第2回中・高等学校対抗交渉コンペティション
2019年3月10日(日)、東京都立雪谷高等学校にて第2回中・高等学校対抗交渉コンペティションが開催されました。出場校は筑波大学附属駒場高等学校、筑波大学附属坂戸高等学校、東京都立雪谷高等学校、東京都立西高等学校、東京都立小石川中等教育学校の5校です。4組の対戦組み合わせにより、「カンコク社」と「二ホン社」に分かれ共同映画製作の内容について交渉を行いました。本レポートでは、筑波大学附属駒場高等学校Aチームと東京都立雪谷高等学校の対戦を中心にコンペティションの様子をお伝えします(作成にあたり、適宜配布資料より引用・参考にさせていただきます)。
1.プログラム
13:00~13:20 開会式
13:30~14:05 交渉(前半)
14:05~14:10 作戦タイム
14:10~14:50 交渉(後半)
14:50~15:00 講評
15:30~16:00 閉会式
対戦の組み合わせ
対戦 | カンコク社 | 二ホン社 |
第1対戦 | 筑駒A | 雪谷 |
第2対戦 | 筑駒B | 小石川 |
第3対戦 | 筑駒C | 西 |
第4対戦 | 筑駒D | 筑坂 |
2.コンペティションの様子
<開会式>
・委員長 野村美明先生(大阪大学名誉教授)
「大学対抗交渉コンペティションで長い間運営委員を務めてきた野村です。このコンペと違い、大学の交渉コンペでは、英語での交渉や仲裁があります。今回の経験を基に、ぜひ大学に行ったらコンペに参加してみてください。」
・小貫先生(筑波大学附属駒場高等学校 社会科教諭)
「『Getting to Yes』(『ハーバード流交渉術』の原書)は読みましたか?本に書かれていた7つの交渉技能を念頭に、交渉に臨んでみてください。」
<問題の概要>
カンコク社(韓国の法人)と二ホン社(日本の法人)には、カンコク社が製作した映画のリメイクやテレビ放映権をめぐって紛争があったが、和解後両国の歴史を題材とした映画を共同製作することとなった。以下の覚書を踏まえ、(1)映画のタイトル、(2)映画の内容、(3)総予算、(4)キャスト、(5)ファイナンス、(6)DVD、書籍、テレビ放映等について交渉を行い、大まかな方針を合意する。(素材となっている国名、会社名、人名等はすべて架空のものである。)
〇覚書
・韓国と日本の両国関係を題材とした映画を共同で製作することについての具体的な検討を行う。
・この共同事業は、国交回復40周年を経た韓国と日本が、今後、ますます健全かつ友好的な関係を築いていくことに寄与することを目的とする。
・今後の両国関係を担うような高校生や大学生の世代、及び、20歳代・30歳代の世代に対し、両国の歴史や関係について正確な情報を提供するとともに、将来の友好関係のあり方について考えてもらえる良い機会を提供するような映画を目指す。
・本共同事業の実施にあたっては、適切なリスク管理が重要である。
・今後、具体的な内容についての検討を行い、企画書の内容について合意する。期日までに企画書の内容について合意が整わない場合には、本共同事業は中止する。
〇交渉する項目
(1) 映画のタイトル
今のところ、カンコク社、二ホン社のいずれからも映画のタイトルについての妙案は出ていない。
(2) 映画の内容
映画の内容については、以下の3つの事件をどのように取り扱うかについて、意見が分かれている。脚本を完成させるためには、この3つの事項についての基本的な方針が決まっている必要がある。この3つの事項のうち、〔1〕〔2〕については二ホン社側が取り上げることについて難色を示しており、〔3〕についてはカンコク社側が難色を示しているが、その理由については、今までのところ突っ込んだ議論はなされていない。
〔1〕1940年から45年における同化政策
〔2〕1943年の日本軍による韓国市民の大虐殺事件
〔3〕イ・ミョンボによる日本占領計画
(3) 総予算
映画の総予算をどの程度にするかについては、後述のキャストやファイナンスについての考え方の違いも反映して、カンコク社が1,000万ドル程度を提案しているのに対し、二ホン社は5,000万ドル程度を提案しており、大きな開きがある。
(4) キャスト
キャストについては、カンコク社は出演者のネーム・バリューに頼らず、実力のある若手俳優を起用することを提案しているのに対し、二ホン社は少なくとも主要キャストについては、有名な俳優を起用することを提案している。
(5) ファイナンス
カンコク社は、最近流行の映画ファンドによる資金調達を提案している。カンコク社の提案は、一口1万ドルでファンドを組成し、個人投資家からも投資を募るというものである。二ホン社は、カンコク社と二ホン社が各2,500万ドルずつについて、自国の共同出資者を募り、カンコク社・二ホン社と共同出資者がパートナーシップ契約を締結する(会社は設立しない)かたちで製作することを提案している。なお、いずれの方式についても、関係国法上、本件において障害となるような法的問題がないことは確認されている。
