「ワークルールを考える」授業その2

 2018年2月26日、「ワークルールを考える」授業の第2時間目が千葉市立稲毛高等学校附属中学校で行われました。2月23日に行われた「消費生活と契約」の続きで、引き続き明治大学の藤井剛特任教授が実践されます。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈授業〉

中学3年2組
教科:社会科公民的分野
テーマ:私たちの暮らしと経済「労働契約と労働者の権利」(全3時間、本時は第2時間目)
場所:教室
教材:自作プリント
授業者:藤井 剛 明治大学特任教授

〈導入 前時の振り返り〉

藤井先生:「さて、1時間目の授業で学んだことを振り返ります。準備の時間を2分あげますから、前の時間で学んだことの中で『これが一番大事だ』ということを整理して、1分で隣の人に伝えてください。はい、準備時間2分です。始め!」
(2分経過)
「はい2分たちました。よろしいですか? この列とこの列がペアになって、窓側の列の人がはじめに伝えます。時間は1分です。始めて下さい。
(1分経過)
はい、ストップ。では、次に廊下側の列の人、隣の人に教えてあげてください。
(1分経過)
はい、終わりです。隣の人のまとめはどうでしたか?(拍手がおきる)よかったようですね。では授業に入っていきましょう。」

〈展開1 「労働契約」も契約のひとつ〉

藤井先生:「プリントを見て下さい。前回学んだように何かモノを売ったり買ったりする契約が売買契約ですが、プリントの『(1)労働に関する契約』も契約です。」(先生が音読。)

プリント
(1) 労働契約(雇用契約):労働者が使用者に労務を提供し、使用者がこれに対して報酬を支払うことを約する契約。

藤井先生:「このような契約を労働契約といいます。『このくらいの賃金を払いますから、働いて下さい。』『では働きます。』という契約です。次の『(2)は労働契約の原則』を見て下さい。この内容は前回の復習になります。」

プリント
(2) 労働契約の原則
1) 労働契約は(アルバイトを含む)、当事者間の対等な自由意思に基づく
       ↑
「         」どうしだから「        」はできない。
☆ただし、契約の内容は労働契約法・労働基準法、労働協約・就業規則などによって規制される。

[労働基準法の規制例]
A.第19条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。
B.第36条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
C.第56条 使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを使用してはならない。

藤井先生:「労働契約が、当事者間の対等な自由意思に基づくのはなぜでしょうか。(間)復習ですから、私が簡単に答えてしまいます。『自立した個人』(板書する)だからです。ですから、『一方的な解除』(板書する)はできません。プリントに記入して下さい。」(生徒は、静まり返ってプリントに記入していました。)
藤井先生:「これは前回の契約の説明とまったく同じですね。一旦約束した以上、一方的に破れない。同時に、お互い同意した契約というのは『契約自由の原則』が生きてきます。何時間働くとか、給料はいくらかとかは、この『契約自由の原則』が大原則となります。(生徒の筆箱を手に持って)『この筆箱いくらで買いますか?』『1000円で買います。』というのと、労働契約の原則もまったく同じということです。
 ところが、☆印のところに『ただし~』と書いてあります。契約自由なのに、規制されるの? という疑問が出てきますね。プリントの下の方に例として挙げられている勤務時間や最低年齢などは労働基準法の内容なんですが、何となく知っていますか? 例えば、児童労働の禁止とはどのような内容ですか?」
男子1:「最低年齢が満15歳になった日以降、最初の3月31日になるまでの児童の使用禁止だから、僕たちはもう再来月になったら働ける年齢になる。」
藤井先生:「15歳の4月1日から働いていいです。逆にいま、君たちをアルバイトに使ったら、使用者が罰せられる可能性があります。脱線だけども、テレビなどのドラマの子役はOKなのでしょうか? (間)あの子役に出演してもらうには、労働基準監督署に特別に子役として出させてくださいというペーパーを出して、ハンコをもらわないといけません。しかも、夜なんかまずダメです。土日の学校のない時だけ出演してよいことになります。今はそんな話は置いておいて(笑)。例へ戻って、解雇の制限です。(先生がプリントを音読)難しいことが書いてあるけど、例えば、学校の先生がかかりやすい病気って、なんだか知っていますか?」
生徒の声:「うつ病。」
藤井先生:「うつ病?(笑)そうだねえ。ニュースなどで取り上げられているね。私は絶対なりません(大笑い)。答えは、いまでこそチョークから粉は出ませんが、昔はチョークの粉のために結核になりやすかったそうです。このように仕事のせいで病気になって入院している間に、クビになったらやってられないですよね。だから業務上の負傷・疾病による解雇は規制されています。また時間外労働をするには、労働組合または労働者の過半数代表と書面による協定が必要です。つまり、社長が社員に残業させるには、『時間外労働してもらっていい?』『してやるよ』という書面がないとダメなんです。知らなかったでしょ? ここでも同意が必要なんです。でも、契約自由の原則なんだから、1日24時間働いてもいいんじゃないですか?」
生徒の声:「えー!!」
藤井先生:「私は若い頃72時間連続で働いたことがあります(笑)。あるいは、好きなだけ残業してもよいのではないですか? それなのに、してはいけないと書いてあります。もう1回言うよ、契約自由の原則なのに制限がかかっています。なぜなのでしょうか? (間)では、演習1に移りましょう。1分間、自分一人で考えて答えを書いてください。」

