「法教育教材作成ワークショップ」研究成果発表会

 2017年3月11日(土)12:30~17:00、「『法教育教材作成ワークショップ』研究成果発表会」が明治大学リバティータワーを会場に開催されました。主催者は法学研究者・現場教員と連携した法教育教材・法教育プログラムの作成プロジェクトです。研究成果として2つの授業の発表が参加者を巻き込んで行われました。その模様をお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

12:30~12:40 趣旨説明と「ワークショップ」の説明
12:40~13:10 法教育教材に関する基調提案
13:10~14:10 教材作成と授業実践の発表Ⅰ
14:20~15:20 教材作成と授業実践の発表Ⅱ
15:30~16:30 発表Ⅰ・Ⅱについて参加者によるワークショップ
16:30~17:00 本日のまとめと法教育教材の展望

1 趣旨説明と「ワークショップ」の説明

藤井 剛 明治大学特任教授

 

 「法学研究者・現場教員と連携した法教育教材・法教育プログラムの作成プロジェクト」の目標は、できる限り多くの法教育教材を開発し、学校現場に提供することと、法学研究者・教育学研究者・現場教員間の連携を強化することです。本プロジェクトの流れは、
【1】法学研究者から法教育教材向けの講義を受け、参加した現場教員などが講義内容を教材化する。そして出来上がった教材を参加者・研究者とともに検討し修正、いったん完成教材とする。
【2】完成教材を各学校で実践し、生徒へのアンケートなどを実施し、さらに改良する。
【3】研究報告会を開催し、最終的な法教育教材を発信する。
こととなっています。
 本プロジェクトの特徴は、参加する法学研究者と現場教員などが連携している点、現場教員が自分が勤務する学校に合った教材を作成できる点、教材を実践して完成度を高めている点、研究成果発表会で広く発表する点で、これまで発表されてきた法教育教材やその作成過程と大きな相違があることです注1

2 法教育教材に関する基調提案

「これからの法教育のあり方―中学校学習指導要領改訂を事例にして―」
橋本康弘 福井大学教授

 

 本講演のポイントは、法教育が関わる公民的分野の場合、今次学習指導要領改定の議論は平成20年版でほぼ「対応済み」ということです。ですから、これからの法教育のあり方を考えるについては、まず平成20年版の指導要領の枠組みをご確認いただければと思います。さらに主権者教育など、新しい教育上の動向を踏まえる必要性があります。
 現行平成20年版学習指導要領の重要ポイントは、「習得・活用」型学力の育成でした。「習得」させるべき基礎的な知識および技能に関連し、社会科等では社会的な見方や考え方を成長させることが重視されました。そして、現代社会を捉える見方や考え方(概念や理論)の基礎としては、たとえば中学校では「対立と合意、効率と公正」が設定されました。ただし「習得」に関し、新しい学習指導要領では「見方や考え方」ではなく、「見方・考え方」となり、全教科等で設定されました。新教育課程では、「見方・考え方」が重視されたということです。また、公民的分野では、その「見方・考え方」を「よりよい社会の構築に向けて、課題解決のための選択・判断に資する概念や理論」と整理しました。
 高等学校公民科において、基礎的な知識および技能を活用して解決すべき「課題」とは、平成20年版指導要領では、学習した知識・概念の多くを総動員して解決するような課題を指す(マクロな課題)とされました。新しい学習指導要領における「活用」の学習は、「何を知っているか」から「何が出来るようになるか」へと、より充実させる方向性が示されています。
 さらに、平成20年版では言語活動の充実が求められましたが、新しい学習指導要領における「言語活動」は引き続き重視され、アクティブ・ラーニング(「主体的で対話的な深い学び」)の実施が求められています。
 新しい学習指導要領のポイントをまとめますと、【1】知識をどう使うかが重要なので、鋭い分析力(判断基準)の習得が必要になります。議論して考えさせる授業の場合、法的思考力がないと道徳に引っ張られることが起こる可能性があるので、習得すべき判断基準の質が重要となります。【2】主権者育成に向けた指導の充実、の2点です。
 新しい学習指導要領に対応した法教育を実践するためには、「思考力・判断力・表現力を育成する授業」「知識や概念を活用して考察・判断する授業」「具体的な法的論争問題を考える上での『論点』を教師が知ること」が求められます。そのためには法律専門家からの教材の提案・教材分析は不可欠であり、本教材作成ワークショップの意義は大きいといえます。

