2018年度法と教育学会「教材作成ワークショップ」

 2018年9月1日(土)10:30~18:00、第9回法と教育学会学術大会のプレイベント「教材作成ワークショップ」が商事法務研究会会議室で開かれました。今年の話題提供は、神戸大学の樫村志郎先生(法社会学)の「法律と社会を結ぶもの」をテーマとしたお話でした。その後、参加者がその話題を踏まえ、法教育教材を作成するという恒例の企画です。樫村先生のお話のあらましをお伝えします。(事前課題・当日配布プリントより適宜引用させていただきます。)

「法律と社会を結ぶもの」

樫村志郎先生(神戸大学教授)
1 はじめに
〈市民性としてのリーガルマインド〉
 私は法社会学、社会理論の中の法や法的現象の社会学的分析の研究をしています。これまでの研究主題は労働紛争、家事調停、法律相談、修復的司法研究会などです。最近は、トラブル経験相談から5年間のトラブル経験調査を分類し直す作業をしています。
 法教育との関わりは、神戸大学の附属学校から法教育に関する依頼を受けたことに始まりました。平成26年から現在まで、兵庫県立須磨東高校のリーガルマインド教育開発研究プロジェクトにアドバイザーとして関わっています。高校の先生方は一生懸命取り組んでおられますが、あまりにもフィールドが広いと感じます。もうちょっと日常的というか、法律のコツのようなものにフォーカスしながら教えるといいと考えて、サポートしたいと思っています。フォーカスの仕方の1つの案として、今日の話がヒントになればと思います。メディア研究、キャリア教育、フィールドワークなども取り込んだ総合的な学習となります。
 たとえば、須磨東高校では図書館の椅子の脚にテニスボールを履かせていることに、私は感動しました。学校の図書館では椅子を引く音がうるさがられます。他方で、部活動のテニスボールは痛むので、多くが廃棄されます。そこで廃物利用をしたわけです。私の考えるリーガルマインドとは、こういうことができる頭です。テニスボールが多数捨てられることは、高校の生徒なら誰でも知っていますが、普通は図書館の椅子とは結びつけない。ここにリーガルマインドがあります。ボールを利用するためには、テニス部に事情を説明し、合意をとって、チームとして椅子に取り付けたはずです。そういうことができるのが、市民性としてのリーガルマインドです。

〈アリストテレス、ホッブズ、G.H.ミード〉
 アリストテレス、ホッブズ、G.H.ミードの3人は、法を考える上で重要な思想史上の巨人です。私の法社会学概論の講義でも使っています。アリストテレスは、初めて正義というものを批判的に定義しました注1。彼によれば、正義とは人々を正しい実践に向けて促すような、ある状態を指します。人が他者と結ぶ関係を考えるときに、正義があります。正しいとは、良いこととは区別された「正しい」という内容です。「中庸」という理想があり、正義とは比例関係であるとします。あることを採り過ぎるというのは正しくない。良いことを採り過ぎたり、悪いことを過度に妨げるのも、正しくない。正しいとは、比例であるというのです。
 アリストテレスを読んで、法と社会をつなぐものは何かと考えるのが重要です。彼は社会と行動が比例しているときに正義としました。彼の考える社会とは、ポリスです。奴隷と自由人の階級制を前提としているところに、社会の捉え方の限界性があります。彼が奴隷を正義・不正義の対象としたのは、奴隷が昔、自由人だったという側面だけでした。
 ホッブズは、アリストテレスより1800年くらい後の人です。彼の意義は、政治哲学の本を初めて英語で書いたことです。それまではラテン語で書かれ、政治哲学は学者向けのものでした。英語で書いたということは、すなわち当時のイギリスの市民たちに向けて書いたのです。人々が学ぶことで、自分の実践に活かしていかねばならない内容、学問のあり方が書かれています。
 ホッブズは、「すべての人に権利があるのか」という問題に取り組みました注2。すべての人に理性があるということから正義を考え、「社会契約」という考え方をしました。ユダヤ教は、神と人間との契約を考えます。ホッブズは、すべての人々が人間同士で契約することで正義が打ち立てられるかを考えました。契約に基づく正義の可能性を、すべての人がもつ自然権というものが存在することから始めました。当時、すべての人に自己防衛の権利があるとするのが通説でした。この権利を保障するのでなく、捨てることを考えたのが彼の独特なところです。自然権を放棄した者には、他者の自由を認める義務が発生するとしました。こういう約束をしても守られるのか? みんなが約束を守らないと意味がありません。自然権だけ認めれば、合理的推論によって社会をつくることができると考えました。すべての人がこのような理屈を押さえれば、自分たちが内容を決める法律を政府がつくることができるとしたのです。
 G.H.ミードは20世紀の人です。政治思想は様変わりし、理性だけでは世界はつくれないとされました。それまで、歴史はある種の理性があるとされていました。社会は放っておいても進化するという「社会進化論」という考え方をミードは再構築しました。カントは、結果についてはいろいろ言っていますが、どうやったら今の状態から変化してくのかを言っていません。ミードは、変化の処方箋を示すのは社会の科学であるとしました。変化の処方箋とは、「トライ・アンド・エラー」です。合理的でインプリメンタルな少しずつの正義によって、議論できると考えました。ホッブズの正義は1回作ったら終わりで、変化の方法を含みません。ミードは変化の方法を含む理論を考えたのです。プラグマティズムといいます。
 社会の問題を解決するためには、法律が必要です。法律はどのような社会をどのように変えていくかという社会思想の大きな発展を踏まえて、考えねばなりません。今までは20歳以上の人が法律をつくっていましたが、中高生に法を教えねばなりません。中高生に法を教えるとは、法に参加する、形成する、見極め批判する能力を開発することと思います。

