シンポジウム「ピア・メディエーションの有効性を考える」 その2

 ひきつづき、2013年3月17日(日)に開催された、「ピア・メディエーションの有効性を考える」公開シンポジウムの模様をお伝えします。(当日の資料より適宜引用させていただきます。)

3 ハワイ州の事例と日本の事例報告

(1)「学校教育におけるPeer Mediation―ハワイ州を事例にして―」

 橋本康弘 福井大学地域教育科学部准教授
 学校教育におけるピア・メディエーション教育は、「メディエーターを育てる教育」といえます。
・ピア・メディエーション教育の6つの目標は、次のようなものです。
【個人の目標】
① 紛争に対処する能力・戦略を身に付ける(調停人を育てる教育)
② 意思決定をしたり、コミュニケーションする能力を育成する
③ 物事の多面性を理解することができる
④ 生徒が感じる疎外感、頼りなさ、市民権が奪われているといった感情を減じる
【集団・共同性に関する目標】
⑤ 関係性を構築することによって学校の雰囲気を改善できる
⑥ 学習(権)への干渉に関する紛争へ対処するために学校の中で協働することの大切さを学ぶ

・ピア・メディエーションの3つの効果を次に示します。
① 将来、社会の一員として経験するだろう困難な状況への対処法を学ぶことができる
② 学校内で発生する暴力事件を減じることができる
③ 生徒自身が怒りをあおり、フラストレーションがたまるというよりも、紛争を冷静に見ることができる

・ピア・メディエーションの教育方法には、「ロールプレイ」があります。架空の事例を使い、紛争当事者役やメディエーター役の児童・生徒がシナリオを読みつつ、メディエーターはどのような質問をしていくのかについて学びます。「傾聴(話の腰を折るような聞き方をしないなど)」「分析力(隠された関心などを聞き出すために、オープン・エンドの問いかけがポイント)」を身に付けることも特に重要です。「要約」「問題解決・意思決定」「チームをまとめる」「プレゼンテーション」他、様々な力の育成も必要です。
 
・ハワイ州のピア・メディエーションの実際
 学校の生徒全員をメディエーターにするのではなく、一部の生徒を選んでメディエーターとして育成する教育が行われています。ピア・メディエーションは、クラブ活動として、学校で実際に発生する紛争に対し行われます。
対象となる紛争:けんか、言い争い、悪口、誤解、いじめ、金銭や恋愛にまつわる問題、教室の中での論争等
対象としない事案:暴力、薬物、妊娠、虐待、自殺
 メディエーターの訓練は、学校にアドバイザーがいて、学校の先生に代わって生徒をメディエーターとして育成します。生徒がメディエーターになる動機は、「先輩からの薦め」「人間的な成長が見込める」「大学に入る際の推薦基準の1つになる」です。
 メディエーターになって感じる意義は、「怒りの感情をコントロールすることができるようになる」「我慢強くなる」「問題対処能力が高まる」ことが挙げられています。問題と感じる点は、「話を引き出すのが難しい場合がある」などでした。
・残された課題
① 学校の紛争の対処者としてだけのピア・メディエーション学習は「狭い」(教材・教育内容・教育方法)学習の論理ではないか?「広い」学習の論理を追究する必要があるのではないか。その場合、「狭い」と「広い」の相違性は何か。
② 小学生から高校生までのピア・メディエーション学習の系統性を検討すること。

(2)「ピア・メディエーションと交渉学教育」

 東川浩二 金沢大学法学系教授
・調停とは
調停とは、問題を抱える当事者が交渉によって紛争解決するのを、第三者が援助するという紛争解決方法です。第三者は、紛争を客観的に理解し、先を見通した解決策を提示しやすいので、より効率的に解決に至るのではないかと考えられます。
・交渉とは
交渉とは、相対立する当事者が様々な方法を用いて、相手を説得したり、言い負かしたりすることではありません。「いい感じ」の落としどころを探すことでもありません。「交渉を通じて、現状よりもよくなる解決策を、当事者で検討する過程」です。したがって、交渉相手は、ともに問題解決を行う仲間なのです。
【具体例】
 Aさんは、あるパソコンを買いたいと考えています。予算は15万円ですが、新学期で教科書を買うことを考慮し、できるだけ安く買いたいと思っています。B電器店では、Aさんの希望するパソコンの仕入れ価格が10万円であり、店頭価格は149,800円です。
 この場合の交渉を分析すると、Aさんの限度額は15万円、B電器店の限度額は10万円で、10万円から15万円の間をZOPA(Zone of Possible Agreement)といいます。決定額がZOPAに収まっている場合は、売り主・買い主ともに交渉によって利益を得ている状態です。このような状態をWIN-WINといいます。WIN-WINになるような問題解決を目ざすのが、交渉です。
【発展問題】
(ZOPAが極端に狭い、あるいはない場合)
 AさんはX社に転職しようとしています。結婚しようと思っているので、少なくとも月収25万円は欲しいと思っています。X社はぜひ経験豊富なAさんを雇いたいのですが、他の社員のことを考えると、月給は22万円が限度です。
 この場合の打開策の例は、「月給は22万円だが、ボーナスの査定で対応」「有給休暇を多くする」「個室のオフィスを与える」「転勤なし」「残業なし」などがあげられます。
・まとめ
 交渉学を知ることは、「よりよく交渉できる人」への第一歩であり、学校教育にも向いているといえましょう。メディエーションは、交渉学の知見に加えて、調整能力、分析能力を必要とします。常に創造的に、前向きにということが重要です。