3 教材作成と授業実践の発表Ⅰ

「ローマ法を用いた法教育の試み」
野坂佳生 金沢大学教授、藤井 剛 明治大学特任教授

(1)野坂教授による講義要約
 一般市民が「法」を学ぶうえでは、現に存在する法律やルールや「きまり」よりも、大きな視点で「法という社会システムの設計思想」を学ぶことが重要ではないかと考えます。そして、この「法システムの設計思想」という点においては、近代市民革命期に若干の修正は加えられたものの、紀元前450年頃の共和政ローマ期に成立したローマ法の設計思想が現代に至るまで基本的には引き継がれています。この「法システムの設計思想」を法原理と呼ぶならば、ローマ法の法原理は「理性に照らして永くその価値を認められてきたもの注2」、すなわち、歴史の風雪の中で生き残れるだけの合理性を備えていたものと言えるでしょう。今回の教材作成プロジェクトでは、ローマ法の設計思想のうち、木庭顕教授が「法の第一原理」と呼ぶ注3占有原理のほか、契約法の基本原理である「信義誠実」と家族法(父子関係)の基本原理である「子の福祉」を紹介しました。これらのローマ法の諸原理から現代法を見つめ直してみようという趣旨でした。

(2)藤井教授による教材作成の過程紹介
 第2段階の教材作成については、野坂教授のローマ法講義から「占有」を選びました。そして教材として「ドラえもん」を使う授業案を考え、教材作成後の協議で様々な意見を頂きました。それらの意見をもとに教材を修正し、いったん完成した授業を福井県立藤島高等学校2年生選択科目「研究ⅡB法と政治分野」で実践しました。

(3)実践の記録
日時:2016年9月15日
 14:40~15:25 藤井教授による授業
 16:00~17:00 野坂教授による生徒に対する「ローマ法講義」注4
場所:社会科室
対象:「研究ⅡB法と政治分野」選択の25名
本時の目標:法原理が「法の歴史」の中にあることをローマ法に遡って解説し、それが近代司法の基本原則とつながり、現代日本の裁判の判断基準になっていることを理解させ、近代法の基礎的な価値体系を理解させる。

[授業の記録]
〔1〕導入(5分間)
 ワークシート配布。感想を聞く。「保証期間」(電気製品など)の解説。

ワークシートの内容
1)今日学ぶローマ法の内容:「占有」の原則
【1】「ぐるになった人たち」に占有は認められない(ただし、現在の日本法は異なります)。
【2】たとえ自分の物でも「実力で奪う」ことは占有の原理に反する。
【3】占有を保障するのは平民の政治システム(民事訴訟)である。そのために、法務官制度(裁判官制度)、護民官制度(弁護士制度)、陪審制度(裁判制度)などが整備されている。
2)事例から学ぶ「ローマ法」
「ドラえもん」の事例:ある日、広場でのび太が3DSで遊んでいるとジャイアンがやって来て、「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」と言ってのび太の3DSを取り上げてしまいました。のび太が何と言おうと(Q1)、ジャイアンは返してくれません。通りがかりのスネ夫もジャイアンの味方をしました(Q2Q3)。のび太に泣きつかれたドラえもんは、「透明マント」でこっそり取り返すことを提案します(Q4)。せっかくのアイデアでしたが、それを実行しなかったところへしずかちゃんが通りかかり、先生のところへ行くことを提案しました(途中に上記の4つの質問Q1~4あり)。

〔2〕展開(30分間)
 役者を指名してワークシートを読ませる。途中の質問(Q1~4)に答えさせる。
Q1:のび太はジャイアンに何というでしょうか?
Q2:ジャイアンはのび太に、「ほら見ろ!2対1で、この3DSは俺さまのものだ!」といいましたが、ジャイアンの発言におかしいところはありませんか?
Q3:4人グループになり、答えを検討してみましょう。
Q4:「透明マント」を使って取り返しに行ってよいのでしょうか?理由とともに考えましょう。
Q5:のび太の訴えを聞いた先生は、ジャイアンとスネ夫になんと言ったでしょうか?
   吹き出しに言葉を入れなさい。
Q6:4人グループになり、それぞれの答えを検討してみましょう。
Q7:ローマ法の原則で考えると、先生はなんと言うべきなのでしょうか?
(Q2、Q4 、Q7は、1)の占有に関するローマ法の原則【1】~【3】から考えさせる)
〔3〕まとめ(5分間)
 「法律には目的があり、法律を支える社会的事実があること」「法律や人権は歴史の上にあり、安易に変更されると法的安定性が失われ、社会が揺らぐこと」を説明し、法律を変更するときは「歴史と相談すること」が必要であることを確認する。

(4)授業後の生徒アンケート、研究協議より
 生徒アンケートでは、「現在の法律に通じる考え方が、古代ローマで形成されていたことに驚いた。」「現在の法律は、確かに歴史的検証に耐えてきたから信頼されており、さらに現在から後世に続いていくという流れが見えた。」という意見が多数ありました。
 研究協議では、「世界史の授業で法教育ができることが理解できた。ナポレオン法典やマグナ・カルタなどは、法教育の視点で掘り下げて世界史の中で考えさせることができる。」という意見がありました。

(5)今後の課題
 法学研究者から講義を受けて、その場で法教育教材を作るのは時間的に難しいので、今後は講義を行う研究者から事前に「課題」を与えてもらい、予習してから臨むことが必要と考えられます。

