2018年 法と教育学会第9回学術大会 課題研究部会

 2018年9月2日(日)9:30~17:00、法と教育学会第9回学術大会が明治大学リバティータワーを会場に開催されました。今回のテーマは「資質・能力の育成と法教育―模擬裁判を題材に」です。新学習指導要領の実施にともない、「資質・能力」の育成が一層重視されることから、これからの法教育を考える上でも模擬裁判を通じてどのような「資質・能力」が育成できるかを検討しようという趣旨です。本レポートでは、午前の分科会と同時並行で行われた課題研究部会から、課題研究Ⅱの模様をお伝えします。

課題研究Ⅱ「あるべき調査研究の方法論について検討する」(敬称略)
10:30~12:05

1 趣旨説明、『法と教育』論文レビュー

中原朋生 環太平洋大学

 

 法と教育学会企画委員会では、法教育研究について、どのようにすれば研究といえるのかを検討していこうと考えています。学会誌「法と教育」の投稿規定には、研究論文は「法と教育に関する理論的または実証的な研究をまとめた論文で、学術的価値あるいは応用的価値が高く、独創性のあるもの」とされています。どうすれば理論的、実証的になるのか、学術的価値または応用的価値が高いとはとういうことか、独創性はどうか、ということについて、これから3名の先生方に研究方法をご紹介いただきたいと思います。
 その前に、「法と教育」の論文レビューをしたいと思います。「法と教育」は2010年~2017年に出た1号~8号の8冊に68本の論考を掲載しています。内訳は、第1号に分科会報告8本(1号)、第2~8号に研究論文20本、実践報告23本、研究ノート17本となっています。

【方法論による分類】
 論考68本を方法論で分類しますと、
A:実践研究は43本(63%)。このうち研究論文は7本です。
B:分析研究は18本(26%)。分析研究とは、他者の研究を対象化し、自説の強化をするという方法です。どの研究を対象とするか選ぶ段階で、「見方」が入っています。
C:内容研究は7本(10%)。内容とは、教材を作る際の法学研究で、研究論文が6本ありました。
D:調査研究(実証研究)は1本(1%)となっています。

 A(実践研究)43本のうち、対象校種は高校13(30%)、大学9、小学校8、中学校4、中高一貫校4、特別支援校3、専門学校1でした。B(分析研究)は、日本の法教育についてが10本、米国についてが6本、フランスとカナダが1本ずつとなっています。

【内容による分類】
 論文68本を内容で分類すると、1位が裁判で17本(25%)、2位は法一般の13本(19%)、3位は基本的価値9本(13%)、以下、ルールが4本、民法も4本、生命倫理3本、学校生活3本、対立解決2本、いじめ2本などでした。

2 実践研究(小学校)「模擬裁判につなげる「裁判風討論」の検討―「被告人、桃太郎」の実践を通して」

三浦昌宏 千葉市立高浜第一小学校

【裁判に関する教材作成の準備段階】
・小学校における「裁判」に関する学習の現状は、6年生社会科「国の政治のしくみ」単元(3時間)の1つとして扱うことが多いと思います。模擬裁判をすることは、ほぼない状況です。
・裁判に関する授業前アンケート調査を、4~6年生に実施しました。結果は、「裁判について知っていることがある」児童は4年生9%、5・6年生は20%台でした。4年生では、「裁判」という言葉すら知らない子が約3分の1もいました。「あなたにとって裁判は身近なものですか」という問いでは、「身近なもの」という回答は3学年とも10%以下で、ほとんどの児童が「裁判は身近ではない」「わからない」という状況でした。
・アンケート調査結果の考察

 小学生にとって裁判はほぼ未知のものといえるので、模擬裁判を扱うならば、事前の学びとして「裁判風討論」が必要になるのではないか、と考えました。
 「裁判風討論」とは、異なる見解が生じる1つの事実に対して、子どもたちが自由に立場を選択し(途中変更も可)、学級全体で討論をすることです。次のような約束事を決めておき、安心して討論に参加できるようにします。
1)1つの事実に対して異なる(真逆の)見解を教師が提示する。
2)自分はどちらを支持するか、その根拠は何かを考え、意見を交わす。「迷う」もあり。
3)討論の最中に自分の考えが変わってもかまわない。
4)勝敗は決めないが、最終的にどのような考えが多いか、人数確認をする。

