「ワークルールを考える」授業その3

「ワークルールを考える」授業その3

2018年2月27日、「ワークルールを考える」授業の第3時間目が千葉市立稲毛高等学校附属中学校で行われました。前日に行われた「労働契約と労働者の権利」の続きです。授業を行うのは、千葉県弁護士会の石垣正純弁護士です。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈授業〉

対象:中学3年2組
教科:社会科公民的分野
テーマ:私たちの暮らしと経済「労働法(ワークルール)を知って、身を守り、よりよい社会を創ろう!」(全3時間、本時は第3時間目)
場所:教室
教材:自作プリント
授業者:弁護士 石垣正純先生

〈導入 なぜ契約や労働法を学ぶか〉

稲毛中学の授業担当教諭:「今日は千葉県弁護士会から石垣弁護士においでいただき、労働のルールについて深く迫る授業をしていただきます。」
弁護士:「石垣です。私は『マチの弁護士』として、刑事事件と少年事件、普通の民事事件を多く扱っています。今日はワークルールについて、弁護士としての経験も含めてお話ししたいと思います。
ところで、今、未成年というと何歳未満ですか?」
生徒:「20歳未満!」
弁護士:「成人年齢は?(生徒から「20歳!」の声)それじゃあ、20歳になるのは誕生日当日ですか? つまり満年齢って、どういう意味ですか? たとえば4月1日生まれの人は、いつ歳をとるのですか?」
生徒:「・・・・・。」
弁護士:「1年は365日でしょ。だから4月1日生まれの人は、365日目である3月31日の24時になったら満1歳になります。なぜ4月1日生まれの人が3月生まれの人と同じ学年なのかというと、3月31日に年をとるからです。だから、誕生日の前の日が選挙の投票日なら選挙に行けます。ところで、君たちはいくつになったら大人になると思いますか? 20歳と思う人?(ほぼ全員の手が上がる。)では、20歳でないと思う人は?」(数名挙手。)
弁護士:「『20歳でない』のは、なぜですか?」
生徒:「18歳になるかもしれないから。」
弁護士:「そうですね。今の社会情勢だと、間違いなく数年後には18歳が成人年齢になります。今のところは2022年からだと言われています。中学3年生の君たちは、2022年にいくつかな? 成人になると自分で契約が結べるようになり、労働契約も結べるようになります。今は20歳未満だと契約の取消しができるけど、18歳でも取消しができなくなります。だから、消費者として契約する自分の権利を守るために、きちんとした知識を持たなくちゃいけない。そして18歳でもワークルールをきちんと知らないといけないということで、今日はいろいろなことをお話ししていきます。」

〈展開1 前時の続き:「21世紀の「労働法」は?」〉

弁護士:「前の時間のプリントを出してください。最後が少しだけ残っていました。」

プリント
(1) 戦後の日本経済の特徴
1) 第2次産業(工業・製造業)が中心
2) 日本的経営:「      」、「      」、「      」
   →正社員が中心で画一的な仕事
   →労働法を基に、多数の労働者が団結(労働組合に加入)して、団体交渉や団体行動ができた。

弁護士:「2)のところ、昭和の時代の『日本的経営』の特徴は何かな? 書いていない人は、周りの人のを見て書いてもいいですよ。(間)1つは『終身雇用制』だよね。2つ目は?」
生徒一斉に:「年功序列型賃金。」
弁護士:「3つ目が?」
生徒一斉に:「企業別組合。」
弁護士:「その3つが、戦後の『日本的経営』の特色だということですね。それから労働三権とは何でしたっけ?」
生徒一斉に:「団結権、団体交渉権、団体行動権。」
弁護士:「団体行動権の別の言い方は? 争議権とも言いますよね。これらが労働者の大事な3つの権利です。でも近頃、働き方が多様になってきました。みんなが団結して団体交渉する場面は、あまりないでしょ。(高度成長期の電車ストライキのエピソードを紹介。)そしてみんなの働くイメージに、工場の機械の前でひたすら働いているようなことはないですよね? ちなみに将来の自分の姿はどうですか? どこで仕事していますか?」
生徒の声:「サービス業。」「お医者さんになる。」「会社に行っている。」「パソコンの前にいる。」
弁護士:「リアルだね。でもパソコンの仕事なら、どこでもできるじゃない? 家でも出来るでしょ。つまり、工場にみんなが集まって仕事をするばかりではなくなっているんです。それが新しい働き方です。労働三権があることを教わるのも大事ですが、皆さんはそれとは違う時代に生きている。成人年齢すら変わっていく時代に生きていくということがポイントなんです。」

〈展開2 「ブラック労働」「ブラックバイト」の登場〉

弁護士:「はい、今日のプリントへ行きます。『労働法(ワークルール)を知って、身を守り、よりよい社会を創りましょう。』です。」

プリント
(1)「ブラック労働」とは、労働者の人権を無視した、労働者を人間扱いしない労働のこと。もちろん、正社員にもある。
Q.具体的にはどんなイメージがある?

