2013年度全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究発表会

 2014年3月26日(水)13:00~17:15、2013年度全国公民科・社会科教育研究会「授業研究委員会」研究発表会―「授業力向上を目指して ~生徒が自ら考える授業をつくるために~」が、横浜市立横浜サイエンスフロンティア高等学校で開催されました。神奈川県高等学校教科研究会社会科部会倫政分科会研究発表会を兼ねて行われました。
 ファシリテーションのワークショップや横浜弁護士会法教育委員会の村松剛弁護士による講演など、法教育のさまざまな方法や内容が取り上げられていました。(当日のプリントより適宜引用させていただきます。)

〈プログラム〉

13:05~14:30 講演・研修「ファシリテーションのスキルを活用する」
14:40~15:20 講演「法教育のすすめ」~「幸福・正義・公正」で考える~
15:20~15:40 「弁護士と行う法教育TTの実践」
15:40~16:10 「弁理士と行う知財教育TTの実践」
16:20~16:50 「学校全体でテーマを設定し協力しあってカリキュラムをつくる
         ―湘南台高校でのシチズンシップ教育の取組み」
16:50~17:15 講評、質疑応答および討論

1 講演・研修「ファシリテーションのスキルを活用する」

(1)講演
大枝奈美 NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ理事

 

〈ワークショップとファシリテーションとは〉
 ワークショップとは、「工房」「共同作業場」という意味で、参加者が主体的に参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学び合ったり作り出したりする学びと創造のスタイルです。ファシリテーションは、「容易にする」「促進する」という意味で、ワークショップ形式など参加型の場づくりをするための技法です。
 ワークショップの最大のメリットは、当事者意識が高まることです。ワークショップの3大要素は、参加・体験・相互作用です。参加については、主体的な意欲、体験に関しては、「五感を使った体験→分析→概念化」という循環型プロセスが重要になります。相互作用に関しては、「自分の参加で何か変化が起きたことが感じられること」「共有した体験を確認し合うこと」が重要です。そのための必須条件が、場づくり、プログラム、ファシリテーターです。

〈ワークショップの必須条件とファシリテーターの役割〉
 広義の場づくりは、「始まるときに、どのような人がどのような気持ちで集うのかの準備」で、狭義の場づくりには、空間デザインとグループサイズに関することがあります。椅子と机の並べ方には、長方形、多角形、劇場型、椅子のみのサークル型などがあります。椅子のサークル型は発言の障壁が一番高く、意見が出にくいと言われます。グループの人数は1名から6~7名まで、確実に場と時間の使い方を変えることができます。8名以上では関わらない人が出ます。
 プログラムの例は、「(目的の)つかみ(受け入れる準備)」→「本体(感じる・考える・創り出す)」→「まとめ(持ち帰る・生かす)」です。「つかみ」では、身近な問いから感覚的・ポジティブな認識を促し、流れのある問いで遠くて知性的で深い認識へと進みます。
 ファシリテーターの役割は、「進行促進役」「触媒」「助産師」などさまざまですが、「教え導く役割」ではありません。生徒が期待する教員の日頃の役割とは違う難しさがあり、外部の人の方がやりやすいという面があります。「何を話すか、考えるか、決めるか」というコンテンツに関わるのは参加者の役割であり、「どうやって話すか、考えるか、決めるか」というプロセスに関わるのがファシリテーターの役割です。

〈ワークショップ授業成功の鍵は〉
 1つめは「目指す成果」を明確にすること。他の方法でなく、ワークショップを選ぶのはなぜか。参加者が授業によりどうなってほしいのか、を明確にします。2つめは「テーマ」は何か。それにより前提となる知識・情報も明らかになります。3つめは「時間」です。考える時間、意見を言う時間、意見を聞く時間に意味をもたせ、どのくらい時間をかけるのかが重要です。4つめは「方法」です。グループで作業するのか、成果物をつくるのか、全体に発表するのか。目指す成果に向けて、最大の効果のある方法を組み合わせます。
 ファシリテーションは万能ではなく、コミュニケーションの方法はいろいろあります。目的に合っていてこそファシリテーションが活きるといえます。授業全部にではなく、一部に取り入れるのも方法です。「答えが一様でないもの」に適した方法で、たとえば理科の場合には、実験方法を考えたり、解釈を多面的にしたりするのに適します。お互いから学び合えるものにも向いています。

