2017年 法と教育学会第8回学術大会分科会(その2)

 2017年9月3日(日)に開催された法と教育学会第8回学術大会の分科会の中からレポーターが聴講した午前中後半の発表をお伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈第8分科会 発表4より〉

主権者意識の基礎を育成する小学校社会科授業での実践報告
松野 実(広島文化学園大学大学院)
沖西 啓子(広島市立大芝小学校)
二階堂 年惠(広島文化学園大学)

 

 平成27年6月改正公職選挙法の成立に伴い、選挙権を有する年齢が満18才以上に引き下げられました。現在の小学校6学年においては、選挙の仕組みや選挙権を正しく行使することの大切さについては学習していますが、今後は、より具体的な政治事象で実践的な学びを取り入れていく必要があると考えています。本発表では、子どもたちの身近にある政治的課題について、自らの問題として考え、討論・判断するといった経験を通して主権者意識を育てる社会科授業の実践について報告します。

(1)授業の内容
・単元名  :広島市長を選ぶ
・対象   :広島市内 小学校6年生2クラス(40名×2クラス)
・実践日  :平成29年2月27日
・学習の概要:空き地に必要な施設の設置を公約に掲げた候補者から模擬投票で市長を選ぶ

 児童の主体的な参加を期待して、身近な問題でありながら利用する側のことを考える必要があり、実際の政治の働きと通底する要素が多い「学校の近くの空き地に作りたいと思う施設」をテーマに、施設の設置を公約とする模擬投票を行うこととしました。児童には、事前に自分が必要だと思う施設とその理由を挙げさせ、その中で多かった3つの施設(1クラス:保育園、公園、図書館 2クラス:公園、公民館、老人ホーム)に代表者(市長候補)を設定しました。
 授業は、まず、代表者となった児童に施設を作る理由について演説をさせました。その他の児童は、演説を聞いた後「どの施設が一番必要か」をグループワークで話し合い、その後自分の意見で投票をするという形で進めました。投票が単なる人気投票にならないよう、児童全員には事前に自分の設置したい施設とその理由をワークシートに書かせ、また、グループ内で活発な意見交換ができるように、グループの人はどんな意見を述べているのかをよく聞き、その意見を聞いて自分が感じたこと、考えたことを述べ、それをしっかりワークシートに書き留めるように十分に時間を取るなどの配慮をしました。
 授業の最後には、選挙権獲得年齢が18歳に引き下げられたことを説明し、選挙の結果が落選だったとしても、少数意見は尊重されるべきであり、選挙に勝った、負けたという議論に終始することのないよう、また、これから政治の動きに関心を持つよう促しました。

(2)児童の意見・感想
 落選した候補に投票した児童からは「少数派の意見も大切」といった記述が多くみられたのに対して、当選した候補に投票した児童からは、そのような意見はあまりみられませんでした。
 また、投票した候補が当選したかどうかに関わらず、話し合いにおいては自分の意見を主張すること、相手の意見を尊重することが大切だという考えや、相手の意見をよく聞いた上で自分の意見を伝えるということについて、多くの児童が言及していました。実際に、グループワークでの他者の意見を聞いたことによって考えを深めたり、意見を変えたりした児童もみられました。

(3)本授業の意義と課題
 児童の中には、少数派の意見を尊重しながらも最後には多数決で決まるという選挙のシステムに違和感を抱いたものも見られましたが、小学校段階における主権者意識の醸成において、今回の授業は一定の役割を果たせたものと考えています。さらに、グループワークを取り入れたことによって、異なった価値観や考え方に触れ、自らの考えを広げたり深めたり、協働的な学習とすることができました。
 しかし、大差で敗北した少数派の児童にとっては、1票の重みを感じにくかったという課題がありました。選挙に敗れたからといって、少数派の意見に意味が無くなるわけではなく、一人一人が政治や社会にどのような考えをもって参加していくかということが大事なのだということを伝えることにより、より充実した主権者教育を行うことができると思います。
また、現実に施設を作る場合には、考慮しなければならない様々な問題や意見があるので、授業に時間をかけ、児童がそれらにどう対処していくのかについても考えを持って投票できるよう、今後は単元としての主権者教育を計画していきたいと考えています。

【質疑応答より】
意見:「施設を作る=市長ではない」
 → 小学校レベルで政策を考えさせるために単純化しました。
質問:「自分が作りたいではなく、社会としてどの施設が必要とされているかを考えさせる必要があるのではないか?」
 → 事前に児童達に作りたい施設を考えさせ、その理由を書かせましたが、児童達は、自分が作りたいという考えではなく、子どもからお年寄りまで、みんなが使える施設を作りたいという考えをもって取り組んでくれました。

〈第2分科会 発表5より〉

「公共」における家族法に関する学習のあり方
-思想を用いて「同性婚を法的に認めるか」を論理的に議論する実践から-

小貫 篤(筑波大学附属駒場中・高等学校)
※本発表は、福沢一吉先生(早稲田大学教授)との共同研究の成果の一部であるとのことです

 現在LGBTの割合は3~5%とも言われ、生徒の中にも一定数存在すると考えられますが、このテーマついて学校教育ではほとんど扱われていません。どう考えるかは生徒の判断に任されるとしても、同性婚に関して世界的にも議論が進んでいる中で、学校において最低限の学習は必要ではないかと考えています。また、家庭科では従来から家族法を取り扱っているものの、学習目標においては公民科のそれとは異なっており、公民科での婚姻、同性婚の学習に関する実践・研究はあまりありません。このようなことから、思想を用いて「同性婚を法的に認めるか」を論理的に議論する教材の開発、実践、分析を通して、公共における家族法の学習の在り方を検討することとしました。

