2017年 法と教育学会第8回学術大会分科会(その1)

 2017年9月3日(日)9:30~17:30、法と教育学会第8回学術大会が開催されました。今回のテーマは「新科目『公共』と法教育」です。学習指導要領の改訂によって、高等学校公民科の科目として「公共」が 設置される予定であり、今回は、新科目『公共』と法教育の関係を軸に、様々な発表や議論が行われました。レポーターが聴講した分科会での発表3までを取り上げてお伝えします。(当日の配布資料より適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

9:30~12:00 分科会
12:00~13:20 ポスターセッション、昼休憩
13:20~13:50 会員総会
14:00~15:30 基調講演「公共性とは何か」
15:40~17:30 パネルディスカッション「新科目『公共』と法教育」
(以下、敬称略)

〈第2分科会 発表1,2より〉

法の翼プロジェクト ~『試験+解説授業』形式の法教育方法開発プロジェクト~
1.  法の翼プロジェクトの狙いと経緯

青木人志 (一橋大学大学院法学研究科)
 法的思考の面白さを実感することで日常生活に必要な考える力を身に付けてもらうことを目指し、試験と解説授業をセットにした法教育教材を開発する『法の翼プロジェクト』の活動について報告します。
 本プロジェクトは、大村敦志先生(東京大学)を座長として、現在メンバー10名で試験の開発に取り組んでいます。私たちは、この試験によって法的思考力や法的知識を醸成し、よき市民を育てたい、そしてこの試験を受けた中から何人かでも法律家を志すきっかけになればと考えています。このように、この試験によって身に付けた力を、社会の中で生きる「翼」にして欲しいという思いから『法の翼プロジェクト』と名前を付けました。
 試験は、以下のようなものを目指しています。
・面白くて役に立つ
・知識だけを問う試験ではなく、法的な思考力を重視する
・法的な事柄や法的な思考に、興味をもってもらうことを目指す

 問題作成にあたっては、総合的に問う構成とするために、各問題を「知識内容による分類」と「技能による分類」を縦軸横軸にとったマトリクスを作ってバランスを調整しました。今回は3セットの問題を作成し、大学と高校で合計11回の試行テストを実施しました(後述参照)。
 しかし、まだ本格展開には多くの課題があります。
「面白い」と「役に立つ」を両立させるのは難しく、高校生にとって大学入試と関係が無い試験を受けるモチベーションがわかないのではないかということ。また、問題作成に大きな労力と時間がかかるため、適正な人材を確保して一定量の問題を作り続け、それを事業として継続していくことは大きな課題です。
 最後になりますが、今回の試行試験で、学力優秀校ではない高校で、しかも普段の成績が特別に優秀というわけではない生徒で満点をとった例がありました。これは、この試験が学力試験では測れないものをすくい上げた結果だといえます。学力とは違う、社会で生きる力を測るものになるのではないかと期待しています。

【質疑応答より】
質問:「試験というと、事前に準備をして取り組むものですが、この試験はどういう想定ですか?」
 → 事前学習が必要な試験ではありません。そのかわり、試験後の解説授業を受けることをセットとしたい。現在は、生徒用に試験後に配布する解説を用意しているが、今後は現場の先生が解説するための資料も充実させていきたいと考えています。

2.  法の翼プロジェクトの試行結果とデータ分析の中間報告
和田俊憲(慶應義塾大学大学院法務研究科)

 

 (前述の通り)法の翼プロジェクトでは、試験形式を利用した法教育の開発を進めており、大学と高校で合計11回(2015年6月~2017年4月)の試行試験を実施しました。今回は3セット作成した試験問題の分量や内容が適切かどうかを確認することが目的であり、試験結果の統計分析が目的ではありませんが、実施結果から読み取れる傾向を報告します。
<受験者>
高校(一般的な公立高校、公立の進学校、私立大学付属校)1~3年
大学法学部1~3年、法科大学院1年

<結果分析>
 問題に関して、分量や内容に不適切なものは特に認められませんでした。
平均点は基礎学力(偏差値)に比例する傾向がありました。これは長文読解や論理操作能力が必要ということを反映していると考えられます。しかし、個別にみると偏差値とは違う傾向を示す結果も見られました。また、問題のセットによっては、なぜか平均点が偏差値と逆転しているところもありました。このようなことから、この試験は、単純に点数で評価するものではなく、解答を考えるプロセスでの気づき、それ自体を評価するタイプのものであると言えます。「問題を解く中で、こういうことを考えた」という受験者の感想を含めて、総合的に評価すべきもの、そして何度も受ける価値のあるものであると考えています。
 また、学年が上がると点数が上がる傾向が見られますが、これが一概に専門教育の成果なのかはわかりません。年齢を経て社会を知ったという理由からなのかもしれません。
 一方で、法科大学院における定期試験の成績と、この試験の結果が逆相関を示すなど、とても興味深い結果となっています。