2 今日のテーマ1「規範という現象」
 テーマ1では、「法律は不完全だから、解釈で完全にする」ということをわかってほしいと思います。

〈規範の定義〉
 法学は、法を規範として扱います。規範とは、社会学者注3によれば「目的に向けての行為の具体的コースを言葉で記述したものであり、そこにはこのコースに見合った未来の行為に対する命令が結びついている。ここで、目的とは、行為者によって望ましいものとみなされているがゆえに、ある行為がそれへと方向づけられているような事象の未来状態である。」とされます。

〈規範かどうか、考えよう〉
次のものは規範か?として、7つのものについて考えてもらいます。
  1)組み立て式家具の説明書
  2)店の接客マニュアル
  3)バスを待つ人の列
  4)平均余命表
  5)ドアを閉めますという駅のアナウンス
  6)交通信号
  7)人の性別
(事前課題のワークシートでは、それぞれについて「規範かどうか? その理由」「(規範である場合)誰にとっての規範か?」を記入するようになっています。)
【参加者の回答と先生の解説】
 規範の要素、すなわち「目的」、「未来の行為」、「言葉」、「命令」、「行為者にとって望ましい」の5つが備わっているかどうかを検討しました。
1)組み立て式家具の説明書
参加者1:「規範でない。理由は、我々の行動を規制していない。命令はないから。」
先生:「それはそうですね。しかし、の『未来の状態』はありそうです。命令という要素はないけれど、『組み立てておいてね』と“命令”されるとしたら、(説明書の中にも)『命令』の要素はあります。『行為の望ましさ』『言葉』『目的』があります。」
2)店の接客マニュアル
先生:「『命令』の要素については、『従わないとクビになる』『店の仕事がスムーズにゆかない』ことですね。『行為者にとって望ましい』に関しては、マニュアル通りの接客であることがばれると望ましくない結果が生じることがあるので、客に開示しないことが含まれます。」
参加者2:「規範である。先生が挙げた以外の理由として、『目的』は店の売り上げを増やすことだから。」
先生:「規範でないと思う人は? いない。一番、規範ぽいといえますね。」
3)バスを待つ人の列
参加者3:「規範である。『記述』でひっかかるかもしれませんが、地面に『ここから並ぶ』などと書いてあることもあります。」
参加者4:「規範でない。自発的な行列は規範なのかな? と思います。暗黙の了解です。」
先生:「命令がないということですね。人気店の前の行列とか。」
参加者5:「言葉にはないけれど、並ぶという行為そのものが……」
先生:「並べと言われていないし、列は言葉ではない、従う行為がそのまま規範になるのは変ということですかね。明確に言葉ではなくても規範であるとしたら、暗黙の言葉になります。部品が組み立ててちょうだいと言っているということ。規範を引き出すことと規範に従うことが、自分に対する規範を変えていきます。そして、どうやって未来の行為を生み出すか。行列につくときは最後尾に並ぶことを誰でも知っていますが、どうやってそのことを見つけているのか、が難しいです。あらゆるところに行列があります。顔が向いている方が前で、という具合に最後尾を見つけることができる。共通にある規範を見つけて従っている。そういう世界をつくっているといえます。言葉も見つからず、命令者もいない。制裁もあるような、ないような。しかし、1つの規範、きまりの下に従った行動をとっているわけです。」
4)平均余命表
先生:「そこまで生きろと言われているわけではありません。保険会社が使っているだけ。長生きすることをいいことと思わない人もいるし、寿命で死ぬのがいいのでも悪いのでもない。ただ、平均より早かったら、早過ぎたというべきですね。他国や他県と比較して、何とかせねばと考えることもあるでしょう。たくさんの点で規範ではないところがありますが、規範として扱う時はいくつかの点を加えます。若い人の死、天寿を全うした人の死に対し、いかに反応すべきかということです。」
5)ドアを閉めますという駅のアナウンス
参加者6:「第一印象では、規範でない。命令の前段階だと思います。私たちはその後に『駆け込み乗車はおやめください。』という言葉が続くと知っています。それが習慣化されて、その文句に駆け込み乗車禁止を含むと考えるときは、規範となると思います。」
先生:「第一印象で、規範でないというのはいいと思います。後に続く文句との距離を
感じてもらえているのが、素晴らしいです。美術館などの閉館時間について、最終入場4時半、5時閉館と書くことがあります。そう書くことで、無駄な問題の発生を防いでいます。規範を知っている人がつくる表示が、少しだけ社会をよくしているといえます。規範の種を投げているものを見出し、そこから規範を引き出す能力、何かを付け加えて規範にする能力が社会の人々にあることを認めることが重要です。ニュースになる不祥事の問題などでも、どのように線を引き、どんな扱いをするか、第三者の弁護士にすぐに任せるのではなく、自分たちである程度考えることが重要です。」
6)交通信号
先生:「これは命令で、義務を課すものであるのが明らかです。色で表していますが、意味を明確に持っているので、言葉と同じです。」
7)人の性別
先生:「時間の関係で省略しますが、これはこれでいろいろなことが考えられるでしょう。」

