第二東京弁護士会 2013年度法教育内部研修会 その1
2014年3月7日(金)18:00~20:00、第二東京弁護士会「法教育の普及推進に関する委員会」による弁護士会内部の法教育研修が弁護士会館において開かれました。小学校・中学校・高校の現場で法教育を実践しておられる先生を1名ずつ招き、現場や教材についてのお話し、弁護士会教材についてのご意見などを伺いました。30名近い弁護士の参加がありました。
その1は、研修会前半の教材例の紹介と現場の先生からのご意見までをご紹介します。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)
〈プログラム〉
1 法教育とは何か―定義と背景
委員会より、「法教育研究会報告書」(2004年)や「時代を担う法教育」(弁護士白書2010年版特集2)に基づいた法教育の定義や背景の説明がありました。また、法教育をしようとする弁護士の実感をまとめたものとして、関東弁護士連合会作成「子どものための法教育」宣言を紹介していました注1。
2 第二東京弁護士会制作教材例の紹介
第二東京弁護士会では、出張授業や夏休みのサマースクールなどの際に、会内部で制作したオリジナル教材を使用する例が多いとのことです。今回は、憲法を素材とする日本弁護士連合会教材注2として、第一東京弁護士会法教育委員会の協力を得ながら作成した「ひまわり国」の例が紹介されました。
ひまわり国では、ある時初めて国民投票により大統領が選ばれました。初めてのことだったので、大統領は自分でルールをつくりました。ルールは、「物を盗むな。物を壊すな。暴力をふるうな。」といったものでした。このルールを破った場合、大統領がつくったパトロール班が違反者を逮捕し、大統領が罰を決めたり、揉め事を裁いたりしていました。大統領はこのルールの下に働き、国民は幸せに過ごしていました。
ある日、隣の国へ行っていた画家が帰国しました。この画家の話に感銘を受けた大統領は、その画家を文化大臣に任命しました。文化大臣には高い給料を払い、10%だった税金を50%に引き上げ、批判が高まると、大統領を批判してはいけないというルールもつくりました。
【ワークシートの記入欄】
1)大統領の行動の問題点
2)どうしてこのような問題が起きたのでしょうか
3)その問題を予防するための仕組み(を考えましょう)
【授業の進め方の例(弁護士会作成)】
質問1:今のひまわり国について何が嫌ですか?
→子どもに具体的に回答してもらう。直感的に自由な意見を言ってもらう方向。
想定回答:三権分立がないこと等
質問2:三権分立がない結果、どういう嫌なことが起きましたか?
→「主体的に」が法教育のキー・ワードなので、グループワークなどで話し合ってもらう。
質問3:こんな国をつくらないためにはどうしたらいいですか?
想定回答:大統領の決め方を決める、税金のことを決める、大統領に意見を言う自由を認めるなど
注意点:直接民主制的な案が出ても、「なるほど」と受け止める。「その案では現実問題としてはどうなるか?」などと一言入れると、子どもの主体的意見を否定せずに進められるのではないか。
質問4:日本にはどんな仕組みがありますか?
