第5回法教育祭 ―法科大学院生らによる法教育授業

 2019年3月5日(金)、渋谷区立鉢山中学校(午前の部)、渋谷区立松濤中学校(午後の部)にて第5回法教育祭が開催されました。今回のテーマは「時効」で、民事における取得時効や消滅時効、刑事における公訴時効を題材に、授業が行われました。本レポートでは、松濤中学校で行われた授業および意見交換会の様子をお伝えします(適宜教材資料より引用させていただきます)。

<プログラム>

午前の部 渋谷区立鉢山中学校
  8:45~  1年A組 早稲田大学学部生
  9:45~  2年A組 中央大学法科大学院生
 10:45~  2年B組 慶應義塾大学法科大学院生
午後の部 渋谷区立松濤中学校
 13:05~  3年A組 早稲田大学法科大学院生
 14:00~ 3年B組 早稲田大学法科大学院生 
 15:00~  意見交換会 

<授業>タイトル:「時効って何だろう-刑事事件を題材に」

(3年A組・B組で同内容の授業実施)
 生徒一人ひとりに作業用のPCとレジュメが配布され、教室正面にはスクリーンが設置されています。スクリーンにはレジュメと同内容のパワーポイントが映し出され、それに沿って授業が進行されます。また、生徒がPCに打ち込んだ内容がスクリーンに反映されるようにもなっています。

司会:「みなさん、こんにちは。今回は映画『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンを題材に、刑事事件の時効について授業を行っていきます。時効って聞いたことある人?」
(複数の生徒の手が挙がる)
生徒:「テレビの殺人事件のドラマで。」

ジャン・バルジャン物語
1.ジャン・バルジャンは、非常に貧しい生活を強いられていた。
2.ある日、病気の妹に食べさせるパンを買うお金を工面するため、ジャン・バルジャンは教会から貴重な銀の皿を盗んで逃げてしまう。
3.教会の貴重な皿が盗まれたというニュースは市民に衝撃を与えた。
4.盗難の責任をとって教会の神父が辞任する。これによって騒動は静まり、市民は普段の生活に戻っていった。
5.その後、警察は犯人を見つけられないまま7年が経過する。
6.窃盗犯人ジャンは、自己の過ちを悔いて改心していた。街に貢献するため工場の経営者に、さらに人望を得て市長にまでなっていた。
7.ところが、警察が7年前の窃盗犯人を突き止め、ジャン・バルジャンは逮捕されてしまう。
8.ここで、ジャン・バルジャンを起訴すべきであったかどうかについて、ジャンの弁護人と検察官が争っている。

司会:「ここで、ジャンは起訴されると有罪になるが、ジャンが犯した罪は7年前の窃盗であることを考えるとき、起訴は正しかったのでしょうか? ジャンの弁護人と、検察官のそれぞれの言い分を聞いてみましょう。」
(弁護人役・検察官役の大学院生が登場し、それぞれ主張を述べる)
弁護人:「私は、事件がもう7年も前のことであり、彼と彼を取り巻く環境が大きく変わっていることから、検察官はジャンを起訴すべきではなかったと考えます。ジャンは改心しており、再び罪を犯す心配はありません。彼は市長として立派に務めを果たしており、彼が有罪となれば、多くの労働者が路頭に迷い、また、この町も立ち行かなくなります。ジャンの処罰を望む人もいませんし、彼が罰されなくとも、彼を真似する者などいないでしょう。」
これに対し、検察官は次のように主張します。
検察官:「弁護人は、事件から長い時間が経っていることを理由に、ジャンを起訴すべきではなかったと主張しますが、私はそうは思いません。彼が罪を犯した事実は変わりませんし、時間が経っていれば裁判にしないというなら、犯罪者は『逃げきればよい』と考えるようになるでしょう。そのように考える人が増えると、この国は犯罪大国になってしまいます。さらに、弁護人は『ジャンの処罰を望む人はいない』と主張しますが、被害者である元神父のことを忘れています。ジャンの行為によって貧しい暮らしを強いられた被害者の処罰感情に報いるためにも、起訴は正しかったというべきです。そして、ジャンは市長である以上、市民の模範としてしっかりと罪を償うべきです。」
 

【ワークシート記入】

(5分)
司会:「弁護人・検察官のそれぞれの主張を聞いてもらいました。みなさんには、これらを踏まえて、起訴したことが正しかったのかどうか、ワークシートを使って考えてもらいます。ワークシートを見てください。まず、1問目では、弁護人の主張と検察官の主張のうち、一番重要だと思うもの1つに【◎】、次に重要だと思うもの2つに【〇】、その他の主張について大事だと思うものに【△】、重要でないと思うものに【×】をつけてください。それができたら2問目で、起訴が正しかったかどうかの判断を、数直線上に示されている0~5段階で評価してみてください。」

【グループでの議論】

(15分)
4~6人グループの班に分かれ、意見交換。各グループには、大学院生1人がつき、議論のサポートをします。ワークシートの回答内容は、Googleフォームに打ち込まれ、教室前方のスクリーンに結果が表示されます。

【回答結果】

・起訴は正しかったかどうか (0は「起訴は誤り」、5は「起訴は正しい」として、6段階で評価)
 3年A組は、0: 0人、1: 2人、2: 5人、3: 5人、4: 14人、5: 4人、3年B組は、0: 0人、 1: 3人、2:3人、3:6人、4: 13人、5: 7人、という結果となり、いずれも4と回答した人が最も多くなりました。