〈テーマ1のまとめ〉
 規範について、考えを深めてみました。これらすべての例が規範であると私が主張しているわけではありません。社会で存在している規範には、書かれていない内容が多々あります。「行為者にとって」望ましくとも、社会にとって望ましいとは限りません。また、規範は言語で表現されているとは限りませんが、それでも役に立つことがあります。命令の意味を持っていないこともありますが、それでも利用されています。大事なことは、あるものが規範かそうでないかより、完全な意味での規範にはどこが足りないのかを考えてみることです。人間には、不完全なものに何かを付け加えて完全な規範にする能力があります。社会の中で自分がすべき行動を引き出す能力こそが、社会と法をつなぐものです。
 前提として、社会には規範として言葉になってはいないけれど、そこから規範を引き出すための種が置かれていると考えられます。社会学では「状況の定理」という概念があります。TPOをわきまえる、ということです。その場面、場面にふさわしい行動をすることを判断させるような特徴がある、ということです。
 行為者にとって望ましい規範と、社会にとって望ましい規範を引き出す種は、少し違うことがあります。言語や完成形態、命令性の形態も違います。「法は命令性をもつ規範」といえます。ホッブズが言うには、命令するのは、私たち自身です。立法者を個人でない人間として考えたのはホッブズ派で、ジョン・ロックは議会主義を付け加えました。法律については法的理性を考えて、国が法律をつくり、すべての人が理性で考えて納得の上、従うことができると考えました。

3 今日のテーマ2「法律相談における法や規範の利用のされ方」
テーマ2では、ある市民法律相談の場面で実際に起こった発話を記録した資料をもとに、何が起こっているか、法や規範がどう利用されているかを考えます。

〈事例の概略〉
 助言者(弁護士)が問題を語るように促したことから始まり、相談者(一般市民)が、飲酒検問において捕まったと述べました。相談者は、アルコール依存症の既往があったこと、捕まった前夜に8時間にわたり、友人とともにブランデー、日本酒、ビールを居酒屋で飲んだこと、翌日の夜のある時刻に飲酒検問で行われた検査により酒気帯びとの結果が出たことを述べました。それによると、飲酒と検査の間は39時間と計算されました。

