横浜市教育実践フォーラム 「法教育をやってみましょう」

 2011年1月22日(土)、横浜市教育委員会による横浜教育実践フォーラムが、教育文化センターを会場に実施されました。横浜市の教育力の向上、教育内容の普及啓発を図ることを目的とする取組みです。分科会の一つ「法教育実践フォーラム 法教育をやってみましょう」にお邪魔しました。そこでは、新年度の年間計画作成に資するよう、小学校・中学校においてそれぞれ2時間で実践できる法教育授業が紹介されました。(当日配布のプリントから適宜引用しています。)

1 挨拶

横浜市教育実践フォーラムより 「法教育をやってみましょう」  中野修一 横浜市教育委員会 指導企画課主任指導主事
 法教育については、これまで中学校が中心になって実践してきました。新学習指導要領では小・中学校ともに実施することになり、学校現場でさらに普及を図るべく、一緒に考えていきたいと思います。今日は、小・中学校の実践事例を報告していただきます。

2 小学校の実践事例報告

横浜市立下和泉小学校 「“紛争”を解決する授業」
6年1、2、3組
教科:1時間目 特別活動、2時間目 道徳
単元:「公平、不公平って?」
授業者:尾澤佳彦 教諭、廣瀬千尋 教諭、松浦葵 教諭、佐藤裕 弁護士
参考文献:『“法”を教える 身近な題材で基礎基本を授業する』橋本康弘・野坂佳生編著 明治図書(2006年)

〈公平・不公平について〉

学校生活の中では、子ども達が公平・不公平を感じる場面は多いといえます。けれど、その公平・不公平の感覚は漠然とした主観的なものであり、客観的な判断材料があるわけではありません。本単元では、公平な配分に必要な視点として「必要」「能力」「適格性」という3つの見方を使って、客観的な判断によるものの見方を養い、それが身につくように考えました。
単元は次の3つの段階を経ます。
①配分されるモノやコトは、大まかに「利益」と「負担」に分けることができ、いずれも公平に配分されることがのぞましいことがわかる。
②「必要」「能力」「適格性」の見方が身につくと、公平に配分できることがわかる。
③身につけた3つの見方を使って、紛争を解決できるようにする。

〈1校時目 特別活動〉

自分の生活を振り返り、今までに自分が不公平だと感じたことについて話し合いました。その結果、子ども達は「他の人と比べられる」時に、不公平を感じることがわかります。そこで、「みんなが同じ」ことが公平なのか、例を3つ挙げて考えます。
【例1】1歳、5歳、10歳の兄弟のクリスマスプレゼントは、全員おしゃぶりでよい。
【例2】1歳、5歳、10歳の兄弟が、全員「一人でお留守番」をしなければならない。
【例3】運動会の応援団長は、6年生が全員でくじ引きをしてその中から決める。

 「公平」に配分するためには3つの視点が必要であることを、自分の生活に当てはめて具体的に考えるように、ワークシート資料を用います。(『“法”を教える』96頁~参照)
ワークシート1「ひとつのカップ麺を兄弟どちらが食べるか」により、「必要」に応じて配分することが「公平」。
ワークシート2「予約してあったケーキを取りに行くお使い」から、「できるか・できないか」に応じて分けることが「公平」。
ワークシート3「庭掃除のお礼にもらったメロンの分け方」からは、「ふさわしいか・ふさわしくないか」に応じて分けることが「公平」。

〈2校時目 道徳〉

「誰に対しても公平に分けるための3つの視点」によって判断することの大切さを自覚し、社会正義の実現に努めようとする気持ちを育てます。資料「シモイズミ小学校の6年生の体育館の使い方」を読み、自分の考えを書いたあと、グループで話し合い結論を発表します。特別活動の時間に学習した3つの視点をいつでも意識できるように、プリントして配布するといった配慮をしました。
【資料の概略】

 シモイズミ小学校では毎年スキー遠足があります。今年は6年生だけが違う日に行くことになり、いよいよ明日は6年生だけが留守番をします。中休み、昼休みの2回の休み時間に体育館を6年生だけで使えることになるので、どのように体育館を使ったらよいか代表が話し合いをすることにしました。
 さて、1組はいつも時間を守れず、チャイムが鳴っても校庭や廊下で遊び続ける子がたくさんいます。2組は学級の取り組みとして、放課後、体育館にボールが散らかっているのをかたづけるボランティア活動を続けています。3組はあさって、学年代表として市内対抗ドッジボール大会に出場することになっています。
 1組の代表は、中休み・昼休み前半・昼休み後半の15分ずつを代表がジャンケンをして分けたらよい。2組の代表は、15分ずつをくじで分けたらよい。3組の代表は、大会の前日なので昼休みを全部使わせてほしい、と言っています。どのように割り振りを決めればよいでしょう。

