2011年度東京弁護士会ジュニアロースクール 刑事裁判傍聴コース

 2011年7月21日(木)・22日(金)、東京弁護士会によるジュニアロースクールが開催されました。例年4つのコースが設けられていますが、刑事裁判傍聴コースは定員が少ないためもあり、いつも人気です。今年はこの刑事裁判傍聴コースの模様をお伝えします。模擬裁判との違いはどんな点でしょうか。

〈集合場所は弁護士会館〉

 7月22日(金)9:00~12:00のCコースに集まったのは、中学生・高校生23名(男子7名、女子16名)及び保護者2名です。まず、弁護士会館5階の講義室で出欠をとり、『裁判傍聴ってな~に?』(東京弁護士会法教育センター編集)というパンフレットをもらいます。生徒はあらかじめ5つのグループに分けられており、各グループ担当の弁護士の先生が自己紹介しました。次に、パンフレットに沿って、裁判の仕組みや裁判手続きのおよその流れ、裁判所内での注意事項などが説明されました。

〈東京地方裁判所へ向けて出発〉

 刑事裁判傍聴は10:00~11:00の予定です。生徒4~5名につき、弁護士1~2名が引率して、一般の傍聴者として傍聴します。傍聴者は立ち見は許されないので、傍聴希望者が多い場合は、すいていそうな他の法廷を探さなければなりません。確実に席に座るためには早めに法廷前の廊下に並んだほうがよいので、グループ毎に弁護士会館を9時20分過ぎに出発し、徒歩で東京地方裁判所へ向かいました。裁判所と弁護士会館および検察庁・法務省は官庁街霞が関の同じ一角にあるので、歩いてすぐです。
 東京地方裁判所は高層ビルで、一般傍聴者は入り口で空港のように手荷物検査を受けます。弁護士の先生方には、別の入り口が用意されていて、手荷物検査を受ける必要がありません。「金属を身に付けていませんか?」とも尋ねられ、金属探知機をくぐりました。手荷物を受け取って、いよいよ法廷へ向かいます。
 a ~e 5つのグループは、3つの法廷に散らばりました。レポーターはbグループに同行します。各法廷前の廊下には、「開廷表」が貼り出されています。いちばん上に「本日の事件」と書かれ、書記官・検察官の氏名があります。そして、事件ごとに開始時刻・終了時刻、事件番号・事件名、被告人氏名、予定(「判決」、「新件」など)が記されています。
 弁護士の先生方は、参加者全員に十分な座席が確保できるか気にかけています。9:45に開室して廊下にいた人たちが中へ入ると、座席は41ほどあり、余裕をもって座れるのでほっとします。傍聴予定時刻の10:00より10分早く座れたので、9:50から10分間だけの予定の裁判も見られることになりました。

〈最初の10分の事件は判決言い渡しだけ〉

 裁判開始前の法廷には、真ん中の低い席に男性が1人座っています。書記官のようです。法廷ではむやみに大きな声で話をしてはいけないので、引率の弁護士もいちいち解説することなく、成り行きを見守っています。じきに、2人の制服の男性に付き添われて、手錠・腰縄をされた男性が入室しました。手錠などは外され、検察官や弁護人も揃います。女性の裁判官が右奥のドアから入室すると、すぐに開廷が宣言されました。覚せい剤取締法違反の事件の判決言い渡しが、早いスピードで進みます。裁判官が懲役2年という実刑の理由を述べた後、普通の人が話すような口調になって被告人に諭していたのが印象的でした。
「以上です。」と言って裁判官が立ち去るまで、開廷からおよそ5分間でした。

