭)
 今後も法教育の活動を続けていくうえで参考になればと思い、率直なところを話させていただきます。受け入れ側の学校からすると、今回のような出前授業の受入れをすることは、なかなか簡単なことではありません。それでも、志をもってこういった勉強をしている意気込みを生徒に伝えるのは意義が大きいと思い、協力いたしました。生徒に熱意が伝わったと思います。ただ厳しいことを言うと、なぜこの素材を選んだか。何を教えたいのか、知ってもらいたいのか、それは中学1年生に合致したものになっているか。そこをきちんと考えて授業をつくってほしいと思います。ただやって終わり、では「打上げ花火」です。到達点はどこにあるのか、今後どうするのか、しっかり考えてほしいです。イベントで終わらせたくないと思います。

・今井秀智 先生(國學院大學法科大学院教授、弁護士)
 「三匹のこぶた」の授業で、まとまりなく終わりそうになった時に、大内先生がこのままではいけないということで、最後にご発言くださったのは、本来は授業をする院生がやるべきことです。授業の前半はとてもよい形で出来ているけれども、グループワークへの投げ方、引き上げ方、まとめ方をもっと考えてほしいです。法科大学院生による法教育は、法科大学院生と子どもの両方に意味があるWin-Winの仕組みになり得ると思っているけれど、今のところ、子どもたちにWinが少ないという印象です。

・小粥太郎 先生(一橋大学大学院法学研究科教授)
 大内先生がお話されていたように、法教育の実践の場を得ることは実は簡単ではなく、このような機会を作っていただけるのはとても貴重だと思っています。ひとつ気になるのは、この「昔話法廷」を素材とした授業実践が、「法」を伝えているのではないのではないか、ということです。いろんなことを考えさせられるけれども、法を伝えるのではなくて、ディベートの訓練になっているかもしれないと思いました。

・福本知行 先生(金沢大学人間社会研究域法学系准教授)
 法教育の授業が難しいのは確かだと思います。ディベートの授業みたいになってしまう。どのような内容の裁判かでやり方が変わってくると思うので、素材を与えられたらどう消化するかを考えたらいいのではないでしょうか。

・長島光一 先生(帝京大学法学部法律学科助教)
 院生のみなさんがとても工夫をされていると感じました。グループワークではファシリテーターの役割が大きかったため、少数意見の生徒の補足をしたり、執行猶予の意味を詳しく伝えるなどの工夫も必要です。これを機会に、もう少し生徒目線で、授業後の生徒のモヤモヤ感を次のステップへつなげるには何を教えればいいか考えてほしいと思います。

 この他に、参観者の意見として、無罪推定の原則からすると有罪・無罪を単純なグラデーションと捉えるような説明は正しいのかといった疑問や、「昔話法廷」の制作担当者の立場から「多面的なものの見方・根拠をもつこと・伝える力・聴くことの大切さ」といった番組のメッセージなどが出されました。

〈取材を終えて〉

 取材したどの授業も、法律という普段なじみのない事柄について生徒たちにわかりやすく伝えようという院生の努力が感じられるものでした。一橋大学法科大学院生によれば、準備は皆で分担して約1か月間で行ったそうです。以前に実践したときの絵を手直しして使い、1週間前に中学校で担当教諭の前でリハーサルをしたそうです。その後、大学院でもう1度全体リハーサルをしたとのことです。
 1回55分間で、導入、VTR視聴から模擬裁判の評議までコンパクトにまとめられている授業だと思いました。生徒たちは集中してVTRを視聴していましたし、議論も熱心に行われていました。ご紹介した生徒の感想は、同様の意見が多かった典型例です。ファシリテーターが各グループの討議に入るというのは、法科大学院生の実践の強みだと思います。授業後の意見交換会では、先生方から厳しいご指導をいただきましたが、本音の指導をいただけるのも学生の立場ならではメリットだと思います。今後の実践に引き続き注目したいと思います。

 

注1:
鉢山中学校のプロフィールは、http://www.houkyouiku.jp/15080601をご覧ください。

 

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