〈子どもたちの分け方の例〉

・1組の言うとおりジャンケンで15分ずつ分ける。
→これがいちばん平等で、公平。

・1組は昼休みの10分を使い、3組は昼休みの20分。2組は中休みの15分を使う。
→1組はいつも時間を守らないから5分減らして、3組は大会があるから5分増やした。

・3組は昼休みの30分を全部使う。1組と2組は中休みに体育館を一緒に使う。
→3組は大会があるから練習して欲しい。1・2組は仲よく遊べばよい。

・1組は体育館では遊べない。2組は中休みを使い、3組は昼休みを使う。
→1組は普段時間を守らないのでふさわしくない。2組はボランティアをしているから。3組は大会があるので。

〈授業後の子どもたちの感想〉

・色々な答えが出ても、全て正解なんだと思った。
・公平、不公平にも色々な考え方がある。
・2人の弁護士の人の話を聞いて、人にはたくさんの考え方があって、それが間違っている訳でもないということが分かった。
・平等ではなくても公平の時があるんだなと思った。
・公平にするのはとても難しかった。公平になったと思っても、少しおかしなものもあったり、少し変えると不公平になるから 難しいと思った。
・考えることは大切だということが分かった。答えがみんな違っていても、みんなが正しいことがあるのが分かった。
・難しかった。
・弁護士さんの話を聞いて、不公平とか公平とかの意味が分かった気がする。
・公平、不公平はいろんな視点から見るということが分かった。
・弁護士さんの話を聞いて、色々な考え方があることが分かった。
・今まで考えたことがなかったので、とても難しかった。
・話合いには正しいとか間違いがないっていうことが分かった。何が出ても、正解っていうことが分かった。
・どれがいちばん公平かを考えてグループでまとめるのは難しかったです。話を聞いて、これからどんな風に話し合えばいいか分かった。

〈授業者の解説〉

・子ども達はワークシート3の事例は納得したようですが、1・2の事例に関しては「公平」という感覚をもてなかったようです。子ども達の中にある「公平=平等」という概念を崩すには、もっと時間がかかるのかと思います。
・主観的判断から抜けきれない面もありますが、それでもグループで話し合うことで、他の考えを理解することはできました。「3組のドッジボールの練習相手を、1・2組が分担してつとめればいい」と考えた子どももいて、思考が柔軟だと思いました。

〈協力弁護士から〉

 法教育とは、法律やきまりを基礎付ける基本原則・価値といったものを身につけ、世の中のことを実践していけるようにする教育です。法律やきまりがなぜそうなっているかを理解し、お互いの利害を調整していく力を育むことになります。 
授業ではどこにも法律は出てきませんが、それは「法の基本原則」に立ち返って考えているからといえます。それこそが法教育のねらうものです。また、班ごとに意見を出し合って自分達の考えを調整していくのも、民主主義の大原則で、法教育の理念にかなっています。
一定の視点に基づいて自分の考えをまとめ、話し合って調整し、結論を出すということは、普段の学校生活の中でもされていることと思います。その活動には、このように法教育の理念や民主主義の大原則といった背景があるということを意識していただくだけで、子どもの理解が深まると思います。最後に正解を出すことが普通の授業のやり方だと思いますが、法教育はそうではありません。結論として自分の意見が通らなくても、間違いではないのです。その過程を身につけることが大事です。

〈これからの課題〉

・今まで法教育と意識していなかったことも法教育であることがわかりました。(教員が)意識していくことが大事ではないかと思います。
・「みんなが納得できるということが公平」ということを意識しました。これからの生活に活かしていけるとよいと思います。
・授業をする前は、正解を出させようとする働きかけをしてしまっていました。正直なところ、実際に授業をしてみて違和感がありますが、その克服が課題だと思います。

3 中学校の実践事例報告

横浜市立老松中学校 「窃盗未遂事件の量刑を考える」
3年生
教科:公民
授業者:鈴木 浩 教諭、村松 剛 弁護士

〈罰とは何か〉

 法教育をしていると、4つの教材とよく言われます。法教育研究会著の『はじめての法教育』に「ルールづくり」など4種類の授業教材があります。今回は裁判事例の中でも、扱いやすいと思われる「量刑を考えよう」という授業を行ないました。
 まず、生徒に「なぜルールを破ったら罰を与えられるのか」を考えてもらいます。ルールは、人々が社会生活を営む上で共生するための約束事ですから、ルールを破った不正な状態を公正な状態に戻す必要があります。
【罰を与える目的】
①不正をただし(場合によっては損害を回復させて)、公正を回復すること
②ルールを破った人に対して苦痛を与えて、二度と同じことをさせないこと
③他の人々もルール違反をしないよう意識させ、ルール違反を予防すること
【罰を決めるときに大切なこと】
悪い行動・非難されるべき行動と罰の重さにバランスがとれていること
①ルール違反をした人に着目する(行為の悪質性)
過失か故意か、動機、計画性
②結果に着目する
 どのような利益が害されているか、結果の重大性、被害が回復しているか
③今後もルールを破りそうか
 反省しているか、意欲、見守ってくれる人がいるか、ルールを破ったのは初めてか

