2016年度レポートを振り返って インタビュー 小貫 篤先生

 今回の年度まとめインタビューは、高等学校の先生をお迎えします。東京都立雪谷高等学校で公民科担当の小貫篤先生注1にお話を伺いました。2016~17年にかけては、18歳選挙権の実現という大きな出来事により、主権者教育が注目されました。主権者教育関連のレポートのご感想に加え、小貫先生の実践された主権者教育のエピソードや新しい授業のアイデアなどをお伝えします。

〈2016年度に掲載された主権者教育関連のレポート一覧〉

(掲載順)
【2016年】
7/7 政治教育体験セミナー2016
8/4 2015年度全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究集会
 ―18歳選挙権に向けて、主権者教育の推進と留意すべき点について―
9/8 横浜弁護士会シンポジウム「法教育から主権者教育を考える」
9/22 新聞活用実践教室(第116回)「主権者教育とNIE」
11/3 日本弁護士連合会法教育教員セミナー「主権者教育」
 
【2017年】
1/12 「経済の基礎概念から考える有権者教育」授業
2/16 2016年度全国公民科・社会教育研究会「授業研究委員会」研究集会
 ―主権者教育の検証―
3/2 法と教育学会第7回学術大会「主権者教育と法教育」

 

〈主権者教育関連のレポートについて〉

――2016年度に掲載されたレポートのうち、主権者教育関連のものは上記のようになりましたが、ご感想はいかがでしょうか?
小貫先生:やはり、具体的な授業が紹介されているレポートが興味深かったです。主権者教育の授業を開発する際に参考になりました。個々のレポートに入る前に、私が「主権者教育」をどう捉えるかという前提を確認させてください。個人的には主権者教育はシティズンシップ教育の一つの側面とと考えています。シティズンシップ教育では、「社会的・道徳的責任」、「社会参加」、「政治的教養(政治的リテラシー)」の三つが重視されます。日本のシティズンシップ教育ではこの中でも、政治的教養(政治的リテラシー)が重視されています。バーナード・クリックは「政治的リテラシーとは、日常生活や日常言語から取り出された概念を現実に即して理解できることである」 と述べ、概念を用いて自分や相手の利害や理想に正当性や根拠を与える能力が必要であると指摘しています。そのためには「争点」、つまり社会の中で何が課題となっているのか知り、判断しなければなりません。そのためには、自分はどのような概念・価値を重視するのかを自覚することが不可欠と考えます。レポートには、私と近い発想をしている授業がいくつかあり大変参考になりました。。
 2016年7/7掲載の政治教育体験セミナー2016(http://www.houkyouiku.jp/16070701)で報告されている模擬請願の授業は興味深く読ませていただきました。。立命館大学附属宇治高等学校の杉浦真理先生の授業です。実際に自分たちの住む市町村の調査をして、争点を考えて解決策を提案することは大事です。争点を明確にして、価値判断・意思決定をして請願という社会参加につなげていくという授業はとても参考になりました。
 9/8掲載の横浜弁護士会シンポジウム(http://www.houkyouiku.jp/16090801)は、宍戸常寿先生の講演「法教育から考える主権者教育」も大変参考になりました。主権概念を整理されていますが、わかりやすくコンパクトになった素晴らしいご講演と感じました。また、「主権者」として多様性、個人の中にも多様な価値観を抱えているという視点はとても示唆に富むものでした。主権者教育とは違いますが、大村敦志先生(東京大学法学部)の対談「『法学教育』をひらく」シリーズ(http://www.houkyouiku.jp/category/0300)注2も大変面白く読ませていただいています。やはり、一流の先生方の対談は読んでいてとても勉強になります。とくに、民法、刑法、憲法、法哲学など多様な分野の先生方が登場されるので、授業づくりにおいて幅広いヒントをもらっています。  2017年1/12の千葉県立津田沼高等学校「経済の基礎概念から考える有権者教育」の授業(http://www.houkyouiku.jp/17011201)も興味深かったです。インセンティブや希少性といった経済の基礎概念を丁寧に教えながら、投票コストや世代間格差に目を向けさせて選挙を考えさせる授業です。カプランらの『選挙の経済学』が念頭にあると思うのですが、このような経済的は発想から選挙を考える授業は社会科教育の学会でも何人か発表されている先生がおり、主権者教育の幅を広げる意味でもとても興味深く読ませていただきました。私が世代間格差や世代間倫理を授業で話すときは、京都大学の宇佐美誠先生(法哲学)がよく書かれている「魔法のスイッチ」の問いを使わせてもらっています。「魔法のスイッチ」とは「そのスイッチを押すと、30年間は絶大な繁栄をするが、30年後には必ず破綻する」というスイッチを押すかどうか、考えさせるというものです。この問いだけで活発に話す学校もあるでしょうし、この問いに現実の社会事象を重ねて伝えると活発に話す学校もあるでしょうが、この問いはとてもシンプルでわかりやすく考えやすい素晴らしい問いだと思います。うちの生徒は切実な課題でないと真剣に考えませんので、なるべく現実の事象と組み合わせてかつ考えやすいようにシンプルな事例を提示するように心がけています。
 主権者教育は、投票という体験だけでなく、単元全体で何を学ばせるか、内容知と方法知がともに大事だと考えます。例えば、法哲学における先哲の思想を地域の課題と組み合わせて課題の解決を考察・構想させるような実践も考えられるでしょう。これは法教育にもつながると思います。実定法を前提としつつも、最後は、法は可変的なものでもあると言えるといいと思います。
 いずれにしても、主権者教育と法教育は密接な関係がありますので、法的な見方・か考え方を活用した主権者教育が多様な方法論で開発されるといいなと思っています。

