「AIを通して人とは何か考える」都立雪谷高校法教育授業
2017年3月13日東京都立雪谷高等学校にて「AIを通して人とは何か考える」の授業が行われました。AIという最先端技術の動向について学ぶと共に、新しい技術を取り入れることによって起こる世の中の変化について、倫理的・法的観点から考えるという公民と物理のコラボレーション授業です。高校2年生(文系)が「人とは何か?」自分なりの考えを深めていく様子についてレポートします。(当日の配布物より、適宜引用させていただきます)
<東京都立雪谷高等学校のプロフィール>
(雪谷高等学校ホームページより)
1913年創立。普通科。
自主自立の精神の育成を目指し、「文武両立」の実現を教育目標に掲げています。素直でのびやかな生徒の資質を生かし、学力向上と部活動の推進により、たくましく豊かな人間性を育成する教育活動を展開している学校です。
東急池上線御嶽山駅より徒歩約8分。東京都大田区の閑静な住宅街の中にあります。
<授業>
対 象:第2学年7組 40名
日 時:2017年3月13日第4校時、第5校時
場 所:2年7組教室
教 科:公民と物理のコラボレーション授業
授業者:(公民)小貫 篤 教諭、(物理)金盛 陽 教諭
【第4校時】
1.授業の導入(金盛教諭)
今回のコラボ授業の意義について生徒の皆さんに説明しました。
小学生のときは「生活科」として、理科と社会科は、一緒に学んでいましたよね。科学技術を実際に社会に導入する際には、その社会における影響、法、倫理的なこと考えておかなければなりません。これが社会科です。
科学技術によって生活を豊かにしていくためには、理科と社会科は一緒に学ぶ必要があるのです。だから今日は、AI(人工知能)の技術に関して、理科の側面と社会科の側面とを一緒に考えていこうと思います。
2.AIの理解(以下、自作プリントに沿って実施)(金盛教諭)
AIに恋をしている若者のエピソードやAIとの結婚に関するロンドン大学での会議の様子、ペットロボットの葬儀で涙する女性など、AIに心の繋がりを求める人々に関する日本経済新聞の記事を引用し「AIを取り巻く世に中の動き」について解説しました。(日本経済新聞2017/1/13)
更に生徒に興味を持たせるため、レコードから電子データへと進化した音楽録音技術を例に「技術革新のスピード」、国立情報学研究所が開発したAIが大学合格レベルに達したこと等の例で「AI技術の現状レベル」を解説し、AIが判断能力や感情を持つ「ヒト並みの知能レベル」に到達する可能性がゼロではない事を示しました。
この時点で、生徒に「AIを「人」として認めるか」を問い、5人から意見を聞きました。
「人」である (1人)・・・「感情があるからヒト」
「人」ではない(4人)・・・「機械だから」「壊れたら捨てるから」
3.AIの社会的な影響(小貫教諭)
近くの携帯電話ショップに配置された接客ロボットやAIを搭載したヒト型ロボット(AIロボット)を各国が開発している状況(2016/5/15 NHKスペシャルの映像)などを伝え、近い将来、AIロボットが家族の一員になり得ることを解説しました。
その中で、AI自身に倫理性を求める等、世界ではAIロボットの人権に関する議論が始まっていること(欧州議会の法務委員会:朝日新聞2017/3/1)を示し、今から考えておくべき問題であると提起しました。
4.グループワーク(理科と社会科の見解を用いて課題を考察)(小貫教諭)
(1)指示
机を移動させ6人でグループを作るよう指示しました。
(6人×6グループ、4人×1グループ)
考え込む生徒もいる中で、考えを深めさせるための誘導をしていきます。
「人工的に作ったものだから「人」じゃない」といったという意見の生徒には、観点を広げ考えが深まるような問いかけました。
(2) 各グループの結論(各グループの代表者1名が発表)
【「人」と認めるべき】 1グループ
・ペットと同じだから、生き物として生きる権利がある。
【「人」と認めるべきではない】 6グループ
・人間ではないから。
・権利を持たせると人間が支配されそうだから。
・機械・人工物だから。
・ヒトから産まれてないから。
5.第4校時まとめ(小貫教諭)
【第5校時】
6.近未来のAI(金盛教諭)
はじめに、「AIはヒトを超えるか」について、科学者の間でも意見が分かれていることを説明しました。
今回の授業では「AIはヒトを超える」という意見を採用して進めていきます。
厚生労働省が他人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)網膜組織の細胞を目の病気の患者に移植する世界初の臨床研究計画を了承したことから、将来、人間の体を人工的に作り出すことができるかもしれない可能性を伝え、生殖可能なAIロボットが誕生する未来を想像させました。
(この問いにより、生徒はAIロボットと共生する世の中を具体的に想像したようです)
7.「人とは何か?」法的な考え方の習得(小貫教諭)
ここまで「生物としてのヒト」を考えてきましたが、次に「法的な人」について考えていきます。
法的な「人」の概念と歴史的な変遷について説明しました。
(1) 現行民法(第3条1項)の解釈について解説
(2) フランス人権宣言における「人」と除外されている人たちを解説
(3) アメリカにおける黒人の人権に関する歴史を解説
(4) 女性の参政権、子どもの権利の獲得の歴史を解説
今では、組織にも人格が認められています。それが「法人」です。
これらを踏まえて考えてみたとき、AIロボットは「人」じゃないと本当に言い切れるでしょうか?
