公開シンポジウム「現代の高校生はどのような法知識・法意見を持っているのか―『1000人調査』の結果から」

 2017年3月18日(土)13:00~16:30、法に関する教育教材開発研究会主催の公開シンポジウム「現代の高校生はどのような法知識・法意見を持っているのか―『1000人調査』の結果から」が立教大学を会場に開催されました。
 今の高校生は平成20年改訂の現行学習指導要領のもと、小学校・中学校で法教育に接する可能性をもった年代でした。どのような調査結果になるのか、興味深い報告です。なお、今回は中間報告であり、最終報告は来年に行われる予定です。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:00~14:00 講演 日本人の「法意識」について-実証研究の成果と課題-
14:00~15:05 研究成果中間報告
15:20~15:50 指定討論者による意見陳述
15:50~16:30 質疑応答・討論 (明治大学特任教授 藤井 剛 他)

〈趣旨説明〉

 本公開シンポジウムは、「1000人調査」の結果から、現代の高校生がどのような法知識を持っているのか、法に対してどのような意見を有しているのか、を明らかにすることで、今後の法教育のあり方について一石を投じることを目的として開催するものです。我々の研究グループでは、昨年度から科学研究費補助金を獲得して、法知識・法意見を問う質問紙を開発し、高校生を対象として調査を行い、分析してきました。本シンポジウムの目的は、我々の研究グループの研究成果の途中経過を明らかにし、その内容について批判にさらし、そして、最終年度である来年度の研究に活かしていくことにあります。              (シンポジウム案内より)

1 講演「日本人の『法意識』について-実証研究の成果と課題-」

木下麻奈子 同志社大学法学部 教授
(1)はじめに:「法意識」とは何か
 法社会学では、「法意識」とは何かということ自体が、議論の対象になります。とくに、実証研究では研究対象を測定する必要があるので、「法意識」を操作的に定義することが重要となります。まず、法の定義ですが、法学ではコンセンサスは必ずしもありません。ここでは法を、法律、判例、社会規範など、世の中の秩序をつくっている基準として捉えます。一方、意識も曖昧な概念ですので、態度という心理学の概念を用います。まとめると本報告では、「法意識」の代わりに「法態度」という概念を用いて、それを法規範及び法制度に関わる法感情、法への認知、法についての行動意図の各成分を統合したもの、として操作的に定義します。
(2)実証研究の成果1:民事司法に関する研究
 はじめに一般人の法に対する態度を調べた1976年調査注1と2005年調査注2を比較した結果について述べます。これら2つの調査の回答者の属性を見ると、両者の男女比はほぼ同じですが、2005年調査で高齢者の占める割合が高くなっています。
 2つの調査を、【1】素朴道徳感情、【2】規範への融通性、【3】厳罰志向の3点で比較しました。まず素朴な道徳感情については、どちらの調査においても、男性より女性の方が、素朴道徳感情が強く、若い人は素朴道徳感情が弱いことがわかりました。ただし、1976年調査よりも2005年調査で、すべての年代で素朴道徳感情が増しています。次に、規範への融通性については、ほとんど変化が見られませんでした。規範の内容は厳格に決めるべきだが、その適用は柔軟にすべきだという考え方は、年齢や時代を超えて共有されている価値観のようです。最後に、厳罰志向については、1976年調査よりも2005年調査の方が全体的に強くなっています。まとめると、1976年と2005年調査を比較した場合、1.日本人の法への態度を規定している要因の構造には変化がなく、2.規範の融通性に対する態度にも大きな変化はなかったが、3.素朴道徳感情と厳罰志向については強くなった、と言えます。
さらに、木下が行った別の実験では、日本人の訴訟に対する態度は、相手との関係、世間の相場といった状況要因によって変化することが明らかになりました注3
(3)実証研究の成果2:刑事司法に関する調査
 一般人を対象に、裁判員制度に関する調査注4を2008年と2011年に実施しました。その結果、どちらの調査でも、裁判員制度に賛成する場合は、裁判員制度への参加意欲が高くなりました。またどちらの調査にでも、裁判員制度が民主主義に貢献すると考えている人ほど、裁判員制度を支持する傾向が見られました。ただし、どのような民主主義を念頭においているかは、明らかではありません。
(4)まとめ
 教育とは価値観が入ったものです。法教育は、どういう方向(価値観)でどのレベルまで到達することを目指しているのか、たとえば法律を道具的に捉えることも認めるのか、といったことを明らかにするのが課題であると思います。今後、法教育の研究で、法も教育の両者を変数として扱うことができれば、研究が一層進展すると思います。