〈参加者も事例について考える体験〉

 実践授業では、生徒は6人のグループを作って考えました。分科会の参加者も、同じように少人数のグループに分かれ、話し合ってみました。
【事例の概略】

 Tさんは横浜市内の工場に勤める38歳です。Tさんは、深夜、不動産会社の事務所の窓ガラスをハンマーで叩き割って忍び込み、机の中を荒らし、金庫もハンマーで叩き壊して開けようとしました。しかし、金庫を壊すことはできず、机の中には現金が入っておらず、何も盗むことができませんでした。後日、防犯カメラに映っていた姿から容疑者として逮捕されました。
 最近の景気悪化で、Tさんはボーナスが0円となり、住宅ローンの支払が滞っていました。また、子どもが病気になりましたが、給料が減らされたため満足な治療を受けさせることができませんでした。それで今回の犯行に及びました。
Tさんが事件を起して警察に捕まったのは今回が初めてでした。2度と同じことを繰り返さないと深く反省しています。妻も、今後このようなことが起こらないようにTさんを監督するとともに、パートを増やして自分達の力で生活していくことを誓っています。工場の社長も、それまで真面目に働いてきたTさんを引き続き雇い、監督してくれると言っています。
Tさんは被害者の方に謝罪の手紙を書き、両親から借入をして事務所の修理費用を全額弁償しました。被害者は修理費を受け取りましたが、Tさんが悪いことをした事実が消えるわけではなく、また事務所の後片付けや窓ガラスの修理手配など修理費には含まれない損害もあるとして、Tさんを許すことはできないと話しています。

 窃盗罪の刑は懲役1ヶ月から10年です。また、懲役3年未満であれば執行猶予をつけることができます。

〈授業者の解説〉

 弁護士の先生と授業作りをして6年になります。生徒は罰の意義をよくわかっており、「被害感情を回復するため」「二度としないため」「予防のため」「教育的効果」など、ちゃんと言います。誰がどのくらいの迷惑を受けたとき、罰はどの程度にしたらバランスがいいかをあらかじめ学習してから、事例に取り組みます。2時間でできる、手軽な法教育です。

〈協力弁護士から〉

 この刑は懲役1年か1年2ヶ月・執行猶予3年ぐらいの感覚です。社会がこの犯罪に対しどのぐらいの罰を与えるかは、社会や時代の考え方によって変わると思います。生徒が「罰を決めるときに大切なこと」に照らして、考慮すべき事情をどのぐらい拾い上げることができるか。次に、「罰を与える目的」を判断する視点にして考えます。生徒の思考を大事にしてください。

〈フロアからの質問・意見〉

質問:「子どもには社会経験が少ないので、量刑が長いか短いか大人の判断とギャップがあると思いますが、こだわらなくていいですか?」
授業者:「中学3年生だとかなり実感がありますので、そんなに気にしないでいいと思います。」
弁護士:「懲役刑になった人が、その後どういう生活になるかまで考えると、子どもにもわかります。」
意見:「どうやってグループで話し合うかをまず考えました。執行猶予の長さなど、理由が積みあがって話し合いが深まり、意義ある時間でした。」
授業者:「普段も学級会で法教育と同じことをしているのです。そこに「ルールはクラスが良くなるため、子どもが良くなるためにある」というバックボーンを入れることが法教育になります。意識していないと、特別活動になってしまいます。」
弁護士:「普通の特別活動と法教育、やることは同じでいいと思います。「指導する先生がどういう視点を持つか」、それで活動の意義がだいぶ違うものになると思います。」
意見:「多数決の取り方でも、法教育の意識があると違ってくると思います。意識をもって取り組むと、子どもへの声かけも変わってくるのではないでしょうか。」
司会:「どのような話し合いのさせ方をするのか、教師に問われているといえます。」
授業者:「それが法教育なのかなと思います。」

〈小・中学校連携の大切さ〉

 「話し合いのためのスキル」を小学校低学年から身につけさせることが大切なこと。そのためには、小・中学校連携が重要で、基本的な会議の進め方を小学校でどの程度学習しているかが大事になるということでした。また、法教育の取り組みはすべて、「言語活動の充実」に当たるので、様々な場面で取り上げていただきたいということでした。

〈学校と法律専門家の協力を〉

 横浜弁護士会では、学校の先生と一緒に授業をつくれるよう、ホームページに申込用紙があり、ファックス・郵送で受け付けています。関心があれば、ぜひ声をかけてください。

取材を終えて

 小学校の実践は、「公平な分配」について予習してから、ある特別な日の体育館の使用ルールを考える授業でした。中学校の授業は、「罰の意義」を予習してから量刑を考えるものでした。「法」を基礎付けている価値を考えさせるには、そういった手順があることがよくわかりました。「指導者の意識の大切さ」が強調されているのが印象的でした。

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