(6)DVD、書籍、テレビ放映等
映画化後のDVD、書籍、テレビ放映権をどうするかについて、検討する必要があるが、今まで、この点について議論する機会はなかった。
第1対戦 筑駒A vs. 雪谷
〇交渉(前半)
まず、各チームによる交渉の目標説明が行われました。内容は以下のとおりです。
カンコク社
(優先事項:映画の内容・総予算)
最大限達成したい目標 | 最低限達成したい目標 | |
映画のタイトル | カンコク社が考えたタイトルに決定 | 二ホン社の要求するタイトルに合わせる |
映画の内容 | 〔1〕〔2〕のみ入れる | 〔1〕〔2〕どちらかを入れる |
総予算 | 1000万ドル(各社500万ドルずつ)C | 1500万ドル以上は不可 |
キャスト | 若手俳優の起用D | 予算の範囲内であれば、大物俳優の起用も可 |
ファイナンス | 個人投資家から調達 | 1000万ドル以上は不可 |
DVD、書籍、テレビ放映等 | 各社の出資額に応じた利益分配 | 各社が得意分野とする事業を行い、利益を享受 |
二ホン社
(最優先事項:両国の関係をより良くしていくこと)
最大限達成したい目標 | 最低限達成したい目標 | |
映画のタイトル | 映画の内容により決定 | カンコク社の要求するタイトルに合わせる |
映画の内容 | カンコク社とより良好な関係を築ける内容 | |
総予算 | 5000万ドルC | (カンコク社の要求との間をとって)3000万ドル |
キャスト | ネームバリューのある若手俳優を起用 カンコク社とのダブル主演 | 予算の範囲内であれば、大物俳優の起用も可 |
ファイナンス | 他社から調達 | 二ホン社の要求に対し柔軟に対応 |
DVD、書籍、テレビ放映等 | 各社自由に権利をもつ | 同左 |
カンコク社:まず、話し合う順番を決めましょう。総予算、ファイナンス、キャスト、映画のタイトル、DVD等、映画の内容の順でよろしいでしょうか?
二ホン社:タイトルは内容を決めてからにしましょう。
カンコク社:それでは、総予算、ファイナンス、キャスト、内容、タイトル、DVD等の順番ということで。
総予算・キャストについて
カンコク社から二ホン社に対して予算を縮小できないかとの交渉が行われ、二ホン社が承諾。カンコク社も1000万ドルより高くても可能と示す。キャストについての考え方の違いを確認することが必要だとの認識に至りました。
二ホン社は、カンコク社が若手でも実力のある俳優を起用し、二ホン社が大物俳優を起用して、ダブル主演としたい旨を表明。カンコク社もこれに賛同し、最終的にはカンコク社が1000万ドル、ニホン社が2000万ドル出資することで合意。
映画の内容について
カンコク社が③は事実確認不十分な内容であるため、映画で取り上げるのは避けたいと主張。二ホン社は①②には深く触れたくないため淡々と描写したい旨示しました。カンコク社は、①②について扱う分量をもカンコク社、二ホン社でそれぞれ変えることを提案。それに対し二ホン社は、両国が良好な関係を築くことが今回の共同製作の目的であるため、各国で別々のバージョンの映画を製作することに反対。これを受け、カンコク社が③を取り上げる代わりに二ホン社も①にしっかりと触れることを要求し、各国とも①②③すべてを取り上げた同じ内容の映画を製作することで合意しました。
タイトルについて
両社ともこだわりはなく、カンコク社から『北の国から』『翔んで韓国』などの提案が出るも、一旦保留に。
DVD、書籍、テレビ放映等
互いの国で自由に創作、相手側に確認を取る方針に決定。その際、出資額に応じた利益分配とすることで合意。
〇作戦タイム(5分)
〇交渉(後半)
タイトルについて
カンコク社から先ほどの提案を撤回したい旨の申し出があり、会場が笑いに包まれました。覚書の「今後、ますます健全かつ友好的な関係を築いていくことに寄与する」の趣旨を汲み取り、『海を越える握手』が再提案され、満場一致で承諾されました。
出資額について
交渉前半での合意内容に加え、カンコク社は500万ドルを自社から、残りの500万ドルを個人投資家から調達すること、ニホン社は1500万ドルを自社、残りの500万ドルを他社から調達することで合意しました。
内容について
〔2〕〔3〕に「詳しい内容については現在も議論がある」というテロップを入れることが決定しました。
以上の議論は規定時間の23分を残して終結し、合意書作成に至りました。
〇講評(10分)
審査員:田村陽子先生(筑波大学教授)、永井翔太郎先生(弁護士)、小川氏(上智大学大学生)
永井先生:弁護士として、企業の交渉代理などを行っている経験から申し上げます。まず、総論的な部分でいうと、友好的な雰囲気で最初に話し合う内容の順番を決めたことで時間的にも余裕があったのが良かったと思います。ただ、各自が考えている沈黙の時間が無駄だったので、休憩を取るなどすると良かったです。現実の交渉の場では、席を円卓にして友好的な雰囲気を演出したり、始まりと終わりに握手などをするので、そういったことができたら良かったです。