→教科書から探させてもいい。教科書で遊ぶ、憲法で遊ぶ、ということも考えられる。
3 小学校・中学校・高校の先生方の実践と教材等への意見
(1)「小学校で望まれる法教育の形」
窪 直樹 練馬区立大泉第六小学校教諭
【小学校の教員にとって法教育とは】
小学校の教員にとって、法教育はほとんどなじみがなく、そのイメージもルールづくりから憲法や裁判員制度についての理解を深める、中には規範意識を育てることなどまで、さまざまなように思われます。新しい学年、学級になる4月はどの学年の子供たちにとってもルールづくりのラッシュですが、先生がつくって守らせることが大半で、自分たちでつくることは稀です。きまりは守るものというイメージになりがちですが、それを変えさせたいと思います。法教育についてのなじみはほとんどないと言いましたが一方で、社会科見学で裁判所見学をする学校は多いので、場面を変えたら法教育が広がりやすくなるのではないかと思います。社会科を専門とする先生にも比較的なじみやすいと思います。
【授業としての法教育に必要なもの】
授業としての法教育に必要なのは、次の4つといえます。
・学年、教科等、単元への明確な位置づけ
まずこれが明確になっていると、学校に授業として入りやすくなります。
・「ねらいと評価」「めあてと振り返り」
これらは授業の目標と評価を、教員の側と児童の側の立場からそれぞれ表した言葉で、同じことです。「ねらい」を達成できた子ども像を思い描けると、授業は成功といえます。
・指導案と板書
指導案は「導入→展開→まとめ」形式が一般的です。どんな時間配分で何をするのか、という予定です。板書計画は1枚の黒板が1コマの授業が終わったときにどうなっているか、図にしておくとわかりやすいと思います。
・教材と活動
どんな教材(資料)を使って、子どもにどう活動させるのか、という内容。
【ゲストティーチャーに期待すること】
ゲストティーチャーには、
・教師では伝えられない専門的な知識をわかりやすく解説すること
・子どもたちの活動を専門的な視点で分析・評価してくれること
を期待します。
学校が受け入れやすいゲストティーチャーの条件は、
・授業案がほぼ確立していて、打ち合わせや準備に時間がかからないこと
・全体の授業が1~2時間(小学校の1時間は45分間)で完結すること
・授業内容が学習指導要領の内容を満たすこと
・複数で来校でき、1日で学年全部(2~3クラス)の授業ができること
・謝礼が1回あたり数千円程度であること
【教材「ひまわり国」について】
・位置づけ
第6学年社会科「わたしたちのくらしと日本国憲法」の単元に位置づけて行う。単元終盤の学習した内容を使って考えを深める場面で扱うのが適当ではないでしょうか。
・事例、学習活動について
話の内容は小学校6年生にも理解できそうです。事例の問題点を探し出す活動や改善点を考える活動で、グループ活動を行いワークシートや付箋を利用する等、実践する教員と相談しながら工夫を加えていくとよいと思います。
(2)「法教育実践報告」
関根 憲一 豊島区立池袋中学校教諭
【法教育との出会い】
生徒の規範意識や人間関係の希薄さを感じていた頃、有効な指導法を求めて都の研修会に参加したのが、法教育との出会いでした。ところが法教育を実践するについては、自分自身に法律に関する知識が不足していたことから、指導法が間違うのではないかという恐怖心や尻込みがありました。そのとき他の社会科の先生から、外部の協力を得られると助言してもらい、実践に踏み切ることができました。法教育推進協議会の教材活用や東京弁護士会、第二東京弁護士会のご協力による出張授業を実施することになりました。学校の「土曜公開授業」も積極活用しました。
こうして自分なりに法教育のイメージが湧いてきました。中学校は教科担任制なので、社会科以外の教員にはなじみが少ないと思います。どの教科の先生でも実践できる、中学3年間の各発達段階に応じた大雑把な「積み重ね学習」の意識が必要だと感じています。
【自分の実践した3年間の積み重ね学習】
・1年時の法教育
身近な題材を使い、「ルールづくり」を班で話し合う道徳の授業。道徳は担任が担当するので、学年の教員の協力が必要でした。各クラスに弁護士に入ってもらい、実践しました。教員としての視点からは、ルールの大切さに気づき、意見の対立についてお互いに納得できる解決策を話し合って出す力をつけたいと考えます。
・2年時の法教育