 ・道徳が特別な教科となり、「考え議論する」ことを踏まえた授業展開に移行するため、道徳の授業として実施できると考えました。

【実践授業】
教科:特別な教科 道徳「公正、公平、社会正義」45分1コマ

<授業の流れ>
1)正義の人とはどんな人のことか考え、発表する。
2)昔話「桃太郎」を聞き、桃太郎側と鬼側の行動の事実確認をする。
3)桃太郎が鬼退治で刀を振り回した際に殺されてしまった鬼の子供(鬼太郎)から、訴えが届いたことを提示する。
4)裁判風討論
 ・桃太郎側と鬼太郎側のどちらを支持するか考える。(スケールとその理由)
 ・それぞれの考えを発表したり反論したりする。(学級全体)
5)鬼退治ではない方法で、この問題を解決する方法を考え、発表する。
6)再度、桃太郎側と鬼太郎側のどちらを支持するか考える。(スケールとその理由)
7)正義の人について再度考え、発表する。

<裁判風討論の内容―4年生の授業の例>
 桃太郎と鬼太郎のどちらを支持するか、最初の判断は、「桃太郎」「やや桃太郎」を合わせて22%、「鬼太郎」「やや鬼太郎」が44%、「迷う」が34%でした。桃太郎支持の理由は、「鬼が初めに悪いことをしたから、桃太郎がやったことは正しい。」鬼太郎支持の理由は、「鬼を殺すのはやり過ぎだ。」(多数)迷っている理由は、「鬼も悪いし、桃太郎も悪い。」話し合いが進むうちに、「村の人たちは、桃太郎に鬼退治をしてもらいたかったのかな?」「ちゃんとインタビューとかしたのか?」「やっぱり、話し合えばよかったと思う。」という意見が出て、次の展開「鬼退治ではない方法でこの問題を解決する」につながりました。
 また、「鬼太郎はお父さんを殺されて不幸になったが、桃太郎は家族と幸せに暮らしているから、桃太郎は正義の人とは言えない」という議論に、多数が賛成する展開となり、道徳の価値項目につながりました。

<最終的な判断>
 迷っていた子の多くが鬼太郎側に移りましたが、鬼太郎側から桃太郎や「迷う」に移った子もいました。討論を通じ、考えが変化した子が約3分の2もいました。

<5年生と6年生の状況>
 5年生は最初「迷う」が4%でしたが、最終的に桃太郎側からも鬼太郎側からも移ってきて36%となりました。討論を通じて考えが変化した子は約半数でした。6年生は最初、桃太郎側が合わせて4%で、鬼太郎側と「迷う」が同数でしたが討論により迷っていた子の約半数が鬼太郎側に移り、鬼太郎側から迷い始めた子もいました。

【授業後アンケートの結果と考察】(仮説の検証)
 授業前のアンケートと同じアンケートをしたところ、どの学年も「裁判という言葉を聞いたことがない」はなくなり、「裁判について知っていることがある」という回答が半数以上となりました。ただし4年生では、「裁判という言葉は聞いたことがある」も50%で、1コマ限りの授業の限界を感じました。「裁判は身近なものですか?」の回答は、どの学年も40%ほどが身近と回答し、授業の効果といえると思います。同時に、どの学年も4分の1程度の子が「身近かどうかわからない」としており、今一歩踏み込んだ授業展開を考えていく必要もあると考えます。

3 実践研究(中学校)「社会的な見方・考え方を培う模擬裁判の授業―法廷劇『テロ』を通して―」

寺本 誠 お茶の水女子大学附属中学校

【裁判に関する教材作成の準備段階】
・中学校社会科の目標である「社会的な見方・考え方」を培うためには、法的な見方・考え方を養う法教育の教材が適していると考えました。「法的な見方・考え方」とは、「法的な問題を発見し、法的な価値や法的な概念を活用し、議論したり解決したりする中で働く法的な視点や方法」注1としました。
・過去の実践授業(参考)
教科:社会科公民的分野 第3学年(平成26年度)
単元:わたしたちと政治「人間の尊重と日本国憲法の基本的原則」
テーマ:「基本的人権の尊重~ドイツ航空法の違憲判決をめぐって~」
 ハイジャックされた飛行機を撃墜することを認めるドイツ航空安全法(2005年施行)について、ドイツ憲法裁判所が違憲判決を下したことに関し、生徒が討議しました。最初は「被害を最小限にする」という理由で撃墜を支持する生徒がほとんどでしたが、「国家が自国民を殺してもよいのか」という反論から議論が活発化しました。また、日本でも「航空法」が成立したとしたら、公正に運用するためにはどうしたらよいか考えさせました。