〈大麻取締法違反の事件は新件〉

 初めて刑事裁判を見る生徒たちにとって、裁判がどんなものかよくわかるために、冒頭手続きから始まる新件を見られるよう、ジュニアロースクールは考えてくれています。判決言い渡しって、こんなにあっさりした場合もあるのか、と思う間もなく、入れ替わって男性検察官1名、女性弁護人1名が入室しました。弁護人の横にいる白いワイシャツ姿の若い男性は誰だろうと思っていたら、その人が被告人でした。前の事件のように手錠・腰縄をしていない理由は、弁護士会館に戻ってから解説されました。その理由は、「被告人が保釈されていて、自宅から裁判所へ来たから」ということでした。
 事件のあらましは、大麻を所持していた33歳になる男性が、同居する友人がたまたま警察の家宅捜索を受けた際に、男性自らすすんで自分の大麻を警察に差し出したというものです。男性は高校卒業後、職を転々とした後、映像クリエーターの仕事をしていました。大麻は、20歳頃、以前付き合っていた友人から勧められたのがきっかけでした。仕事のストレスなどを解消したくて、渋谷の街頭で密売人から声をかけられ、買って使うようになりました。2年前に実家から独立するまで、家族には気づかれませんでした。2年前から学校時代の後輩と今のアパートに同居するようになり、後輩にも大麻を勧めて一緒に使っていたということでした。

〈弁護側証人尋問―弁護人も裁判官もきっちり質問しました〉

 証人は被告人の父親で、息子に連絡しようとしたら行方が分からず、警察に捜索願を出したら、逮捕されていることを知り、大麻のことを知ったそうです。今後、被告人と一緒に暮らしながら、オートバイショップの手伝いと映像クリエーターの仕事をさせ、規則正しい生活を第一にするよう監督していきたいと話していました。この事件の後、被告人は母親への態度が少し優しくなったとも話しました。
 模擬裁判との一番の違いを感じたのは、弁護人が「同居していた間に(息子さんの)大麻使用に気付かなかったのに、これから監督できるのですか?」というように、比較的被告人側に対して厳しい質問をしていたことです。傍聴した参加者からもその点が指摘されました。これについて後の解説で、「弁護人は、検察官から反対尋問をされるのに備え、あらかじめ穴をふさいでおくように、結構厳しい質問をすることが多いです。」ということでした。
 裁判官は、「10年前から大麻を使い始めたと思いますが、そうなってしまったことについて、被告人にどういう問題があったと思いますか?」「交友関係を今後どうしますか?」など、傍聴者としてもそこが聞きたいと思うことを尋ねていました。

〈被告人質問〉

 被告人質問でも、弁護人は「後輩に大麻を勧めたことをどう思うか?」「違法と知っていたのに、どうしてやめなかったのか?」「誰に迷惑をかけたのか?」というように、追求していきました。「今後、大麻を断ち切れますか?」と聞いた後に、「10年間誰にも気づかれなかったのだから、隠れて続けられるのではありませんか?」とも尋ねました。それに対し、被告人は「できると思うけれど、二度と使わないと決意しています。」と強調。すると、「どういった気持から決意していますか?」とたたみかけていまいた。被告人は家族・仕事先・友人を裏切ったことを反省していると述べました。
 検察官は、今後ストレスがたまったらどうするか、友人との関係をどうするのか、などを丁寧な口調で尋ねていました。裁判官も、友人との関係を断ち切ろうと思わないのか、尋ねました。それに対しては、「ストレスは非合法な手段でなく発散する。友人は同じ地域に住んでいるので、顔を合わさないわけにはいかない。先輩として後輩をちゃんと引っ張っていける人物になりたい。もし大麻を繰り返そうとしたら止めたい。」ということでした。

〈判決言い渡し後、裁判官の説諭が印象的〉

 求刑は懲役1年、大麻一袋没収というものでした。弁護人は、公訴事実は争わず、酌むべき事情があるので、寛大な判決をお願いするということでした。裁判官は、被告人に最後に述べておきたいことを尋ねた後、すぐに判決を言い渡しました。判決は懲役10月(げつ)、執行猶予3年。大麻一袋没収。訴訟費用は被告人の負担というものでした。
 裁判官は、刑の理由を述べた後、ゆっくりした口調になって被告人に話しかけました。「深く反省してもらいたいと思います。二度と大麻に手を出さないというあなたの気持ちを私も疑わないけれど、繰り返す人は多いです。今後もその気持ちを持ち続けない限り、同じことの繰り返しになります。友人のことを聞いたのも、大麻のことを思い出す機会を作らないことが大切だからです。それほど、薬物を忘れられないことが多いということを、忘れないでください。執行猶予の意味は、「次は実刑を免れない。それだけではなく、今回の猶予も取り消され、新しい刑に今回の懲役10月も付け足す」ということです。判決はそれだけ重いものだと自覚してください。」という内容でした。被告人も、合間ごとに「はい。」と返事をしていました。裁判は予定通り、55分ぐらいで終わりました。

