本郷中学校 模擬裁判員裁判

 2011年9月24日(土)14:00~16:30、本郷中学校3年生有志による模擬裁判員裁判が國學院大学法科大学院模擬法廷で行われました。この取組みは本郷中学校と、法教育の普及発展を支援する弁護士による一般社団法人「リーガルパーク」、会場を提供した國學院大学の連携により実現しました。

本郷中学校のプロフィール

 1923年(大正12年)、私立本郷中学校開校。1948年、学制改革に伴い、本郷高等学校と改称。1988年、本郷中学校再開。中高一貫校となりました。「文武両道」「自学自習」「生活習慣の確立」の3つの教育方針を掲げている男子校です。
最寄り駅は、JR山手線、都営地下鉄三田線巣鴨駅(徒歩3分)、あるいはJR山手線、東京地下鉄南北線駒込駅徒歩7分。
 中学校各学年6クラス 1クラス40名前後

一般社団法人「リーガルパーク」の活動

 弁護士の今井秀智氏は、國學院大学法科大学院教授をつとめるかたわら、学校への法教育の出張授業も手がけてきました。2010年度には、さらなる法教育の普及発展のために、一般社団法人「リーガルパーク」を設立し、協力弁護士と共にさまざまな活動を実施しています。

公開模擬裁判員裁判実施の経緯

 本郷中学校は6年ほど前から10月27日の創立記念日に合わせ、公民科教諭の担当のもと、中学3年生の希望者を募って東京地方裁判所へ裁判傍聴に行っています。今年度は、「リーガルパーク」が春に行った東京23区の公立私立小・中学校約1500校へのアンケート・案内をきっかけに、「リーガルパーク」へ協力を依頼し、裁判傍聴の事前学習として模擬裁判員裁判を実施することになりました。

事前準備

 6月頃から、公民科の担当教諭が3年生の各教室にチラシを掲示して、裁判傍聴および模擬裁判の希望者を募りました。例年、希望者が30名前後あり、50名以上の年もあるそうです。今年度は29名が希望しました。担当教諭と「リーガルパーク」担当者の打ち合わせにより、学校側は7月20日に資料(供述調書)を配布し、検察官・弁護人・裁判体役のグループ分けを行いました。7月23日(夏休み中)の事前指導に参加できる生徒が中心となり、検察官・弁護人役それぞれ7名を決めました。その他の参加者は裁判官・裁判員役を担当しました。
 7月23日は、弁護士も加わった事前指導が行われ、検察官と弁護人の各グループは本番までに質問を考えてくることになりました。到達目標は、「各グループの主張の骨格をつくること」、「裁判における検察官・弁護人の存在についてその意味を考えてもらうこと」です。各グループには「リーガルパーク」の担当者がサポート役として加わりました。サポート役は、具体的な質問をあえて教えることはせず、生徒たち自身で資料を読み込みそこから感じる具体的な質問をするように助言し、考えてもらうようにしました。
 模擬裁判の場所としては、今井弁護士の勤務する國學院大学が模擬法廷を使用させてくださることになりました。
 9月になると生徒は文化祭の準備で忙しく、裁判官グループも含めた各グループが実質的に質問を考えたのは本番2日前でした。裁判官グループは本番で評議をし、判決も考えます。

当日の様子

 土曜日の授業終了後、生徒は学校から渋谷の國學院大学へ移動しました。3つのグループはさらにそれぞれ2班に分かれ、被告人質問の前後で質問を分担しました。裁判官グループは、2班がおのおの評議をし、判決を2通り出すことになりました。
 裁判長、被告人、証人2名の役は、「リーガルパーク」の弁護士および関係者が、廷吏・書記官・押送係(おうそうがかり)役は國學院大学法科大学院生がつとめました。