【平成30年度の実践事例】
教科・単元は平成26年度に同じ。
テーマ:「基本的人権の尊重~ハイジャック機撃墜事件を裁く~」(全2時間)
学習目標:1)他者と討議しながら、多様な見方・考え方があることに気づき、日本国憲法が定める基本的人権の意義と個人の尊厳についての関心を高める。
 2)模擬裁判を通じて裁判の機能や手続を理解するとともに、確かな根拠に基づいて判断することや、他者の意見から自分の判断を再構成していく重要性を理解する。

<授業の流れ>
第1時
1)9・11テロ時の航空機撃墜命令、ドイツ航空法の成立と1年後の違憲判決について考える。
2)『テロ』注2に基づいて作成したラース・コッホの供述調書を読む。
3)ラース・コッホを被告人とする模擬裁判に向け、検察官・弁護人に分かれて被告人質問を考える。
第2時
1)検察官・弁護人に分かれて被告人質問案を再検討する。
2)被告人質問(被告人役は特別講師として招いた法務省大臣官房司法法制部職員)
3)被告人を有罪とするか無罪とするか、小グループで話し合う。
4)特別講師による講評

<生徒の意見>
・第1時では、どのクラスも撃墜は仕方ないとする意見が多くありました。被告人質問後、有罪(4クラス合計で約65%)とする理由は、「乗客の命を、7万人の命を救うための単なる物体として捉えていて、生存権という基本的人権を尊重していないから。」「殺人を犯したのは事実だし、命令にも違反しているから。」などでした。無罪(4クラス合計約32%)とする理由は、「(機長からの反応がなかったので)いずれにせよ乗客は死んでいたから、スタジアムの観客まで死なせずにできるだけ多くの人命を助ける方法を選んだから。」「あとから説明をいただいて、○○できたのではという推測のようなものはすべて無いものとみなされるということだったから、緊急避難に当てはめることができると思う。」また「どちらともいえない」(ごく少数)とした理由は、「人を殺していることに変わりはないので無罪にはできない。7万人の命と狙われている側(飛行機)の人権の両方とも大切だから仕方なかった。」などでした。

<授業の評価>
 社会的事象への関心・意欲・態度、思考・判断・表現、資料活用の技能、社会的事象についての知識・理解からなる単元の評価規準はほぼ達成できたと考えられます。

【まとめ―実践を通して】
・価値の対立する課題に対して、価値判断・意思決定を行う学習を通して、生徒は多様な見方・考え方に気づき、思考を深めることができます。
・価値の対立する課題の解決に向けて法的な見方・考え方を活用することにより、社会認識を深め、思考したり、判断したりする力を身に付けることができます。
・これらのことから、法的な思考を培うことで、現代社会の様々な問題をとらえる見方や考え方の基礎を養い、主体的に社会に参加する資質の育成につながると考えられます。

4 分析研究(外国研究)「法的リテラシーの育成を目指す法教育カリキュラムの構成の特色―“Play by the Rules”の分析を通じて」

磯山恭子 静岡大学

【研究の目的など】
 アメリカの法教育は、法的リテラシーの育成を目指し、憲法や民法、刑法といった狭義の法のみならず、正義や権威といった法的な価値や民主的な原理、法システムを含めた広義の法を、その教育内容として捉えるものです。市民的資質としての法的リテラシーは、「法に対する正しい認識」と「法への主体的な参加」という2つの観点を中核とすると考えます。
 アラバマ州は独自の法教育カリキュラムと教材を継続的に開発しており、カリキュラムの内容構成も具体的です。本発表の目的は、Alabama Center for Law & Civic Educationの開発した法教育カリキュラム“Play by the Rules”の分析を通じ、法的リテラシー育成の視点から、法教育カリキュラムの構成の特色を明らかにすることです。