(2)研修:「ワークショップで考えるワークショップ授業」

〈参加者がワークショップ体験〉
 大枝先生のファシリテーションのもと、参加者が4名ずつ5グループに分かれ、ワークショップ授業の課題・悩み・疑問点について考えました。
【方法】
①ワークショップ授業はどんなものですか?やってみてどうでしたか?授業をする際はどのようにやりたいですか?課題・悩み・疑問点はありますか?という問いについて1人で考える。
②1人3分ずつ(3分計の砂時計使用)話した後、全員でさらに深める。
③ワークショップ授業の課題・悩み・疑問点のうち1つに絞って、紙に書く。
【発表された疑問点と講師のアドバイス】
疑問点1:ワークショップをしたくないという子どもにどう対応すればいいか?
→回答:「やりたくない」という発言も意思表示です。実際に「やらなくてもいいけれど、やりたくなったらやってね。」といった例がありますが、周りが楽しそうにしているので、後になって反省していました。周囲がどう楽しそうな雰囲気にするかがポイントです。
疑問点2:押し黙っている子に、どうすれば話させることができるか?
→回答:自分からは発言しないけれど、人の意見には付箋で自分の意見を貼り付ける子もいます。やりたかったら来ていい、という余地を残しておきます。話すのではなく、書く作業にするのも方法です。
疑問点3:評価をどうすればいいか?
→回答:どれだけ参加したか、何を感じていたか、どのような関わりをグループの中でしていたか、を見るのが王道です。学校の先生は、知識を正しく得ることを重視しがちでしょうか?最後に、わかったこと・感想など、個別の反応を書かせる方法があります。プロセスをどう感じていただがわかるのがいいと思います。
疑問点4:教科書へどう戻るのか?
→回答:予めテーマや範囲を決めておけば、問題ありません。

2 講演「法教育のすすめ」~「幸福・正義・公正」で考える~

村松 剛 横浜弁護士会法教育委員会委員長

〈学校教育に貢献する法教育〉
 学校教育で育成しようとするものは、知識・技能、それらを活用した課題解決の能力と主体的な態度です。法教育では、たとえばルールづくりの授業を通じ、法の意義や必然性を知り、課題解決のための思考力・判断力・表現力を育成することができます。法教育は、私なりの理解では「人と社会の関係を扱う教育」であると考えています。「人は社会をどのように創り、どのように関わっていくのか」、「社会はその構成員である個人をどのように扱うのか」について考える教育であると思います。
 学校教育で育成することが求められる知識は、学習指導要領によれば「幸福・正義・公正」という現代社会をとらえる枠組みについてです。これらの概念を法教育に当てはめると、「幸福」は「個人の尊厳」と考えられます。「正義」は「社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること(広辞苑より)」、「公正」は「配分的正義」「匡正的正義」「手続的正義」が典型概念といえます。
 法教育の授業に臨むには、授業観の転換が必要といえます。従来の学校教育は、社会を捉える真理・原理があるとする「科学的実在論」的授業観といえますが、法教育では社会構造や秩序は予め実在しているのではなく、認識主体が構成するものであるとする「社会構成主義」的授業観をとることが求められます。

〈授業提案〉
 中学校社会科公民的分野では、「対立が生じた場合、多様な考えをもつ人が社会集団の中でともに成り立ちうるように、何らかの決定を行い、「合意」に至る努力がなされていることについて理解させる(学習指導要領解説)」ことが求められています。法教育の授業では、配分的正義の授業例として「整理解雇の是非を検討する」、強制的正義の例では「量刑を考えさせる刑事模擬裁判」「実際の裁判傍聴」「交通事故などの損害賠償を考えさせる民事事件」、判例を利用した授業などを提案することができます。授業をつくる際は、「幸福」を「多数派の決める構成主義」に陥らないように留意し、「幸福」=「個人の尊厳」を出発点に置くことを大事にしていただきたいと思います。

3 「弁護士と行う法教育TTの実践」
横田智子 川崎市立商業高等学校教諭

 

 1月に1年生全員(商業科34名、普通科24名)向けの「現代社会」2コマの授業を行うために、10月から横浜弁護士会の村松剛弁護士と事前打ち合わせを開始し、事務所で打ち合わせた他、メールで調整しました。生徒の家庭の経済状況やアルバイト経験などを踏まえ、雇用契約に関する法教育授業を行うことになりました。単元は「現代の経済社会と私たちの生活」で、「雇用と労働問題」、「労働環境の整備」になります。弁護士が講師となり、ロールプレイを見ながら考え、ワークシートに記入する方法で、教員が補助的な役割をしました。
第1時は、「アルバイトを始める際、どのような条件を確認した(する)か?」などの問に答えた後、架空の4つの会社の求人票を比べ、どの会社で働きたいか理由とともに回答します。社長約4名の生徒がロールプレイをしました。次に「風邪で発熱、仕事を休ませてほしい」というトラブルが発生したとして、会社の反応を予想しました。第2時は、各社の社長がトラブルに回答した後、ハローワークで配布されている冊子を参照に、契約自由の原則と労働契約における法律の規制について学習し、「なぜ契約自由の原則が修正されるのか」考えました。
生徒の感想には、「契約自由の原則は初めて聞いた」「有給休暇の仕組みを知ることができた」「労働のルールがわかった。もっと自分の仕事のことを知らないといけないと思った」「自分で正しい知識を見つけて、しっかり社会を見極めないといけないと思った」などがあります。法教育授業後の通常授業にも、法教育授業を想起させることができ、理解が深まったと感じます。スマートフォンなどのツールをうまく活用させることで、生徒のやる気も出ました。

4 「弁理士と行う知財教育TTの実践」
鈴木茂樹 横浜市立サイエンスフロンティア高等学校教諭

 