〈小貫先生ご自身の取組み―(1)倫理・物理コラボ授業〉

――先生は教科書会社に4年間勤務されてから教員になられたとお聞きしました。教科書を編集しながら、実際に授業をしてみたいとお考えだったとのことで、意欲的な取組みを実践されています。
小貫先生:3年生の「政治・経済」と2年生の「倫理」を担当していますが、学年末試験が終わった今のタイミングを利用し、「公民」と「物理基礎」のコラボレーション授業を企画しました。双方の授業時間を1コマずつ持ち寄って2コマ連続授業にします 。授業は、物理、倫理、法的な考え方を活用して「AIを通して人とは何かを考える」ものです。最初に物理の教員に「今、AIの技術はこの辺まで来ている」という話をしてもらい、次に私が倫理的な視点でAIに関する倫理的課題について話します。2017年1月31日付の日経新聞の記事「AIと世界」には、ロボットに恋愛感情を持つ人もいるということが紹介されています。マンガ「鉄腕アトム」に、ロボットが人権を要求するエピソードがありますが、そういうことが実現する日が来たのかと感じました。法的にはフランス人権宣言やアメリカ独立宣言が人権を白人男性のみに認めていたことを経て、奴隷解放、そして女性にも人権(参政権)が認められるようになり、現代では法人など、人以外も法的に人とみなしているという「人」の概念が拡大してきたことに触れ、「AIを人と認めるべきか」を考えさせます。そして、物理、倫理、法的な考え方を活用して、「人とは何か」という倫理学の根本問題を考えることができたらいいなと考えています。
 欧州議会では、ロボットに人と同じ権利を持たせるかどうか、議論されています。日本では、フロント係をAIに任せるホテルが話題になっています。UNDPの『人間開発報告書2015』には、機械化が進むことにより、あと20年したら職業が半分になる可能性があることが指摘されています。この流れが進むと、AIに倫理規定を設けなければならないといったことまで考えられるかもしれません。総務省の『情報通信白書』(2018年版)では、教育の分野でも2020年には、知識の獲得ベースについてはAIに代わられる部分があると予想しています。  「倫理」などで法哲学を取り扱う意義は3つあると思います。1つは、先哲の思想を理解することそれ自体に意義があるということです。2つめは、文献はいろいろな読み方ができたり、ある思想はいろいろな解釈ができるということを示す意味です。3つめは、今の社会を考える道具として活用する意味です。3つ目の意味の具体として、例えば功利主義においては、結果が良ければ(効用が向上すれば)正しいとし、AIを人と認めることで社会全体の効用が向上すればそれは正しいとされるでしょう。しかしカントは、人間の存在そのものに価値があるという人格の尊厳を唱えます。生徒の考えが功利主義的かカント的か、発想の価値づけを考えてほしいと思います。生徒の発言の基となる概念に価値づけして、気付かせてあげたい。そういう気付きが、社会生活の別の面で応用できると思います。
 私の好きな言葉は、大学院で指導教授がおっしゃっていた「社会科教育の入り口は狭く、奥行きは広く」という言葉です。「AIを人と認めるか」を入り口とし、その奥に広い世界があることを生徒に示したいと考えています。