〈題材〉

起訴状

住居 世田谷区桜3丁目33番1号
   東京都住宅供給公社桜本町第1住宅2号棟713号室
職業 無職
               (勾留中)     前  川  大 二 郎
                          昭和25年1月22日生
公 訴 事 実
 被告人は、平成20年2月3日午前2時ころ、東京都世田谷区桜3丁目33番1号所在の東京都住宅供給公社桜本町第1住宅2号棟713号室前川キミ宅において、母である前川キミ(当年80年)に対し、その腰部を足蹴して転倒させる暴行を加え、同女に外傷性くも膜下出血の傷害を負わせ、よって、同日午前6時ころ、東京都渋谷区東4丁目10番28号所在の渋谷病院において、同女を上記傷害に基づく脳圧迫により死亡させたものである。
 
罪 名 及 び 罰 条
傷害致死         刑法第205条
 

 

事件の概要
 〔それまでの経緯〕
 被告人前川大二郎(55歳)は、被害者である母前川キミ(80歳)と、都営アパートで同居していた。大二郎には婚姻暦は無く、独身。大二郎は、3年前リストラにあい、無職となった後は就労していない。キミの年金(月額15万円)のみが世帯の収入となる。
 大二郎には、兄信一郎(58歳)がいる。信一郎は、世田谷区にて妻・子一人と生活。弁当屋を経営。
 母キミは、2年前から痴呆の症状が出始め、徘徊、失禁、被害妄想などが見られるようになったが、介護認定は受けていなかった。大二郎は、徘徊する母に毎日のように付き添わざるを得なかった。キミは深夜に排泄のために起きるが、トイレまで間に合わないことも度々であった。またキミは、被害妄想があった。自分でさまざまなものをタンスの奥や台所の角などにしまいこんでは、「なくなった、泥棒が入ってきて盗られた。」などと騒ぎ、その度に家中を探し回らなければならなかった。「食事を取らせてもらえない。」などと近所の人に言ってまわったこともあった。
 大二郎は、もともと人付き合いが苦手で家にこもりがちであったため、キミがこのような状態になっても誰かに援助を求めることもせず、気晴らしもできないまま、1人でキミの介護にあたっていた。
 兄の信一郎は時折キミの様子を見に来ており、キミの症状の悪化を知って、キミを施設に入所させその年金を入所費用にあてることを提案し、大二郎には自活するよう話していたが、大二郎がそれを拒絶していた。

〔事件の様子〕
 2008年2月3日午前2時ころ、キミは排泄のため起きあがったが、数日前からの風邪による下痢のために、その日もトイレまで間に合わず、ベッド脇で便を漏らし、パジャマだけでなく、シーツや布団、畳まで汚してしまった。大二郎は、掃除をして着替えをさせようと、キミにはその場を動かないように言い、風呂場まで急いで行きお湯を入れたバケツとタオルを用意して戻ったが、キミが自分できれいにしようとして汚れを一層広げていた。戻ってきた大二郎は、前夜も同様のことがあったため、思わずカッとなって、「何度言ったらわかるんだ。こんな夜中に糞の始末をさせられる俺の身にもなってみろ。」と怒鳴りつけてしまった。するとキミが、「お前がノロノロしてるからだ。」などと述べて反抗的態度をとった。カッとなった大二郎は、「どけ」と言いながら、キミの腰部を足蹴したところ、キミは転倒し、頭を強く打ってしまい、搬送先の病院で、外傷性くも膜下出血に基づく脳圧迫により同日午前6時ころ死亡した。
 大二郎は、キミの足元を掃除するためもあって、蹴飛ばしたのであるが、頭を打って死亡するとは思っていなかった。キミがぐったりしたために、大二郎は、慌てて119番通報して事件が発覚し、大二郎は逮捕された。

(以上、「リーガルパーク」の資料より、一部割愛あり)

〈検察側証人:被告人の兄に対する補充尋問の一部〉

裁判官:「弟は気が短いですか?お母さんに対しても短気ですか?」
証人:「たぶんそうだと思います。」
弁護人:「(裁判長に)もう1つ質問していいですか?」
裁判長:「まあ、いいです。」
弁護人:「介護施設に入れる相談は、キミさんにもしましたか?」
証人:「話しましたが、認知症なので理解できたかどうかわかりません。」