2 研究成果中間報告

(1)「法教育における「子ども研究」の必要性」
橋本康弘 福井大学教育学部 教授
 今の法教育(研究)は、民間研究の側面において、アメリカの教育内容を研究することから始まりました。2003(平成15)年に転換期を迎え、官製研究の側面として法務省版の研究と学習指導要領改訂に見られる文部科学省版の研究が開始されました。民間研究では、法教育の流行に伴い、開発研究が東京都、全国民主主義教育研究会、大阪府松原市の小学校の実践等、また、学会レベルで進みました。開発研究の意義は、多様な教材・授業プランが提案できることですが、課題もあります。子どもにどのような変容をもたらすのか、ねらいは適切か、といったことについて、実証研究により明らかにする必要があることです。
 法に関する認識の変容や子どもの法意識の実際などを明らかにし、それに基づいたカリキュラムを開発することが必要と考えます。法に関する教育教材研究会では、2016年から19年にかけて、中高生の法知識・法意見・法意識についての質問紙調査を実施してきました。それをもとに、日本の法教育のあり方について考えたいと思います。

(2)「研究成果中間報告 --法知識・法意見の分布と両者の対応関係」
小山 治注5 徳島大学インスティトューショナル・リサーチ室 助教
【目的】
 本報告の目的は、高校生の法認識(法知識と法意見)の実態を確認した上で、どのような者の法知識と法意見が一致している(いない)のかという問いを明らかにすることです。
 質問紙調査では、独立変数(原因要素)として、【1】属性要因(性別等と社会階層)、【2】入学前要因(中学校時代の学習経験)、【3】在学機関の教育要因(高校における学習経験・意識)の3つを設定しました。一方、従属変数(結果要素)として、法知識と法意見の対応関係(一致度)を設定しました。本報告では、高校における社会科(公民)に関する学習経験・意識と法知識・法意見の対応関係との関連性を分析します。
 調査は、2016年9~12月に2都道府県の8高校で実施しました。調査方法は、学校を通した集合調査法による質問紙調査です。回収数は1370ケースで、今回は中間報告の段階注6です。
【分析】
・法知識・法意見類型の作成
 「正しい法知識と一致した法意見がある=正知識一致型」、「誤った法知識と一致した法意見がある=誤知識一致型」、「正しい法知識があるものの、それに対応した法意見がない=正知識不一致型」、「法知識は誤っているものの、法意見はその誤った法知識に対応していない=誤知識不一致型」の4つの法知識・法意見類型を作成しました。
・「表現の自由」に関する法知識と法意見の対応関係
 「政治が誤った意見に基づいて行われることのないように、政治にかかわる意見を言う自由は、他の表現と比べて厳しく規制されている」という日本国憲法に関する問題の正誤(法知識)と、「政治に関することについて他人の考え方や行為を批判することは、相手を傷つけるので、できるかぎり慎むべきだと思う」という質問項目に対する反応(法意見)の対応関係をみました。具体的には、法知識(正誤)と法意見(あてはまるか否か)をクロス集計にかけて前述した4つの法知識・法意見類型を作成しました。その結果、各類型がある程度均等に分布していました。
・「逮捕令状」に関する法知識と法意見の対応関係
 「逮捕令状」に関する法知識と法意見の質問項目から4つの法知識・法意見類型を作成しました。「逮捕令状」については法知識の不正解割合が高かったため、誤知識一致型、誤知識不一致型が多くなりました。
・「自白」に関する法知識と法意見の対応関係
 「自白」に関する法知識と法意見の質問項目から4つの法知識・法意見類型を作成しました。自白禁止に関する正しい法知識を有していながら、自白強要を容認する者(正知識不一致型)が多くなりました。
・「社会科(公民)を学ぶ理由」、「社会科(公民)の授業経験」、「法律の専門家から法に関する話を聞く機会」、「社会科(公民)の学習行動・意識」に関する質問項目と前述した「表現の自由」・「逮捕令状」・「自白」に関する法知識・法意見類型との関連性をクロス集計によって分析した結果、独立変数の質問項目によって関連がなかったり意外な結果が出たりし、解釈が難しくなりました。そうした中で、現在の社会科(公民)の授業理解度については、それが高い者ほど、「表現の自由」と「自白」において正知識一致型が多くなりました。
【結論】
・正知識一致型になるための条件は法知識と法意見の組み合わせに依存し、共通する条件は見出しがたいと考えられます。ただし、現在の社会科(公民)の授業理解度は、正知識一致型になる確率を一定程度高めていました(「表現の自由」と「自白」において)。
・以上の知見を踏まえると、授業方法という技術的・即時的なアプローチには限界・困難性があると考えられます。特定の授業によって法知識を高めることができても、それと一致した法意見を醸成できる保証はありません。今回の調査結果は法教育に「近道」はないということを示唆しているように思われます。
 今後は、「表現の自由」・「逮捕令状」・「自白」以外の法知識と法意見の組み合わせを検討するとともに、データクリーニング後のデータセットで分析を行う予定です。