4 パネルディスカッション―パネラーからの報告と意見交換

(1)「ピア・メディエーションの有効性を考える」

 田中圭子 日本メディエーションセンター代表理事
・イギリスの状況と私の課題
 イギリスでは、リーダーシップ教育としてピア・メディエーション教育が行われています。ピア・メディエーション教育を受ける子ども達は、3か月間、朝9時から夕方4時まで、みっちりトレーニングを受けます。
自分が視察に訪れた所では、ピア・メディエーション導入をもくろむ学校の先生に理解してもらうために、まず、夕方の3時間ぐらい、「トワイライト・セッション」というワークショップを行っていました。大学生も、地域のメディエーターとして、地域にある中学校・高校へピア・メディエーションに出向きます。
学校の先生のピア・メディエーションへの理解がないと、「学校にピア・メディエーターに来てもらわねばならないなんて。」と、子どもが責められる事例もありました。周囲の大人の理解が必要だと感じます。
・地域での取り組み―中の島こども文化センター
 公益社団法人かわさき市民活動センターでは、市民育成事業として小中高校生の居場所づくりを行っています。プログラムの重点課題は、次の2つです。
① 子ども達のプログラム参加により、対立を未然に防ぎ、お互いにサポートし合える環境づくりにどのようにつながるのか。
② 子ども達の問題は子どもだけでなく、家族の問題ともなりえる。家族や大人を含むプログラムの必要性の検証。
・子ども向けワークの例
① 「みんなのルールづくり」「対立の構造を学ぶ」「相手の立場になって考える」(退治された鬼になったつもりで、桃太郎に手紙を書くなど)
② 「自分のコンフリクトへの対応を振り返り、様々な対応方法について考える」(もめ事が起こったとき、どんな反応をしているか?など)
③ 「話し合い活動を通じて協力について考える」(各自が、自分しかもっていない情報カードの内容を聴き合い、学校の地図を作る)
・学校での取り組み 
中野区立第三中学校やその他の公立中学校で、人権教育、道徳などとして単発の授業をした例があります。プログラム内容は、アニメーションビデオを見て、対立の構造と解決方法について個人及びクラス全体で考えるものでした。
・ピア・メディエーション・ワークショップの課題
どの科目で実施されるのか、「ねらい」が明確化されねばならないと思います。また、ワークショップでは、シミュレーションであっても、子ども達が「対立」「葛藤」を疑似体験するリスクとしての局面があり、外部の組織が単発的にワークショップを行うについて、事前の入念な打ち合わせと事後のフォローアップ体制が必要だと考えます。

(2)「ピア・メディエーションの意義」

野坂佳生 金沢大学法学系教授
 ピア・メディエーションには次のような意味があると考えています。
① 紛争を自主的・自律的に解決するには一定の技能が必要であり、その技能の育成。一定の技能とは、対立点はどこか分析する技能や、どのような解決方法がありうるのか、できるだけたくさん選択肢としてあげる技能(創造的能力)です。
② 合意形成のプロセスを実際に経験すること。(手続き的正義・価値の体験)
実体的正義は、「悪いことをした人は処罰されるべきだ」というように、直感的に理解してもらいやすいのですが、手続き的正義はなかなか実感しにくいものです。
③ 法教育における議論をするための基盤づくり。
議論は、噛み合わせることが必要です。結論に対する反論はよく出るのですが、相手の論拠に対する反論がなかなか出てこないという難しさがあります。また、議論に関連して、「対立点を明確にする」ことへの心理的ハードルを取り払う基盤、共通認識をつくる基盤にもなります。