8.グループワーク(物理、法、倫理的な考え方を活用して「人」とは何かを考える)(小貫教諭)
(1) 指示 ※先ほどの6名グループ(一部4名)にて実施
併せてグループで「人とは何か」を考えてみてください。
(2)議論を深める問いかけ
・AIロボットとヒトの間に子どもができたら、それは「人」かな?
・AIロボットが目の前で苦しんでいても、助けなくていいかな?
・AIロボットが「人」ならば、有給休暇あげないといけないよ。
・AIロボットが選挙に立候補するかもしれないよ。
(3)各グループの結論
【「人」と認めるべき】 3グループ
・高度な知能を持っていて、人間として種の維持ができるならば「人」としてよい。
・外見や身体がヒトならば「人」。
【「人」と認めるべきではない】 4グループ
・差別ではなく、「人」とは区別するべき。
※7グループ中、理由を挙げて発表したのは3グループでした。
(4)まとめと解説
生命倫理の代表的な3つの説について説明しました。
「人間=価値源泉説」:
尊重に値するのは、「人間」だけであり、それ自体で価値があるのは人間だけであるという考え方。
「種差別克服論」:
動物には感覚を認識する能力がある。動物は快苦を感じる存在だ。苦痛があるのは功利主義に反する。権利が与えられないと不当な扱いを受ける。動物の苦痛を回避するために、動物にも権利を認めるべきだ、という考え方。オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーによって唱えられた。
「パーソン論」:
自己意識があれば人とみなすという考え方。オーストラリアの哲学者トゥーリーによって唱えられた。
この3つの考えに当てはめていくと、AIロボットは「人」でしょうか?
「人間中心主義」では、AIロボットは「人」ではないとなります。
「種差別克服論」では、苦痛を感じるようになればAIも「人」と認めることになります。
「パーソン論」では、自己意識をもつようになればAIも「人」と認めることになります。
さあ、みなさんの考えはどれに近かったでしょう?
9.授業の終結
物理、倫理、法的な考え方という、考える枠組みを使って今起こっている課題をみると、社会が見えやすくなります。ぜひ、こうした考える枠組みを意識ながら科学技術や社会を考えていってください。
最後に使用したプリントに感想を書き提出するよう指示しました。
10.授業ついてのまとめ
(1)生徒の感想 (提出されたプリントの記述より)
生徒それぞれが、テーマについて深く考えた様子が伺えました。
・難しいけど、面白かった。
・今までで一番頭を使った気がする。
・AIがそんなに発達しているとは知らなかった。怖くなった。
・難しいけど、避けられない問題だと思った。
・すごく考えさせられた。
(2)今後の授業に向けた考察
・難しいテーマだが、生徒たちはそれぞれに深く思考を巡らせていた。
・前半の「AIは「人」ではない」という意見が多かったが、後半では物理や法的な考え方を習得したことによってさまざまな角度から思考し「「人」として認めざるを得ない未来が来るかもしれない」と変わってきたところは、狙い通りだった。
・考えを深めてもらうための問いかけが有効だった。
「君は自分で人間と思っているだけで、脳はAIかもしれない」という言葉によって、生徒が、起こりうる近未来であり、身近な問題として「AIロボットを「人」と認めるか?」について考え始めた様子が伺えた。
・今回の授業では、グループワークで様々な考えを聞いて欲しいという意図から6人グループとしたが、議論に参加していない生徒が見られたため、グループ人数は4人程度として全員に自分の考えを述べさせた方が議論を活性化できたかもしれない。
<取材を終えて>
今回の授業は、正解のない問題について考え、他者の考えを聞いた上で、更に考えを巡らせるという難しいものでしたが、AIロボットと暮らす未来を具体的に想像させ、身近な問題と捉えさせたことにより、生徒の皆さんは「難しいが面白い」と非常に興味をもって授業に参加し、お互いの考えを述べ合っていました。
授業での深い思考の展開には、生徒の皆さんに当事者意識をもってテーマについて考えてもらうことが大切なのだと感じました。
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