「法を中心とした視点から、歴史を見る」社会科歴史的分野授業。弁護士には、グループ討論のアドバイスに入ってもらいました。教員の視点からは、その時代における法の必要性や、時の政治との関連などに気づく力をつけたいと考えます。
・3年時の法教育
3年間の集大成として「裁判員制度」についての社会科公民的分野授業のなかで模擬裁判を実施しました。教員の視点からは、中学校で身につけたコミュニケーション能力や教科で身につけた思考力・判断力・知識等をフル動員して、適切に話し合いを進めて判決を導き出す力をつけたいと考えます。
【今後の課題と展望】
自身の法律的知識の向上と共に、「より全体の教科で」法教育を実施することが課題だと思います。美術や家庭科でも法教育ができるはずであり、校内の「全体計画」の必要性を感じます。また、「積み重ねる学習」を意識した教材づくりも求められます。「これをやると子どもがこう成長する」とわかるような教材が必要です。そのためには、より一層の法曹関係者の方々との関係づくりの必要性を感じます。
【教材「ひまわり国」について】
この教材は、中学校では3年生公民的分野のまとめでしか使えないのではないかと思います。教員は生徒の回答をある程度予想して「ねらい」を考えます。中学3年生未満では、的外れな方へ行って進まないのではないかと思われ、作り変える必要があると思います。
(3)高校の法教育
藤井 剛 千葉県立千葉工業高等学校教諭
【高校の授業の現状】
高校は小中学校に比べ、学習指導要領にこだわらない授業づくりがされる傾向にあるのではないかと感じます。また、従来からのチョーク&トークの指導方法が9割方だとも感じます。小中学校で活動型授業に慣れた生徒には、授業に関心をもってもらえません。小中学校のように活動型の授業を導入したいところですが、大学受験という目標があるので、なぜそのような授業が必要か、それによりどういうメリットがあるかという説明責任を果たさないと、導入は困難だと思います。
【法教育の内容と授業づくり】
弁護士白書2010年版において、法教育の内容として求められる技能に次の3つが挙げられています。
①事実を正確に認識し、問題を多面的に分析する能力
②自分の意見を明確に述べ、また他人の主張を公平に理解する能力
③多様な意見を調整して合意を形成し、また公平な第三者として判断を行ったりする能力
これらを身に付けることは、高校の公民科の目標に一致しています。私は早くから法に関するさまざまな授業を実践してきました。昨年度は「自己決定権を考える」などの、憲法に関する授業を京都大学の土井先生とつくりました。授業のつくり方は、まず身近な具体例を挙げて、生徒に「嫌だな」と思わせます。次に「なぜ嫌なのか」考えさせると、原理原則が見えてきます。そして、「ではどうしたらいいか?」について調べて考えさせます。
【教材「ひまわり国」について】
・高校の多様性を考慮する必要
高校は義務教育段階と違い、学校により生徒が多様です。事前にどんな生徒なのか、教員とよく話す必要があります。この教材は、進学校ではそもそもどのような法律に基づいて大統領が選ばれたのか等、 前提となる問題に生徒が疑問を覚え、設定に入り込むまでに一苦労しそうに思われます。
・目的をはっきりさせる必要
高校の1時間は50分間ですが、その時間に教えられることは1~3個です。落としどころをはっきり決めておく必要があります。その点でこの教材はどこに落とすかわかりづらいと感じます。「法の支配と人の支配を対比する」のか? 「憲法に何が書いてあるのかをわからせたい」のか? 目的がはっきりしないと生徒がいろいろなことを答え始め、収拾がつかなくなります。
・「憲法に書いてあるからいい」ではダメ
大統領が国民を支配している状況に困り、どうしようか考えて、「憲法に書いてあるからよかった!」と安心させたのでは、高校では不十分です。高校生には今までの学習の積み重ねがありますから、どんなルールが必要か、議論させる必要があります。
・この教材は弁護士でなくてもできる
この教材は教員だけでもできる授業になると思います。授業に法律専門家を招いてほしい場合、そのメリットは何かを明確にする必要があります。事前の教材作成か、授業の丸投げなのか、チームティーチングか、キャリア教育の一環なのか、問題対応の教育か。「ひまわり国」は、もう少し弁護士が表に出る教材に仕立てられる余地があると思います。
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