弁護士:「((1)を音読。)『ブラック』の意味は大体知っていますか? 黒いって悪そうなイメージですよね。新しくクローズアップされてきた問題です。『どんなイメージか』を、具体的に各自2つくらい書いてください。
 (机間巡視して生徒のプリントを見ながら)残業が多い、給料が働いた分だけきちんと入ってこない、仕事が多過ぎる、パワハラがある、理不尽なことがあるなどが書いてありますね。ちなみに、最低賃金という言葉は知っていますよね? 千葉県の最低賃金はいくらですか? 廊下にポスターが貼ってありました。今は868円らしいです。1日の労働時間は労働基準法上何時間ですか? 週あたりの労働時間は? (生徒は「8時間!」「40時間!」などと口々に正解を発言。)それを無視したような仕事をさせられるのが『ブラック労働』ですね。次に(2)へ行きます。大学生は本来、勉強をするのが仕事ですね。」

プリント
(2)「ブラックバイト」とは、学業が本分の学生であることを尊重しない、学業に支障をきたすアルバイトのこと。
Q.具体的にはどんなイメージがある?

弁護士:「((2)を音読後)具体的に君たちが大学生だと想像してみてください。ブラックバイトってなんですか? (1)で書いたこと以外のことを書いてください。『学生なのに○○させられちゃう』ということだよね?」
生徒の声:「試験前や試験中なのに仕事を入れられてしまう。」
弁護士:「他には? シフト強要と書いた人もいるけれど、深夜に仕事を入れられちゃうとか、大学生だから普通のバイトより給料が安いとかありそうだよね。前のクラスでは『バイトがやるべきでない仕事を押し付けられる』という答えがありましたが、たとえば本来なら正社員が、十分な給料を貰ってやるべき仕事を押し付けられたりしています。しかし、責任感がある人ほど辞められないんですよね。まじめな人、正直な人、素直な人は気をつけてくださいね。」

〈展開3 ブラック労働・ブラックバイトの背景には?〉

弁護士:「ブラックバイトをやめられない理由は何でしょうか? 一つは大学などの学費が高いことですかね。今、高校を卒業生した人の半数以上が大学へ行きます。学費は平均で、年間100万円以上かかります。そして、大学に行く半数以上の人が奨学金を借ります。奨学金として月10万円借りると、4年間でいくらになりますか? 480万円です。もちろん、もっと学費が高い大学とか、6年間通わなきゃいけない学部もありますから、そうするともっと大変ですよね。でも、奨学金は借金です。原則として返さなくてはいけない。だからバイトや仕事をやめられない。学校を出てブラック企業に入っても、奨学金を借りていたら辞められない。もし辞めたら、どうなりますか?」
生徒:「自己破産する。」
弁護士:「ところが奨学金の場合、自己破産しにくいのです。なぜですか?」
生徒:「代わりに払わなきゃいけない人がいるから。」
弁護士:「奨学金の場合、保証人がいるんです。奨学金は2人保証人をつけるので、本人が破産すると、保証人2人もいっぺんに困ってしまいます。でも実は、人間が保証人にならない機関保証というのがあって、5割くらいの人はそれを使っています。今は住宅ローンもそうですが、人に保証を押し付けない方がいいと思います。
 ブラック労働やブラックバイトは、君たちも体験するかもしれません。では、この背景は何でしょうか? プリントに戻ってみましょう。」

プリント
 この背景には?
1)深刻な人手不足の進行(少ない人材への業務のしわ寄せ、バイトが基幹業務を任せられる)→日本の社会は、深刻な「  」(今の日本の、最大の課題かも!?)
2)雇用の規制緩和(非正規雇用の増加、労働条件の緩和)などによる?
3)雇う側、雇われる側どちらも法的知識やマインドが足りない、学生時代から、対立を嫌い、「  」を刷り込まれた学生?
4)学費の高騰、親の貧困化、奨学金貸与者の拡大(奨学金は借金ですよ!)→弁護士的には「  」がお勧め。