(1)授業の内容
・教科、単元名:公民大項目(2) 「様々な主体となる個人を支える家族」
・時期、対象 :2017年1~2月 都立普通科中堅校2年生39名
・概 要   :3つの思想を用いて社会的課題である同性婚を論証の構造で考察・議論・構想する
・授業の構成 :1.社会問題の把握 2.論証構造の習得 3.思想(見方・考え方)の習得 4.家族法に関する論点の整理 5.論点について思想を用いて考察 6.グループでの議論 7.振り返り

 まず、「同性婚を法的に認めるべきか」について生徒に自由に回答させたところ、「幸せになる人が増えるかどうかで考えるべき」という功利主義的な考え方、「婚姻は法的に自由であるべき」というリバタリアニズム的な考え方、「共同体で培われてきた規範を重視するべき」という共同体主義的な考え方、これらに大別することができたので、これら3つの思想(見方・考え方)を用いて考えさせることとしました。また、生徒に根拠、主張、論拠、重視する思想(見方・考え方)を自覚して発言させるために「論証の構造」を教えることとしました。

(2)授業の様子
 はじめに、同性婚を正しく認識するために、同性愛、両性愛、性同一性障害の違いを整理するとともに、DVDを使って「性的マイノリティと人権」を理解し、統計上、LGBTはクラスに1人以上いることになるという説明をしました。その後、功利主義、リバタリアニズム、共同体主義の思想がどのようなものかを確認し、生徒達に自分がどの思想を重視しているかを考えさせた上で、考えを深めるために以下のような質問を投げかけました。
・「幸せになる人が増えるから認める」⇒「国民の大多数が認めないといったらどうなるか」
・「どんな人を愛し、一緒に生活するかは自由だから認める」⇒「一夫多妻、多夫多妻、多夫一妻、婚姻廃止も認めるのか」
・「少子化が進むから認めない」⇒「婚姻の目的は生殖か」
 次の段階として、同性婚が認められないことによる不利益や、同性婚に慎重な社会の意見、関連する法律を確認し、さらに先進的な行政の動き(パートナーシップ証明書の発行)や諸外国の現状を伝えました。続いて、3つの思想を用いて同性婚を法的に認めるべきか自分の考えを論証の形式で書かせ、その上で、10人1組となって「賛成派、反対派が合意できるアイディア」を議論させました。

(3)生徒の反応
 生徒達は、クラスの中にもいるかもしれないと気づくことで、この問題に対する切実性が高まったようです。また、自分が重視する思想を理解するにつれて「なぜ人は結婚するのかという疑問が浮かんだ」など、考えが深まっていきました。そして、議論の結果、生徒達からは「同性婚ではなく、パートナーのまま法的な保障をする特別法を作る」「法律で婚姻を縛らない」「同性パートナーの子どもが不利益にならないよう保障する」などの意見が出ました。

(4)授業成果の分析
 授業前、中間、授業後のタイミングでチェックシートに記入させ、知識・技能、思考・判断・表現力等、学びに向かう態度・人間性等について評価を行いました。
・論証の構造と技能:繰り返し学習させたことで習得できていた。
・法的な知識   :知識が定着していなかった。多くの内容を一度に教えたこと、繰り返し教えなかったことが原因と考えられる。
・論証を用いた表現:授業が進むにつれて定着している。議論への準備として論証を書かせたことが良かったと考えられる。
・合意できるアイディア:多様な意見を聞いたことがアイディア構想に役立ったと考えられる。
・学びに向かう態度:今後も、同性婚について考えていく、論証を利用する、3つの思想を用いる、といった生徒が授業前よりも増加した。授業によって関心を持ち、最後まで変わらなかったと思われる。

(5)生徒の感想(学んだこと)~アンケートから~ 
 生徒達は、論証に関して今後も役に立つと受け取っていました。また、思想を用いて社会的課題を考察することや、自分の重視する思想以外にも視野を広げることの重要性を挙げていました。また、「難しかった」という記述も多くありました。これは憲法、民法、海外事例等を総花的に教えてしまったことが原因と思われます。

(6)公共における家族法に関する学習のあり方
 今回の授業で、3つの思想と法的な論点を理解させ、思想を用いて同性婚を考察、論証の構造で議論し、社会参画への意欲を持たせるという目標は、概ね達成することができました。
 ただし、法的知識の定着が悪かった点は、今後、家族法に特化して学習させることで改善したいと考えています。また、その他の単元でも定着のためには繰り返し学習が必要ですが、法的知識の定着には、繰り返し学習をさせる必要があると考えています。また、思想の習得にあたっては、原典を使うことが有効だとわかりました。
 本研究は都立中堅校でしか検証できていないので、今後は進学校、教育困難校で実践し、継続した研究が必要であると考えています。

【質疑応答より】

意見:「クラスの中にもLGBTの生徒がいるかもしれないので、この問題の扱いはとても難しい。」
 → 当初、そのことを笑うような雰囲気になるのを懸念しましたが、茶化すような生徒はなく、認めるのが当たり前という空気で授業は進みました。今回の授業では、教師側からは認めた方がよい等のメッセージは出さないように努め、生徒に判断を委ねました。
意見:「学校によっては、茶化す生徒も出てくるでしょう。教師のモラルの問題もあります。諸外国で同性愛が死刑になるという情報など、教師の伝え方がとても難しい。」

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