3 指定討論者による意見陳述

(1)木下麻奈子 同志社大学法学部 教授
 調査について、若干の意見を述べます。まず、分析に用いる概念の定義を明確にした方がよいと思います。仮に社会心理学の態度の概念を用いるなら、この調査で用いられている「法知識」は認知的成分に当たります。一方、「法意見」は感情的成分として捉えてよいようにも思いましたが、はっきりしません。この調査では、「法態度」も含め、各概念内容や関係が不明確ですので、他分野(とくに心理学)と共通の概念を用いて再定義すると、研究が進展すると思います。もう一点申しますと、法知識に関する質問は、高校生にとっては若干難しく、量も多かったのではないかと思いました。
 本シンポジウムに参加して、法教育の目標をどのように設定するか、つまり人間のどのような能力を育成しようとするかということが、課題の一つだと思いました。目標を設定するためには、現代の子どもが、法的あるいは政治的な意見をどのように形成しているかといった前提条件についても調べる必要があると思います。

(2)大杉昭英注7 国立教育政策研究所初等・中等教育研究部 部長
 よく行われる調査が、教える側から法教育の現状を見るのに対し、本調査は子どもの側から法教育を見るという意義があります。
 法に対する意見と法知識の一致とは、「もし~ならば」「~するべき、~するべきでない」という意見を形成する際に根拠となる法知識が、当の意見と一致していればいいということといえます。知識・理論は認知的成分ですが、感情的成分と行動成分は一致しないことがあります。「裁判員制度には賛成だけれど、自分は裁判員になりたくない」というように、社会のあり方と自分の生き方には相違があります。本調査の「法知識」は、日本の社会のあり方、「法意見」は自分の生き方を訊いているように感じました。社会のあり方を問えば、法知識と意見の結果が違ってくるのではないかと考えました。

(3)小貫 篤注8 東京都立雪谷高等学校 教諭
 授業と授業外で、生徒の頭は切り替わります。センター試験で高得点を取ったとしても、その知識は1か月で忘れてしまうこともあります。授業のテーマ設定と構成次第で、学んだ概念や知識が生活面で生きるのではないかと思います。そうすれば、法知識と法意見が一致するのではないでしょうか。
 たとえば労働法で、労働者と使用者の力の不均衡を生徒のアルバイトに関係づけ、ロールプレイで考える授業をしたことがあります。本校の場合、テーマ設定の条件は【1】現実に起きた事例、【2】自分に置き換えたり関わったりすると実感できること、【3】論点が明確なこと、【4】一定の社会的結論が出ていることです。法教育の場合、考えることが大事といって終わることが多いですが、それでは生徒の腑に落ちません。一定の結論を用意すると、納得します。
 本校での授業構成の条件は、【1】切実性を高めるために前振りの時間(VTR視聴など)と議論や考察の時間を確保すること、【2】多角的な立場を実感させること(ロールプレイなど)、【3】概念を提示することです。
 この調査報告の感想は、サンプルを取る高校によってデータが変わるのではないかということです。本校生徒は共同体主義的発想が強く、身体化しているので、たとえば公共施設に爆弾テロの危険がある場合は拷問もやむをえないという考えが支持されます。指導の差によって、調査結果が変わってくる可能性も感じます。

〈取材を終えて〉

 法に関する教育教材開発研究会は、2014年3月のシンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える」、2015年3月にもシンポジウム「現代の小学生の道徳的・法的発達について考える(Ⅱ)」において、調査に基づいた教材開発研究を報告しています。今回は高校生対象調査ということで、調査対象が1000人規模、質問項目も多くなりました。
 調査用紙は基本的属性についての質問のあと、憲法に関する問が11、刑事法に関する問が11(どちらも○×式)あり、次に、法に対する意見や現在通っている学校の生活・授業などについて、様々な角度から問うというものでした。
 分析結果は中間報告の段階ですが、「法教育に『近道』はない」というまとめに説得力を感じました。本研究により一層の教材開発が進むといいと思いました。

 

注1:
日本文化会議による首都圏30㎞圏内の20歳以上の一般男女対象調査。回収率72%
注2:
科研特定領域研究「法化社会における紛争処理と民事司法」の2005年調査のサンプルの一部を割り当てた、全国20歳以上70歳以下の成人対象調査。回収率50%
注3:
木下麻奈子(2009)「人はいかに法と出会うか-規範の構造と伝達の観点から-」法社会学 第70号 177-196頁
注4:
全国20歳以上70歳以下の成人男女対象。回収率は2008年は64%、2011年は69%
注5:
2017年4月より京都産業大学
注6:
本報告では、データクリーニング前のデータセットを使用しており、今後、変動の可能性があります。回収率は確認中です。
注7:
2017年4月より独立行政法人教職員支援機構次世代型教育推進センター
注8:
2017年4月より筑波大学附属駒場高等学校
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