「ワークルールを考える」授業その1

 2018年2月23日、「ワークルールを考える」授業が千葉市立稲毛高等学校附属中学校で行われました。教材開発研究でお馴染みの藤井剛特任教授(明治大学)が開発され、中学校で実践された3コマからなる授業です。その授業を記録したDVDをもとに、藤井先生と生徒たちのやりとりの模様をお伝えする第1回目です。

〈千葉市立稲毛高等学校附属中学校のプロフィール〉

 千葉県内初の併設型公立中高一貫教育校として平成19年創立。各学年2クラス80名ずつからなります。

〈授業〉

中学3年2組
教科:社会科公民的分野
テーマ:私たちの暮らしと経済「消費生活と契約」(全3時間、本時は第1時間目)
場所:教室
教材:自作プリント
授業者:藤井 剛 明治大学特任教授

〈導入〉

稲毛中学の担当教諭:「今日と次回は明治大学の藤井先生、3回目は弁護士の先生に特別授業をお願いしました。」
藤井先生:「私は長く千葉県の高校教員をしてから大学の先生になりました。稲毛高校でも10年間教えていたので、稲毛高校の生徒たちはどのような生徒か知っていますが、中学生は初めてなので少し緊張しています。今日から3時間、契約を中心に授業を行います。」

〈展開1 近代市民革命の目標は?〉

藤井先生:「今日の話は難しいところから始まります。プリントを見てください。資料としてフランス革命の人権宣言が出ています。歴史の授業で近代市民革命は学びましたか? フランス革命を含め、4つありますね。あと3つ言えますか?」
生徒口々に:「清教徒革命、名誉革命、アメリカ独立戦争。」
藤井先生:「おお、すごいな。みんな覚えているんだね。その市民革命の時、それぞれいろいろな宣言が出ています。フランス人権宣言もその1つです。うなずいてる生徒がいるということは知っているんですね。では1条を読んでください。」
(女子1が第1条「自由・権利の平等」を音読。続いて、男子1が第11条「表現の自由」、女子2が第17条「所有の不可侵、正当かつ事前の補償」を音読。)
藤井先生:「近代市民革命は、絶対権力を握っていた王様を倒し、市民が権力を得る近代民主主義の始まりです。先ほどの4つの市民革命の目的が、この人権宣言の中に隠れています。何のために王様を排除したか? 1条と11条から、どんなことがわかりますか?(間)自分のことは自分で決められる。難しい言葉ですね、自分のことは自由に何でも決められるというのは『私的自治の原則』といいます。(板書する)2つ目は、17条の題名からわかるかな?」
生徒:「所有の不可侵。」
藤井先生:「そのとおり、所有の不可侵です。この2つの目標のために、王様を倒したんです。裏返すと、それまではこれらの権利がなかったということです。日本でも、江戸時代は農民はどこに住むか自由に決められませんでした。誰と結婚するかは?」
女子3:「親が決めました。」
藤井先生:
「自分の耕している土地を売ることは?」
生徒:「できません。」
藤井先生:「殿様の土地を勝手に売ることはできませんでしたね。そんな不自由は嫌だというので、王様を倒したわけです。自分のことは自分で決められるし、自分のものは自分のものと言えるようになったわけです。しかし、反対に『自分のことを自分で決められる』一人前の人間でなくではいけない、という義務が出てきたんです。つまり、自立した個人であることが要求されたのです!」

〈展開2 契約とは?〉

藤井先生:「では、契約というテーマの2に移ります。(1)を読みましょう。(空欄(下線部)を埋めながら先生が音読。)」

プリント
(1) 経済活動(モノの売り買い)は契約によって成り立つ。
 →契約とは、意思表示の合致(合意)によって成立する法律行為をさす。売買契約では、何をいくらで売買するかについて買い手が(申し込みをし)、売り手が(承諾)すること。
☆相互のやりとりが基本であり、一方的なものではない。
☆契約には契約書があるとは限らない。
 (例)「口頭の約束」「言葉で明確に表されない暗黙の約束」もある。