〈小貫先生ご自身の取組み―(2)第65回全国社会科教育学会(2016年)における発表〉

小貫先生:先哲の思想を活用し、政策を考える主権者教育の授業を考えました。3年生「政治・経済」で全7時間の授業でした。まず、先哲の思想・概念を習得させます。次に、社会的課題について、いろいろな立場の人がいることを知り、多面的に考察させます。そして、法哲学の知見を活かして判断・意思決定をし、グループで合意形成をします。その先を自己のあり方・生き方につなげれば「倫理」となり、政策の提案・参加につなげると「政治・経済」になると思います。
 生徒に身近な社会的課題については、「自転車レーン」「駐輪場」「一人親世帯の高校生医療費無償化」を取り上げました。思想・概念は「功利主義、リベラリズム、リバタニアリズム、共同体主義、フェミニズム、センの思想」を提示し、自分の考えがどれに近いかで生徒をグループ分けしました。このグループ分けが政党になります。そして、各政党が社会的課題を解決する政策をプレゼンし、政策討論会をしました。その後、3年生280名全員が、大田区選挙管理委員会の協力のもと投票をし、選ばれた政党が政策をブラッシュアップして大田区に提案しました。私は4クラスを担当し、他の3クラス担当の先生にはプリントを配布して、授業をお願いしました。
 昨年度に行った主権者教育は、大田区の「民泊」について重視する価値を自覚して政策を考え、区長に提案する授業を行いました。実際に、区長が45分間も生徒と話していただけました。社会参加する機会を確保することで生徒の社会的有用感は高まることを実感しました。

〈法教育に求められること〉

小貫先生:主権者教育や法教育に求められるのは、「公の空間」をどうつくるかを考えるということだと思います。「公の空間」を考えるときにヒントになるのが、ハンス・ケルゼンとカール・シュミットの議論ではないかと思います。ケルゼンは、議会というシステム・手続きがデモクラシーを保障するといいます。シュミットは、熱狂と喝采こそがデモクラシーであるといいます。おそらくこれは、どちらも補完し合う関係にあると思いますが、これは法教育・主権者教育で議論しがいのあるテーマだと考えています。。
 また、他教科との連携という点で言えば家庭科の教科書には、家族法や消費者法について公民科の教科書よりもページ数が割かれており、興味深く思っています。芥川龍之介の短編にも、法教育授業になりそうなものがあり、国語と公民の連携授業も考えられそうです。これからもいろいろな取組みができたらいいなと思っています。

 

注1:
2017年4月より筑波大学附属駒場中・高等学校に移られました。
注2:
2016年は4/7・21「第6回 松尾弘先生」、10/6・20「第7回 道垣内弘人先生」
注3:
この授業の様子は、後日、法教育レポートに掲載いたします。
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