・弁護人と検察官の主張のうち、どのポイントが重要か
 3年A組では、「時間が経っても罪を犯した」が22人で最も多く、次に多かったのは「ジャンが刑務所に入ると多くの労働者が路頭に迷うことになる」「犯罪者は『逃げきればよい』と考えるようになる」「被害者である元神父は、ジャンが出世していく傍ら、貧しい暮らしを強いられた」で、14人でした。
 3年B組でも、「時間が経っても罪を犯した」が24人で最も多く、次に多かったのは「被害者である元神父は、ジャンが出世していく傍ら、貧しい暮らしを強いられた」の21人、その次は「ジャンが刑務所に入ると多くの労働者が路頭に迷うことになる」の13人で、A組と大きくは変わりませんでした。

公訴時効について

司会:「現在の日本の法律(刑事訴訟法250条)では、『公訴時効』が設定され、犯罪後一定期間が過ぎると、公訴の提起(起訴)ができなくなるようになっています。窃盗罪の公訴時効は7年であり、ジャンのケースをこれに当てはめると、起訴すべきではなかったということになります。ただし、あくまでこれは現在の日本の法律の場合であり、絶対的な正解というものはありません。弁護人・検察官のどちらの主張も正しいものであり、それらの主張の重要度に優先順位をつけて考えることが大事です。」

公訴時効はなぜ存在するのか

司会:「公訴時効の存在意義は、3つあります。1つ目は、『処罰する必要性の減少』です。事件から時間が経つと、被害者の処罰感情や同種の犯罪防止効果は薄れます。たとえば、太郎くんと花子さんが口喧嘩をして、花子さんを殴ってしまったとします。花子さんは太郎くんが『先生に叱られるべき』と思ったとします。しかし、20年後はどうでしょうか。花子さんの処罰感情はおそらくなくなっているはずです。同様に、太郎くんが宿題を忘れたとして、20年後、そのことで先生が怒ることも考えにくいです。もし先生が怒ったとしても、それを同じクラスだった人が見て『太郎くんのように宿題を忘れるのはやめよう』とは思わないですよね。つまり、犯罪防止の効果が薄れるということです。
 2つ目は、『事実状態の尊重』です。事件から長い時間が経つと、その間に環境や生活は大きく変わります。それらの積み上げられたものを、今さらひっくり返していいの? ということがあります。
 3つ目は、『証拠が無くなる』ことです。時の経過とともに、適切な捜査・裁判が難しくなり、冤罪が起きてしまう可能性もでてきます。」

まとめ

司会:「今回の授業では、『公訴時効』を題材にして、正解がない問いに対して、優先順位をつけて結論を出すことを学びました。日常生活でも、他の人と意見が対立したり、トラブルが発生したりすることがあると思います。その際、ぜひ今回学んだことを活かして、問題を様々な角度から検討して、相手も自分も納得した結論を出してほしいと思っています。」

<授業後意見交換会>

 授業を行った各校の学生がそれぞれ反省点を述べ、それに対して他校の学生が意見を述べる形式で進行されました。授業担当者による意見発表の後には、松濤中学校教諭の大内先生や、学部生・法科大学院生の指導にあたった今井秀智弁護士からのフィードバックが行われました。
・早稲田大学法科大学院生(3年A組司会担当者)
「スライドを作りこんで印刷したものを配布できたのは良かったです。反省点は、グループに分かれての議論に時間を使いすぎて、その後のまとめが駆け足になってしまったことです。また、授業がプレゼンテーションのようになってしまい、生徒と十分にコミュニケーションが取れませんでした。」
・早稲田大学法科大学院生(3年B組司会担当者)
 「塾講師のアルバイトの経験がありますが、普段から知っている生徒に授業をするのと、初対面の生徒に1回限りで授業をするのとでは違うと感じました。次の機会があれば、今回より時間をかけて準備をしたいです。」
 
 授業を見学していた他大学の学生からは、「グループワークで議論をサポートするはずの大学院生が話す時間が長かった」「グループワークの時間を、取り組む設問ごとに区切った方が良かった」などの意見がありました。

・大内弘全先生(渋谷区立松濤中学校主幹教諭)
 前回の法教育祭の反省を活かし、大学院生の教えるレベルが上がっていると思いました。ただ、「授業を通して人間として何が伝えたかったのか」が見えなかったので、考えてみてほしいです。

・今井秀智先生(國學院大學非常勤講師、弁護士)
 今回の授業では、各グループについていた大学院生と司会者の連携ができていなかったのが残念でした。せっかくグループで議論した内容が、その後の進行に反映されず、生徒たちの考えと授業のまとめが分断されてしまっていました。
 法教育は、従来は弁護士が行っていましたが、生徒と年齢の近い大学院生が行った方が教育効果は高いです。5年前に始めたときは、大学院生側から中学校に授業のお願いをすることが多かったのですが、最近は、学校側から授業のオファーが来るようになりました。生徒が法教育に意義を感じるようになったことが伝わってきて嬉しいです。

<取材を終えて>

 今回で5回目となる法教育祭の様子をレポートしました。司会進行の仕方、レジュメの内容、グループワークでの議論など、準備を重ねたことがよくわかる授業で、大学院生らの熱意が伝わってきました。テーマは『公訴時効』という専門的なものでしたが、中学生が親しみやすいジャン・バルジャンの物語が用いられ、生徒も引き込まれたのではないのでしょうか。問題を多角的な視点から検討することの重要性を繰り返し強調していたことも印象的でした。
 意見交換会でも様々な反省点が挙がり、授業をより良くしていこうという前向きな姿勢に感心しました。今後の取組みにも期待しています。

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