藤井先生:(近くの生徒を相手に)「物を買うとき、『これ下さい。』と言って(物を差し出すまねをする)、相手が『いいですよ。』と言ったら、契約成立ですね。君たちのお父さんお母さんが『クラスで一番になりなさい。』といって『うん!』と言う(笑)。そんな約束するのも契約ですが代表的なのは売り買いですね。☆の1つ目を見て下さい。『相互』ですから……(間)。相手がいいと言わなければ成立しませんね。☆の2つ目をみて下さい。親・兄弟・仲のいい友人とはお金の貸し借りを気軽にすることもありますが、契約書がなくても契約です。暗黙の貸し借りも契約ということは知っておいてください。では演習1を4人のグループになって相談して解いてください。」

演習1:契約はどの時点で成立している?
 1)バスに乗る時 2)コンビニでチョコを買う時 3)電話でランチの予約をする時

藤井先生:「女子4さん、どうぞ。」
女子4:「バスに乗ってお金を入れたとき。でも、後払いだったら……」
藤井先生:「『乗りたい』という意思表示は?」
女子4:「バス停に並んでいること。」
藤井先生:「そうですね。バス停に立っていることが、『乗りたい』という意思表示になります。じゃあ、『乗っていいよ』という意思表示はいつかな? 申し込みが、『乗せて』だから、バスのドアを開けた瞬間が『乗っていいよ。』そうすると、2)はどうでしょうか?」
男子2:「レジでチョコを出して、店員さんがバーコードをピッていうときかな。」
藤井先生:「そうですね。3)は?」
男子3:「電話して、『いついつのランチを予約します。』と言って、相手が『じゃ、お待ちしてます。』と言ったとき。」
藤井先生:「(生徒の言葉を復唱して)成立。まさに口約束だね。バスに乗るとき、私たちが契約書を出して、運転手さんが『はい、いいです』って書類にハンコを押したら……。そんなバスがあったら怖いですね(笑) 3)で、『お待ちしてます。』といった直後、『やっぱりやーめた。』といったらどうなるのでしょうか? (間)では、演習2に移ります。」

プリント
(2)契約は基本的人権に基づいている。

演習2:契約が一方的に解除できないのはなぜだろう?

 

藤井先生:「契約は一方的に解除できるのか? もしできないとしたら、なぜか? 先ほどのグループで話しあってください。」
   (間)
藤井先生:「よし、何人か聞いてみましょう。女子5さん、できない? なぜですか?」
女子5:「『契約を解除していいですか?』というのも、契約だから。」
男子4:「合意があって成立したんだから、やめるときも合意が必要だということです。」
女子6:「自分一人でやめたら、相手が不利になるから。」
藤井先生:「皆さんの考え方は、大体あっています。売買契約を急に『やめた』と言われたら、商売ができなくなりますね。たとえば、注文を受けて自動車を工場で作り始めたのに、注文を勝手にやめられる可能性があったら怖くて作れませんね。怖くて経済活動ができなくなると経済活動はストップしてしまいます。もう1つ大きな理由は、お互い合意したからです。でも、なぜでしょうか?」
男子5:「承諾したほうにも責任があるから。」
藤井先生:「責任があるということは、人間としてですね? ここがポイントです。最初に話したように、市民革命で私たちは権利や自由を手に入れました。しかし、自立した個人である必要があるのでしたね。自立した個人というのは、自分の言動に責任を持つ必要があるのです。」
生徒:シーンと静まり返る。)
藤井先生:「契約は守らないといけないから怖くなってきたようですね。」(プリント2枚目を配布。生徒は読み始めた様子で、静けさが続きました。)

プリント
「契約」は「経済活動の自由」(日本国憲法第  条)の一環であり、国民一人ひとりが持つ基本的人権(=  権)である。
→政府(国家)が個人間の契約に規制(介入)などを加えることはできない。
 →                                 
   ↑
☆契約は「自立した個人」の自由意思に基づく相互のやりとりなので、一方的に解除することはできない。ただし、錯誤や未成年などは特別の規定がある。
☆犯罪がない限り、警察はトラブルに介入してくれない。
      の原則