【法教育カリキュラム“Play by the Rules”の概要】注3
重視する観点:1)知識「子どもが、アラバマ州の法に関する実践的な知識を得る」こと。
 2)技能「子どもが、成功のために必要とする重要な生活技能を身につける」こと。
 3)行動と参加「外部の地域人材が教員と共同で、子どもをコミュニティに参加させること。」
教育目標: 法に関する知識による良い市民的資質の育成
対象学年: 第7学年
授業の目標注4: 「定義する」「説明する」といった概念の習得から、「行動や態度を形成する」「議論する」「技能を活用する」といった態度の形成や技能の活用へと重点の移行が見られます。
重視する特性: 「協力」「努力」「忍耐」「他者の尊重」といった特性は、いずれの学習過程でも設定されており、これらの特性に基づく人格の形成を重視していると判断できます。
教育内容(12項目): 法の支配、少年司法のしくみ、刑事犯罪、武器・拳銃・花火、アルコール・他の薬物、親子関係、娯楽、学校、移動、仕事、民事的な責任、科学技術
特色: 教育内容のそれぞれに対して、子どもにとって身近な法的な問いを200個以上にわたり提示しているところ。
教育方法: 対話型の双方向的な手法、イラスト活用、まとめで子どもの振り返りを設定

【授業の展開】
授業の構成: 「はじめに」「第1~第12章」「見どころ」「まとめ」
各章は、復習に加え、3~5段階の学習活動により構成されます。
学習活動の特徴: 1)「読むことの指導」を重視。調べてまとめる活動がすべての章で設定されています。
 2)「多様な子どもが参加する教育方法」を積極的に活用。「思考・判断・表現を促す方法」には、ブレインストーミング、グループワーク、お互いに教え合う、ロールプレイ・シミュレーションなど。「参加を促す方法」には、事実認定、模擬市議会、模擬裁判、調停、就職の面接。「興味・関心を高める方法」には、法やルールに関するゲームがあります。

<例:「娯楽」の授業の構成と考察>
 本授業は、次の2つの原理に基づいて構成されています。第1に、子どもの法的な問いを確認する段階(「知っていること/知りたいこと/学んだこと(KWL)表」)、法的な情報を活用し、法的な知識を習得する段階、法的な見方・考え方を働かせて、法的な事象を議論し、参加する段階という3つの段階で組織されていること。第2に、学習活動では、法に関する既有の知識や身近な経験や子どもの問いを取り入れていること、です。

【法的リテラシーの育成を目指す法教育カリキュラム“Play by the Rules”の分析】
 本カリキュラムは、教育内容として法の社会統制機能注5と紛争解決機能を選択し、位置付けていると考えます。教育方法としては、法の活動促進機能を取り入れていると考えられます。

5 まとめ

中原朋生 環太平洋大学

 小学校、中学校の2先生の発表は、子どものデータを取り、弱い理論を強い理論へと検証していっています。米国研究も、仮説を法教育カリキュラムの分析を通じて検証しています。研究の学術性と独自性を担保するには、先行研究を読み直し、仮説を強化するということが重要です。

〈取材を終えて〉
 2018年も法と教育学会では、多くの分科会発表がありました。その中で、法教育研究の学術性と独自性の重要性を指摘する課題研究について、お伝えしました。法と教育学会の一層の発展のためには、研究の充実が何より大事だと思います。充実した研究により、法教育実践がさらに広がっていくといいと思いました。

 

注1:
磯山(2018年)
注2:
フェルディナンド・フォン・シーラッハ著 あらすじ:ベルリン発ミュンヘン行き国内便がテロリストにハイジャックされ、7万人の観客がいるサッカースタジアムに向かっている。飛行機には164人の乗客がおり、ドイツ空軍は戦闘機を発進させる。空軍機は進路妨害や警告射撃を行うが、ハイジャック機からの反応はない。防衛大臣は最近の最高裁判決に鑑み、撃墜許可を出さないが、空軍機のパイロット、ラース・コッホ少佐は大臣の許可なくハイジャック機をミサイルで撃墜した。
注3:
背景についての報告もありましたが、本レポートでは省略させていただきました。
注4:
本文に示したほか、「違いを見出す」「例示する」「理解する」「分析する」といったものが紹介されました。
注5:
田中成明『現代日本法の構図(増補版)』悠々社(1992年)
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