(3)「法教育としてのピア・メディエーションの意義」

 梅田比奈子 横浜市教育委員会主任指導主事
・学校現場におけるピア・メディエーションの可能性
 学校では、子ども達が(紛争を)自分たちで判断して解決する力を育成したいと考えていますが、現実は先生が判断しがちな面があります。ピア・メディエーションにより、そのような固定的な子どもと教員の立ち位置が変わる可能性があるのではないか、と感じます。
・現場で意識せずに行われている「法教育」
 学校現場では学級のルール、体験学習の役割・約束、体育でのボールゲームのルール、困った問題が起きたときの解決など、無意識のうちに法教育に取り組んできたといえます。今後、いじめ問題と関わって、ピア・メディエーションが取り入れられることも考えうるでしょう。大事なことは、今まで現場でしてきたことをもう一度、法教育の視点からとらえ直すこと、子どもが自分たちで自分たちの社会をつくる意識を養うことだと考えます。
・教材について
 法務省の小学校法教育教材「友だち同士のけんかとその解決」の作成に携わりました。この教材は、「けんかの解決法を考えよう」という題材の交渉編と調停編があり、ピア・メディエーションの考え方と似ていると思います。現場に取り入れる価値があると考えています。

(4)意見交換

「学校教育としてのピア・メディエーションの意義と課題」

田中先生:「学校におけるピア・メディエーションは、親や先生には打ち明けにくい問題を、子どもが自分たちで解決しようという経緯から生まれました。そこで、学校でピア・メディエーションの授業をしたら、学校全体・保護者と情報だけでも共有することが必要です。また、生徒全員がピア・メディエーション教育を受けると、メディエーターが不要になる、ということも考えられます。ピア・メディエーション教育の課題としては、スキルだけ使えばいいというものではないことを押さえておくべきだと思います。ピア・メディエーションにより、いじめの全てが解決できるわけでもありません。深刻な問題にどこまで対応できるかなど、概念の整理化が必要だと思います。」
梅田先生:「どの教科でピア・メディエーション教育を行うかという課題もあります。現場には○○教育が多いので、法教育もどこで取り組むか、考えねばなりません。ピア・メディエーションについては、保護者から、「知らない子(紛争に関係のない子ども)に聞かせるのはなぜか?」という意見が出る懸念を感じます。」
野坂先生:「ハワイ州の事例によれば、ピア・メディエーションを導入すればいじめが減り、学校内が平和になって先生も助かると思われそうです。」
東川先生:「教員にとって、生徒が自主的に問題解決してくれるなら負担が減りそうと思われるかも知れませんが、むしろ逆だとのことです。メディエーターをいかに育てるか、メディエーターが処理しきれない場合どうするかなど、制度全体を誰かが見ておく必要があり、専任の先生が必要だと考えられます。ハワイ州では、熱心な先生がいるのでうまくいっていましたが、日本に導入しようとすれば予算的な問題があります。」
フロアから質問:「英米では、なぜ生徒全員にピア・メディエーション教育をしないのですか?」
東川先生回答:「ピア・メディエーションの能力については、言葉を選んで話す能力は汎用的ですが、問題を整理分析して解決策を提示する能力は特殊です。当事者の話に過度に感情移入してもいけません。ピア・メディエーションが授業時間中に行われる場合もあるので、それにより成績が下がらないことも必要です。メディエーターにふさわしい資質が必要と考えられるので、先生が判断した子どもが選ばれると考えます。その判断ができる先生は、専任の人にすべきで、予算の問題になると考えます。」

〈取材を終えて〉

 「ピア・メディエーション」というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、直訳すれば「(児童・生徒の)仲間による調停」ということでした。当レポートでは、さいたま市立蓮沼小学校研究発表会①授業編 において、対話型調停の考え方に基づく道徳授業の紹介をしています。この授業は、埼玉弁護士会法教育委員会がメディエーションの考え方を法教育に適しているとして、蓮沼小学校と協働で作成したものでした。学校における実践事例の報告が今回のシンポジウムにもありましたが、英米における先進的な理論からワークショップ体験、実践例と課題、法教育にとっての意義まで、ピア・メディエーションについて一層の知見を深めるものだったと思います。
 法教育にとってのピア・メディエーションの意義は、「問題分析技能・創造的技能の育成」「手続き的正義の体験」「議論のための基盤づくり」であると野坂先生は言われています。ピア・メディエーションの課題も踏まえつつ、その意義が法教育にも生かされるといいのではないかと感じました。

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