〈書記官と検察官が質問に答えてくれました〉

 次の裁判が始まるわずかの間に、書記官と検察官が特別にジュニアロースクールの参加者に、裁判員裁判用法廷の説明をしてくれたり質問に答えてくれたりしました。
Q:「検察官の後ろに座っていた3人は誰ですか?」
書記官:「書記官の研修生です。司法修習生の場合もあります。」
Q:「検察官はなぜ風呂敷を使うのですか?」
検察官・書記官:「証拠を運ぶのに使います。どんな形の物証も入るので、便利なのです。」

〈弁護士会館へ戻って、グループごとに解説・感想〉

 弁護士会館へ戻って休憩した後、11:20頃からグループ毎に弁護士が今見てきた裁判の解説をし、参加者が感想を述べました。
 ひとくちに大麻取締法違反といっても態様により刑の長さ等は変わりますが、本件は自己使用目的での大麻所持ということで、懲役1月以上5年以下の刑に相当すると考えられます。執行猶予は、直近5年以内に前科があると、付けられないそうです。大麻取締法違反は事例の蓄積が多いので、判決が比較的出しやすいため、すぐに判決が出たと考えられるそうです。
 参加者も一人ずつ感想を話しました。
女子1:「初めて見ましたが、本当にテレビドラマでやっているのと同じような感じで、なんと言えばいいのか、すごいと思いました。」
女子2:「裁判官は命令口調で怖いのかと思っていたら、優しい感じで話しやすそうだと思いました。」
女子3:「命令調でなかったから、思ったより緊張しないで、普通に見ることができました。」
保護者1:「初めて見ましたが、ドラマより硬いのかと思っていたら逆な感じでした。検察官も弁護士さんも若いし。」
女子4:「弁護人はもっとかばうような気がしていたのに、厳しいことを言っていました。ことが早く進むので、ついていけませんでした。」
弁護士:「裁判関係者は、いつもたくさんの事例を扱い慣れているので、裁判の進行は確かに早いかもしれないですね。」
保護者2:「2つの裁判ともに、裁判官や検察官・弁護人の仕事に女性の進出を感じました。裁判官の方がわかりやすい言葉で話していたのは、時代的なものですか?」
弁護士:「裁判員裁判制度が始まったので、同じ事柄でもやさしい言葉で話すように気をつけているというのはあるかもしれません。」
男子1:「プロってすごいと思いました。三者とも、裁判をすることに慣れているところがすごい。」

 その後、今後の被告人の生き方について少し意見を交換した後、今回のジュニアロー
スクールについてアンケートを記入しました。たくさん感想があったようです。その後、
修了証書が手渡されて、終わりました。

〈取材を終えて〉

 模擬裁判との違いはいろいろあったと思いますが、レポーターの印象に残ったのは、
弁護人の姿勢が比較的被告人に厳しいということでした。公訴事実に争いがない場合は、
前もって検察官に追及されそうなことを証人や被告人に説明してもらっておくという
方法は、模擬裁判の場合も参考になるのではないかと思いました。
 また、裁判の内容にもよると思いますが、今回は2つの事件とも薬物使用の事件だったので、被告人がなぜその犯罪に手を染めてしまったのか、どうしたら防げたのか、どうしたら再発をさせずに済むか、ということが重要だと思いました。裁判はその問題について、被告人一人だけでなく、家族や弁護人・検察官・裁判官も一緒に考えてくれる場だったように感じます。裁判官の最後の説諭は、2件とも被告人の今後の人生を思う言葉があふれ、傍聴する人たちも感銘を受けた様子でした。実際の裁判を傍聴することは、模擬裁判に参加するより一層深く、人の生き方について考える機会になると思いました。

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