各論的なところでいうと、映画のタイトルは内容が決まっていないため決めるのが難しかったと思います。「今後協議」にしても良いと思いました。内容についての議論では、二ホン社が『共同製作の趣旨から、カンコク社が触れたくない点にも触れる』ことを主張したタイミングが良かったと思います。しかし、内容の取り上げ方をもっと議論しても良かったです。予算について、『間をとって』は説得力に欠けるので、カンコク社の売上規模や利益規模を説得材料にしても良かったと思います。
小川氏:交渉コンペに出場した経験から申し上げます。議論の際には、黒板を用いた方が時間を短縮できます。また、合意書の作成時間が長くかかったので、作成者以外は方向性や内容について話し合うと良かったと思います。
田村先生:大学生と比べて、高校生はシャイですね。横の人と話す時間が多かったですが、交渉時は相手の目を見て話すべきです。全体的には友好的な雰囲気で良かったですが、お互いにボトムラインを最初から見せすぎていたので、より高いレベルでの交渉ができたら良かったです。アイスブレイクをして相手のタイプや決定権限は誰にあるかを見極めることも戦略として有効です。
<閉会式>
対戦結果
1位 筑坂 109点
2位 筑駒B 109点…(※)
3位 筑駒D 108点
4位 西 104点
5位 筑駒C 100点
6位 小石川 99点
7位 筑駒A 98点
8位 雪谷 92点
(※)筑坂と筑駒Bは合計スコアは同点でしたが、総合評価の配点がそれぞれ11点と10点だったため、合計スコアが同点の場合は総合評価が高い方を勝ちとするというルールによりこのような結果となりました。
上位3チームに対し、表彰状と賞品が贈呈されました。
総評
・野村美明先生(大阪大学名誉教授)
「4つの対戦を全部見て回りましたが、各チームジェンダーバランスが良いと思いました。筑駒は仕方ありませんが(笑)。センシティブな問題を友好的に扱っていたのは、自分事として捉えられていなかったとも言えますが、センシティブだが友好的に進められたというとらえ方もできると思います。大学対抗のコンペでは、他の国のチームとの交渉もあるので、関心をもって見に来てもらえればと思います。」
・江口勇治先生(筑波大学名誉教授)
「3点お伝えしたいことがあります。まず、今回のコンペで、合意された内容がトラブルのもとにならないと思った班はありますか?私が見た感じでは、直感的にはなると思いました。現実の交渉では、合意できないまま進んでいった場合、再交渉することになります。そのことを学んでほしいと思いました。2点目は、1・2・3位のチームがなぜ勝ったかです。これらのチームには、合意する努力が見えたからだと思います。3点目は、交渉プロセスの中で難しい問題が出てくることを学んでほしかったです。このコンペをきっかけに、歴史・地理・政治・法律に関心をもって高校生活を送ってほしいです。」
・太田勝造先生(東京大学教授〔当時〕)
「コンペを見ていて、まず、どういう時間配分にするかというアジェンダセッティングを意識的にするといいと思いました。また、審査員に聞こえる声でアピールする意識も足りなかったと思います。同じチームとして、隣の人が言ったことを否定するのではなく、チーム内で話し合いたいときは適宜休憩などを入れましょう。全体的には、大学生顔負けの交渉でした。」
・森下哲朗先生(上智大学教授)
「参加者に楽しんでいただけたかが一番気になります。仲間と一緒に考えて準備をし、違うカルチャーの人と意見を戦わせるのはいい経験になったと思います。コンペで特に良かったのは、理由をつけて意見を示していたり、相手方の主張の理由を聞いていたりしていたところです。改善点は、相手からの提案に対して、合意できる部分について確認を挟むと話が拡散しないと思います。「リスクをとりたくない」「利益を上げたい」など、抽象的な概念を戦わせることになりがちですが、具体的にどうしたいのかを示すと交渉が発展するきっかけになるでしょう。」
~取材を終えて~
今回のコンペティションでは、課題設定が非常に高度かつ現実的で、配布レジュメは27頁にも渡る膨大なものでした。これらを読み解き、チームで意見を擦り合わせて相手方と交渉するのには大きな労力を要したと思います。私が取材した対戦では、交渉が終始和やかに進行し円滑に合意に至りましたが、現実の社会では毎回そう上手くいくとは限りません。自身の主張に説得力をもたせつつ相手の意見にも耳を傾け、双方の妥協点を見出す力は、社会生活の様々な場面で必要となるでしょう。わが身を振り返っても、そもそも「人と交渉する」という意識を今までほとんど持ってこなかったことに気づき、反省させられました。日頃から論理性・説得力を意識して意見を述べるように心がけたいものです。
第3回の中高対抗交渉コンペティションの開催も期待しています。
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