プリント
(2)契約は基本的人権に基づいている。

演習1 なぜ労働契約には「国による制限」があるのだろうか?

 

 (1分間)
藤井先生:「では、いまプリントに書いた答えを隣の人と教え合ってください。はじめ。」
 (間)
藤井先生:「伝え終わったかな? さて、なぜ制限するのか、もうちょっと感覚的に理解してもらいましょう。みんながメモしている間に配ったプリントのシナリオ1を、窓側の人が労働者、廊下側の人が社長のセリフを読んで下さい。」

プリント(台詞劇風の事例)
シナリオ1 中小企業のオーナー社長とスキルの低い労働者との賃金交渉
シナリオ2 中小企業のオーナー社長とお金に困っている就活中の学生との面接

藤井先生:「シナリオ2は役割を逆にしてみましょう。廊下側の人が学生さんです。この学生さんは、本当に困っている学生さんです。今年就職しないと食べることができない学生さんという設定です。」
(間)
藤井先生:「みんな楽しそうに演じてくれましたね。ありがとう! では演習2に移ります。(先生がプリント音読)これは3分で各自考えて書いてください。」

プリント

演習2
(1)社長と労働者(学生)との交渉(面接)では、何が問題となっているだろうか?

 

(2)このような問題を解決するのには、どのような方法があるか、解決策を考えてみよう。

 