【質疑応答より】
感想1:「法科大学院の教育は、法的思考力を育成しているのか? 司法試験のための教育になっていないかと常々、疑問をもっていたので、今回の分析結果をとても興味深く聞いた。」
感想2:「いわゆる「お勉強」の偏差値と違う力を測るものと感じた。法学は優等生の学問という印象があるが、今までの法学のあり方との違いを感じた。」
感想3:「知識を覚えることは必要だが、法学の面白さ、学習するモチベーションを育てたい。」

〈第5分科会 発表3より〉

高校生の法知識・法意見を踏まえた法教育のあり方の研究
  -全国2000人調査の分析を通して-

橋本 康弘 (福井大学)
小山 治 (京都産業大学)
小澤 昌之 (東京学芸大学)
土井 真一 (京都大学法学系)
根本信義(筑波大学人文社会系/茨城県弁護士会)

 

 実証的なデータを元に法教育のあり方を考えていくため、高校生の法知識・法意見に関するレベルを明らかにすることを目的として、高校生の法知識・法意見に関する調査を実施しました。今回は調査結果の報告とし、今後この結果となった原因を明らかにして、そこにある課題を克服していきたいと考えています。現在、データクリーニング中のため、集計結果は暫定的なものですが、この調査によって高校生の「法知識の到達度」「法意見の分布」「法知識と法意見が一致しているか」を明らかにするとともに、知識レベルや法意見を決める要因として、「性別等の属性」「高校入学前の学習経験」「高校社会科の学習」に関連性があるかを調査し、どうすれば高校生の法認識を向上させることができるのかを分析しています。

(1)データ概要
・調査期間   2016年9月~2017年3月
・調査対象   14高校(5都道府県)2700人
・回収率    88.8%

(2)法知識の分布(抜粋) 正解率
・政治に関わる意見を言う自由の保障(表現の自由) 59.9%
・逮捕令状は裁判官が発行すること         21.3%
・拷問によって得られた自白の証拠能力       68.7%

(3)法意見の分布(抜粋) 肯定率
・政治に関する批判は避けるべき       46.7%
・犯罪をおこなう危険のある人物は逮捕すべき 57.9%
・自白の強要を容認する           68.9%

(4)法知識・法意見類型
法知識と法意見を軸として、4つの象限に分けて回答の分布を分析しました。
A:正知識一致型  B:正知識不一致型  C:誤知識不一致型 D:誤知識一致型
今後、「A:正知識一致型」になる教育をしていかなければならないと考えています。

(5)分析
「政治批判(表現の自由)」に関して、法知識、法意見の分布は、4象限に均等に分布していました。「逮捕令状」に関しては、正しい知識を持たないため「C:誤知識不一致型」「D:誤知識一致型」が多く、「自白」に関しては、拷問禁止に関する正しい法知識を有しながら、自白強要を容認する「B:正知識不一致型」が多くなりました。
 次に、この傾向がどのような属性や事象と関連性があるのかを分析しました。性別や学年、文系/理系等の属性との関連性は見られませんでしたが、社会科(公民)の授業経験との関連性が見られることがわかりました。そこで、授業経験と学習行動について、さらに関連性を調べたところ、一見矛盾するような結果が出ました。
・表現の自由:社会科の授業で確認テストを実施しない、本や自分で調べない、学ぶ理由を教えない、社会科の授業の予習・復習をしない、先生に質問しない、自主的に勉強しない方が「A:正知識一致型」が高い
・逮捕令状:ノートを写すように指示しない、学ぶ理由を教えない、予習・復習をしない、質問をしない方が「A:正知識一致型」が高い
・自白:確認テストを実施しない、学ぶ理由を教えない、予習・復習をしない、質問をしない方が「A:正知識一致型」が高い、授業内容が理解できると「A:正知識一致型」が高い

(6)結論
 授業(教師側)、学習行動・意識(生徒側)によって、「A:正知識一致型」が増えるとは限らない。教育的な働きかけによって正確な法知識を形成することはできても、正確な法知識と整合的な法意見を形成することは、一筋縄ではいかないということがわかりました。
 今後は、授業の中で、生徒に議論させる等を行いながら、法知識と法意見が一致しない理由を追及していきたいと思います。

【質疑応答より】
意見:「法知識が表面的で、法意識と不一致になっているのではないか」
 →今後検証してみないとわかりません。
質問:「正しい法知識があれば正しい法意見をもつだろうという仮説は正しいのか?そもそも法意見とは、どんな要素で形成されるものなのか?」
 →今後、色々な意見を聞いて検証を進めたいと考えています。

 分科会後半は、次回のレポートでお伝えします。

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