弁護士:「1)の「 」には何が入りますか?」
生徒:「少子高齢化。」
弁護士:「そのとおり、少子高齢化ですね。2つめが今、国会で問題になっている雇用の規制緩和です。自由に働けることは、労働者の利益だと考えられているようですが、実際には正社員を使わないで、何年かで雇用を切れるような派遣社員を使って、できるだけ安く人を働かせるような仕組みができてしまっています。教科書では、『労働三法や労働三権が大事だ』で終わってしまうようですが、多様化する働き方の中で、一人ひとりが、それぞれの働く権利を自覚することが大事です。3)は同調圧力が入ります。周りと合わせたい、目立たないようにしたいと思うのが今の若い人の特徴じゃないですか? そういえば皆さん、尊敬する人って誰ですか? 昔は福沢諭吉とかが多かったんです。今は父母という人が一番多い。身近な人にしか目がいっていない。好きなタイプはだれですか? 昔は中森明菜とかだったけど(笑)。今は『僕のことを分かってくれる人』です。」
生徒一斉に:「(低い納得の声で)ああー。」
弁護士:「身近な人や自分を大切にしたいという思いから、同調圧力が強まっているのかもしれません。ともあれ、同調圧力への理解は大事だと思います。」

〈展開4 今、働く現場で起こっていること(ケーススタディ)〉

弁護士:「次に、プリントの続きです。(1)から(6)まで、周りの人と話してかまいませんから、5分で考えてください。」

プリント
3 今、働く現場で起こっていること(ケーススタディ)
(1)そもそも働く時間はいつからいつまで?
Q.午前9時からのお仕事。ユニフォームへの着替えが必要です。午前9時ピッタリに出社していいの?
A.(結論)          (理由)          
(2)余分に働いたらどうなるの?
Q.「今日は残って仕事してね。」と言われて、週40時間を超える仕事をする羽目になったら普通はどうなる、どうする?
(3)急に、「仕事を辞めろ!」と言われたらどうする?
Q.「君は、仕事ができないから、いますぐクビだ!」と言われたらどうする?
(4)スーパーで働いていたら、こんなことが…。
Q.「あのさ、「恵方巻」が大量に余っちゃったんだけど、みんなの販売努力が足りなかったんだから、1人5本買い取ってね!」
(5)「ガチャン!」ファミレスのバイトで、料理の皿を落としちゃった!
Q.お前のバイト代から引いとくからな!
(6)どんなことをしたら「セクハラ」になるの? 「パワハラ」になるの?

弁護士:「いいですか? まず(1)です。9時に出社していいですか?」
 (生徒、数名挙手)
弁護士:「ダメという人は?」
(生徒、20名ぐらい挙手)
弁護士:「いいと思う人、理由は?」
男子1:「着替えも仕事のうちだから。」
弁護士:「もし着替えたあと9時から働かせたいなら?」
女子1:「9時までに着替えるように言って、早く来る分の賃金を払うべき。」
弁護士:「ダメと思う人、理由は?」
生徒:「準備だから、給料を払わなくていい。」「お金を生み出す労働ではないから。」
弁護士:「着替えることは仕事に入らないという感覚かな。ちょっと離れた例だけど、殺人で包丁を使うことがありますよね。人を殺す準備で包丁を買うのは犯罪ですか? 犯罪ではないと思う人? (挙手多数。)
 これは殺人予備罪という犯罪になります。殺人のための準備も殺人行為の一部だということです。同じように仕事のために着替えるのは、当然仕事の一部です。だから8時45分に来て着替えないと仕事に間に合わないなら、その分の時給を払わないといけません。また、時給は1時間に足りないなら払わなくていいのではありません。12分でも15分でも払わなければなりません。みんなの書いた答えと逆です。ただし、世の中はそうやって動いていないのも事実です。私は裁判所の仕事もしていますが、そこですらちょっとブラックかな。きちんと考えると、もちろんおかしいのですがね。」
弁護士:「(2)は、時給1000円の人が残業をしたら、いくらもらえますか?
(生徒は、1000円や、1000円の2割増しに挙手した人が少しずついた他、500円位という人も。)
基本的に残業代は1.25倍、休日出勤は1.35倍です。きちんと余分にもらってください。(3)の解雇について、雇う側は何日前に言わないといけませんか?」
生徒:「30日前。」
弁護士:「それは何に書いてありますか?」
生徒:「労働基準法。」
弁護士:「法律が、君たちを守ってくれているんですね。では労働基準法は、なぜできましたか?」
生徒:「労働者の立場が弱かったから。」
弁護士:「じゃあ、その法律をつくったのは誰ですか?」
(生徒から「国会」という声があがる)
弁護士:「国会で誰がつくるの?」
(生徒から「国会議員」という声があがる)
弁護士:「議員を選ぶのは誰ですか? 君たち主権者ですよね。皆さん、きちんと主権者意識を持ちましょう。きちんと君たちを守る法律ができているんだから。(4)は、恵方巻が余っちゃった。買っちゃう人は? 1人。買わない人は? (挙手多数)
 えらい。みんなで断ってくださいね。会社は売れる量を予想して作るべきだから、余ったのは会社の責任です。バイトしているみんなの責任ではありません。(5)は、損失をバイト代から引かれてもいいですか?(挙手を見て。)引くと引かないが半々くらいですね。引かない理由は?」
男子2:「正当な賃金を貰えなくなるから。」
弁護士:「会社は、労働者に賃金を払っても儲かるから賃金を払うんです。人を雇うのは、プラスの利益があるからですよ。そしてその利益は会社のものでしょ。だから、仕事の中で起こってしまう通常のマイナス、つまりリスクや損は会社が負担すべきです。判例では、『信義則』という言葉を使っています。『信義則』は民法の第1条に書いてあります。少し話がそれますが、僕たち弁護士は、なんでも法律に書いてあると思っているのではなく、『これ、おかしいよな?』ということを最初に考えることが多いのです。つまり、『これ、おかしいよな?→法律の条文にあったかな?→判例にあったかな?』と考えます。ちなみに、司法試験にはこまごました数字は出ません。条文や判例は調べればわかるので、『おかしいな』って考えるリーガルマインドが大事なんです。皆さんも、『会社が負担してください。』と言ってくださいね。(6)は省略します。」