藤井先生:「さて、空欄は日本国憲法の第何条ですか?」
生徒:「22条じゃない?」「29条だろう!」などの声。
藤井先生:「すごいね君たち、憲法を暗記してるの? そうです、29条です。いやすごい! ちょっと雑談です。君たち、法学部というところは、法律を暗記する学部と思っていますか? 答えは、『暗記しません』。六法全書って知っていますか?(生徒がうなずく) 開いたことはありますか?(反応はほとんど無い) 英語の辞書がありますよね。あのくらい薄い紙にあのくらいの字でびっしり法律の条文が書いてあります。このくらいの厚さなんだけれど、日本にある法律はそこに全部載っていると思いますか?(生徒がうなずく)ところが、あのくらいの紙や文字で印刷して、そうだなあ……、このくらいの(手を大きく広げる)棚4つ分くらいあります。(「えー!!」という声が聞こえる)そんなに覚えられるわけありませんよね。ですから、法学部では、法律の原則を学ぶんです。試験では、このような事例のときはどうする? という問題が出ますから、このような原則からこう考えるべきであるって、答えるんです。まあ、関連した法律の条文は書きますが、それよりも考え方や論理性が重視されます。ちなみに、裁判官や弁護士などになるための司法試験では、会場で六法を貸してくれます。君たち、絶対暗記しようなどとしないでくださいね。
 経済活動の自由は当然ながら自由権です。自由権は大きく3つのカテゴリーがあります。精神的自由、身体の自由、経済的自由です。さて自由権と言いますが、何から自由になりたいのですか?(「国家」「支配者」などの声があがる)その通りです。支配者から自由になりたい、支配を排除したいわけです。ですから、よく自由権を『国家からの自由』と呼んでいます。そして、契約のときも国から自由になりたい、国からあれこれ言われたくないということを『契約自由の原則』(板書する)というのです。この原則は、先ほど話をしたように『自立した個人だから』というのが前提になっています。だから国家は、原則として契約などに首をつっこまないことになります。その延長線で、犯罪がない時、警察は介入してくれないことになります。隣の家の猫がうるさいとか、ごみの出し方がひどいとかはダメです。そういうことをなんと言いますか?『民事不介入』です。
さて話が脱線しましたが、『契約自由の原則』は理解してもらえましたか?(生徒はうなずく)
ここまで説明しておいて何ですが、現実には契約解除できることがあります。プリント3に移ります。」

〈展開3 契約って取り消せない(解除できない)の?〉

プリント
(1)原則:契約は対等な個人同士の自由意思に基づく。だから一方的に解除できない。
(2)例外はないの?

演習3
1)例外の例

2)例外の根拠

        がある場合には、一方的に解除できる。
    ↑
消費者の基本的人権が損なわれる可能性があるから、消費者は法的に保護される。

藤井先生:「先ほどのグループで、演習3を考えてください。時間は4分間です。」
  (4分間)
藤井先生:「各グループ、1)は、悪徳商法とか、クーリングオフとかが挙げられています。クーリングオフは何のためにあるのですか?」
生徒口々に:「消費者は立場が弱いから。」
女子7:「インターネットで注文する場合。」
藤井先生:「送られてきた実物が、ネットの情報と違うことがあるからですね。なぜそんなことが起きるのでしょうか?」
女子7:「ネットの情報が十分でないから。」
生徒口々に:「メディア・リテラシー。」「情報の非対称性。」
藤井先生:「なんでこんな言葉がスラスラ出てくるの? 稲中生には驚かされることばかりだね!(「情報の非対称性」と板書。)2)に移るけれども、なぜ消費者を保護しなくてはいけないのですか? 先ほど声が上がっていたけれど、消費者は売り手に比べて情報が少ないことがあるからですね。そういう時は契約を解除できます。典型的なのは中古車を買うときです。この車は事故車かどうかなど、売る側が持っている情報の方が圧倒的に多い。そういう時に『この車は事故車ではありません』と嘘の説明をされた場合は解除できます。これが「情報の非対称性」です。売る側は嘘をついちゃいけないよってことです。
 今日は近代市民革命による私的自治の原則と契約自由の原則の確立から、契約の話をしました。」
〈第2時間目の授業の模様は、「ワークルールを考える」授業その2でお伝えします。〉

〈取材を終えて〉

 近代市民社会の原則から法の話へ進む展開は、どこかで見たようなと思われた方もおいでではないでしょうか。先年、藤井先生が千葉市立稲毛高等学校で実施された授業レポート に似た箇所がありました。今回は中学生対象で、テーマも契約に焦点化されており、3時間かけてじっくりと深められるようです。中学生が的を射た応答をして藤井先生を驚かせていたのが印象的でした。第2時間目以降もどうぞお楽しみに。

ページトップへ