 本校は理数科6クラスのみで、プレゼンテーション力の育成を重視しています。生徒は現代社会に対する興味関心が高いという特質があります。本校周辺は理化学研究所の横浜研究所や横浜市立大学キャンパスなどに代表されるように、研究開発型の企業が多い土地柄です。また、日本弁理士会関東支部は学校教育支援委員会を組織し、積極的に出前授業をしています。横浜市は知財保護の観点から弁理士会と協定を結び、外部の教育力を活用した授業を行うことになりました。
 授業例は2009年に行った1年生「現代社会」95分間です。単元は「現代の経済社会と経済活動」(全8時間)で、「技術革新と社会の変化」の部分が本時です。本時の目標は、「我が国の経済発展が技術革新を伴って展開してきたことを理解するとともに、知的財産権の保護が重要になってきたことについて考える」などでした。本時は討論を中心とし、討論のテーマは「日本でも医療方法に対する特許を認めるべきか」でした。資料プリントは前時に配布して宿題として読むことにし、3名×4班、4名×2班を作っておきました。本時では前半に、講師から特許法などの説明を行いました。後半は2班ずつ、患者の立場・大学病院の医師の立場・開業医の立場という3つの立場に分かれ、班内で全員が自分の考えを言い、班として1つにまとめるよう講師の弁理士と教員が討論の助言をしました。班ごとに結論とその理由を発表した後、他の班への質疑応答をし、講師がオープンエンドの形でまとめました。
 授業の特徴は、①重点化:討論のために他の単元は自分でやることにし、関心・意欲・態度を高められれば隙間ができても構わないと考えました。②インプット:知識を徹底的に詰め込みます。③アウトプット:話し合いのとき教員はファシリテーターの役割をします。④主体性・双方向性・組み合わせ:年間の指導計画の中で、知識を詰め込む時間・活用の時間・プレゼンの時間があっていい、バランスをとることが大事と考えます。教師が教えない授業については、生徒に対するアンケートでは2/3ぐらいが否定的な回答でした。5名位の班で教科書を15ページ位ずつ読ませ、質問を考えさせたり、調べ学習をさせたりする方法では、センター試験で選択する場合に不安感があったようです。
 外部の教育力の活用は、新しい発想・独創性や授業方法を得ることができ、有効でした。異質なもの同士の結合がそれをさせたと思います。

5 「学校全体でテーマを設定し協力しあってカリキュラムをつくる―湘南台高校でのシチズンシップ教育の取組み」
黒崎洋介 神奈川県立湘南台高等学校教諭

 

 シチズンシップ教育は英国で行われているものが代表的ですが、私見では広義には「大人になる構えをつくるもの」、狭義には「社会参加する能力を育むもの」と考えます。ちなみに、キャリア教育は「私」の領域に社会参加していく能力を育むもので、シチズンシップ教育は「公共」の領域に社会参加していく能力を育むものと考えます。それらは21世紀社会の大人になるために必要な両輪といえると思います。
 「シチズンシップ教育を通して育てたい生徒像」は、社会的課題を知り(習得)、解決策を考え(活用)、多様な価値観をもつ他者と協働しながら課題解決に向け行動できる(探究)市民です。この「習得・活用・探究」という一連の学習プロセスと、言語活動を重視した協働学習により、シチズンシップ教育を実践したいと考えます。
 湘南台高校は研究推進校に指定され、シチズンシップ教育実践委員会を校内に立ち上げました。教育課程としては、各教科・科目で習得した知識を活用し、「総合的な学習の時間」で探究活動に取り組みます。「任せる政治から引き受ける政治」をキャッチフレーズに、模擬投票、模擬議会、高大連携模擬裁判を実施しています。追体験そのものではなく、理念と方向性がシチズンシップ教育であると考えます。1年生では、「公」として社会参加するための価値判断プログラム学習をします。まず「挨拶」で人と関わる基礎を身に付け、次にKJ法やロジカルシンキングなど考え方の型を勉強します。2013年度は「現代社会」授業とリンクさせながら、「湘南台ハイスクール議会」において身近で争点性のある課題について議論する公開授業を行いました。また、個人で価値判断分800字を書き、全員で校正会議をして製本し発表しました。2年生は、「共」として社会参加するための意思決定プロジェクト学習をします。生徒自身でプログラムを考え、進路選択などの意思決定思考を学びます。成果は、生徒が論理的に話すことができるようになりました。
 シチズンシップ教育を進めるうえで大切にしたいのは、①「総合的な学習の時間」の有効活用、②普通の学校でできること、です。実社会を取り入れること、学び合いを取り入れた多様な学習形態も大切にしたいと考えます。

〈取材を終えて〉

 法教育とは何かという考察と共に、典型的な話し合いの場を作るファシリテーションの研修、法律専門家との連携による授業実践や学校全体の取組報告まで盛り込まれた、密度の濃い研究発表会でした。4で鈴木茂樹先生が指摘されていましたが、「話し合い学習」でも方法によっては生徒が不安を感じる場合もあるとのことでした。ファシリテーション研修の項でご紹介したように、テーマをしっかりとし、何を話し合いの目標にするのかを明確にすることの重要性を感じました。

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