〈まとめ 自分を守るためには?〉

弁護士:「労働の現場で起こっている事故や問題に対し、『何か対策をとったか?』という調査では、『何もしない』が48.8%となっています。その理由については自分で考えてみてください。
 『これはおかしい』と思ったとき、自分で考えたり調べたりするだけでなく、支援してくれる人が大事です。支援をしてもらう場所として、所得要件がありますが、法テラスを覚えておいていただくといいと思います。また、一度おかしなことが許されると、誰かがどこかで立ち上がらない限り、そのシステムはなかなか変わりません。みんなには基本的人権を尊重される権利がありますが、基本的人権を尊重しなければいけないのは誰ですか? 国民? 国家?」
生徒:(「国家」に挙手する生徒が多数。)
弁護士:「おお、素晴らしい。憲法99条に、公務員など国家の側が守らないといけないと書いてあります。そしてそこには『国民が守る』とは書いていないのです。ただし、すべての法律は憲法の理念に基づいているのですから、間接的に国民も憲法を守らないといけませんよ。
 さて、まとめです。プリントの最後に、『良心、絆意識、一般常識に訴えられるとスジを通せない。』とありますが、皆さんにはワークルールについて、もっと「?」をつけて考えてほしいと思います。労働法制は国民が歴史の中で勝ち取ってきたものです。時代がどんどん変わっていく中で、私たち主権者が私たちのことを考える議員を選び、新しい法律が創られることによって基本的人権の尊重が実現されるのです。弁護士も皆さんの人権を守る仕事をしていますから、何か困ったことがあったら、遠慮なく弁護士に相談してください。」

〈取材を終えて〉

 労働法を考える授業の仕上げは、ブラック労働やブラックバイトの背景に少子高齢化問題があることを押さえ、続けてケーススタディに取り組みました。レポートその1からお伝えしたように、全3時間で、労働法の成り立ちと意義から身近な事例検討までを、アクティブ・ラーニングを織り交ぜながら考える授業でした。中学校でも高校でも使えそうな教材ではないでしょうか。
第3時間目の特徴は、弁護士ならではの事例が豊富に紹介されたことかなと思いました。「仕事の準備は、仕事のうちか?」考える際に、「殺人予備罪」の事例が出てきたのは、生徒たちの興味を引くインパクトがありました。
また、労働基準法をつくったのは誰か問われる場面では、生徒から国会議員という声が出ていました。教科書で習う国会の機能を思い出すと、もっともな答えだと思いますが、石垣先生は主権者が法律をつくっているという意識を持ってほしいと言われました。法を考える場面では、折に触れて主権者の意識を確認することも重要だと感じました。

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