 (3分間)
藤井先生:「前回と同じように4人のグループになって、演習2の(1)と(2)の意見交換してください。特に(2)は違う意見が出てくるかもしれないからお互いの意見をよく聞いてください。3分間です。はじめ。」
 (3分間)
藤井先生:「よし、いったん止めようか。(1)は何が問題なのかな?」
男子2:「労働者が社長の言いなりになっているところ。」
藤井先生:「言いなりにならざるをえないのが問題だというのは、なぜですか?」
男子2:「立場が弱いから。」
藤井先生:「弱いのはどの言葉でわかりますか?」
男子2:「社長に『君たち辞めてもいいんだよ。』といわれて、『しーん…』となっているところです。」
藤井先生:「しーんとなっちゃうからですね。『辞めていい』と言われたら失業者になってしまう……。それじゃ何も言えないよね。じゃ、学生と社長の例は?」
男子3:「学生が持っていた情報の内容が誤解だということが問題です。」
藤井先生:「誤解なのかな? でもなぜ社長は大学に出した求人票に『採用1年間は見習い期間で待遇が違う』と書かなかったのかな?」
女子1:「だまして安く雇いたいから。」
藤井先生:「だまし討ちだよね。学生さんがかわいそう! では、どうしたらいいですか? (『お金持ちになればいい』という声があがる)なるほど、そうきましたか……(笑)。 では、次の(2)に移ります。雇う側におかしなことをさせないためには、どうすればよいのですか?」
女子2:「労働者の立場を強くするルールをつくる。」
藤井先生:「つくってどうすればいい?」
女子2:「そういうルールを守らせる法律も作る。」
藤井先生:「ルール! そういう法律をつくってやればいい。(「法律で規制する」という生徒の声があがる)それは1つの手ですね! 他にも方法はないかな? (「労働組合をつくって反論する」という生徒の声があがる)なるほど、(1)の場合がそのパターンです。『社長、俺たちの言うことを聞かないと、ストライキをするぞ』と団体交渉をする。1人で交渉するよりみんなで交渉すると気が強くなるからね(笑)。他には?」
男子4:「社長と労働者や学生の情報量の違いをなくす。」
藤井先生:「社長と学生の情報量のバランスをよくするためには、どうしたらいい?」
男子4:「求人票に見習い期間の待遇や残業を書くきまりにする。」
藤井先生:「『書きなさい』という法律をつくるのですね。他には?」
男子5:「『しーん』となっているところで、社長に言い返せるようにする。」
藤井先生:「そうですね、言い返せないとだめですね。いまの若い人たちは、優しすぎるから『社長、ダメだぞ』って言えないのは問題ですね。他には? (間)もう1つ思いついてほしかったのは、第三者によるジャッジです。具体的には、裁判所などによる救済です。さて、問題解決策が3つ出ましたね。法律による規制。労働組合。裁判所などのジャッジで『ダメ』と言ってくれることです。」

〈展開2 「労働契約」がモノを買う時の契約と違う点〉

藤井先生:「労働法は、契約自由の原則を制限していることは理解できましたね。では、なぜ制限していいのですか? そこを考えてみましょう。」(プリント配布)

プリント:「労働契約」がモノを買う時の契約と違う点
 1)モノの売り買いと違って、「   」を取引の対象とする点
 2)労働者は、使用者に比べて「   」立場に立たされている点
 3)働いている間、労働契約は使用者の指示や命令に基づいているため、労働者は自分の意思で「   」が奪われている点
 ☆労働者は圧倒的に不利⇒当事者間の自由なやりとりだけには任せられない。

藤井先生:「授業の最初に配付したプリントで、労働契約も契約ですと言っているけれど、労働契約は『モノ』の売り買いの契約とは違うらしい。なぜ違うのでしょうか? プリントの1)2)3)の「 」に何が入るかな?」
(生徒が静まり返って、記入し始めました。)
藤井先生:「これがスラスラ入ったら、君ら大学生だね。(生徒の書き込みを見ながら)1)は『人』と書いたのね。いいと思います。」
(『人間』と板書する)
藤井先生:「『人間』以外の答えがあってもいいですよ。(生徒の書き込みを見ながら)2)は、私もそんな感じです。(同じく『経済的に弱い』と板書する)3)は、『自由』と書きましたね。そうですね、自由が奪われている。自由が入ると思います。(『行動する自由』と板書する)ベルトコンベアが動いていて、ズーッと機械が止まらなかったらトイレにも行けないよね。そういう意味で、労働者は勤務時間中に自由はありません。このように労働者は圧倒的に不利だから、当事者間の自由なやりとりだけには任せられないわけです。だから、契約自由の原則を制限しているんです。」

〈展開3 「労働法」などによる労働者の保護〉

藤井先生:「では、どんな法律で労働者が守られているのでしょうか? プリントの続きを見てください。」

プリント
(1) 日本国憲法
1)「健康で文化的な最低限度の生活」(第25条)
2)「幸福追求権」(第13条)
3)「   権、  権、  権」(労働基本権)(第28条)
   ↑
 一人では使用者に対抗できないので、労働者が団結して権利を主張する。