〈事例に関する規範のポイント〉
(発話の記録は、ここでは都合上省略させていただきます。)
【ポイント1:「質問する」とは、答えを制約するための規範を作成すること。それに対し、回答するかしないかを含め、相談者の納得を大事に】
相談者は、飲酒から39時間もたって検問に引っかかるような事例が過去にあったかどうかを質問しました。実際の展開では、助言者は「調べてみないとわからない。」と回答し、相談者の要請を実質的に拒絶しました。それに対し、相談者が沈黙したので、助言者は「納得できんいうことですな」と答えました。
先生:「この『納得』という推測を示すことが、解決へ向けての中間点になります。相談者の要請に応えること以外の形でそのニーズに応える可能性を仄めかし、何らかの提案を予想させています。この後、助言者は、『アルコールは時間の経過とともに消えていくからね。』と、相手の根拠にしている事実経過を述べて、相手が『はい。』と答えるような質問をしました。これを繰り返すと、だんだん相談者が納得できる幅が定まって、納得に向かうことができます。学生相手の授業の仕方も同じですね。」
 不適切な質問にはどう答えるか。助言者は、推測に納得してもらえない場合、推測の根拠を言わねばなりません。対立を回避しつつ、相談者に満足して帰ってもらうためには、不要な不満足を招きたくない。質問に上手に答えつつ、単に迎合するのでないような答え方をしなくてはなりません。質問の背後にある、相談者の目的を忖度してあげることかなと思います。あなたの言いたいことはこれでしょうと、質問を言い換えて納得してもらうことが大事といえます。適切な推測を提示するのも教える側の能力です。それは同時に、教えられる側に合理的な納得の能力があるのかを確認するテストになっています。」
【ポイント2 法律や判例の知識が役に立つのではなく、ある人の考え方の中にその情報がはめ込まれたときに、全体が合理的なのかが重要】
先生:「相談者は、助言者が『納得が大事』と言っていると知り、『そのような裁判がもしされているなら、裁判所に言えばわかってもらえるかな』と質問を言い換えます。これにより、相談者が助言者に回答を要請する理由がわかりました。助言者は、相談者によるそのような情報の利用の現実性をチェックします。弁護士は、大抵そんな判例はないだろうと確信をもっていると思いますが、それを相談者に対して証明するのは難しいので、その議論に入らないようにするのが、教師の場合も弁護士の場合も、専門家の意見を尊重するという態度の基本です。
 社会的に重要とみなされる情報は、それが存在するとか確実だとかいうことによって重要性をもっているのはありません。ある人の考え方の中にそれがはめ込まれたときに全体が合理的なのか、行為の合理性の判断があって、それを基準にして重要性が判定されます。情報そのものではなく、情報の取り扱い方、その情報に何を付け加えて、どんな具体的、実践的意味を引き出すのかということが重要です。」

〈事例の続き〉
 相談者の質問の意図がわかった後、助言者は、相談者が最後に飲酒をしたという後の39時間に酒を飲んだ可能性を指摘しました。『それ以後飲んでいないということはどうして言えるの。』と尋ねて、それが大きな問題であることを示しています。

4 全体のまとめ
 テーマ1では、様々な素材から規範的意味が読み取られることに気づきました。その読み取り方は、多様で具体的な問題状況に密着したものでした。もし素材を完全な規範命題にしてしまうと、多様な状況で使用できなくなってしまうでしょう。したがって、規範と社会的状況は切り離されているといえます。それらは改めて結合されねばなりません。規範と書かれているものは素材であって、規範の中に含まれている意図とか趣旨とか本当の意味を引き出すことが重要です。
 テーマ2では、法律相談という場面における会話の発言から法制度に特殊な規範的意味が読み取られることを理解しました。法律は重要な社会的価値に関する規範(飲酒運転の禁止)を言語化していますが、弁護士(法律家)は規範を述べずに、様々な社会的素材から、この法律とその事案にふさわしい意味を相談者に読み取らせようとしています。どういう状況かを聞いていくところから始め、相談者にふさわしい実践的規範を引き出します。このようにして、法律と社会は結び付けられます。
 法学を学ぶことは、このように法律と社会を結びつけることだというのが本日の結論です。これは法の解釈と呼ばれます。法学の任務は他にもありますが、法を解釈することは、専門家でなくとも、公務員でも会社員でも行う必要があることの1つであり、法教育で教えることにも意味がある素材です。」

〈取材を終えて〉
 樫村先生は高大連携のプロジェクトで高校生の法教育にも携わっておられます。規範という言葉は高校生にはなじみが薄いと知って、驚かれたそうですが、その驚きがテーマ1の問題に結びついているのかなと思いました。「組み立て式家具の説明書」などを改めて考えると、なるほどと感じられます。テーマ2では、会話の中の「質問」も答えを制約していくための「規範」であることに気づかされました。日常の身近なものの中にある規範に目を覚まさせてくれるお話でした。この後のワークショップで参加者がどんな授業案を作成するか期待が膨らむ講演でした。

 

注1:
アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学(上)・(下)』(岩波文庫,1971年)
注2:
ホッブズ(水田洋訳)『リバイアサン(1)~(4)』(岩波文庫,1954~85年)
注3:
Parsons“The Structure of Social Action”(1949年)、樫村志郎著『「もめごと」の法社会学』(弘文堂,1989年)
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