4 教材作成と授業実践の発表Ⅱ

「よりよい社会をつくるための政策選択をする際の枠組みを作る」
金子幹夫 神奈川県立平塚農業高等学校初声分校 教諭

 

(1)金子教諭による教材作成の説明
 法学研究者の講義「子どもと大人の境界―民法の成年規定を素材として」(山口敬介 立教大学准教授)を受け、政策選択をする際に必要な枠組みを生徒に伝えることを目標に授業を考えました。「選ぶ」という行為には、そのバックグラウンドの違いにより種類があることを感じ取らせるため、大まかに4つの架空事例を用意しました。生徒を男女混合の4人グループに分け、祖父・父・母・長男などの役割分担をします。
 生徒に架空事例を読ませ、その事案を分析するための「4象限図」を提示します。「4象限図」とは、横軸に「現在~30年後」、縦軸に「自分及び身の回りの人が影響を受ける~多くの人々が影響を受ける」という軸を想定するもので、事案において自分の現在地点と選択がもつ意味を視覚的に考える助けとなります。事案は、①宝くじの当選金の貰い方は2通りのうちどちらがいいか、②シャープペンシルの替え芯購入の金額はいくらか、③市議会議員選挙で候補者AとBのどちらに投票するか、④お年玉の使い方に両親が反対する場合、どうするか、というものでした。自分では適切な判断をしていると,そのときには思っていても,あとになって振り返ってみると「どうしてそのような選択をしてしまったのだろうか?」と思ってしまうことがけっこうあるのではないでしょうか?このことを教室で体験できるのではないかと考えて,①~④の四つの事案を取り上げました。
まとめでは、自分に関係のある判断を18歳未満にすることと、多くの人々に影響することについての判断を18歳未満にすることについて、話し合いの結果を整理しました。
(2)参加者が授業体験
 金子教諭による説明後、参加者はグループに分かれ、金子教諭の再現授業を体験しました。

5 発表Ⅰ・Ⅱについて参加者によるワークショップ

コーディネーター:長島光一 帝京大学助教

 

 参加者が教員グループ、学生グループ、法律実務家グループ、大学教員グループなどに分かれ、発表Ⅰ・Ⅱについて意見を交換し、発表しました。
 発表Ⅰについては、専門的な内容をどのように教えるか等の議論が進み、大学教員グループから「授業の受け手になじみがあるという観点からは、市民革命とワイマール憲法の教材作りも可能性がある。」という意見がありました。これを受けて、藤井先生から教材作成方法、野坂先生からこの授業の設計思想を説明して頂きました。発表Ⅱについては、こうした授業をどのように後に繋げていくか等の議論が進み、実務家グループから「象限で考えるのが面白く、自分たちなりの6角形などを作って、行動判断するのもいいかもしれない。」「消費者の個々の活動が社会に影響を与えるということにもっと注目させてもいいと思う。」といった意見がありました。これを受けて、金子先生から生徒自ら行動することの重要性を説明して頂きました。

6 本日のまとめと法教育教材の展望

桑原敏典 岡山大学教授

 

 法の内容を提供されても、授業をする先生によりどういう組み立てにするかは変わります。従来は、研究者が授業を作って現場に提供していました。現場の先生が授業を作ることは、研究者が行っている研究と大きく見て同じと考えられると思います。教材を活用するには、現場で使いやすい教材であることが必要です。ですから、使う側が教材を作成するためには、法の内容を理解し研究することが重要です。本プロジェクトは、研究者と現場教員が協働したこと、教材作成のプロセスまで示したこと、さらに現場教員が自分の勤務する学校に合った教材を作成したことの意義が大きいといえます。今後の課題は、教材を各々の現場に合わせて完成することでしょう。さらに、児童生徒の変容やどのような児童生徒に育てるのかの目標設定を示すことが大事だと考えます。今後一層、内容・方法・用語の議論が必要といえます。

〈取材を終えて〉

 高校の先生方が法学研究者の講義を受けて法教教材をつくる取り組みは、2014年の夏から始まっていました。2014年に4回、2015年に1回、2016年に2回のワークショップが開催され、本発表では2016年の2回の講義をもとにつくられた授業が報告されました。プロジェクトを立ち上げた藤井剛先生の熱意と、ご講義くださった法学研究者、授業実践の場を提供して下さった現場の先生方の御協力など、多くの関係者が協働した成果でした。教材がすでに実践されて完成度が高い点を含め、意義深い取組です。授業後研究協議では、歴史で法教育授業が可能という意見があったとのことで、法教育の新たな可能性が広がる期待を感じました。

 

注1:
「法教育におけるローマ法活用の試み」野坂佳生、藤井剛『金沢法学』第59巻第2号(2017年)より、要約。
注2:
O.Behrentz(河上正二訳著)『歴史の中の民法』日本評論社(2001年)
注3:
木庭顕『ローマ法案内―現代の法律家のために―』羽鳥書店(2010年)
注4:
この部分は、本発表では割愛されました。
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