藤井先生:「生きていくためには働かなくてはいけないよね。ですから、憲法には労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権が認められています。プリントに記入して下さい。(生徒は書き込み始める)団結権は、労働者が労働組合をつくってよいという権利です。団体交渉権は、労働組合などが、社長さんなどと話し合いなどを持つことが出来るという権利です。団体行動権は、例えば話し合いが決裂して、労働組合が社長とケンカしていいということです。問題はケンカの仕方です。代表的なものはストライキですが、ストライキ以外にもいろいろあります。興味があれば、各自調べて下さい。さて、プリントの(2)は何が入るかな?」

プリント
(2)労働三法:「     法」、「      法」、「      法」
☆労働者の保護規定を確認してみよう!
(3)民法:第90条(筆者省略)
(4)諸機関:裁判所、労働基準監督署、労働組合、弁護士(  )など
(生徒が口々に労働三法の名前を答えました。)

藤井先生:「私が教えることがなくなっちゃいました(笑)。労働者はこのような法律で守られています。他にも、裁判所や労働基準監督署などは『守ってくれる役所』です。働いていて『あれ? おかしいぞ』と思ったら、労働基準監督署に連絡するか、弁護士さんに相談するのが一番です。弁護士さんに相談するとお金がかかって大変と思うかもしれないけれど、相談料は30分間でだいたい5000円です。君たちには高いかもしれないけど、大人ならちゃんとした法律のアドバイスがもらえるので決して高いものではありません。それでも金銭的に大変だという人は、千葉市だと「きぼーる」の中にある法テラスで法律相談をしています。『法テラス』を入れて下さい。(生徒の顔を見て)『法テラス』を知っているの? (生徒は口々に『知ってる!』『きぼーるの2階』と声を上げる)なんでそんなことまで知っているんですか!あー、びっくりした。」

〈終わりに 21世紀の「労働法」は?〉

藤井先生:「さてここまでお話ししてきた労働法が守ろうとしている人は、典型的には工場で働く第2次産業の労働者でした。しかし、いま働いている人の63%は第3次産業で働いています。第3次産業では、一日8時間労働の概念や休暇という概念は、働いている人それぞれで異なります。また、工場で一斉に同じように働いているわけではないので、一人ひとりの賃金も違っています。その意味で、いままでの労働法の保護の方法だけでは難しくなってきています。ここから先は、次回の弁護士さんの授業で扱ってもらいます。」

〈第3時間目の授業の模様は、「ワークルールを考える」授業その3でお伝えします。〉

〈藤井先生からひと言〉

 今回の授業では、最後の「21世紀の労働法」まで終わらせる予定でしたが、時間切れとなったために第3時間目の石垣弁護士にお願いすることになりました。そのため、石垣弁護士の授業が、かなり窮屈になってしまいました。その意味で、最後の「21世紀の労働法」の内容を膨らませて第3時間目に行い、第4時間目に石垣弁護士の授業を行う方が、内容的な切り分けの面からも、授業内容の定着の面からもよかったと思います。次回、また実践するチャンスがあれば、再構成したいと思います。

〈取材を終えて〉

 前回の第1時間目の授業では、私的自治の原則と契約自由の原則を押さえました。この第2時間目でいよいよ、労働契約はそれらの原則が国によって制限されることについて考えました。前回同様、藤井先生のトークと沈黙を織り交ぜた授業が絶好調。生徒は自由に発言しつつ、黙って書くべきときはすごい集中力を発揮する様子に、感嘆しました。労働契約の特殊性がよく理解されたのではないかと思います。
 一方で、労働契約の問題解決策については、ルールによる問題解決は生徒から出ましたが、第三者によるジャッジという方法を想起するのが難しかったようです。このあたりは、裁判所の機能の学習やクラスの問題解決といった場面で、第三者による調停などの学習を深めることも有効かなと思いました。

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