〈弁護側証人:被害者の近所に住む長年の知り合いの女性に対する反対尋問の一部〉

検察官:「都営住宅で被害者の近所に住んでいるそうですが、犯行のあったとき、事件の物音などに気づきませんでしたか?」
証人:「ごめんなさい、気づかなかったわ。」
裁判官:「近所の人からキミさんが暴行を受けているという話を聞いたことがありますか?」
証人:「いいえ。」
裁判官:「キミさんはおどおどしていましたか?」
証人:「いつもにこやかでした。」

〈被告人に対する質問の一部〉

検察官:「介護施設に入るだけのお金は年金で足りますか?」
被告人:「施設により違いますが、母ぐらいだと介護度が低いので、多額の費用がかかると思います。貯金では足りません。」
検察官:「介護しつつ働こうと思ったことはありますか?」
被告人:「母が認知症になる前に失業した時は、当初ハローワークに通っていました。でも職が見つからなくて。」
検察官:「自分で母親の面倒を見るといったのだから、イライラする気持ちを抑えるのは当然ではありませんか?」
被告人:「そう思います。」
裁判官:「3年前にリストラされた原因はなんですか?」
被告人:「会社の業務縮小のためです。」
裁判官:「ストレス発散のための自分の時間はありましたか?」
被告人:「母は私をかわいがってくれていたので、一緒にいることがストレスとは思っていませんでした。」
裁判官:「お母さんのために自宅で介護したのにこんなことになって、どう思いますか?」
被告人:「つらいし、申し訳ないと思います。」

〈評議を待つ間〉

 論告では、懲役5年が求刑されました。「被告人が働けば介護施設に入所させることもできたはず」、という主張でした。弁論は、執行猶予を求めました。「被告人は介護に疲れていたが、熱心さゆえのストレスに同情の余地があること。殺意はなく、不覚にも母親を殺すことになってしまった点がかわいそうであること。反省しており、このようなことを繰り返す恐れはない」という主張です。
 裁判官グループは別室で班ごとに評議をしました。評議は予定を超えて30分間行われ、その間役目を終えた検察官・弁護人役は、模擬法廷で記念撮影をしたりして待ちました。

〈判決〉

A班:「懲役3年、執行猶予3年。保護観察をつける。理由は、被告人は反省しており、更生の余地がある。感情のコントロールが必要と考え、保護観察をつけました。」
B班:「懲役3年、執行猶予5年。事件前にも母親に2回暴力を振るっていますが、介護施設についてしっかり調べた上で自宅で介護していたと考えられます。反省もしているので、このような事件は2度は起こさないと考えました。」

〈担当教諭のコメント〉

 裁判官グループは、処罰の内容よりも被告人がどうすれば立ち直って社会に復帰できるか、という点に興味関心があったようでした。裁判とは偉い人が決めるのではなく、私たち一般の人間が考えるものとなる時代になりました。罪を犯した人にどんな刑を与えるかだけでなく、どうしてそういうことが起こったのか、どうしたら防げたのか、今後どうしたらいいのかまで考えることも重要だと思います。今日、裁判官グループのみんなが被告人の今後を心配してくれた優しい心も大事で、嬉しく思います。

〈生徒の感想より〉

 「今日のことを今後に活かしていきたいと思いました。」「非常に面白かった。やれて満足です。」「裁判傍聴へ行ってから模擬裁判をしたかった。(検察官役)」

取材を終えて

 模擬裁判にかかわる役者を被告人質問の前と後に分けて構成することで、29名の希望者全員が、検察官・弁護人・裁判官のいずれかの役を担当するという工夫がされていました。生徒は準備期間が短い中で、一生懸命質問を考えていたそうです。裁判の冒頭では、少し早口になってしまったりして緊張したようですが、だんだんもっと質問したくなって、補充質問の時間に検察官や弁護人からも相次いで質問が出るようになりました。生徒が伸びのびと楽しんでいたことがわかります
 千葉日本大学第一中学校も含め、初めて私立中学校の取材を2校続けて行いましたが、高校併設の中学校は3年生に受験の心配がないので、模擬裁判のような時間のかかる取組みも行いやすいと考えられます。裏返しますと、高校受験を控える公立中学校では、3年生以外の学年で法教育を行ったり、授業時間内に終わるような取組みを開発するということが必要ではないかと思いました。

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